⑨不穏な空気
「知ってる?隣国との関係が悪化してるらしいのよ…」
「ええ、今朝の新聞にも載ってたわ、戦争になったら嫌だわ」
シャノンは街にあるパン屋で働いていた。
ふとお客さんが話していた不穏な会話が耳に入ってきて思わず聞き耳を立ててしまった。
戦争…?まさか…ね。
「シャノン、また彼が迎えに来てるわよ」
一緒に働いているセラが声をかけてきた
店の外にアランがこちらをみて立っている、私と目が合うとはにかむように笑った。
「やだっ!違うのよ、たまたま仕事が終わる時間が一緒で帰る所も同じだけで…」
慌てて否定するが全く信じてもらえない…
「ふふ、照れちゃって~ほら、先にあがっていいから待たせちゃ可哀想でしょ」
「えっ?!後片付けが残ってるじゃない、ちゃんとやるわよ」
「いいのいいの、前に私がデートの時シャノンが代わりにやってくれたじゃないそのお礼だから。ほらほら行って」
そう言って店の外に追い出さてしまった
「…アラン、毎回待ってなくてもいいのよ?」
「でも、心配だから。帰り道は少し薄暗いし送らせてもらえないかな…」
確かに1人で帰るのは心細かったから本当はとても助かっているのだけど、それを正直には言えなかった
「まぁ、いいわ…帰りましょう」
そして2人で村へと帰路についた。
***
「ねぇ、隣国との事聞いた?」
「あぁ、戦争になるかもしれないんだろ?」
「ちょっと!まだわからないわよ、物騒な言い方やめてよ」
「ご、ごめん…」
「別に謝るほどじゃないわ、アランはすぐ謝るんだからその癖やめた方が良いわよ」
「うん…つい。でもシャノンにだけだよ、嫌われたくないからさ」
「はぁ!?何よ、嫌うわけないじゃないっ」
「え?本当に??」
「当たり前じゃない、大切な友人だもの」
「友人…か、うん、そうだよね」
アランの気持ちはずっと前から知っている、だけどその気持ちを受け入れる事はできない。
私は幸せになってはいけないのだから
あの子が目覚めるまでは…
将来のエリスのためにお金を貯めておかなければ
私に出来ることはそれくらいだもの
あの2人の幸せだけを願うわ…だからどんなものからでも絶対に守ってみせる、私の命に代えても...。
***
手紙が届いてから1ヶ月が経とうとしていた
手紙の内容は国からの要請で戦争で有利になる魔道具の開発のため現在、国の全ての魔道具師が王都に集められているらしい。そして辞めた僕にまでその声がかかった…従わなければ処罰される可能性があるしれないと書いてあった。
だが僕は断りの言葉を認め返事を送った
エリスが褒めてくれた僕の魔道具を戦争の道具には絶対にしない。そんな物を作るために魔道具師になったわけではないし、それにエリスの側を離れるなんて無理だ…
考え事をしながら森の中を歩いていたら足を踏み外し川に落ちてしまった。
「うわっ!!」
川の流れは思ったよりも早くて抵抗する間もなく流されてしまう。
やばい…どこか掴まる所はないか
手頃な枝や岩があっても滑ったり手が届かなかったりしてどんどん流されていく
かなり流された所でようやく大きな岩にしがみつくことが出来た。
「ハァハァハァ…ごほっっごほっ」
流されながらたくさん水を飲んでしまったので咳き込み岩の上に仰向けに転がった。
「ハァハァ…はぁ…」
ようやく息が整ってきて周りを見る余裕ができた
ここは何処だ、結構な距離を流されたと思う。
どこら辺まで流されたのかと辺りを伺っていると…
ある光景に目が釘付けになる
あれは、まさか
そうあの幻の花
アスターの花が蕾のまま寂しそうに風に揺れていた…
***
やっとの思いで帰宅できたのはとっぷりと日も暮れ夜遅くになってからだった。
「エリス!!ごめん、こんな時間まで1人にしてしまって」
家へ戻った僕は急いでエリスの寝ている部屋へと向かった。
エリスはいつも通り静かに眠っていた
何も変わりないのを確認しやっと一息つく
良かった…エリスが無事で
「エリス、遅くなったけど君が喜ぶプレゼントを見付けてきたよ」
そう言ってアスターの花をエリスの顔の側に近付けた。
「これが君が僕に渡そうと探していた花だよ、やっと受け取れたよ。ありがとうエリス、とてもとても嬉しいよ…」
僕の目からはポタリポタリと涙がこぼれ落ちる
「満月になったら2人で開花する所を見ようね」
花を花瓶に入れ、エリスのベッドの横にあるサイドテーブルの上に置いた。
しかし摘んでから満月の夜に咲くというアスターの花は何故か満月になっても花開くことはなかった…
何度満月がきてもその美しい奇跡の開花は見れないままだった。