◆4 軍隊、反転! 国が滅んでしまいましたが、私は知りません!?
【第四話】
本来の水車塔管理者プロミス公爵令嬢がいなくなって以降、次第に王都の水が濁り始めてきました。
水車塔はそのままなのに、誰にも水車を回すことができなかったのです。
ダマス王女にも、むろんワーム王太子にも扱えませんでした。
てっきり水の浄化は、水車塔という巨大魔導装置の能力によって行なわれていると思われていましたが、間違いだったようです。
魔導装置はあくまで魔力の増幅装置であり、水車を回して水の浄化を行なっていたのは、歴代の管理者たちの浄化魔法だったのです。
つまり、プロミス嬢が生来持っていた浄化魔法によって、水が綺麗になっていたのでした。
でも、そうした推測を、水政省役人のズール子爵が提示したときには、すでにプロミス嬢を水車塔から追い出した結果、隣国に亡命された後でした。
まさに後の祭りだったのです。
水車塔に乗り込んでからわずか三日で、ダマス王女は水の浄化を投げ出しました。
「駄目よ。水車なんか、回んない。もう、知らない!」
そう叫んで、魔法陣の台から降りてしまいました。
そんな妹を、兄のワーム王太子は、思い切り平手打ちをしました。
「なんだよ! 『水車を回すことなんか、簡単よ!』 と豪語してたくせに!」
すると、腹を立てた王女は、「もう、ヤダ!」と泣き喚きました。
仕方なく、婚約者となったブレイブ公爵子息がダマス王女を抱き寄せ、甘く語らいます。
「妹のプロミスにも出来たことなんだ。貴女なら、きっとできる」
「……」
しかし、ブレイブ渾身の説得も空振りに終わりました。
翌朝には、ダマス王女が水車塔から姿を消してしまっていたのです。
日頃、付き従っていた侍女すらも振り切っての逃走でした。
プロミス公爵令嬢が水車塔から追い出されてから、わずか四日後のことでした。
水車塔の管理者がいなくなってから、ヴィナス王国の水は次第に汚くなっていきました。
エクス川の水が赤く染まるほどになるまで、十日とかかりませんでした。
その頃には、水から悪臭が漂い始め、当然、水車近くの水もまったく売れなくなりました。
水が浄化されない結果、様々な現象が起こりました。
作物が育たなくなりました。
飲み水がまずくなりました。
食物もまずくなりました。
水で溶かしたポーションが効かなくなりました。
結局、国家産業全体が痩せ衰えていったのです。
飲み水がまずくなるに従って、民衆が怒り始めました。
藁や小石などを詰めた樽の中に水を通して、濾過しようとする人々が相次ぎ、浄化機能があると宣伝する魔道具が、飛ぶように売れるようになりました。
それでも、目に見えない魔素を取り除くことは十分にできず、人々は水を飲んだだけで、お腹の具合が悪くなりました。
金持ちの商人や貴族は、浄化魔法を使える者を高額で雇い入れましたが、彼らの浄化力は弱いうえに、もとより浄化魔法を扱える者は少ないので、「自分は浄化魔法が使えるぞ」と嘘をついて詐欺を働く者が続出する事態になってしまいました。
それでも、水質悪化の進行を止められる者は、誰もいませんでした。
王家に対して、貴族からの突き上げも激しくなる一方でした。
ワーム王太子は、その頃になって、ようやくプロミス嬢を追い払ったことを後悔し始めました。
先代王モロアの屋敷に騎士団を差し向けましたが、彼女の姿はなく、隣国のシーク王国に逃亡したと知りました。
すぐに彼女を捕縛しようとしましたが、シーク王国が革命騒ぎで騒然とし始めたうえに、シーク王家から援軍要請を受けたので、プロミス嬢の追跡を取りやめました。
シーク王国とは友好国なのに、革命軍に紛れ込んだと思われるプロミス嬢をうっかり追い求めたら、ヴィナス王国が革命側に加担していると誤解されてしまうことを恐れたのでした。
このときは、豊かなシーク王家が革命軍などに倒されるとは、ワーム王太子は思ってもみなかったのです。
そのくせ、彼が隣国の革命騒ぎに対して取った態度は、至って中途半端なものでした。
ヴィナス王国としては友好国の王家の要請に応じて援軍を出すべきでした。
ですが、水質悪化によって国内が混乱中だったため、ワーム王太子は父親のザッハ国王が病に臥せっていることを口実に、援軍要請に応じなかったのです。
その結果、隣国での革命が成功し、新たにシーク共和国が誕生したのでした。
そして、ついにプロミス嬢が、革命政府の下で水車塔管理者に収まっていると知ったのです。
ワーム王太子は、プロミス嬢の家族であるウエイン公爵と、ブレイド公爵子息に命じました。
「アンタたちの家族だろ? プロミス嬢を呼び戻せ!」
しかし、残された家族に打つ手はありませんでした。
父親のウエイン公爵は何度も手紙を出しましたが、まったく返信がありません。
兄のブレイブは、今さら妹に呼びかける言葉すら思いつきませんでした。
父親の手紙に対する返信すらない原因をあれこれ推察して、王太子に言い訳します。
「革命軍が権力を持ったのだから、きっと、外国からの連絡物は、検閲して弾いているんだろう。
もしくは、単に混乱して物流が滞っているだけかも。
俺は嫌われているから、もとより連絡方法すら思い浮かばないがーー。
王太子殿下がじかに今までの非礼を詫びて、呼びかければ、あるいは……。
妹のヤツはクソ真面目で、責任感があるから、そこを突いてやればーー」
そう言われても、水車塔から追い出すのみならず、腕まで叩き斬った自分が、今さらどう詫びれば良いのか、ワーム王太子にも見当がつきません。
城外から聞こえる民衆の怨嗟の声を耳にしながら、王太子は頭を抱えました。
最近は、小判鮫のようにお追唱していたデモンズ伯爵の姿を王城内で見かけることもなくなり、ペレス宰相は政務で方々を飛び回っており、会ってすらくれませんでした。
やがて、エクス川の下流にあるのに、「シーク共和国の方が、水が綺麗だ」と評判になり、三ヶ月も過ぎる頃には、ヴィナス王国は共和国から水を輸入しないことには生活もできないほどになっていました。
◇◇◇
ヴィナス王国の水が腐敗して大騒ぎになっていくのに反比例して、南のシーク共和国は安定し始めていました。
エクス川の下流にありながら、水が綺麗になったうえに、一般国民すべてに向けて水が無料で開放されたことが大きかったようです。
それだけで革命政府は人々から支持され、共和国体制は熱烈に迎えられました。
その最大の功績が、臨時大統領に就任したセクトと、彼と共に隣国からやって来た、水車塔管理者のプロミス嬢にあることは、誰の目にも明らかでした。
臨時大統領セクトは、政務の合間を見ては、今日も水車塔最上階に顔を出します。
「また、お父上からの手紙ですよ」
新たな手紙を手渡しましたが、プロミスは読まずに破り捨てます。
破り捨てた手紙のゴミが、山のように積もっていました。
「どうせ、読まずとも内容はわかってる。
『帰ってきなさい。ソッチでは革命騒ぎがあって大変でしょう。心配してる』
ーーこんなのばっかり。
本当は自分の身の方が心配なのに。
自分よりも弱い存在を保護していれば、自分が強くなれると錯覚してるのかしらね。
お父様は、傷の舐め合いでしか、人間関係を築けなかったヒトなの。
もう、諦めてるわ」
セクトは新たにもう一通、書状を差し出しつつ言いました。
「今日は、別の人物からの手紙も持ってきたよ。
外務省から僕の方に回されて来てね。
向こうの王太子ーー次期国王陛下からの書状だ。
読んでみるかい?」
「気が進まないけど」
と言いながらも、プロミス嬢はセクトの手から書状を奪うようにして広げました。
「ーーなになに?
『ダマス王女が水の浄化を投げ出して失踪した。
プロミス嬢。君しか水車塔を管理できる者はいない。
帰って来てくれ。
これ以上、我が国の民が苦しむのを、君はなんとも思わないのか。
作物は日々痩せ衰え、水が苦くなって、飲み水すらなくなってきている。
可哀想な国民を助けるためだと思って、過去を水に流そうではないか』
……。
相変わらず、自分の都合ばかりね。
謝罪一つもないとは。
ーーあら。嘆願書が添えられているわ。
宿屋の主人やデモンズ伯爵など、お世話になった人も署名しているのね」
セクトは試すように問いかけます。
「どうする?
君の見立てだと、もっと水車塔を稼働させて浄化量を増やさなければ、水の浄化は仕切れないんだろ?
ここより水源に近い、ヴィナスの水車塔こそ稼働させねばーー」
プロミスは苦笑いを浮かべます。
「でも、あの水車塔こそが必要不可欠だ、と知れば知るほど、独占して利用しようと考えるわ、あのワーム王太子は」
「そうだろうな。ウチの国王もそうだった」
「私は戻らない。魔法杖で打たれたり、腕を斬られるまでされたのよ。
あのクソ王太子と王女の兄妹を、許せるわけないじゃない。
なにが『過去を水に流そうではないか』よ。
自分の右腕を叩き斬ってから言いなさいよ」
なくなった右腕を、左手で撫でるようにして、私は思いを馳せます。
「当然だな。
じゃあ、お父上相手と同じで、無視するか。
共和国政府としても、他の仕事で忙しいという体裁は取れるし……」
セクトが嘆息するのを耳にして、私、プロミス嬢は、思い直しました。
裏切った家族相手への返信には意味がないけど、権力者の王太子相手になら、返信の仕方次第では、面白い仕掛けができるのではないかーーと。
「そうねーーどうせなら……。
私が返答の文面を考えるわ。
故郷の人たちには悪いけど、もう少しの間、苦しんで、コッチの人たちのように、自分の足で立ち上がれるようになってもらわなきゃ、根本的な解決にはならないから」
私は羽ペンを手にして、サラサラと返信の手紙を書きました。
そして、その文面をセクト大統領に見せたのです。
すると、臨時大統領はニヤリと笑みを浮かべました。
「そうか。煽ってやるんだな。
ははは。
だったら、こちらも準備をしておく」
セクトは身を翻して廊下へ出ると、臨時大統領として、追随していた秘書官らに向かって大声を発しました。
「軍務省へ向かうぞ。将帥どもを集めておけ。
革命軍ーーいや、共和国軍初の軍事作戦だ!」
◇◇◇
三日後ーー。
ヴィナス王国の王城に、ようやくプロミス嬢からの返書がもたらされました。
残念ながら、水車塔管理者への復帰を拒んだ内容でしたが、文面を読み進めるうちに、ワーム王太子は喜びに打ち震えました。
『故郷の人々が苦しんでいると伺い、私、プロミスも心を痛めております。
でも、また魔法杖で痺れさせられたり、剣で斬り付けられるかと思うと、私は怖くて帰れません。ごめんなさい。
しかも、このシーク共和国もたいへん弱っています。
人々が革命政府を非難していて、私も身動きが取れません。
混乱していて、特に国境線に駐屯する兵隊さんが、まるでいない状況です。
幸い、私が頑張って水の浄化を進めておりますので、その国境近くの村では豊かに作物が稔っていているのに、刈り取る人もいないありさまですーー』
ーーこうした文章を記した手紙と共に、ヴィナスとシークの国境地帯を詳細に記した地図が添えられていたのでした。
ワーム王太子は返書を握り締め、声を張り上げました。
「これはシークに攻め入る好機ではないか!
プロミス嬢は、やはり我が王家に連なる淑女であった。
革命政府に参加しているように見せて、諜報活動をしてくれていたのだ。
見てみろよ、この地図!
まさに攻略ルートの案内図だ」
互いに友好関係にあったため、ヴィナス王国は、旧シーク王国との国境に将兵を置かず、流通はもっぱら幹線道路を通じて行われてきました。
そのため、幹線道路以外の道筋や、国境近辺の地形は互いに不明な点が多くなっていたのです。
ところが、手紙に添えられていた地図には、国境近辺のシーク領について詳細に描かれていました。
王太子は、プロミス嬢の兄ブレイブに、地図を広げて見せます。
「これから行われる侵攻作戦の、最大の功労者はプロミス嬢となるであろう。
彼女の兄である貴様に、この地図と、我が国一番の精鋭騎士団を貸し与えよう。
俺の妹の婿に相応しい武勲を挙げてくれ!」
水質の悪化による民衆の怒りを逸らすために、王太子は隣国の新政府に向かって戦争を仕掛ける決心をしたのでした。
ところが、一ヶ月後ーー。
侵攻作戦を開始した、ヴィナス王国軍は、思いも寄らぬ窮地に陥ってしまいました。
ブレイブ公爵子息は最前線で騎士団を率いましたが、馬上で立ち往生になりました。
馬の足が進まなくなってしまったのです。
山間の狭い沼地で、後続する騎士団もろとも、ぬかるみにハマってしまったのです。
そこへ、両側面から、何百本もの弓矢が放たれました。
「ちくしょう、騙された!」
弓矢の嵐が吹き荒れる中、ブレイブが悲痛な叫びとともに、妹からもたらされた地図を破り捨てました。
「地図では、こんなに狭くなっていないし、沼地だなんて記されてない。
妹にーープロミスに嵌められたんだ!」
地図に記されたルートに従って行軍したゆえに、狭隘な沼地に誘い込まれたのでした。
共和国軍が、遠距離から攻撃するよう弓兵を配置したのも、計略のうちでした。
これでは接近戦もできないため、ブレイブは得意とする火炎魔法も使えません。
ブレイブの手から出る炎はじかに触れないと、相手を焼くことができないからです。
しかも、泥沼に足を取られているので、騎士団も自慢の騎馬戦を仕掛けられないし、槍も振るえません。
おまけに甲冑が重くて、泥沼にハマり、すっかり身動きがとれなくなってしまいました。
なすすべもなく、精鋭騎士団が弓矢で射かけられ、落馬して死んでいきます。
百名以上の騎士たちが、甲冑の重さに耐えかねて、汚泥に沈んでいきました。
一方で、共和国軍の指揮官は、弓矢でさんざん射ち込ませた後、号令しました。
「今だ! 侵略者を打ち取れい!」
おおおおお!
真っ先に沼地に足を踏み入れたのは、泥沼に慣れた農民兵でした。
綺麗な水を得て歓喜した農民が多数、共和国軍に参加していました。
そんな彼らを戦場に積極的に投入する計画を立てたのは、新たに水車塔の管理者となったプロミス嬢でした。
プロミス嬢は、あたかも予言者のように敵軍の進行ルートを指し示して、沼地にハマったところを、獣を狩るようにして討ち取るように指示したのです。
そして、まさに予言通りになったのでした。
鎌や斧を手に、泥だらけになりながら、農民兵が騎士団に襲いかかります。
共和国軍の正規部隊は、遠方から見学するだけでした。
沼地から脱け出してきた残兵を叩き伏せるために配置されていましたが、出る幕はなかったのです。
ヴィナス王国軍は、先鋒を担った精鋭騎士団の壊滅を受けて、後続する軍隊は立ち往生してしまい、戦意は完全に失せてしまいました。
一方、共和国軍は防戦に徹底する構えらしく、こちらに攻め入ってきません。
そこへ空中から、大量のビラがばら撒かれました。
ビラを仕込んだ巨大風船が風に流されてきて、渋滞していたヴィナス王国軍の真上で炸裂したのです。
王国軍の将帥や兵士たちが目にしたビラの文面は、衝撃的なものでした。
『ワーム王太子が、水車塔からプロミス嬢を追い出して、水の管理権を独占した。
そして、わざと水質を悪化させ、あなたたちを戦争するしかない状態に追い込んだ。
ひとえに、隣国が革命騒ぎで混乱しているのに乗じて侵攻するために。
その戦果をもって自分の手柄として、新王に即位するために。
ザッハ国王が病床に倒れたのも、ワーム王太子が関与した疑いがあるーー』
と記されていたのです。
そして、末尾には、水車塔管理者のプロミス・ウエイン公爵令嬢の署名がなされていました。
水質が悪くなったのは事実で、それは水車塔の管理者がいなくなったからだ、とは誰もがわかっていました。
ですが、その原因を知る者は、ごく一部に限られています。
それが、管理者のプロミス嬢の告白によって、今、暴かれた、とビラを見た王国軍将兵の誰もが信じました。
まさか、水がまずくなったのは、ワーム王太子が管理者を水車塔から追い出したことが原因だったとは!
それも、自分たちを隣国に攻め入らせるために!?
ふざけるな! と王国軍将兵は思いました。
さらに、ザッハ王が寝たきりになっているのも、息子の王太子が新王に即位するために画策した結果かもしれないーー。
ちなみに、実際のワーム王太子は、そこまで悪どくはありませんでした。
シーク共和国に戦争を仕掛けようとしてプロミス嬢を水車塔から追い出したわけではないし、わざと水質を悪化させたわけでもありません。
ザッハ国王が病床に臥せっているのも、王太子には何の責任もありません。
ですが、隣国で革命騒ぎがあって、王政が倒れたのも事実でしたし、近年起こった事象のすべての辻褄が合う「解説」が、そのビラには記されていたのです。
さらに、翌日ーー。
立ち往生していたヴィナス王国軍の許に、共和国軍本陣からの使者が、沼地を越えてやって来ました。
そして、停戦の申し出と、「このまま、ヴィナス王国軍が反転して背中を見せても、決して追撃はしない」と約束するよう申し出てきたのです。
「我らシーク共和国軍は、虐げられた民衆の味方である」と宣言したのでした。
結果、ヴィナス王国軍は反転しました。
そして、逆に、ワーム王太子が居座る王城に向けて、攻撃を開始したのです。
しかも、さらにその翌月になると、なかなか王城を陥落できない王国叛乱軍が、シーク共和国軍に協力を要請しました。
その結果、十万もの大軍で、シーク共和国軍が援軍として、ヴィナス王国領内へと押し寄せたのです。
行軍中の共和国軍は、満足に水も飲めなくなっていたヴィナスの民衆から、歓呼の声で迎えられました。
そして、ついに孤立した王城内でクーデターが発生したのです。
寝たきり状態だったザッハ王は絞殺され、ワーム王太子は近衛騎士の手によって背中から刺され、首を刈られました。
残された王妃は、いつものように悲嘆に暮れるばかり。
こうして、ヴィナス王国は滅亡したのでした。
国が滅ぶに至って、ヴィナスの民衆は、ようやく安心することができました。
なぜなら、シーク共和国よりの特使として派遣されてきたのが、プロミス嬢だったからです。
彼女が水車塔管理者に復帰し、綺麗な水を国民に提供することを約束したからでした。
私、プロミス公爵令嬢は、かくして水車塔にひきこもる生活に、国民の歓呼の声を受けながら、復帰することができたのでした。
【エピローグ】
ヴィナス王国とシーク共和国は、エクス共和国として統一され、豊かになりました。
そして翌年、選挙の結果、初代大統領は再びセクトが選ばれました。
ちなみに旧王国民には選挙権がなかったのですが、四年後に予定されている第二回選挙からは選挙に参加できることになっています。
こうして、水が飲めなくなってきたことに端を発した混乱と戦争が終結して、ようやく一年が経とうとしていました。
旧ヴィナス王城に、ワーム王太子の首が晒されていましたが、王城の解体が決定したのを期に、その首級も打ち捨てられました。
共和国体制に併合された旧王国にとって、後の争いを誘発しかねない王族の囲い込みと捜索が進められましたが、その過程で、ダマス王女の死体が発見されました。
叛乱軍によって王城が攻め込まれていた頃、彼女は王国領の別荘で潜んでいましたが、八つ当たり同然でいじめていた侍女に魔法杖を持ち去られたうえに、居場所を「王族憎し」で燃え上がる領民たちに伝えられてしまったようでした。
その結果、共和国に併合された後、別荘の床下に埋められた裸の腐乱死体としてダマス王女は発見されたのでした。
下男や領民に裸に剥かれて凌辱された挙句、後に事件化するのを恐れた誰かに殺されたと考えられます。
一方、同じ王族とはいえ、先代王モロアは、人々から讃えられました。
革命の首謀者にして、初代大統領となったセクトを亡命中に匿い、さらにはワーム王太子に襲われたプロミス嬢を救った恩人として、尊敬されたのです。
彼はおとなしく共和国政府の指示に従い、一時、収監されましたが、恩赦を得て釈放されて財産も保全され、旧ヴィナス王国から政務の引き継ぎを指導した後、102歳で大往生を遂げました。
ちなみに、プロミス公爵令嬢の家族の顛末を記しておくとーー。
兄のブレイブは沼地にハマった騎士団と共に、農民兵主体の共和国軍によって討ち取られました。
ブレイブの首を刈ったのは、自分の畑を守るために共和国軍に飛び入り参加した、農民のおばさんでした。
当然、ブレイブや他の騎士たちが身にまとっていた甲冑を剥いで、大儲けしました。
ブレイブの首を刈った報奨金も手に入れて、旦那さんと子供たち、さらにはご近所さんまで呼び込んで、盛大な晩餐会を開いたといいます。
父親のウエイン公爵は、せっかく手に入れたばかりの大きなお屋敷は没収され、一時、政治犯として収監されていましたが、プロミス嬢が水車塔管理者に返り咲いてから釈放され、結局、小さな農村の水車小屋の番人に収まりました。
彼の身の丈に合った生活に戻ったようで、穏やかに過ごしているようです。
ですが、娘に宛てた詫び状は、誰にも読まれることなく、今でも娘の手によって破り捨てられ続けています。
そして、私、プロミス・ウエインは、現在、ヴィナスとシーク、二つの水車塔の管理者となっていました。
今日は、ヴィナスの水車塔に引きこもって水車を回していました。
そしたら、シーク領から、わざわざエクス共和国初代大統領セクトがやって来ました。
私は魔法陣の台座から降りて、彼に紅茶を振る舞いました。
「セクトさん。初代大統領就任、おめでとうございます」
「いやあ、僕が大統領をやってるのも、今のうちだけだよ。
次の選挙では、旧ヴィナス王国民も選挙権があるからね。
君が第二代大統領さ」
巷では、私、プロミスが、次期大統領の最有力候補だと噂されていました。
なんだか、面映い。
私は澄まし顔で、紅茶を啜りながら言いました。
「立候補なんか、私、しませんから。
私に政治力なんて、ありません」
でも、セクト青年はテーブルに肘をついて身を乗り出します。
「なあに、君は政治に興味がないだけだよ。
ほんとうは政治力抜群さ。
先の戦争だって、大活躍だったじゃないか。
王国軍の先鋒を沼地に誘い込んで攻め込むのも、王国軍の後続部隊に、反転しても背中を討たないと約束することによって寝返りを誘発したのも、全部、君の発案じゃないか。
君に大統領をやらせると、あっという間に独裁者になって、王制に逆戻りしたりして。
そして、貴女が初代女王陛下になってしまうかもね」
「ふざけないでよ!」
私が頬を膨らますと、セクトは、ははは! と快活に笑ってから、話題を変えました。
「で、どうだい? 義手の調子は?」
現在、私の右腕には、魔法によってコーティングされた義手が付いています。
「さすがに、実際のナマの腕に比べるとぎこちないけど、かなり融通が利くわね。
まさか、指一本一本まで動かせるとは思わなかったわ」
旧シーク王国には、古代文明の研究が盛んで、遺跡の発掘から、精度の高い魔道具が発見され、その中には義手や義足もあったらしい。
そこから研究が発展していましたが、王家に独占され秘匿されていました。
シーク王国が滅亡したことによって、研究による知見が解放されたのでした。
私の顔も、修復魔法によって、今では化粧すれば、火傷の跡がわからないぐらいにはなっていました。
「水質管理の方は、どうだい?
この水だって美味しいから、浄化は順調に進んでいるようだけど」
「ええ、ほんとうに上手くいってるわ。
もうじき、私も水車塔の管理者から引退できそうよ」
エクス共和国誕生を機に、元宰相ペレスの尽力により、旧ヴィナス王国の水政省は解体され、新たに浄化省が設置されました。
業務の継承もあって、元水政省の役人が横滑りするのも多かったのですが、プロミス自らが面接をし直しました。
ちなみに、兄ブレイブの告発を真に受けて、プロミスを犯罪者扱いにして鞭打ったホール男爵子息は、「粗暴に過ぎて、役人としての適性がない」として不採用になりました。
結局、ホールは失職したうえに、実家の家督も弟に奪われたといいます。
そして、浄化省管轄の下、浄化魔法に適性がある人材が集められ、水車塔の魔法陣に座ってもらって、水車を回せるかどうかの実験が大々的に行なわれました。
その結果、すでに四人の適性者が発見され、しかも、そのうちの一人が男性でした。
女性のみに管理者を強いる必要はなくなったのです。
稼働させるべき水車塔は二つありますが、数年もすれば、交替制も安定し、やがては水源のパール湖の完全浄化も可能となると思われます。
こうした現状報告を終えると、初代大統領セクトは陽気な声をあげました。
「良かったね。じゃあ、デートだ。
新しい首都を歩いてみないか?」
現在、新生エクス共和国の首都として、ヴィナスとシークの国境近くに、新しい都市を建設中でした。
私は、ちょっと尻込みしました。
「馴染みの所じゃないのは、ちょっと……」
最近は、水車塔にこもることが多くなり、引きこもり気質が高じていたのです。
「じゃあ、戦勝記念公園でデートだ。花々が綺麗だよ」
古戦場となった沼地は、現在は埋め立てられて、公園になっていました。
私、プロミスにとっては、戦場にじかに立ったわけではないけれど、たしかに「馴染みの所」とは言えるかもしれません。
でも、さすがに複雑な思いが湧き起こる地でもあり、あまり良い気分になれそうもありません。
「いじわるな人ね、大統領さんは。
どうしてもデートしたいっていうんなら、この水車塔近くの葡萄畑や、森林なんか、どうかしら。
紹介したい人たちもいるし、夜になったらお酒も飲めるわよ。
それに、先代王モロア様のお墓参りも悪くないわね。
モロア様のお屋敷の近くだから、自然豊かで、美しい所よ」
「いいね、それ。だったら、約束だ」
セクトは手を出して、私の左手と握手します。
二人とも忙しい毎日を送っていて、ほんとうにデートなんかをする時間が見出せるかどうか、わかりません。
でも、いつかはきっと、二人で手を繋いで歩いてみたい。
初デートの約束をして、今まで置いてけぼりになっていた青春を取り戻したかのように、私の胸はいつになく高鳴っていました。
【あとがき】
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
気に入っていただけましたなら、ブクマや、いいね!、☆☆☆☆☆の評価をお願いいたします。
今後の創作活動の励みになります。
●なお、以下の作品を、連載投稿しておりますので、こちらもどうぞよろしくお願いいたします!
【文芸 ヒューマンドラマ 連載版】
『私、ミレーユ伯爵令嬢は、王家の毒見役の家に生まれ、修行に明け暮れましたが、ボンクラ弟に家督を奪われました。なので、両親に謀叛の嫌疑をかけて、毒見役を放棄!結果、王家で死者が続出しましたが、それが何か?』
https://ncode.syosetu.com/n5293jz/
『芸術発表会に選ばれた私、伯爵令嬢パトリシアと、才気溢れる令嬢たちは、王子様の婚約者候補と告げられました。ところが、王妃の弟のクズオヤジの生贄にされただけでした。許せません!企んだ王妃たちに復讐を!』
https://ncode.syosetu.com/n1769ka/
【文芸 ホラー 連載版】
『滅国の悪役令嬢チチェローネーー突然、王太子から婚約破棄を宣言され、断罪イベントを喰らいましたけど、納得できません。こうなったら大悪魔を召喚して、すべてをひっくり返し、国ごと滅ぼしてやります!』
https://ncode.syosetu.com/n8638js/
●また、すでに以下の短編作品(主にざまぁ系)も、それぞれのジャンルで投稿しております。
楽しんでいただけたら幸いです。
【文芸 コメディー】
『太ったからって、いきなり婚約破棄されるなんて、あんまりです!でも、構いません。だって、パティシエが作るお菓子が美味しすぎるんですもの。こうなったら彼と一緒にお菓子を作って、幸せを掴んでみせます!』
https://ncode.syosetu.com/n3691jx/
【文芸 ヒューマンドラマ】
『私の婚約者フレッド伯爵子息は、明るくて仲間思いなんですけど、私にセクハラする騎士団長に文句の一つも言えません。だったら、ダサいですけど、私を守ってくれる男性に乗り換えます!私にとっての王子様に!』
https://ncode.syosetu.com/n7735jw/
『同じ境遇で育ったのに、あの女は貴族に引き取られ、私はまさかの下女堕ち!?しかも、老人介護を押し付けられた挙句、恋人まで奪われ、私を裸に剥いて乱交パーティーに放り込むなんて許せない!地獄に堕ちろ!』
https://ncode.syosetu.com/n0125jw/
『私、ローズは、毒親の実母に虐げられた挙句、借金を背負わされ、奴隷市場で競りにかけられてしまいました!長年仕えてきたのに、あまりに酷い仕打ち。私はどうなってしまうの!?』
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『生まれつき口が利けず、下女にされたお姫様、じつは世界を浄化するために龍神様が遣わしたハープの名手でした!ーーなのに、演奏の成果を妹に横取りされ、実母の女王に指を切断されました。許せない!天罰を!』
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【文芸 ホラー】
『伯爵令嬢シルビアは、英雄の兄と毒親に復讐します!ーー戦傷者の兄の介護要員とされた私は、若い騎士から求婚されると、家族によって奴隷にまで堕されました! 許せません。名誉も財産もすべて奪ってやる!』
https://ncode.syosetu.com/n7992jq/
『公爵令嬢フラワーは弟嫁を許さないーー弟嫁の陰謀によって、私は虐待を受け、濡れ衣を着せられて王子様との結婚を乗っ取られ、ついには弟嫁の実家の養女にまで身分堕ち! 酷すぎます。家族諸共、許せません!』
https://ncode.syosetu.com/n4926jp/
『死んだと思った? 残念ですね。私、公爵令嬢ミリアは、婚約者だった王太子と裏切り者の侍女の結婚式に参列いたします。ーー私を馬車から突き落とし、宝石欲しさに指ごと奪い、森に置き去りにした者どもに復讐を!』
https://ncode.syosetu.com/n7773jo/
『元伯爵夫人タリアの激烈なる復讐ーー優しい領主様に請われて結婚したのに、義母の陰謀によって暴漢に襲われ、娼館にまで売られてしまうだなんて、あんまりです! お義母様もろとも、伯爵家など滅び去るが良いわ!』
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『美しい姉妹と〈三つ眼の聖女〉ーー妹に王子を取られ、私は簀巻きにされて穴に捨てられました。いくら、病気になったからって酷くありません? 聖なる力を思い知れ!』
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『イケメン王子の許嫁(候補)が、ことごとく悪役令嬢と噂されるようになってしまう件』
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『噂の《勇者を生み出した魔道具店》が潰れそうなんだってよ。そしたら勇者がやって来て……』
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