後編
ウタゲがバーチャル配信者として頭角を現したのは、チーム制ガンアクションゲーム「Gクラッシュ」で活躍し始めた辺りからだろう。優れた外交力でバーチャル配信者として名前を売っていたウタゲは、他社の有名配信者の四人で「トランスペアレント」と言う名のチームを結成する事になる。通称「トラペア」だ。
別会社同士の普段見れないやり取りで他社のバーチャル配信者ファンの目に触れ、チームで勝利を重ねてゲームのファンの目にも触れる。トラペアは知名度を一気に上げ、中でも紅一点だったウタゲはファンを大幅に増やす事に成功した。
しかし、トラペアはこれだけでは終わらなかった。四人は相手と戦うチーム戦ではあえて悪役を演じた。この狙いはチーム同士の勝負に正義と悪の対立構造を生ませる事だった。自分の推しチームが、あの憎きトラペアを倒して欲しいと様々な人が期待する。ところが、トラペアはギリギリの戦いを行い、紙一重で勝利を飾る。すると、あのチームなら勝ってくれるのではと次の試合がさらに注目を浴びる。
結果として、ただの競技としての勝負がエンターテイメントへと昇華し、「Gクラッシュ」自体の人気が上がった。トラペアの勝負には沢山のスポンサーが付き、トラペアとしてもゲーム会社から案件を頂く事が出来るようになった。
鮨焼肉ウタゲのカウンター席では、琥珀色の四角いゼリー状の食べ物が出された。よく見るとゼリーの中に月白と茶色の食材が見える。鱧と牛すじの煮凝りだ。
鱧と牛すじの煮凝りは見た目通り、口の中でプルプルと柔らかくて弾力のある食感が癖になる。質の良い牛すじと鱧は旨味の貯蔵タンクのようであり、噛めば噛むほど、その濃厚な旨味に酔いしれる事になる。
煮凝りを食べ終わった後に出されたのは、高級感のある黒い陶器に入った茶わん蒸しだった。蓋を開けてみると淡黄色の蒸した卵に橙色の海老とイクラと緑色の三つ葉が色映え良く乗せてあった。甘エビの出汁が利いた卵が弾けるしょっぱいイクラとの調和が素晴らしく、三つ葉も新鮮で口内を清らかに整えてくれる。
だが、茶碗蒸しを食べ進めていくと、何か不思議な白い食材にたどり着いた。口に入れてみると、カマンベールチーズに似たような濃厚な食感だった。しかし、味は牛の脂に似ている。何だか分からなかったのでウタゲさんに聞いてみた。
「それはな、牛のチチカブと言ってや、まぁ要するにおっぱいやな」
それを聞いてハッピーが青い顔をした。やはり、女性としては食べられることを想像して、ゾッとするはずだ。それを見たウタゲは大笑いした。
「次はタラの白子と牛のホーデンの合わせ軍艦なんてのも面白そうやな」
「もう、最悪。ウタゲさん、いい加減にしてくださいよ」
憤慨するハッピーを私が制止しながら、話題を変えるためにトラペアについて質問した。
「そういえば、トラペアって電撃解散したじゃないですか。何があったんですか」
「あぁ、デスティニープリンスの時か」
デスティニープリンスとは、トラペアと最後に対戦した男性アイドルチームだ。普段は熱戦になるはずが、トラペアが一方的な形で苛め抜き、徹底的に惨殺した。その後、クレームが殺到し炎上が収まらず、チームは解散することになった。
「あの時、ウチはトラペアの男二人と二股かけててな。それがどういう訳かバレてしまったんや」
「まぁ、ウタゲさんモテちゃいますから、しょうがないですよね」
「いやぁ~。二兎は両方喰らうのがウタゲ流なんよ」
どうやら、恋愛の縺れから生じたチームの憂さ晴らしだったようだ。しかし、そうした大胆さと強引さも今の地位をウタゲが築けた要因なのかもしれない。
「さぁ、ここからは。握り三連発や。ご馳走を舌に焼き付けるんやで」
まず、焼き師が分厚い牛タンを取り出す。黒い表面の部分を剥ぎ取り、厚切りに切り取り焼いていく。さらに、時間差で今度は寿司職人がカツオの刺身を網の上で炙る。焦げ目の付いたカツオをシャリの上に乗せ、その上に牛タン、最後にネギ塩のタレを乗せて上からレモンを絞る。
牛タン炙りカツオの握りの味はとにかく香ばしくスモーキーだった。噛み進めるうちに、カツオと牛タンの旨味が混ざり合い、それをレモンと塩だれの酸味と塩味が程よく調整させて、満足感と幸福感が押し寄せる。
次は白くて光沢のある巨大マルチョウが、金網の上で炎を噴き上げていた。寿司職人はこちらも艶のある鮑を貝殻から削ぎ落し、隠し包丁を入れて握る。そのネタの上に焼かれたばかりのマルチョウを乗せ、最後に深緑色のアワビの肝ソースを塗る。
先ほどのカツオ牛タンと違い、こちらは甘みと苦みが主役だ。肝の苦みを含んだソースが、マルチョウとアワビの甘みをこれでもかと増幅させる。弾力のある食感も刺激的で、爆発的な旨味が口いっぱいに広がる。
たった二貫で味の五大要素が舌を強烈に攻め、脳内の海馬を直接刺激するような、強烈の美食体験だ。
そして、最後の握りはシンプルな物だった。目の前に出てきたのは厚めに切った白い刺身の上に、表面を炙っただけの赤い肉が上に乗せられる。こちらはシンプルに特性醤油ダレが添えられるだけだった。
食べてみると最初に食べた大トロ特上ロースのような、分かりやすい味ではない。淡白でそれでいて、噛めば噛むほど旨味が溢れてくる。味の五大要素から旨味だけを搾り取ったような引き算の料理だが、肉と刺身の噛み応えは素晴らしく、旨味の泉を永遠と味わう事が出来る。食べていくうちに旨味の刺激で脳は麻痺して輪郭はぼやける。
「そうや、夢や。ウチらは今、夢を食べているんや」
本当に何もかもが夢みたいだった。この時の食事会も、大都会の夜景も、あのウタゲと同じ時間を過ごした事も、若かりし頃の日々は風のように過ぎ去っていく。
バーチャル配信者の嫌われ者だったウタゲはエイプリルフールの日に、三次元モードと称して顔出し配信を行った。すると、持ち前の美貌がヴィランでの振る舞いとのギャップを生み、新たなファン層を獲得することに成功した。
軌道を再び上昇曲線に乗せたウタゲは、メイク等のコスメ系動画や人気のスイーツ等を紹介するグルメ系動画等、CGでは魅力を伝えづらい動画も織り混ぜて投稿する事で、各業界での知名度を格段に上昇させ、様々な企業とのタイアップやプロデュース業の仕事に結びつけた。
しかし、ウタゲの人生が何もかも上手くいくとは限らなかった。ウタゲをリーダーにした、平日はメイド喫茶の店員、週末はライブを行う、メイドアイドル「フローラループ」
そのファーストライブで専属バンドとしてギターを弾いた私は、ウタゲに気に入られて、フローラループの一人だったハッピーとも仲良くなった。何の根拠も無い自信を胸に、新曲の話やセカンドライブの話を三人で語り合い、各々がやりたい事に全力を注いだ。
だが、フローラループの資金元だった会社の経営不振が重なり、事業縮小の為にフローラループは解散させられる事になってしまった。
同じ頃、鮨焼肉ウタゲも売れ行きが乏しくなく、一年程続いたお店も閉店することが決まってしまう。
閉店後の次の日、私はウタゲに誘われて、あの日と同じカウンター席に腰掛ける。例の寿司職人によって、一杯のスープが出される。その黄金色に輝いたスープは、以前、河豚と特上ヒレの握りの後に出されたものと同じだった。
牛のテールと鯛のアラで取ったスープは、雑味が一切なく、透き通った旨味に溢れた芳醇なスープだった。料理の締めに相応しい一杯だった。
「このスープ、覚えているか」
「ええ、やっぱり美味しいです」
「そうやろ、何せ一番評判が良かったらしい」
「へえー、意外ですね」
「弱肉強食と言う言葉があるけど、食べる側が強いのと同時に、食べられる側が弱くないといけないんやな」
要は刺身と肉のインパクトが強すぎて大衆に受け入れられなかったのだろう。けれども、ウタゲは前を向いていた。
「まぁ、これも一つの経験。勉強や。このスープのように透き通った目で色んなものを見て学ぶんや」
簡単には、へこたれない強さ。そんなブレない姿勢が彼女の周りに人が集まり、協力して大きな事を成し遂げていく理由だろう。
街の人込みに一人で紛れると、かえって孤独感が増長されるように、私は居場所の無い現実に耐え続ける事が出来なかった。臆病風に流されて私はギターリストを辞めた。
ウタゲは今も芸能界で輝きながら、スターとして格好良く振舞っている。高層ビルの遥か遠くの上の階に居るような感じがする。
それでも、あの若き頃のウタゲと酒を酌み交わし、途方もない夢を語り合った時代は確かにあった。
鮨焼肉。それは怖い物知らずの若者達が、黄金色の明日を目指して時を駆ける。夢と希望と挫折の味。そんな甘さと苦さの詰まった思い出の味を、私は昨日の事のように思い出すことが出来る。




