青春の始まり
「昨日はごめんね」
図書室で月待さんは顔を赤くしながらそう言ってきた。
「こっちこそ急にあんなことしてごめん」
僕がそういうと彼女は慌てたようにして
「ううん!すごく嬉しかったよ」
そう言った後の顔はびっくりしたような、恥ずかしさ全開の顔になっていた。
「いや、その、嬉しかったっていうのは、励ましてくれたのが嬉しかったというか、なんといいますか...」
彼女の顔はますます赤くなってく一方で、そんな姿を見ている僕は喉の奥が熱くなるような、頬に熱がのっているようなそんな感覚に襲われていた。
「でも、一緒に叶えようって言ってくれたのは、本当に、すごく、嬉しかった...です...」
恥ずかしさが限界に達したかのような口調でそう言われた僕は、喉から溢れ出るようにその言葉がこぼれた。
「付き合おう」
「え?」
目を見開いて僕を見つめる君を、しっかりと見据えて
「僕と、付き合ってほしい、一緒に青春を送ってほしい」
確かに、そう伝えた。そうすると君の目からは涙が溢れて、しばらく泣いたあと、いっぱいの笑顔で
「はい」
そう、短く答えてくれた。
次の日の朝、いつもの挨拶は二人ともちょっとぎこちなくて、でもいつもより暖かくて、嬉しい気もした。授業中、ふと彼女の方を見ると目が合った。二人とも顔尾を真っ赤にして前を向き直る。何をしているんだろう、そんなことを思っていると隣から丸められたメモが飛んできた。
「私たち、付き合ってるんだね」
広げたメモにはそう書いてあった。思わず彼女の方をみると、満面の笑顔を浮かべていた。その笑顔だけで自分は生きている意味があると、そう思えるほどに愛しくて、幸せな笑顔だった。
放課後になりいつものように図書室へ向かう。二人でカウンターに着くと、月待さんが口を開く。
「ねえ、柊くん」
「ん?」
「私が図書委員になった理由、覚えてる?」
言われた瞬間、あの時を思い出す。そうだ、彼女は小説のような青春を送りたいと願っている。
「うん、覚えてるよ」
そう、確か誰もいない図書室で二人で本を読む。それが始まりだった。
「ね、今図書室誰もいないね」
「そうだね」
「あの時渡した本、持ってる?」
「もちろん」
僕はバックからあの時借りた本を取り出した。図書委員で紹介する本に悩んでいた時、月待さんが貸してくれた本だ。
「さすがだね、それで...」
顔を赤くしながらモジモジしている彼女を見かねて僕は言う。
「読もっか、二人で」
彼女の顔がぱあっと晴れ、こちらを向き元気いっぱいの笑顔で
「うん!」
と力いっぱいにうなづく。それから二人で肩を寄せ合い、その小説を大切に、ゆっくりと読んだ。お互いに好きな場面を話したり、二人でこれがやりたいと話し合ったり、とても幸せな時間を過ごした。
「...ありがとう、柊くん」
「え?」
「私、今幸せだよ。柊くんがいてくれるおかげで」
彼女は本に目を向けながらそう伝えてくれた。その横顔が、言葉が、あまりにも愛おしくて、嬉しくて、気づけばその言葉を口にしていた。
「好きだよ」
「え?」
思わず口から出た言葉に、彼女は驚きを隠せない様子だった。でもすぐにこっちを向いて
「私も...好きです...」
そう言った彼女の顔は耳まで真っ赤で、目を逸らしながら、手はスカートをぎゅっと掴んだ様子で、なんというか、とても可愛かった。
「ねえ、柊くん」
「ん?」
「名前で、呼んでもいいかな」
恥ずかしそうにそう言う彼女のお願いを断れるはずもなく
「うん」
「奏...くん、奏くん」
ただ名前で呼ばれただけなのに、心が弾けるような、暖かいもので包まれたような、とにかく幸せでたまらなかった。
「ね、ねえ」
「あ、うん、ごめん、なにかな」
「私も名前で...呼ばれたい」
唐突なお願いに一瞬時が止まる。喉の奥が熱くて、耳が熱い。でも君の顔を見ていたら、そんなのどうでもいいくらいに、君の名前を呼びたくなった。
「美波」
そう彼女の名前を呼んだ後、彼女の顔を見てみると、世界で一番幸せそうな顔をしていた。
「あともうひとつお願いがあるんですけど...」
「うん、なに?」
「キスしてほしいです」
「...へ?」
思わず、変な声をあげてしまう。キス...?今美波はキスしてほしいって言ったのか?聞き間違いかと思ったが彼女の真っ赤になった顔を見て、その疑いはすぐに晴れた。ふと彼女の車椅子が視界に入った。僕は覚悟を決めた。僕は一緒に彼女の願いを叶えるって、美波の望んだ青春を一緒に送るって。
「...うん、分かった」
「え?」
美波は驚いたようにこちらを向く。そんなのはお構いなしに彼女の頬に手を当て、唇を重ねる。手を当てた頬はとても熱くて、その熱が全身に伝わってくるようだった。
「...これで、よかったかな」
そう言って彼女の顔を見ると、まだ驚いているような顔をしていた。
「なんで頼んだ本人が驚いてるの」
「だって、本当にしてくれるとは思わなかったから」
そう言って美波は顔を僕の胸に預けてきた。
「...大好き」
胸が熱くなる。それは彼女が僕の胸に顔を預けているからなのか、彼女がその言葉をくれたからなのか、僕にはわからなかった。だけど、僕はその言葉を言いたくてたまらなかった。
「僕も、大好きだよ」
胸にのっている熱が少し熱くなるのが分かった。今日の図書室には何故か一人も人が来なかった。図書室で二人で本を読む。美波の願いが一つ叶った。僕はこれからも彼女の願った青春を、一緒に叶えていく。そう思っていた。




