運の力で日本を救う 日本サイコロ党です
物価上昇、米不足。閣僚の半数が辞任した政治資金問題と与党の株が地の底まで落ちる中で決まった解散総選挙。
欧米流の外国人排斥を訴える急進派ポピュリズム政党の躍進が予想される中で
支持率1位に躍り出たのはそれまで誰も聞いたことのなかった政党だった。
「運の力で日本を救う 日本サイコロ党の代表、朝田徹矢です」
記者会見のフラッシュライトを一身に浴びる「日本一イケメンな社長」は自信に満ちた笑顔をカメラの先に待つ有権者に見せる。
「我々の公約は極めてシンプルです。この手の平の上にあるサイコロ、この出目によって全ての政策を決定します」
ざわめく会場。事前に情報を掴んでいた記者も信じられないという表情だ。
目の前の男は目立ちたがりの迷惑系配信者などではない。
高校在学中に起業して以来、信じがたい速度で事業を拡大させ26歳の若さで日本で三番目の大富豪になった人物なのだ。
「そんな馬鹿な話があるか、と思われた方もいるでしょう。ですがよく考えてみて下さい。
業界団体から金を受けとり法人税を下げる一方で、簡単に搾り取れるというだけで消費税を上げる政治家官僚。
彼らのしていることの方がよほど国民を馬鹿にしているとは思いませんか?」
朝田は怒りと憂いに満ちた表情で拳を握る。
「自明党政権は長年にわたり自分たちの失政を国民の自己責任だと言い張ってきました。
お前の人生がみじめで終わっているのはお前が悪いのだと。
私はこの地球上で最も社会的に成功した人間の一人です。
その私が断言します。人生は運ゲーです。成功も失敗も全ては自分にはどうにもならない運命の産物です。
そんな幸運かどうかでしかない問題を「努力の違い」にして搾取を正当化したことで
人類社会は上位5人の大富豪が下位50%の人々以上の財産を独占する異常な袋小路に行き当たっているのです」
大きな手がカメラに向けてサイコロを差し出す。
「今日この時をもって、私はこの狂った世の中を破壊します。
まずは日本、そしていずれは世界。
この人類史上最大の革命を私は皆さんと共に歩みたい。
さぁ、運命を取り戻しましょう!!
自分の人生は自分がサイコロを振って決めるんです!!」
このあまりにも奇抜な政党の誕生は世界中で話題となりSNSのトレンドを独占したが
その時点で日本サイコロ党の勝利を信じるものはほとんどいなかった。
大抵の人は朝田の行動を物好きな大富豪の腐敗政治に対する抗議パフォーマンスと考えたのである。
しかし朝田は本気だった。
彼は日本サイコロ党に財産の大半を寄付すると同時に立候補者の募集を開始するがこれがまた大きな話題となった。
何と立候補者までサイコロで決めるのである。
公認を得るための手続きは極めて簡単だ。党費として1万円を支払い日本サイコロ党の党員となりサイコロを10回投げる。
これだけだ。出目が良ければ公認を得て出馬となる。学歴も職歴も犯罪歴すら不問である。
特筆すべきはそれまでの仕事をやめて出馬する人間に対する保証だった。
朝田は落選した場合でも当選した場合と同じく4年間の任期で得られる議員報酬と同額を支払うことを約束したのだ。
これが見事にバズった。
国会議員の年収は2000万以上、それを4年となれば「落選報酬」は1億に迫る。
1万円で挑戦できる宝くじといっていい。しかも当選確率は宝くじよりも何万倍も高い。
インフルエンサーを中心に「サイコロ出馬チャレンジ」に挑戦する者は後を絶たず
数ヶ月前までは影も形も存在しなかった泡沫政党は瞬く間に巨大な地盤を作り上げた。
結果、自明党が愛国党などの保守勢力と票を食い合ったこともあり
日本サイコロ党は結党から1ヶ月で衆議院で過半数を獲得し政権与党になるという
世界中の政治評論家が仰天する奇跡的な躍進を遂げてしまったのである。
こうして始まった前代未聞のサイコロ政治。
自分たちで投票しておきながら日本国民は不安でいっぱいだった。
野党へ転落した自明党はサイコロ政治は日本を滅亡させると盛んに喧伝した。
しかし政権交代から1ヶ月が過ぎ、半年が過ぎ、1年が過ぎても
人々が予想していた「サイコロによる破滅」は起きなかったのである。
「いったい何がどうなってるんですか朝田先輩」
高校時代の後輩という伝手を使い独占取材の機会を得た政治記者の神崎直子は
椅子に腰掛けて手の平の上でサイコロを弄ぶ朝田徹矢総理に問いかけた。
「何がとは?」
「とぼけないで下さい。日本サイコロ党が政権を握ってもう1年ですよ。
一度や二度ならともかく1年にもわたって全ての政策をサイコロで決めながら
日本が無事なままなんて確率的にありえません。いったいどんなイカサマをしているんですか」
「この1年、君のように疑いを持つ人間は大勢いた。
そしてその度に我々は潔白を証明してきたのを忘れたのか?
使用するサイコロは厳格な検査を受け、時には不正を疑う者自身にサイコロを振らせている。
神に誓って我々は不正などしていない」
「そんな馬鹿な………本当に運だけで全てが上手くいくなんてことがありえるんですか」
呆然とする直子。
そんな後輩の様子を朝田は「くっくっ」と愉快そうに笑った後で「いいや、そんなことは誰も言っていない」とあっさり否定した。
「っ!?どういうことですかっ!!」
「私は不正やイカサマはしていないと言ったがこの結果が全て運とは言っていない。
天命を待つ前に十分に人事を尽くしてはいるさ」
テーブルの上にサイコロが投じられ六の目を出す。
「サイコロ政治とギャンブルは似ているようでいて決定的に違う。
それはギャンブルと違って外れを作る必要がないということだ。
全ての出目に有益な政策を用意すれば出た数字で何であろうとも問題ない。
その上で政策の優先度と出目の設定回数、投擲数を調整すればやがて確率は収束する。
流石に何もかも狙い通りとはいかないが、それに近いところまではいく」
直子は手品にフォースというテクニックがあるのを思い出した。
観客に自由に選ばせているように見せかけて実際には手品師の用意したものを選ばせるテクニック。
サイコロ政治はさながらランダムフォースだ。
運分天賦で全てが決まっているようでいて実際には朝田が実行する政策を決めている。
だが真実は新たな謎を呼ぶ。
「いったいどうしてそんなことを?
これならサイコロを振る必要なんてどこにもないじゃないですか」
「大いにあるとも。神崎くん、君は民主主義とは何か分かっているかね」
「えっ?」
「多くの人間がそれを勘違いしている。
選挙に行き、政治家を選び、そいつらに議論させた後で多数決するのが民主主義だとね。
だが違う。民主主義とは国民が考え、行動し、その結果に責任を持つことだ」
朝田はリモコンを手にしてテレビをつける。
そこには子育て支援予算の投擲者を決めるための大会に参加した親子連れが楽しそうにサイコロを投げる様子が映し出されていた。
「そしてそれには当事者感覚が必要不可欠だ。
日本の未来を決めるのはどこかの誰かではない、自分たちがその決定に関わっているという手応えがあれば
人は真剣に向き合い考えるようになる、今自分は何をすべきなのか、自分たちが生きる社会はどうあるべきなのか。
サイコロはその手応えを生み出す大切な道具なのだよ」
「………私が真実を公表しても構わないんですか?ここまでの会話は全て録音していますよ」
直子の言葉にも朝田が揺らぐことはなかった。
「それが正しいと思うなら君の好きにすればいい。
私は私に出来る人事を尽くした。あとは天命を待つのみだ。
それでも私は信じているよ。
国民はもう運命を他人任せにはしない。
自分の人生のサイコロは自分で振ってみせるとね」