⑦月日は流れ
5年前にはなかった小さな家が森の麓にこじんまりと存在し、小さいながらも可愛らしい庭や畑もありとても暖かみのある居心地の良さそうな家だった。
『コンコン』
ノックの音が聞こえルカは読んでいた本を閉じて玄関の扉へと向かった。
「どなたですか?」
「私です、シャノンです」
ドアを開けるとエリスの姉、シャノンが大きなカゴを持ち立っていた。
「おはようございます、シャノンさん。今日はどうしました?」
「おはよう、ルカ。乾燥肉と今朝焼いたパン、それから畑で取れた野菜を持ってきたわ」
シャノンは定期的にルカの所に食べ物や薬草などを届けに来ていた。
「そんなにマメに来なくても大丈夫ですよ、僕もある程度の事なら問題なく出来るようになったので」
「それは畑や庭を見てれば良くわかるわ、手入れが良く行き届いてるし、でもの妹様子が知りたくて…ダメかしら…」
昔のシャノンとはずいぶん雰囲気が変わった、それも仕方ない事だが...。
「エリスの事が気になるならいつでも歓迎しますよ、良ければそろそろ顔を見てあげてくれませんか?」
「………。それはやめておくわ、エリスに変わりなければいいの、それじゃもう行くわ」
そう言ってシャノンは慌ただしく出ていった。
シャノンが置いていった食材やパンを保存用の棚にしまってから先程いた部屋へと戻った。読みかけていた本を置いておいた椅子に腰を下ろし部屋で待っていたエリスに話し掛ける。
「今シャノンさんが来たよ、でもまだエリスの顔は見れないみたいだ」
「さぁ、続きを読もうかごめんね待たせて」
「次読む本はエリスの好きな冒険物がいいね」
ルカがエリスに沢山話し掛けるが返事は全く返ってこない。
それもそのはずだ、エリスは5年前の事故から昏睡状態が続きいまだに1度も意識が戻っていないのだから。
***
王都にいたルカに連絡が来たのはエリスが事故にあってから1ヶ月後も立ってからだった。
この村から王都へと手紙が届くのはそれくらいの時間を要すのでどうしようもないとはいえ知った時の衝撃は凄まじかった…
すぐに休暇をもらい王都を出て村へと戻った。
エリスは自分が最初に見習いとして働いていた工房のある街の病院にいるというので急いでそこに向かうと、本当にまだ生きているのかと疑う程に衰弱したエリスが簡素なベッドの上で静かに息をしていた。
「エリスっ…ごめん、すぐに来れなくてごめんよ…」
エリスの手をそっと握ると思った以上に冷たくて胸が苦しくなる。
何故こんな事に…
村に着いた時、シャノンさんが泣き腫らした目で事故の詳細を話してくれた。
エリスはあの花…アスターの花を僕に届けたくて事故にあったと…
僕からの連絡がほとんどなく心配になったエリス自ら会いに行こうとしていた事…
まさかとは思ったが、ああ…エリスはそういう子だったと思い直した。昔から好奇心旺盛で沢山の事を知りたがった、うじうじ悩むくらいなら行動する!そんな子だったじゃないか。
僕からの連絡がなければ会いに来ようとするくらいすぐに思い付いただろう?早く認められたくて、早く実績を積みたくて、早くエリスを迎えに行きたくて……そのうち周りが見えなくなってそして一番大切な者を失う所だったのか。
突然恐ろしくなって体の震えが止まらなくなる
エリスを失う所だった…永遠に…そう思ったら堪えていた涙がとめどなく溢れエリスと僕の手にポタポタとこぼれ落ちた。
僕は何をしに王都へ行ったんだ
エリスと一緒になりたくて頑張ろうと決めたはずだ…エリスなら絶対に待っててくれる、エリスなら言わなくても僕の気持ちをわかってくれている…そんな傲慢な態度が彼女を不安にさせ今回の事故へと導いた。
もっと早くちゃんと気持ちを伝えていれば
迎えに行くから待っててと伝えていれば
君以外の女性は目に入らないと伝えていれば
僕にはエリスだけだと伝えていれば
愛していると伝えていれば…
エリスが命を取り留めたのは僕があげた魔力を付与したネックレスのおかげだと知った。
お転婆なエリスを守れますようにと渡したかつての自分にどれ程感謝したか…しかし今の医療技術でこの状態が続けばエリスの命は長くは持たないだろう、ならば僕に出来るのは今までの経験と技術を生かしエリスの命を維持できる魔道具を作り出す事だ。
それから僕はエリスの事を彼女の両親に頼みいったん王都に戻り生命維持を補助する魔道具を作ることに没頭した。何度も試行錯誤し失敗しながらも絶対に諦める事はなかった。
エリスの生命力が持つまでに作り出さなくては
エリスを失いたくない、それを原動力に寝る間も惜しんで作り続け…そして遂に完成させた。
それは経口摂取が出来ない状態の人間に魔力を介して必要不可欠な栄養を送り体内に吸収させ、更には細胞を活性化させる気を常時体内に循環させて体の内側からの回復を促す、というとんでもない魔道具を短期間で作り上げたのだ。
とにかくこれでエリスの生命維持が保てると思ったら安堵し気が抜けてその場で気絶したように深い眠りに落ちていった。
***
目が覚めてからすぐに工房の責任者の所へ向かった。
「本当に辞めるのか?」
「はい、今まで大変お世話になったのにこの様な形で辞める事になり申し訳ありません」
「君程の腕があるならまだこの工房に残り実績をあげる方が今後の為になるんだぞ…」
「有難いお言葉ですが気持ちは変わりません」
「そうか…とても残念だ…」
僕は工房を辞め故郷の村へと帰郷を決めた。
名声や身分が欲しかったのは全てエリスを幸せにしたかったからだ、だから失った所でなにも怖くはない。
これからはずっとエリスの側にいよう、そう決めたのだ。もう僕は間違えない…エリスより大切な物なんてないのだから。