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◆1 家族に裏切られました。

【プロローグ】


 私、公爵令嬢プロミス・ウエインは、現在、王国一の精強な騎士団に、攻め込まれようとしていました。


 川の対岸から橋を伝って、百名をも超える、甲冑をまとった騎士たちが、私のいる所に向かって突撃してきたのです。


 私は〈水車塔〉という五階建ての石塔の最上層に、一人でいました。

 水車塔は石垣で囲まれた、要塞のような建造物です。

 しかも、四方を川と湖で覆われていました。

 本来、陸上からの攻撃は難しい造りをしています。

 なのに、攻め込まれようとしていました。

 なぜか。答えは簡単です。

 本来、最下層の石垣部分に収納されているはずの〈跳ね橋〉が降ろされているからでした。


(おかしい。どうして、跳ね橋が降ろされてるの!?)


 跳ね橋は、水車塔内部から操作しなければ、降りることはありません。

 ということは、誰かが、内側から橋を降ろしたことになります。


(いったい誰がーー?)


 私は嫌な予感がしました。


 すでに周囲に広がる湖と川には戦船が何艘も浮かんでおり、弓矢を構えています。

 完全に取り囲まれていました。


 窓から見渡せば、乗り込んできた騎士団はやすやすと塔への侵入を果たしています。

 石垣から塔に至るまでも、迷路のようになってるのに。


 私は、騎士たちの先頭で走る男に目を凝らしました。


(ああ、やっぱりーー)


 攻め込んでくる騎士団を、先導していたのは、私のお兄様でした。


(ということは……)


 コンコンとノックの音がします。

 振り向けば、申し訳なさそうな顔をしたお父様、ウエイン公爵がいました。


「ごめんね。でも、わかって欲しい。これも、おまえのためなんだ」


 やはり、塔の内部から操作して橋を降ろし、騎士団を呼び込んだのは、私のお父様でした。


 私はお父様とお兄様ーー家族に裏切られていたのです。




【第一話】



「うーーん、今日も良い天気!」


 窓を開け、朝の新鮮な空気をお腹いっぱいに吸い込んで、伸びをします。


 私、プロミス・ウエイン公爵令嬢が普段、生活している場所は、かなり高い位置にあります。

 五階建ての塔の、五階層にある部屋でした。

 私のベッドがある寝室ですが、仕事場でもあります。


 朝食はすでに摂りました。

 一階の厨房で、自作したパンとサラダをいただきました。

 そして、燻製にしたお肉とお魚を持って、最上層の五階部屋まで持っていきます。


「さあて、今日も頑張るか!」


 これから日没までの時間、わずかな食事とトイレ休憩を除けば、ずっとお仕事に従事しなければなりません。


 床に大きな魔法陣が描かれた台があります。

 その台の上に座って、魔法陣の端に置かれたハンドルを手で握り締めてグルグル回します。瞑想しながら。

 それだけで、我が国一番の巨大な魔導装置が作動します。

 私は、この王国にはなくてはならない、余人には真似のできない仕事をしていたのです。



 我がヴィナス王国は小さな国です。

 王都ラモスは、パール湖を中心とする水の都でした。


 パール湖はかなり大きいですが、水は淀み、黒ずんでいます。

 そこから流れ出る一本の大河がエクス川でした。


 その川縁に、現在、私が住む、巨大な水車塔があります。

 石垣を土台とする、五階建ての石塔で、地下部分が川面に接していて、そこに巨大な水車がありました。


 川の流れを利用して、水車を回します。

 とはいえ、水圧を利用して、何かしらの動力源を得ようとしているのではありません。

 水車塔全体が、一つの巨大な魔導装置で、水車で川の水を浄化しているのです。


 水車を回して水を浄化し続けるーーそれが私の仕事なのでした。


 水車塔のおかげで、人々が飲めて、生活に使える水になっているのです。

 魔導装置によって、水を綺麗にしているのでした。



 この水車塔魔導装置の機動を一手に任されたのは、私、プロミス公爵令嬢が十四歳のときでした。

 お母様ーーウエイン公爵夫人が、突然、お亡くなりになってしまったからです。


 それまでは、物心ついた頃から、水車塔の管理者として躾けられました。

 訓練ばかりの日々でした。


 水の浄化は女がやるものーーそうお母様から教えられました。


「私たちが、この国にいるすべての生き物の生命を維持し、養っているの。

 だから、仕事をおろそかにしてはいけないわ」と。


 でも、普通に遊んでいる友達や、家族のお兄様なんかを眺めては、羨ましいと思い続けていました。


「どうして、私ばっかり……」


 そう嘆くと、お母様は優しく頭を撫でてくれました。


「すべての生き物のために働く、崇高な仕事なの。

 いずれ貴女も、私のように、この仕事に誇りが持てるようになる思う。

 この魔導装置ーー水車塔は、今では滅んだ古代文明の遺産だそうよ。

 これを造って、力尽きたのね、きっと。

 でも、貴女も座ればわかるわ。

 昔から伝わる、熱い思いが。

 水を、地上を綺麗にしたい、っていう強い願いが。

 女性しか扱えないといわれるのは、浄化魔力を発動させるには、ゆっくりと育むような根気が必要で、そうした丁寧さが生命を生み出し、育てる根気と似ているから、その波長に同調しやすかったのが当時、女性に多かっただけだと思う。

 男性でも、この仕事に向いているヒトっていると思うわ。

 でも、探し出すのが難しいでしょうね。

 結局、人材を探す手間を惜しんだから、私たちが代々、継承してきたんでしょうね」


「お父様や、お兄様は?」


 お母様は、首を横に振ります。


「ちょっと前に、お兄様が座ってみたとき、あったでしょ?

 魔法陣に力を注ぐより先に飽きちゃった。

 お父様は、自分が魔力を出せるわけがない、特別なことができるはずがない、って最初から諦めちゃってるから。

 でも、あんなヒトでも、私を普通の女性として扱ってくれた、唯一の男性だったのよ。

 とはいえーー娘の貴女に対しては普通の女の子にしたいって無理強いをしている。

 相手がどんなヒトか、丁寧に見る力がないのね。

 だから、私とも最近は……。

 ああ、ちょっと愚痴ってしまったわ。ごめんなさい」


 お母様は私の頬にキスをしました。


「貴女には重い荷物かもしれないけど、誰かがやらなければならないことなの。

 これでも、お母さん、水の浄化は進めておいたわ。

 昔はもっと濁っていたのよ。

 お母さんのお母さん、お祖母さんの頃は、もっと水が(よど)んでいてね。

 昔はパール湖も小さくて、池だったそうよ。

 だんだん綺麗な水が増えていって溜まってきて、こんな大きな湖になった。

 だから、あと少し。

 実感があるの。

 貴女の代で、この任務は終わるわ、きっと」


 お母様は、厳しくとも暖かでした。

 優しい師匠でした。



 お母様から水車塔の管理を引き継いで、三年ーー。


 窓の外から見る景色は、美しいものでした。

 緑の樹々も、街中の往来を歩く人々も、みんな私が浄化した水を飲んで暮らしているーーそう思うと、私も誇りが持てるようになってきました。


 ですが、お父様のウエイン公爵は、少々、鬱陶しい。

 痩せ細った身体で高身長。

 いつもニコニコ笑っています。

 そして、私の頭をクシャクシャに撫で回しながら言うのでした。


「女の子は可愛らしくして、いずれどこかに嫁げば良い」と。


「仕事三昧なのは可哀想だ」と、事あるごとに嘆きます。

 そのくせ、私の仕事を「代わってやろうか」と言うこともないし、他の従業員を雇うなどして、私の激務を軽減してくれるでもありません。(もっとも、誰を雇ったところで、私以外に水車を回せる人はいないでしょうけど)


 しかも、私に似合もしないことを要求し続けます。


「もう、お母さんは亡くなったんだから、外に出なきゃ」


 とか、


「オシャレに着飾って、社交界に顔を出さなきゃ」


 と、うるさい。


「パーティーに出ないなら、料理人に食事を作らせないぞ」


 とまで、言われました。

 悲しそうな顔をして。


「だから、お仕事なんだって!」


 と、私はいつも訴える羽目になります。


「水質変化が激しい、今、春の季節なんかは、目が離せないーーというか、台の上にズッと座って、魔導装置を通じて水の波動を感じていないと、浄化ができない。

 魔素が沈殿する割合が一定量を超えると、一気に水質が悪くなるんだから」


 と言っても、お父様は聞いてくれません。


「そんなことより、化粧しなさい。身だしなみを整えなさい」と。


(はぁ、ウザい……)



 二歳年上のお兄様、ブレイブ・ウエイン公爵子息は、連日、友達と空遊びしています。


 幼い頃から、勝手気ままなオトコでした。

 私の方から、仲良くしようとしても、いつも、つっついてきたり、蹴飛ばしたり。

 結局、女の子相手には、力を誇示すれば良いと思ってるみたいです。

 尊大で幼稚な性格のまま、成人になってしまったようです。


 兄のブレイブとは、最近、滅多と顔を合わせませんが、私の部屋にいきなり顔を出してきては、


「好きなオトコはいないのか?」


 とか、


「閉じこもってばっかりで、馬鹿みたいだな。

 所詮、貴族の令嬢の幸せってのは、どんなオトコの許に嫁ぐか、で決まるだけなのに」


 とか言って、ついには、


「俺だったら、おまえみたいな女は願い下げだ!」


 などと、捨て台詞を言い放ちます。


(うるせー。コッチだって、お兄様みたいオトコは願い下げだ!)


 と、声が喉まで出かかったことが、何度もありました。


 以前、厨房で、自分用の食事を作っているとき、兄が食堂で男友達と笑談してました。

 なんとか令嬢の胸が大きいとか、なんとか令嬢は生意気、なんとか令嬢はおとなしすぎてダメだ、とか。

 酒の席で何言おうと勝手ですが、「おまえらが、女の品定めができるほどのタマかよ」と言いたい。

 鼻毛は出てるし、肌は荒れてるし、不潔でフケがあるヤツもいるし。

 それなのに、伯爵だ、男爵だって、貴族ぶっています。

 ったく、本物の紳士はいないのか!? っちゅうの。



 とにかく、理解のない家族ほど、面倒くさいものはありません。

「可哀想だ」と嘆くだけの父親と、「()かず後家になるぞ」とからかうだけのお兄様。

 当然、私は、そんな家族と顔を合わせることもなく、生活していました。


 五階の操作室にベッドや私物を運び入れ、あとは厨房で自分の食事を作ったり、手洗いやお風呂のために一階部分に出向く以外は、閉じこもる生活が続いていました。

 実際、そっちの方が、不毛な言い争いをするより、よっぽど平穏でした。


 ですが、それが不味かったようです。

 家ーーというか、塔の外で、家族がどう振る舞っているか、私はまるで知りませんでした。



 そして現在ーー。


 私、プロミス・ウエイン公爵令嬢は、現在、水車塔に立てこもっていると、百名を超える王国騎士団に攻め込まれてしまったのです。


 ノックの音に振り向けば、申し訳なさそうな顔をしたお父様が立っていました。


「ごめんね。でも、わかって欲しい。これも、おまえのためなんだ」


 お父様に塔内部から操作されて〈跳ね橋〉が降ろされ、その橋を渡る騎士団を、お兄様が先導していました。


 家族に裏切られたんじゃ、仕方ありません。

 外敵を防ぎようがありません。


 私はお父様とお兄様ーー家族に裏切られていたのでした。


◇◇◇


 そして、騎士団によって水車塔が占拠されてから、数時間後ーー。


 水車塔の五階において、四人の騎士囲まれた状態で、私たち家族ーーウエイン公爵家の面々が、向かい合って話し合うことになりました。


 お父様はモジモジしながら、爆弾発言をしました。


「この水車塔は、王家に払い下げることにしたんだよ」と。


「水車塔の管理者は、これからは王が任命するように法律を変えるから」


 と王太子ワーム・ヴィナス殿下が仰せになったといいます。


 父ウエイン公爵は、喜色満面の笑みを浮かべていました。


「プロミスちゃん。これでようやく、水車塔の管理から解放されるんだよ!」


 私は苛立ちました。

 何度言えば、わかるのよ!? と。


「お父様。何度も言ってるでしょう?

 他の人には無理だって!」


 そう私が言うと、お兄様が口を挟んできました。


「だったら、おまえは、ここで一生、働けよ。

 ただし、王太子様のご命令に従ってな」


 私はムッとします。


「この水車塔は、私がお母様からいただいた、私の居場所です!」


 ですが、お兄様は、私の意見など、気にも止めていないようでした。


「そのお母様も亡くなったんだ。

 父と兄の言うことに従え。

 おまえも貴族令嬢の端くれなんだからよ」


「嫌です。物騒な騎士さんたちと一緒に、ここから出て行ってください!」


「言うことを聞かないなら、このまま置いておくわけにはいかないわなぁ。

 ふん、魔力は俺よりも弱いくせに。

 ちょっと、自分の立場ってのを、わからせなきゃ、だな」


 お兄様の右手が赤く光りました。

 彼は得意げに鼻を鳴らします。


「母上の魔力が強大だったから、俺に、こんな力が与えられた。

 おかげで、いずれは戦場で武勲も立てられよう。

 オンナには敵の首一つも挙げられまい。

 オトコに生まれて、マジ感謝だぜ」


 火炎魔法でした。

 燃え盛る炎を宿した手のひらを、私に近づけます。

 熱くて、汗がダラダラ流れました。

 それでも、私は抗弁します。


「だから、私が水車を回すために使ってる魔力は、通常で測れる魔力じゃないのよ。

 お兄様は、お母様から魔力量をいただいた。

 そして、娘の私は、魔力の性質を引き継いだの。

 そう、浄化の力よ!」


「嘘つけ。この水車塔という、魔導装置の使い方を教わっただけだろ?」


 お兄様は私の主張を、まるで信じていません。

 赤い炎をあげる手を、さらに私の顔に近づけます。


「なあ。この水車塔の使い方、教えろよ」


「この台の上に座って、ハンドルを回すだけよ」


「ふうん。だったら、ちょっと、どけよ。やってみる」


 もちろん、お兄様がウンウン唸っても、ハンドルは動きません。


「できねえじゃねえか!」


 魔法に炎を宿した手のひらで、私の顔ごと掴んできました。


「いやあああ!

 助けて! お父様!」


 額が、頬が焼けるように痛い。

 シュウシュウと蒸気が発生する音が聞こえます。

 火傷がどんどん広がっていきます。

 私が涙を流すのを目にして、満足したのでしょう。

 お兄様は手を離しました。

 それから、ようやくお父様が声を出します。


「私が魔法を使えないのは、知ってるだろう?

 だから、お兄さんの言うことを聞くしかないんだ」


「だって、無理なんですよ。私以外の人が動かせないんです」


 お父様は悲しい顔をするだけです。


「女の子が肩肘張っても、痛々しいだけだよ」


 そして、私の身体をトンと押して、一人の騎士に突き出しました。

 その騎士は、私の身体を掴んで、脅します。


「水車塔を明け渡せ。

 ワーム王太子のご命令に逆らうのか。叛逆者め!」


 そして、熱を帯びた短刀で、私は右腕を斬りつけられました。


「痛い!」


 私は悲鳴をあげます。

 血は噴き出ていませんが、刃が深く入ったようで、神経を傷つけられました。

 斬り付けられた腕が痺れて、ピクピクと痙攣します。


「では、せめて、おまえが魔導装置を動かすところを、見せてみろ」


 仕方なく、私は台の上に足を組んで座ります。

 そして瞑想しつつ、念を込めました。

 すると、振動して、水車が回り始めます。


 お兄様は(いぶか)しげな顔をしました。


「やはり動くではないか。どうやった!?」


「瞑想するんです」


「そんな抽象的な言いようでは、答えになっておらん」


「具体的には、言葉化できません」


「じゃあ、しゃべらせるまでだ」


 お兄様は剣を抜き、右手の甲を突き刺しました。


「痛い! やめてよ、もう! むかつくわね!」


 腹に据えかねた私は、呪文を唱えてハンドルを逆に回します。

 起動させていた魔導装置を、停止させました。

 これから先、水車塔を、誰かに悪用されたり、壊されたりしたくはありませんから。


 すると、轟音が響きました。


 地震のように、水車塔全体が揺れ始めます。


 騎士たちが騒ぎ出しました。

 その隙に、私は逃げ出したのです。

 階段口の前に立っていた騎士が倒れそうになっていた隙を突いたのです。

 一目散に階段を駆け降り、塔の外へと出ることに成功しました。


 私を追いかけたり、押し留めようとする騎士も大勢いましたが、お父様ーーウエイン公爵が、


「大事にしないでください。

 娘は、拗ねてるだけです。

 いずれ、泣いて戻ってきますよ」


 と言ったので、結局、誰も動かなかったようでした。


 お兄様ーーブレイブ公爵子息も、お父様の意見に同調します。


「引きこもってたんだ。なにもできやしないさ」


 騎士たちは互いに顔を見合わせ、うなずき合いました。


「お二人がそう言われるのなら……」


◇◇◇


 私、プロミス公爵令嬢は、家族の男どもと騎士団によって、ずっと住み慣れていた、仕事場でもある〈水車塔〉から追い出されてしまいました。


 今の私は、お世辞にも公爵令嬢っぽくはありません。

 ヒラヒラの装飾がついたドレスではなく、普段着にして仕事着でもある、グレーのワンピースを着ているだけです。

 しかも、顔に大きな火傷の跡があり、腕を傷つけられています。

 大きな図体をした騎士たちから、物珍しげに見詰められつつ、私は橋を渡りました。


 跳ね橋が掛かる川向こうには、広大な葡萄畑が広がっています。


 川沿いに南に進んで、葡萄畑を通り抜け、森林に向かいました。

 森の入口付近に、一軒の小さな家があります。

 そこには、幼い頃から顔馴染みの徴税人ポップが住んでいました。


 徴税人とは、人々から税金を徴収するヒトのことで、普通の貴族令嬢なら顔を合わせたこともなく、村人からも忌避される存在です。

 でも、水車小屋から発展した〈水車塔〉の管理者である私は、お母様から引き継いだ人脈があります。


 ウエイン公爵家は、じつは王家の娘だったお母様が〈水車塔〉の管理者になった際に創設された家でした。


〈水車塔〉の管理者は、基本的には、王家から王女が出向いて就任するものとされていました。

 その王女が結婚すれば、その家庭は公爵家となって独立します。

 そして、その公爵家に娘が生まれ、水車を回す能力があれば、その娘に〈水車塔〉管理者の跡を継がせ、娘が生まれなかった場合は、たとえ息子がいても〈水車塔〉管理者に就任することなく出払って、新たに王家から王女を招くーー。

 そういった特殊な相続形式が、代々、続いていました。


 ですから、徴税人との付き合いがあるのも、公爵家というよりは、〈水車塔〉管理者としての特殊な人脈がある結果でした。


 私、プロミス公爵令嬢は、徴税人ポップの家の玄関を叩きます。

 しばらくしてから、中年男のポップが顔を出してきました。


「どなたかと思ったら、水車塔の……」


 私は、「水車塔が占拠され、追い出されたの」と、簡単な状況説明をしました。

 管理者の私にとって、水車塔は実家も一緒ですから、家を追い出された娘に等しい。

 ですから、しばらくは、この家に泊めてもらおうとお願いしました。


 ところが、奥さんが奥から出てきて、拒否されてしまいました。

 この徴税人夫婦は、普段から腰が低く、優しい人柄をしています。

 ですから、私が泊まるのを拒絶されたのも、私を嫌ってのことではありませんでした。


「徴税人の家なんかで泊まったとなれば、お嬢様が村や町のみんなから嫌われるわ。

 ほんとなら、お怪我の手当てもして差し上げたいのですが……」


 奥さんの発言を受けて、旦那さんのポップが頭を掻きました。


「泊まるところっていうんなら、ほら、お嬢様もご存知の、村はずれの宿屋を紹介いたします。付いてきてくだせえ」



 徴税人に連れられて、私は村はずれまで歩きます。

 日が暮れて、夜になってしまいました。

 暗い時刻になってしまったけれど、宿屋はやっていました。


 あかりが灯る宿の扉を開けると、カウンターに立っていた宿屋の主人は両目を見開きました。


「これは、水車塔のーー!?」


 宿屋は夜になると、領主公認の酒飲み場に変貌します。

 男ばかりのところへ、場違いなお嬢様が、しかも質素な服装でやって来ましたから、当然、騒ぎになります。

 もちろん、遊びに来たような気軽な雰囲気は、私からは感じられないでしょう。

 現に顔の半分の皮膚が爛れていますし、右手の手のひらからは血が流れているのです。

 それでも、酔っ払いは声をかけてきました。


「お嬢さん、遊ばない? 優しくしてやるよ」


「なに? この娘、新人?」


 ゲラゲラと、下品な笑い声が響きます。

 宿屋の主人ゲールは、大声で怒鳴りました。


「馬鹿野郎。気安く声をかけるんじゃねえ!

 貴族のお嬢様だぞ」


「どこの家だ?」


「水車塔だ」


「ああ、フレイン王女様のーー」


 フレインは、私のお母様の名前です。


「その娘さんだ」


「ああ……」


 酒飲み場で飲んだくれている村人や町民たちも、水車塔を長年管理してきた、偉大なフレイン王女については良く知っていましたし、尊敬もしていました。

 亡くなった際には、大勢の参列者が駆け寄せて、水車塔に人だかりができたほどです。


「そうか。王女様がお亡くなりになった後、水車を回してたのは、このお嬢様か」


 酔客の一人が目を丸くしてつぶやきます。

 主人のゲールは、胸を張って、私、プロミスに手を向けて紹介しました。


「俺たちが美味しく水がいただけるのも、作物が育つのも、家畜が肥え太ることができるのも、みなこのお嬢様のおかげなんだ。ありがたいことだろう?」


「水車塔といえば、騎士団の連中が押し掛けてたんじゃ?」


「なに? とすると、訳ありか?」


 ギロギロと、男どもから、無遠慮に見詰められます。


(まずい。騎士団に通報されるのかしらーー?)


 私は緊張しました。

 ですが、要らぬ心配でした。


「安心しなせえ、お嬢さん。

 俺たちはアンタの仲間だ」


「おおよ。役人なんか、クソ喰らえだ!」


 酒飲み場には、国を追われた犯罪者が多かったのです。

 もっとも、暴行犯や殺人犯といった、人々から忌避されるような犯罪者は、酒飲み場でも嫌われるので、ほとんどいません。

 貴族相手に刃向かった下級貴族の子息や平民、あるいは日雇い労務者、逃亡奴隷などが大半です。

 みな、私が目立たないよう気遣ってくれたのか、即座に視線を外し、いつも通りの酒場の雰囲気に戻っていきました。

 案内してくれた徴税人ポップも、夜道を帰っていきました。


 その間に、私は、給仕の姐さんに誘われて、三階にまで上がります。

 主人ゲールの家族の住居階でした。

 そこで泊めてもらうことになります。

 ゲールの奥さんが優しく招き入れてくれました。


「お母様にはお世話になったわ。

 あの方が女王様になったら、ずっと良かったのにって、みんなが言ってたものよ」


「ありがとうございます。母も喜びます。

 でも、水車を回して、水を浄化できるのは女性だけですからーー」


「そうだったわね。残念だわ。

 いつも女ってだけで、陰働きさせられて……」


 傷つけられた右腕に軟膏を塗って、包帯を巻いてくれます。

 食事の後、主人も三階にやって来ました。


「で、騎士のゴロツキどもが水車塔に押し入ったそうだけど、何があったんだい?」


 私が掻い摘んで事情を話したら、奥さんが口に手を当てて驚きました。


「まあ! お父さんまでが、娘を国に売ろうとしたのかい!?」


 主人は苦い顔をします。


「アンタのお父様は、水車小屋の番人風情だからーー」


「あなた!」


「ああ、ちと言いすぎたか。

 まあ、なんだ。男としては、ありがちなこった。

 お嬢様のお母様が、あまりに素晴らしい方だったんで、お父様の方は気後れしちまったのさ。

 貴族の世界に馴染もうと、努力してんだとは思うぜ。

 でも、お嬢様を、どっかの貴族家の奥様にしちまえばそれで良いっていう了見がなあ」


 宿屋の主人までが、お父様の娘に対する接しようを知っているとは。

 私はなんだかおかしくなって、笑ってしまいました。


 奥さんが主人に問いかけます。


「領主様にお頼みできないかえ?」


 水車塔がある河岸までが王都ラモスの郊外で、川向こうからはデモンズ伯爵領です。

 そして、その領主デモンズ伯に、宿屋と酒飲み場の収益の過半を献上していました。

 宿屋は領主家と経済的な繋がりが深かったのです。


 主人は頭を横に振りながらも、明るい顔になって、パシンと膝を叩きました。


「領主様は、最近、王城にお呼ばれになって不在なんだよ。

 もっとも、あの領主様にお会いしたところで、お嬢様のお力にはなれませんよ。

 王太子の言いなりなんでさあ。

 それよりも、領主家の家令を紹介しましょう。

 あの爺様なら、きっと力になってくださる」


 明朝、ゲールに引き連れられて、私は宿屋の馬車で領主館に向かい、裏口から入りました。

 宿屋の主人の来訪を知り、領主家令のドンス翁が裏口に顔を出します。


「これはゲール様。

 つい先日、献上品はいただいていたはずですが……おや。

 貴女様は、水車塔の!」


「はい。プロミスです」


 何度かパーティーで見かけたお爺さんでした。

 いつも、川向こう一帯を領有するデモンズ伯爵家の付き人として立っていました。

 会話を交わしたこともないのに、お爺さんは、私のことを知っているようでした。

 丁寧にお辞儀をしてくれました。


「生前のお母様には、我が主人デモンズともども、ずいぶん目をかけていただきました。

 お噂は耳に入っております。

 水車塔に騎士どもが押し入ったとか。

 王太子殿下も、ずいぶん無茶をなさる」


「デモンズ伯を通じて、王太子殿下に、水車塔の接収は無駄だとお伝えできませんか」


 ドンス翁は首を横に振ります。

 そして、私の耳元でささやきました。


「ここだけの話、ザッハ国王陛下は長いこと病床に伏せっておいででして、退位を目前に控えております。

 それゆえ、いまだ二十歳のお若いワーム王太子が、

『父王様の施政は何かと手緩かったのだ』

 と仰せになられて、張り切っておられましてな。

 王妃様も国王陛下がお倒れになって以来、悲嘆に暮れるばかりで、息子が何しようとお止めになる様子はございません。

 今の王太子殿下は、誰にも耳を貸さないでしょう……」


 そこまで話したとき、チリン、チリンと鈴が鳴りました。


 執事が「ご領主様のご帰還です」と、家令ドンス翁に伝えてきたのです。

 ドンスは頬に一筋、汗を流しました。


「これは、予定よりずっと早い。

 ささ、とりあえず、お嬢様はこちらにーー」


 ドンスは、宿屋主人ゲールを帰らせて、急ぎ侍女に命じます。

「お嬢様を侍女部屋に(かくま)うように」と。



 突然、領主デモンズ伯爵が帰宅してきたのです。

 正面玄関まで出迎えた家令ドンスは、主人が伴ってきた人物たちに目を光らせました。


「ご主人様。そちらのお方はーー?」


 デモンズ伯爵は、不機嫌そうにチョビ髭を摘みながら答えました。


「水政省の役人だ。ズール子爵とホール男爵子息よ」


 水政省とは、水質管理の責任部署です。

 水車塔の管理者を失い、水を浄化する魔導装置が機能停止した今、水質がどうなっているのか、調査しに来たのでした。

 が、それだけではありません。


 デモンズ伯爵は首に巻いたボウタイを緩めて玄関に上がると、歩きながら大声で話します。

 その傍らで、ドンス翁は並走しました。


「水車塔で事件があったのは、知っておるな。

 管理者であったプロミス嬢が逃げ出したのだ。

 ゆえに逮捕命令が出ておる」


「罪状はいかようで?」


「現在、騎士団と一緒に水車塔に居座っている、兄のブレイブ公爵子息が告発したのだ。

『妹のプロミス公爵令嬢が、川に毒を流していました!』とな!」


 家令ドンスは、目を丸くします。


「それは、真実でございましょうか?」


「実の兄が言っておるのだぞ」


「とはいえ、あのお方ーーブレイブ公爵子息がどういうお人柄であるか、ご主人様もご存知のはず」


「ああ。知っておる。博打と女遊びに興じる放蕩者だ。

 でも、せっかく兄が告発してくれたのだ。これに乗じてーー」


 デモンズ伯爵が執務室に入ろうとしたとき、甲高い声が背後からかかってきました。


「私、誓って、そんなことはしておりません。

 お兄様は嘘をついています!」


 執務室が階段のそばにありました。

 おかげで、プロミス公爵令嬢は侍女部屋に向かう際、階段の中途で、聞き耳を立ててしまったのです。

 あまりの言いがかりに、我慢ができず、声を出してしまったのでした。


(私がどれだけ長い間、真面目に魔導装置を起動させて、水を綺麗にしてきたと思ってるのよ! お兄様とて、許せない!)


 そう思って、私は拳を強く握り締めます。


 ですが、目の前にあったのは、目を丸くして驚くデモンズ伯爵と、皺だらけの手で顔を覆う家令ドンス翁、そして、その後ろで目を光らせる二人の水政省の役人の姿でした。


(しまった。これは、薮蛇だった……!?)


 私は思わず、口に両手を当ててしまいました。

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