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◆3 隣国の革命騒ぎ

【第三話】


 水車塔の最上階で、私、プロミス・ウエイン公爵令嬢は、理不尽なクレーマーたちと正面から対峙していました。

 水車塔という巨大魔導装置を稼働させて水車を回し、パール湖やエクス川の水質を浄化することが、私の仕事です。

 本来なら、「水の品質が落ちた」とか「飲んだら不味くなってた」といった文句を言ってくるのが、本来のクレーマーです。

 ところが、彼らは違いました。


「王家で水車を回して、水を綺麗にしたいから、おまえは水車塔から出ていけ!」


 と言うワーム王太子と、


「仕事から解放されて、新しい屋敷に住んで、貴族令嬢らしく暮らしなさい!」


 と言うお父様、そして、


「おまえが水車塔から出ていけば、俺はダマス王女と結婚できるから、おまえは出ていって、とっとと彼氏の一人くらい作れ!」


 と言うお兄様で構成された、身勝手なクレーマーどもでした。


 しかも、私を勝手に(さげす)むダマス王女と、私を剣や鞭で痛めつけて得意がる騎士や役人どもに囲まれています。

 極めて厳しい状況でした。


 ワーム王太子は、水車から直接引いた水道管に付いた蛇口をひねり、コップに水を汲んで口にします。

 それから、まじまじとコップの水に目を凝らしました。


「たしかに、美味しい水だがーー魔導装置の水車で綺麗になっているとは言っても、効果がよくわからんな」


 私は、さも当然といった表情で答えます。


「それは、誰もがこの水車塔で浄化された水を、普段から飲んでいますから。

 しかも、水に沈殿する魔素は、普通人には、視認できませんので」


「普段やってる作業を、ここでやってみせろ」


「良いですよ」


 私は台に描かれた魔法陣の上に座って、目の前にあるハンドルをくるくる回します。

 たしかに、外見上は、簡単に見えます。

 誰にでもできそう、と思うでしょう。


 案の定、ワーム王太子は、拍子抜けしたような表情で言いました。


「この程度の作業、いくらでも替えが利くのではないか?」


 そこへお兄様ーーブレイブ公爵子息が口を出します。


「いや。一見すると、簡単そうにしか見えないが、俺がやってもダメだった。

 女じゃないと使えないらしい」


 王太子は腕を組み、隣に座る妹ーーダマス王女に顔を向けます。


「ふむ。だったら、私の妹ーーダマスだったら、どうだ?

 そもそも、水車塔の管理者は王家の娘から輩出されている。

 先代の管理者は、フレイン王女だった。

 ならば、現在の王女であるダマスにでも管理者が務まるのではないか?

 実際、学園での成績では、ダマスの方がプロミス嬢よりも魔力量が豊富だった」


 ダマスは得意げに金髪を掻き上げると、顎をしゃくります。

 私は無視して、居住まいを正しました。


「何度だって言います。

 水車は私が管理しなければ動きません。

 少なくとも、この場にいるメンバーの中では」


 ダマス王女は懐から魔法杖を取り出して、魔力を帯びさせます。


「何を言ってるの、コイツ。隠キャなくせに。

 今一度、痛めつけなきゃ、わからないみたいね」


 学園の時代と変わらない脅し文句に、私は溜息をつきました。


「これ以上、あなた方と話し合っても無駄ですね。

 私、水車塔から出て行きます。

 あとはお好きになさってください」


 意外なほど、私が簡単に引き下がったので、居並ぶクレーマーたちは驚きました。

 お父様が喜びの声をあげます。


「じゃあ、プロミスは私の屋敷に来なさい。

 二階の角部屋を空けてあるから。

 窓から見える景色が素晴らしくて、おまえ好みだと思うんだ」


 お父様は、水車塔を王家に明け渡す約束を交わした見返りに、王都郊外に屋敷を下賜されたようです。

 公爵家に相応しい、二十以上も部屋がある大豪邸だそうです。

 でも、私は興味がありません。


「どうぞ、お父様お一人でお住みになってください。

 たしか、お兄様もそちらにおられるダマス王女殿下とご結婚なさって、しばらくは婿として王城にでも住まうのでしょうから。

 それとも、ダマス王女殿下が、この水車塔の管理をなさるおつもりで?

 でしたら、夫であるお兄様も、ここで一緒にお住まいになるのでしょうか。

 どうか、お幸せに。

 どうせ、この水車塔は動かないでしょうけど」


 私が席を立ち、階下へ降りようとすると、ワーム王太子が背後から問いかけました。


「プロミス嬢。貴女はこれからどちらへ向かわれる?

 暮らす場所はおありか?

 もし水車がうまく回らなかったときのために、いつでも水車塔に出向くことが出来るよう待機していただきたいのだが……」


「ああ、そうでした。こちらをお渡しするのを忘れておりました」


 私が澄まし顔で、一枚の書類を手渡します。

 その紙を受け取ると、王太子は舌打ちしました。


「チッ、被疑者の身元引受人から、引き渡しの要求か。

 貴女を、川に毒を流した容疑者のままでいたから、嫌疑が晴れたら、身元引受人に引き渡さねばならん、というわけか。

 ペレス宰相め。わざわざ正式な書類を用意しやがって」


 今回の水車塔での会合は、非公式なものですから、正式に手続きを踏まれたら、王太子としては、要請を断りづらいのです。


 父親のウエイン公爵が、席を立って声をあげました。


「プロミスの身元引受人は、私ではないのですか?

 私は父親ですよ!?

 王太子殿下、いったい誰なんです?

 父王陛下もご病気で、呂律も回らないはずーー」


 ワーム王太子は、書類をヒラヒラと振りながら、憮然とした表情で言いました。


「先代王モロアーー私のお祖父様だ。

 お祖父様が、プロミス嬢の身元引受人になっていたとは。

 さらに、この書類によれば、私、ワームを名指しで糾弾なさっておいでです。

『我がヴィナス王国に毒をばら撒く計画を、ワーム王太子が立てている』とのこと。

 告発者は、プロミス公爵令嬢となっている」


 父と兄が呆気に取られる中、ワーム王太子は目を怒らせて立ち上がりました。


「ったく、手癖の悪い女だ!」


 王太子は素早く剣を抜くと、私、プロミスの右腕をぶった斬りました。


「きゃああああっ!」


 包帯を巻いた右腕が、血塗れで床に落ちました。

 私は泣き叫びながら、左手で、切断面から溢れ出す鮮血を抑え込みます。


 ワーム王太子は剣を一振りして血糊を飛ばすと、騎士たちに命じました。


「治癒魔法でもかけてやって、痛みを止めてやれ。

 いいか、絶対に殺すなよ。

 生きたまま、この女を連れて行け。

 今しばらくの間だけ、お祖父様の許に預けておいてやる。

 待っていろ。三日もすれば、すぐに捕まえてやる。

 王国中、どこであっても、貴様に居場所はないと思え!」


 ヴィナス王国最高権力者の怒声を受け、父や兄、騎士や役人といった連中は、身体を震わせます。

 私、プロミスだけは、歯を食いしばって、睨み返していました。


◇◇◇


 数時間後ーー。


 馬車で運ばれて、私、プロミス公爵令嬢は、隠居の先代王モロアと対面することができました。


 先代王に紹介された青年から、治癒魔法をかけてもらいました。

 かなり強力な魔力で、痛みが退いていくのを感じます。

 それでも、青年は、私に対して、頭を下げました。


「すいません。火傷の跡も消せなくて」


 もちろん、失われた腕を再生することも出来ません。

 父と兄という、実の家族が現場に共にいながら、何の助けにもなりませんでした。

 まったく、なんてことでしょう。


 それでも、私、プロミス公爵令嬢にも、信頼できる「家族」が残っていました。

 お祖父様である先代王とは、かねてから親しくさせてもらっていました。


 応急措置を受けて痛みを誤魔化しているとはいえ、私の右腕が肘から先がなく、顔に残っている火傷の跡も、手のひらに穿たれた穴も、痛々しく見えたのでしょう。

 お祖父様は、皺だらけの顔をよりクシャクシャにして嘆息しました。


其方(そなた)も余の孫娘だというのに。

 酷いことをするものだ。

 ワームの小僧に代わって謝罪する」


「いえ。身元引受人になってくださって、ありがとうございました」


 デモンズ伯爵の領主館でお父様やお兄様と対談したあと、即座に手紙をしたため、家令ドンス翁に、モロア先代王の許に配達をお願いしていたのでした。


 母から継承した水車塔を、王太子に奪われそうなこと。

 自分が兄から濡れ衣を着せられて、毒を流した容疑者となっていること。

 それゆえに身元引受人になってもらいたいこと。

 そして、逆に王太子殿下を、〈国中に毒をばら撒こうとする危険人物〉として、告発するということ。

 ーーそれらを手紙に書いて伝えたのでした。


 先代王は、白い顎髭を撫で付けながら笑います。


「それにしても、ワームの小僧を、〈毒をばら撒く犯罪者〉として告発するとは。

 さすがに怒りを買ったな」


 私は、なくなった右腕を左手で惜しみながら、頬を膨らませました。


「実際、水車塔を私から奪ったところで水車を回せないのですから、水が浄化できません。

 結局は、毒をばら撒くも同義です。

 兄が私に着せた濡れ衣を、王太子殿下に回して差し上げただけです」


 先代王は、テーブル周りに置かれた小物に目をやりながら言いました。


「たしかに、其方が水車を回して魔素を除いたばかりの水は、ほんとうに綺麗だ。

 いつも配送してくれてありがとう。

 おかげで水中花も美しく咲き誇っておるし、滋養強壮のポーションも綺麗になって、余の身体も壮健となっておる。

 犬や猫などのペットも元気で、余とともに長く生きておる。

 其方の浄化魔法のおかげだ。

 其方の母親ーー娘のフレインも出来が良かった。

 弟のザッハが王になったが、使えん男だった。

 おまけに病弱で、長らく伏せっておると聞く。

 皮肉なことだ。

 姉や其方と懇意にして、浄化したての水を送ってもらえれば、余のように長生き出来るだろうに。

 ーーああ、水が原因で長寿とも限らんか。

 そうであれば、フレインが早死にしたことに、合点がいかぬからな。

 それにしても、今の王太子と王女は、そこまで愚かであったか。

『毒をばら撒く』などと、随分と扇状的な告発だと思うておったが、其方抜きで水車塔を乗っ取ろうとは。

 これから先、『毒をばら撒く』ーーその表現が相応しい事象が起こり続けることとなろう。

 でも仕方がない。

 愚かな施政者のせいで国が立ち行かぬようになるのも、よくあること。

 其方が国を捨てても悪くない。

 己の生命を大事にするのは当然だ」


 百歳の老人は哀しそうな顔をして、座椅子に深く座り、目を閉じました。


「ーーさて、じきに追手が来よう。

 いくら余でも、正式に其方に出頭要請が来たら、庇いきれぬ。

 息子のザッハ王が前後不覚の今、ワームの小僧の横暴を止められる者はおるまい。

 だが、外国ならーー」


 老人は目を見開いて、私に先程、治癒魔法をかけてくれた青年を紹介した。


「紹介しよう。

 お隣のシーク王国から来ておるセクト・グルミア公爵だ。

 もっとも、彼の父親グルミア卿は国王に殺されたばかりで、彼は家督を継いでおらんから、正式には公爵とは言えん。

 だが、父の遺志を継ぐ心意気から、〈公爵〉と称されておるのだ。

 彼はシークの国王から追われて余の許に亡命しておったのだが、ちょうど良い機会だ。

 プロミスよ。彼と共にシーク王国へと向かうが良い」


 先代王から紹介を受けて、青年が、私、プロミス公爵令嬢の前で片膝立ちになりました。


「君は水車塔の管理者なんだって?

 だったら、まさに神のお導きだ。

 僕と一緒にシークに来て欲しい。

 君にとってシークに来ることは、理不尽な権力者からの逃亡を意味するだろうけど、僕らシークの国民にとっては、逆だ。

 君こそが、理不尽な権力者を打倒する狼煙となるんだ。

 君の助力さえあれば、僕らは、横暴なシーク王に勝てる!」


「はい?」


(なにやら、きな臭い争いの匂いがするんですけど……)


 そうは思いながらも、ワーム王太子からの、怒りの追撃を避けるためです。

 私に拒否権はありませんでした。


◇◇◇


 先代王モロアの屋敷を出てからは、まさに怒涛の展開となりました。


 青年セクト公爵と一緒に馬車に乗って行った先は、エクス川の下流にあたる隣国シーク王国でした。

 青年の正体は、じつは隣国の公爵家子息なだけでなく、反王党派の首魁で、革命軍の指導者だったのです。


「我が国では、王妃が水車塔の管理者なんです。

 彼女は王以上の強欲で、民を苦しめています。

 見てください。

 この荒れ果てた大地を!」


 今まで、シーク国王の目を盗む必要から、中央街道は使えず、狭隘な沼地を脱けるルートを進んできましたが、視界が開けたと思ったら、今度は、干涸びた大地ばかりが続いていました。


 たしかに、馬車の窓から見るだけでも、貧しい土地ばかりが目につきました。


 ところが、ところどころには麦が豊かに稔っています。

 不自然で、おかしな光景でした。


 セクト公爵が説明します。


「あの地域を占有する領主が、シーク王から水を買い付けた結果です。

 シーク王家は、水車で浄化された水を、専売しているんです。

 シークの民は税金の他に、水代を支払わなければ生きていけないのです。

 しかも水の代金は、王の気分で次第で、値が吊り上がる一方。

 それでも、我々は王の機嫌を取り続けるしかありませんでした。

 水車塔を扱う方法が、わからないためです。

 我々は水を人質に取られた格好で、王の圧政に苦しむしかなかったのです。

 それでも、希望がありました。

 お隣のヴィナス王国でも、我がシーク王国と同様、水車塔で水を浄化しており、しかも、無料で水を開放しているというじゃありませんか。

 ですから、私はシーク王から指名手配を受けた身でありながら、友好国であるヴィナス王国に潜入し、なんとか王族との接触を果たし、水車塔の扱い方を知ろうと思ったのです。

 幸い、先代王のモロア様に匿っていただき、あとは懇意であるという、水車塔管理者の貴女にお会いしてお話を伺いたく思っていたのです。

 それがーーなんと、幸運なことでしょう!

 水車塔の浄化水車を回すのは、選ばれた女性にしか出来ないという噂はシークでも囁かれておりましたが、お隣のヴィナス王国でも同様と知って絶望していた矢先、その特別な女性が、王太子に追われて自由の身になっている、と知らされたのです。

 しかも、モロア様がシークへとお連れできますよう手配してくださった。

 我々は、モロア様と、貴女、水車塔管理者であるプロミス様に、深く感謝いたしております」


「はあ。それは、どうも……」


 青年はペラペラと実に早口で喋ります。

 軽い口調でしたが、語る内容は結構、重い。

 どうやら私は、水車塔から外の世界へと出てみれば、恐ろしい激動の最中に飛び込むことになってしまったようでした。

 私は目を白黒させているうちに、隣国の革命騒ぎの最前線に立つことになってしまったのです。


 セクト公爵に導かれてやって来た国境付近の砦には、すでに五千名を超える革命軍が組織されていました。


 セクト公爵が演壇に昇って、兵士たちを鼓舞するさまを、舞台袖から私は見物しました。


「みんな、聞いてくれ。

 彼女ーープロミス嬢は、隣国で長年水車塔の管理を行なってきたお方だ。

 彼女が救世主だ。

 水を操ることが出来る。

 これで心配はなくなった。

 我々国民から水を奪った王から、水を奪い返してやるのだ!」


 おおおおーー!



 翌朝から三日かけて、私、プロミス嬢は、革命軍とともに、川沿いに走りました。

 ひたすらシーク王国の水車塔に向かって。


 そして、三日後ーー。


 エクス川の下流、シーク王国の中枢近くには、たしかに、私は長年住み慣れた水車塔と、まったく同じ形態の建造物が見られました。

 お母様の教えでは、たしか水車塔は、古代文明の遺跡でした。

 ですから、そっくりな施設だと予想されます。


「石垣を超えて敷地内に入れば、あとは私が案内します」


 私がそう提案するやいなや、セクト公爵は騎馬して号令を下しました。


「進め! 水車塔を奪取せよ!」


 水車塔に向けて、革命軍は突撃しました。

 下流域にあるため、川幅がより広くなっていましたが、何艘もの船で乗り付け、石垣をよじ登ります。

 国王側の兵力はほとんどいないようで、あっという間に跳ね橋を降ろし、軍勢が水車塔に乗り込んで行きました。


 セクト公爵に聞けば、以前から国王が軍事費をケチっていたために軍隊のほとんどが革命軍に合流していたため、水車塔を守備する敵勢がほとんどいなくなっているとのことです。

 おまけに、今現在、ほぼ同時刻に、他の軍勢に王城を襲わせていて、敵軍の目を釘付けにして陽動を果たしている、といいます。


 その結果、私たちは、ほとんど無抵抗なまま、水車塔内部へと侵入することができました。

 中へ入れば、自分が住んでいた水車塔と、ほぼ同じ建造物であることがわかりました。



 最上階へと押し入ると、魔法陣の上に、中年のおばさんが一人で座っていました。

 派手なピンク色のドレスに、金銀のネックレスを付け、指にはゴテゴテとした宝石の指輪を嵌めまくっています。

 突然の侵入者に、おばさんは金切り声をあげました。


「愚か者め! 私が居ないと、

 水が飲めなくなるんだよ!

 誰にも私を討つことはできないんだ。

 このまま王の軍隊がやって来るまで、おとなしくしてな!」


 フンと鼻息荒く、言い立てます。


 ところが、革命軍兵士たちは、はっははは! と大声で笑いました。

 そして、セクト公爵が進み出て微笑みを浮かべたまま、おばさんの喉を剣で突き刺しました。

 目を見開いたまま、ヒューヒューと喉から空気と血飛沫を噴き出しながら、おばさんは倒れました。


 おばさんは、シーク王国の王妃様だったそうです。


 セクト公爵は忌々しげに王妃を台座から振り落とすと、代わりに私を昇らせました。


「どうです? 使えますか」


「はい」


 ヴィナス王国の水車塔と、同じ魔法陣が描かれてあります。

 同じ魔導装置のようでした。

 私がいつものように魔法陣の上に座ると、台座が赤く光り、水車が再び回転する音がし始めます。

 私はニッコリ微笑みました。


「これで水が綺麗になります」


 おおおおお!


 セクト公爵をはじめ、居並ぶ革命軍兵士たちが拳を振り上げ、雄叫びをあげました。


 シークの国王は、悪政を敷いていました。

 水の使用権を独占し、金を払わないと誰にも水を供給しなかったのです。

 その結果が、革命騒ぎでした。


 台の下で血塗れになったおばさんを見下ろし、お母様が、


「たとえ水を綺麗にしていても、奢るんじゃありませんよ。

 民のために尽くすのです」


 と言っていたことを思い出しました。



 それから、十日間ーー。


 セクト公爵は連日、私と一緒に水車塔に寝泊まりしました。

 もちろん、他の革命軍の将帥や兵士たちもいましたが、王城の攻略中だというのに、こんなところで油を売っていて良いのでしょうか?


 そう問いかけたら、「良いんだよ」と言います。

 国王たちは籠城するものの、援軍のあてはないのだから、もうすぐ自滅するだろう、とのことです。


「それより、何か気づいたことはないか?」


 と、セクトさんから問われましたので、私は、ちょっとした予想を口にしました。


「ここの水車塔では、水を浄化する絶対量が足りないわ。

 もっと浄化すれば、それだけ水が綺麗になると思うんだけど……」


 セクトさんは、顎に手を当てました。


「そうか。我が国では水を売って王が権力を得ていたから、水の浄化を制限していたんだ。

 結果、ヴィナスの水車より回転数が少ない。

 それだけ浄化力が弱かった。

 つまり、シーク王は水を販売していたが、その水ですら、ヴィナスの水車で浄化された水に比べれば濁っていたってことだな」


 さらに、エクス川の浄化されていない水と、地下水や、塩を抜いた海水などを使ってなんとか生活することを強いられていたそうです。

 ですから、シーク国民の寿命はヴィナスの平均寿命より十年近くも短かくなっていたことが判明しました。


「よし。これも格好の宣伝材料になるな。

 この寿命が短くされてるっていう情報をばら撒いて、わずかに残っている王党派連中にトドメを刺してやる」


 セクト公爵は意気揚々と、水車塔から軍勢を率いて出て行きました。



 それから十日経つと、実際、セクト公爵の予言通りになりました。

 シーク王が自決して開城したのです。

 革命が成功し、セクト公爵が臨時大統領となり、今後はシーク共和国になると宣言したのでした。



 それから毎日、やることは山のようにあるはずなのに、セクト大統領はマメに水車塔に訪れます。

 どうしてかと問うたら、彼は笑って答えました。


「いつも頑張っている君に、少しでも感謝の意を示そうと思って。

 実際、浄化された水の無料開放は、革命政府の目玉政策なんだ。

 で、君に言われて調べてみたら、さらなる下流域にも水車塔はあったみたいだよ。

 今では廃墟になってたり、海域が広がって水没した廃墟も見つかってるそうだ」


 シークは、ヴィナスに比べて国土が広く、海にも面していました。

 ですから、他にも水車塔があるのではないか、と思ったら、やっぱりありました。

 どうやら、エクス川流域で栄えた古代文明の浄化装置が、水車塔らしかったようです。


 私は、さらなる推論を述べました。


「だったら、わかったことは二つあるわね。

 一つは、ヴィナスとシークは元々、同じ文明圏に属していて、ひょっとしたら一つの国家だったかもしれない、ということ。

 もう一つは、あと少しでエクス川の水の浄化が終わり、水車を回すことなく、水が飲めるようになるんじゃないかってこと」


「どうして、そう思うんだい?」


「だって、エクス川に残っている水車塔が、ヴィナスとシークにある、この二つだけってことでしょ?

 あとの廃墟になってる水車塔は、役目を終えていたのよ。

 まずはシーク、そして最後にヴィナスの水車塔が役目を終える。

 その頃には、エクス川だけじゃなく、水源のパール湖がすっかり綺麗になってると思う」


 私がちょっとした推測を口にしただけで、三、四歳年上のセクトさんは、私の頭を撫でました。


「君は偉いな。

 水が浄化され、水車を動かさずに誰もが飲めるようになるなんて、夢見ることすらなかった。

 国の規模でしか、僕は考えてなかった。

 そうだね。

 貴女の国の湖から流れ出る川にのみ水車塔が面していて、今現在、起動しているのが二箇所になっただけ、あとは役目を終えて、廃棄されたり、地形が変化して、海に沈んでいるだけーーというわけか」


 子供扱いされるのには抵抗があります。

 私は彼の手を頭からどかしつつ、提案しました。


「あとね、私のように、一日中張り付いて水車の面倒を見る必要がなくなるシステムを考えたほうが良いと思うの。

 たとえば、国中に布告を出して、治癒魔法や浄化魔法に適性がある人材を高額で募集するのよ。

 そうして集めたヒトを中心に、この魔法陣の上に座らせてみて様子を見る。

 できれば何人も抜擢できて、交替制にしたら、一人の女性に役割を強いる必要はなくなると思う」


 彼は手を引っ込めつつも、明るい声をあげました。


「そうだね。

 しかも、浄化が進めば、この仕事自体がなくなるーー最低限で済むようになるんだ!

 ーーああ、やる気が出てきたよ。

 さっそく法律を作って、全国民に布告を発しよう。

 共和国の臨時大統領としての初仕事だ。

 君もよろしく頼む。

 水車塔の管理者さん!」


「ええ。私も頑張る。

 貴方をはじめ、大勢の革命派の人々が、私を助けてくれたお礼よ」


 私は口で袖を捲り上げて、ふたたび魔法陣の上に座り、水車を回し始めたのでした。

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