生きたかった君と、追いかける僕
僕はいつものように小説に書いてあった場所に向かおうと準備をしていた。今日は大きな神社の門前通りで食べ歩きをする予定だ。小さな肩掛けのバックに財布と携帯を入れて、玄関を出ようとしたところで電話が鳴った。知らない番号だった。嫌な予感がして僕は電話を取る。
「もしもし、柊木です」
「もしもし、美波の母です。今すぐ病院に来てくれるかしら」
僕の電話から聞こえたのは、美波のお母さんの焦りの混ざった声だった。
「今すぐ行きます」
僕はそう言って電話を切って急いで病院へ向かった。心臓が痛かった。胸が何かに締め付けられているような気がして、それくらいにはこの後の展開が予想できたから。そうはなってほしくないのに、そうなってしまうのだろうという確信めいた何かがあった。だって、僕が小説にある場所を周りはじめたってことは、僕はどこかでもう美波と一緒にその場所を訪れることはないのだと分かっていたということだから。もう美波は僕とどこかに行くことはないと、病院の中でその生涯を終えるのだと、分かっていたと言うことだから。
病院に着くと看護師さんが出てきてすぐに美波の病室へ通してくれた。僕は震える手で病室のドアを開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「あ、奏くん!」
そこにはベットの横に”立って”元気に僕のことを呼ぶ美波のすがたがあった。僕は信じられなくて、でも真っ先に思った感情は、口からこぼれていた。
「良かった」
途端に僕の目からはいくつもの水滴がでて、頬を伝う。気付けば僕は、美波に抱きついていた。
「良かった、本当に良かった。」
「うん、私も。本当に良かった」
そう言うと、美波も僕の肩で泣いていた。どうして、なんで、そんなことが頭の中に浮かんだけど、どうでも良かった。美波が元気にしている。それで十分だった。少しして、泣き止んだ美波が頬を赤くして、
「奏くん、みんなの前だから...ね?」
ふと我に帰り周りを見ると、皆さんがにこやかにこちらを見ていた。
「ごめんね、今検診中だからもう少し待ってくれるかな」
振り向くと穏やかな顔でお医者さんが隣の椅子に誘導してくれていた。
「すみません...」
そう言って席に座ると美波はクスッと笑った。
お医者さんの話を聞いていると、どうやら中国医学には美波の筋肉が動かなくなっていってしまうという難病に前向きな治療方法があり、治った、とまではいかないが筋機能が回復するといった事例があるという。美波もその事例に含まれることになったと言うことだ。美波は現在回復の方向に向かっており、通院は必須なものの、外出はできるし、また学校にも通うことができるらしい。僕たちは早速海に来ていた。
「奏くん」
「ん?」
「また一緒に小説の続きができるね」
美波が立ってその言葉を口にしているのを見た僕の目からは、涙が溢れていた。
「あー、奏くんまた泣いてる。泣き虫だなー。ほら、先行っちゃうよ!」
そう言って笑顔で浜辺を駆ける彼女の背中を、僕は追いかけた。




