第二十一話 誕生
これはルリとフルカが暮らしている街を離れた、ある大きな都市での出来事。
ここはかなり栄えた都市で、人の数も馬の数もルリとフルカの街よりも圧倒的に多く、市場などで売られている品物も、街で売られてるのよりも上等な物や、見たこともないような珍しい品物など多種多様な物が売られている。
ガヤガヤしたその都市は活気にあふれ、人々は希望に満ち溢れ、なんらの翳りもない陽気で楽しい賑やかな場所であった。
しかし、光のあるところには、必ず影がつきまとうものだ。その都市を裏通りを通り、観光客や真っ当な人間ならまず踏み入らないような荒れ果てた暗い場所へ行くと、そこにはこの都市の『影』がある。
その『影』を見るからに真っ当ではない怪しげな長髪の男が、周りを憚るようにして見回しながら歩いていく。
そして、ある廃屋、正式には人が住んでいないはずのある廃屋の前に立ち止まると、破れた窓の割れ目から声をかけた。
「おい!・・・・・・いるか?」
人が住んでいないはずのその窓の割れ目に、ぬっと青い目が現れた。細かな傷やら汚れやらで曇ったガラスからなんとか見えるその顔は、厳つい中年男性の顔であった。割れ目からもう少し中を覗けば、恰幅のいい中年男性が、新聞を持って椅子に腰掛けながら窓の割れ目から目を覗かしている様子が見えるだろう。ついでに壊れた家具やらゴミやらが、家の床の上に乱雑に散らかっている様子も垣間見えると思う。
さて、窓の割れ目から目を覗かせたその中年男性はボサボサした長髪の、怪しげな風体の男を見るとつまらなそうに言った。
「なんだ、ジャックか」
ジャックと言われたその男は、口角をややぎこちなく持ち上げ、ボロボロの汚らしい歯を見せて笑った。
「なんだはねえだろう?兄弟。俺はお前に会えるのを楽しみにしてたんだぜ?それに、こう見えても俺は客なんだからな。少しは愛想良くしてくれなくっちゃ困る」
「何が客だよ。お前、この前のツケ払ってねえだろ?この前の前のツケも払ってねえ。この前の前の前のもだ。そんだけツケ溜め込んだ奴は客とは言わねえんだよ。ダニっつうんだ。お前みたいな奴はな」
「まあまあ、そう言わずに。今日も一つ、また頼むぜ?今日もツケでな」
「ったく、うちの客はどいつもこいつも金を払わない奴ばっかりだ。あの『目』の女なんか金を払わねえどころか、俺の目をくり抜こうとしてきやがったんだよ」
「ああ、あいつか。あいつなら逮捕されたぞ」
「・・・・・・はあ!?なんで!?いつ!?」
「ああ、なんでもA級冒険者のユウキの目を狙おうとして、返り討ちにされちまったらしい」
「マジかよ・・・・・・あいつうちのこと喋らねえだろうな?というかそれより、あいつ、けっこううちにツケあったのに・・・・・・クソッ!だからもっと気をつけて行動しろっつったんだバカが!!」
怒りを撒き散らす、廃屋の中の男に対して、長髪の男はニヤつきながら言った。
「よお、兄弟。今日ツケにしてくれるなら、その『目』の女がツケてた分も払ってやるぜ?」
「・・・・・・アテがあるのか?」
「ああ、ある。近々大仕事があってな。金がたんまり入る予定なんだ」
「・・・・・・ふん、まあいい。なら、今日ツケといてやるから、次は必ず『目』の女の分も払えよ」
「ああ、払う払う。約束するよ」
「・・・・・・ほいよ。メニューだ」
「おう。・・・・・・なんだジャムはないのか」
「あいにくそれは売り切れでな。チョコレートとクッキーとキャンディならある」
・・・・・・彼は、もちろん名前通りにお菓子を売っているわけではない。これは憲兵の目を誤魔化すためにお菓子の名前で呼んでいる、表には出せない非合法なクスリを売っているのである。中毒性があり、幻覚作用のある違法な薬物・・・・・・ここまで言えば売っているものが何か、おおよそ察せられるだろう。
「じゃあそのチョコとクッキーとキャンディをくれよ。それぞれ10個ずつぐらいくれ」
「あいよ」
男は一旦奥へと引っ込むと、しばらくしてまた出てきて、注文した物を入れた小汚い紙袋を長髪の男へ渡した。
「ありがとよ」
そう言って、長髪男は去っていく。
「おう、お前もヘマして憲兵にパクられたりすんじゃねーぞ」
男の言葉に、長髪男はひらひらと手を振って応えた。長髪男が去って、廃屋の中の男はふーっと息をつくと、椅子に深く座り直して、再び新聞を読み始めた。この新聞は一週間前の物だ。男が新聞を手に出来るのは、もう新聞を読んだ『表』の人間が新聞を捨ててからだ。男は、『表』の人間が捨てた新聞の束を持ち帰って読んでいるのだ。
一週間前の新聞なんて、正直言って情報としては新鮮さが無く価値が無い。しかし、娯楽のための本も買えない男にとっては、たとえ一週間前の新聞でも貴重な読み物なのだ。この新聞を読んで、醜聞をすっぱ抜かれた貴族の跡取り息子の記事や、大商人が破産したという記事などを読んで、『表』の奴らを小馬鹿にするのが唯一の楽しみなのだ。
それを見ている時には、『表』も『裏』も本質は同じだと思えるのである。それをもっともらしく取り繕って、自分はあくまでも善人であると言い張る『表』の人間が、男にとっては馬鹿らしく見えたし、妬ましくも見えたのだ。男は、人間の本質は『悪』であると思っていた。『表』と『裏』とを分けるのは、ただ嘘つきであるかどうかの違いなのだ。彼の思想によればそういうことらしかった。
そして、彼がランタンも蝋燭の一本すら無いような暗い廃屋で、ぼんやりとした暗い悦びに浸っていると、キィ・・・・・・と音を立てて男の後ろにある扉が開いた。男が新聞から顔を上げて振り返ると、そこには10歳くらいの、痩せて汚い、粗末な生地のボロボロの服を身に纏った少女が立っていた。
少女は黄色い明るい、向日葵のような色の髪をツインテールに結び、目には的のような多重丸が浮かんでおり、笑顔だった。その笑顔には底の知れない狂いのようなものを感じさせた。男はその笑顔が嫌いだった。それは根源的な恐怖のようなものを感じさせたからかも知れない。だから男はその少女に対していい扱いをしていなかった。
「オイ!勝手にこの部屋に入るなっていつも言ってんだろうが!!」
男はその少女を怒鳴りつけた。少女は悪びれもせず、その空恐ろしい笑顔を崩すことなく多重丸の浮かんだ目をまっすぐに男へ向けて言った。
「ごめんね、お父さん。私お腹が空いちゃって。何か食べたいの」
「はあ!?何言ってんだてめえは!!うちにそんな食べ物なんてあるわけねえだろうが!!俺だって今朝から何も食べてねえんだ。我慢しろ!!」
これは嘘だった。男は今朝、チーズに黒パン、それに腐りかけだが肉も食えて久しぶりに豪華な朝食を摂れたのだ。パンもチーズもまだまだあった。しかし娘に分け与える気はなかった。
父親が怒鳴りつけても、その少女はなお出ていくことなく言った。
「じゃあ、チョコレートちょうだい」
このチョコは、例のクスリだ。
「チッ、しょうがねーな・・・・・・。くれてやるから、もう出てけよ」
父親は仕方なくチョコをやることにした。これをキメれば空腹など気にならなくなる。むしろ、空腹の方がよくキマるかもしれない。
自分の娘にすら食料を分け与えようとしない吝嗇な父親が、売り物のチョコを少女にやるのには理由がある。これをやれば、娘がしばらく自分の部屋から出てこなくなるからだ。娘は常に笑っている。そして、その笑顔が嫌で、恐怖でしかない父親にとってはそれをしばらく見なくていいのは嬉しかったのだ。それを見なくていいのなら、売り物を一つ犠牲にしてもいいと思っていた。
父親は部屋の中にある木箱の中からそれを取り出すと、娘にそれを投げて寄越した。娘はそれを受け取った。父親は恩着せがましくこう言った。
「いいか?これは本来売り物でお前にやる用の奴じゃねーんだ。それをわざわざ分けてやるんだ。俺に感謝しろよ」
父親は、正直なところ自分の娘が怖かった。全く思考の読めない、何をやり出すかわからない子供だと思っていた。実際、娘は何をやり出すかわからなかった。
昔、娘が家に野良犬を連れ込んだので、それを追い出そうとしたところ、その野良犬は自分の恋人なのだと言い出して大泣きしたことがあった。わけがわからなかったが、その時も今も、娘には恐怖を抱いている。娘のベットの下から、誰のものかわからない目玉が出てきたこともあった。これはおそらく、例の『目』の女の影響なのだろうが、蛆の湧いた半分腐りかけの目を愛おしそうに眺める自分の娘には心底恐怖を感じた。
そんなふうだったから、父親が自分の子供に恐怖を抱くのも無理はなかった。
ただ、こうやって恩を売るようなことをして、それを強調しておけば、娘が自分に悪意を抱くことはないだろうと思っていた。所詮は子供だ。そんなに深い考えや分別があるわけではないだろう。いくら思考も行動も読めない怖さがあるにしたって、所詮は子供だ。たかが知れてる。定期的にちょっと優しくしてやれば、奴は自分のことを尊敬できる父親だと思って素直に言うことを聞くはずだと舐めてかかっていたのである。
・・・・・・まあその考えが正しいかどうかはともかく、今は娘もチョコ一つに大喜びして、すぐに部屋を出ていった。そんなところは普通の子供みたいに見えた。
◇
『裏』の売人の娘、エリー・イエローは父親から貰ったチョコを大事そうに手の中に持ちながら廃屋の軋む廊下を自分の部屋へと向かっていた。
エリーはチョコが好きだった。だからこうして時々父親にチョコをもらっていた。
そういえば・・・・・・と廊下を歩いている途中にふと父親とあの長髪男との会話を思い出した。
『目』の女が逮捕された・・・・・・。
『目』の女というのは、おそらくあの人のことであろう。人間の綺麗な『目』が大好きで、よく自分の好みの『目』の話をエリーにしてくれたお姉さんのことだ。エリーはその人のことを姉のように慕っていたし、その人の話をよく聞いた。それがきっかけかどうかは知らないが、エリー自身にも『目』に対する執着はあって、お姉さんのコレクションを見せてもらったこともある。
次に会うときは、綺麗な青い目を持ってくるから2人で見ようと約束していた。
逮捕・・・・・・というのがよくわからないが、それはおそらくその約束が果たせなくなったと言うことなのだろう。父親と長髪男の話を聞けば、大体そういうことが察せられる。
エリーは非常に悲しかった。エリーは目が好きだったのだ。
家の周りを彷徨いていた野良犬を好きになったのもそれが理由だった。初めてその野良犬に会った時、その野良犬は口の周りを血だらけにしていた。そして、その牙から赤い筋と、その先にくっついた目をぶら下げていたのだ。
それはエリーの初恋であった。エリーはその野良犬に恋をした。エリーは野良犬と結婚したいと思っていたのだが、それは叶わなかった。父親に野良犬を追い出されたからだ。しかし、父親が追い出したのちも密会は続いているので、そこまで悲しくはなかった。
エリーはその野良犬が好きだった。目も好きだった。人間は好きでも嫌いでもなかった。『目』のお姉さんを除けば、人間には特に関心を持てなかった。父親にはなんの感情も抱いていなかった。
さて、エリーは部屋に戻ってきた。
エリーは扉を開けて部屋に入った。破れた窓に破れたカーテンの他には、固いベッドが一つあるだけの部屋だった。
エリーは包み紙を開けてその中にあるチョコを口の中に放り込んだ。これは、名前だけではなく見た目もチョコレートに似せて作られてある。カモフラージュのためだ。
チョコレートを口に放り込み、それを飲み下す。
そして、ベッドの上に横になっていると、だんだんと世界が変わってきた。
「わあ・・・・・・」
最初は体がぐにゃぐにゃと、形をなくしていくような形あるものになっていくような、変な感覚がする。浮いているのか沈んでいるのかわからない感覚。
そして世界が次第に変わってくる。今日は、部屋の中が極彩色の目玉に満ちてきた。
「綺麗・・・・・・」
エリーはうっとりとした表情で言った。エリーの寝ているベッドは柔らかなスクランブルエッグになった。
エリーはその柔らかなスクランブルエッグに身を沈めた。そして目を閉じた。瞼の裏にもその光景は見える。エリーはそれを楽しんだ。そして、いつかエリーの意識は朦朧としてきた。エリーは自分が眠りに落ちるのか、それとも幻覚の世界に行こうとしているのかわからなかったが、流れに身を任せて朦朧とするままに揺蕩った。
・・・・・・
はっと気がつくと、エリーはどこかわからない村の入り口にいた。その村らしき家の集まりは柵に囲まれていて、その一部は門となっており、そのそばには門番が立っていた。辺りは真っ暗で、その門番の持っている蝋燭が唯一の灯りだった。それで辛うじて周りの様子が見えた。
村の入り口であるその門から村の奥の方まで、フードを被った人間がズラーっと、一列に並んでいた。エリーはなんとなく、その列に並ぼうと思った。その列の最後尾、村の門の方に近づくと、村の門番が声をかけてきた。
「あ、ちょっと待ってください。これを持ってお並びください」
門番が手渡してきた物を見れば、それは白い一つの鶏卵だった。
「卵・・・・・・」
「そうです卵です。それを持ってお並びください」
門番はエリーにそう言った。そしてこう付け足した。
「これは『時間』です。この卵は『時間』となっております」
エリーは、なるほど、この卵は時間なのかと思った。
「時間か。どうりで永劫回帰してるはずだね」
エリーはその卵を色々な角度からよく眺めようとして、卵を横にしようとした。すると、慌てて門番が止めに入った。
「あ、やめて下さいやめて下さい!横にしないで下さい!」
「なんで?」
「時間は縦なんです。時間は縦でなければならないんです。空間は横ですが、時間は縦になっていなければならないものなんです。だから、横にしてもらっては困ります」
「そういうものなの?」
「そういうものなんです。とにかく時間は縦なんですから、縦に持ってもらわないと困ります」
「ふーん・・・・・・」
エリーは言われた通りに卵を縦に持った。すなわち、丸く尖った方を上に、丸く広がった方を下にして持った。
エリーは長い列の最後尾に並んだ。エリーはキョロキョロと辺りを見回す。
村の中は、傾いた薄い板製の家に満ちていた。空は星もなく何もない真っ黒で、月は偽物みたいに白く偽物みたいにのっぺりとしていて、偽物みたいにしらじらと光っていた。
というか、偽物だろうとエリーは思った。この空は偽物だ。偽物に違いない。そうだ。本物の空はどこか遠くに隠されているのだ。本物の空は液体になって瓶に詰められてどこかの海の底に沈められているに違いない。きっと朝になったらどこかの誰かがミルクの代わりにそれを飲むのだ。きっと目の覚めるほど甘ったるいに違いない。星の喉越しはどんなものだろう。月を齧ったらきっとレモンだろう。いや、月はきっとレモンではない。月はきっと何物でもない。味気のない月だろう。塩を振ったら美味しくなるかも知れないが、そのままではパサパサして美味しくないだろう。しかし、月はよく考えたら自分では光らない。なら、瓶の中の月は光らない。ならそれは月ではないのではないか。だとしたら月は月でなくなり、レモンになると思う。ならレモンだ。しかし、月はレモンではないだろう。
まあいいや。本物の空でなくてもいい。この世に造花より綺麗な花はないのだから、偽物の空より綺麗な空もないだろう。
エリーはフードを被った人間と歩調を合わせて歩いた。足音が笑い声に聞こえた。
アハ・ハ・アハハハ・ハ
ワハ・ハ・ワハハハ・ハ
こんな感じだった。
しかし・・・・・・と、エリーは思った。
しかし、この卵が時間だというのなら、どこかに空間があるはずだろう。空間は一体どこにあるのだろう。空間はどこにあるのだろう。
時間が縦になっていて、空間が横になっていると、あの門番は言った。
横・・・・・・横の空間・・・・・・横になったものとはなんだろう?横になったものが空間であるはずだ。横のもの、横・・・・・・。
エリーは頭を回転させ、そしてはたと気がついた。
そうだパスタだ。卵が時間なんだったら、空間はパスタに違いない。
そうだ。この列はどこかにある空間のパスタのところへ向かっているのだ。そして、時間の卵を使ってカルボナーラを作るに違いない。空間と時間のカルボナーラが世界になるんだ。それで世界が誕生するんだ。つまりこれは創世記なんだ。カルボナーラ創世記。
そして、もう一つ、エリーは気がついた。
そうだ、この卵が時間なのだとしたら、私たちの中にも卵があるに違いない。つまり、私たちの中にはスクランブルエッグがある。
そこまで考えて、ふとエリーは自分が空腹なことに気がついた。気がついたと同時にエリーの手にはナイフが握られていた。
エリーはそれを握りしめ、時間の卵を壊さないように細心の注意を払いながら自分の目の前にいるフードの人間を殺した。
血は出なかった。騒ぎもしなかった。
フード人間は素直に殺された。それをバラしていく。頭を開いた時にスクランブルエッグがあることに気がついて、エリーはそれを食べた。エリーは空腹のまま満たされた。
瞬間、エリーは穴に落ちた。深い深い穴に落ちた。落ちていくにつれてエリーは自分が時間と一体になって卵になっているのに気がついた。
そして穴の底に落ちた。自分がくしゃっと割れて黄身と白身がこぼれた。
◇
エリーは気がつくと、自分がいつもの自分の部屋にいることに気がついた。
しかし、そこに自分以外の人物がいることに気がついた。それは、黒髪の、純白のフードを被り純白の衣を着て聖女のような格好をした美しい女性だった。普段、人を見てもなんとも思わないエリーだが、その人を見た時この人はエリーにとって大切な人になると直感した。だが、エリーはその人が幻覚なのか、それとも実在する人間なのかがわからなかった。
その人は口を開いて言った。
「私は光、光そのもの・・・・・・」
「ヒカリ?ヒカリさんっていうの?」
「そうです私は光です」
「ヒカリさん、あなたはだれ?なにものなの?」
「そうですね、私はあなた方のいうところの・・・・・・女神みたいなものです」
「ヒカリさん。私、わからないことがあるんだ」
エリーは聞いた。
「一体時間は縦になってるの?横になってるの?空間は縦になってるの?横になってるの?私にはわからないの」
「さあ。我々の世界には時間も空間もないからわかりませんね。そんなことは悪魔にでも聞いてください。悪魔の世界には時間も空間もありますから。きっと地獄の業火の下で嫌になるほど考えてますよ」
「ねえヒカリさん。私にはもう一つわからないことがあるの」
ヒカリと呼ばれた女神は微笑みながら答えた。
「はい、なんでしょう。なんでも聞いてください。創造の担い手よ」
エリーは聞いた。
「一体私はどうすれば美しくなれるの?どうすれば、女の子は美しくなれるのかな?」
エリーの母親はすでに亡くなっていた。その母親の残した最後の言葉は、『エリー、美しい女性になりなさい』であった。だから、エリーはその言葉の通り、美しくなろうと努力していた。
女神は微笑んだ。
「・・・・・・あなたは知っているはずですよ。女の子が何によって美しくなれるのか」
エリーは躊躇いがちに答えた。
「女の子を美しくするもの、それは・・・・・・それは、『悪徳』だと思う」
エリーは女神に自分の考えを話した。
「女の子はあらゆる悪徳で美しくなるの。邪淫でお化粧をして、偸盗でボディケアをして、
嫉妬、瞋恚、貪欲、妄語のドレスで着飾る。そして、殺人でヘアアレンジをするの。女の子は、あらゆる悪徳で美しくなっていくの」
女神は微笑みながら言った。
「それがわかっているのなら、なぜ行動に移さないのです。なぜ、こんなところでいつまでも燻っているのですか」
「でもヒカリさん、女神さま、私にはそれだけの力がまだないの。あらゆる悪徳を重ねるだけの力が、私にはまだ・・・・・・」
「では、私が力を貸してあげましょう」
女神は変わらず微笑みながら、そう言った。エリーはベッドから身を起こすと、目を輝かしながら言った。
「ほんと!?」
「ええ、ほんとです。女神は決して嘘は言いません。私が力を貸してあげますから、あなたは安心してお母さんからの遺言を果たしなさい」
・・・・・・
あとのことはつまらない思い出だ。だから簡潔に示すことにする。
エリーは父親を殺した。父親は好きでも嫌いでもなかったから、父親を殺したことはつまらない思い出だった。
父親はエリーに殺される前に何事かを叫んでいた。だが、その内容はもう憶えていない。エリーが辛うじてぼんやりと憶えているのは、血と、刺した時の感触だけだ。
父親を殺したことはつまらない思い出だ。しかしそのあとのことをエリーは鮮烈に憶えている。エリーは父親の血を肌に塗って、その血を啜った。それはエリーに悪を自覚させた。
それは、エリーを、この父親を殺したという個別具体的な『事件』から、純粋な『悪』という境地へ引き上げた。事件はつまらない。事実だけを述べれば、それはいつだってつまらない。しかし、その事実を味わうことによって獲得した、その中にある、純粋で混じりっ気の無い『悪』そのものはエリーを酔わせるのに十分だった。それは麻薬よりも鮮烈な快感となってエリーのことを包み貫いた。
きょうはスクランブルエッグとステーキをたべました おいしかったです
これが『黄色の絶望』エリー・イエローの誕生だった。
最近始めた連載で、一般男子高校生が魔法少女になって魔物を退治する、現代ファンタジーがあります。よろしければご覧ください。
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他のTSモノの小説も連載しております。そちらは恋愛モノです。そちらもよろしければご覧ください。
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