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謀婚 平和な次世代編  作者: 樫本 紗樹
公爵令嬢と侯爵令息
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公爵令嬢と近衛兵

 グレースは一日の仕事を終えて、王宮の四阿へと向かっていた。ジェームズの仕事がいつ終わるかを知らない彼女の手には恋愛小説がある。彼女は何よりも恋愛小説が好きで、貴族達の流行だけでなく平民達の間で流行っている作品まで読んでいた。ここ十数年で平民達の識字率が上がり、それに伴って色々な本も増えたのである。これはナタリーが提唱し、フリードリヒが携わっている国内の学習環境を整える事業が功を奏している証拠。またフリードリヒが領主を務めるラナマン領は元々木材が豊富に取れる土地で、紙を加工する技術向上にも取り組んだ結果でもある。

 グレースが王宮の庭に出て歩いていると、前方から顔見知りが歩いてくるのが見えた。彼女が笑顔を浮かべると、男性も笑顔で彼女に近付く。

「スミス公爵令嬢、ご無沙汰しております」

「久しぶりね、ごきげんよう」

 アレクサンダーが他人行儀に挨拶をするので、グレースも調子を合わせて答える。二人は同時に笑った。

「殿下の護衛騎士がこのような場所にいていいの?」

「近衛兵は雑用が多いのですよ」

「アレックス、堅苦しいのは要らないわ。誰も咎めないわよ」

 公爵令嬢と近衛兵では身分が違う。しかし王宮に勤めていれば、アレクサンダーがエドワードの甥であると知らない者はいない。王族扱いを受けないだけで王家の血は継いでおり、その証拠に金髪である。知らない者が見れば、父親譲りの栗毛を持つグレースの方が身分は下に見えるだろう。

「俺はどちらで対応しても平気なんだけど」

「畏まったアレックスは違和感しかないのよね」

「文武両道、眉目秀麗の俺に対して酷いな」

「それを言って許されるアレックスは本当に稀有な人間だと思うわ」

 グレースは心からそう思っていた。普通なら嫌味にしか聞こえないはずなのに、アレクサンダーからは傲りが感じられないので笑顔で聞き流せる。

「俺は相手を見て話すから」

「私は気が置けないという事ね。嬉しいわ」

「四阿まで行くんだろ? 送ってくよ」

「遠くないから大丈夫。本も持ってきているから」

 グレースは抱えていた恋愛小説をアレクサンダーに見せる。近衛兵として忙しくしている彼が偶然王宮の庭を歩いていたと彼女には思えなかったのだ。その気配を彼は正しく読み取る。

「俺とは話したくないと」

「ジミーの売込みなら聞かないわ」

 グレースの言葉にアレクサンダーは笑顔を零す。

「今は勤務中だから近衛兵の仕事と無縁な話はしない。さぁ、行こう」

 アレクサンダーは笑顔のまま踵を返して四阿の方を指し示す。近衛兵は国王及び王太子に仕えるのが仕事なので、公爵令嬢であるグレースに用事があるとは思えない。しかし断ってもついてくるだろうと、仕方なく彼女は彼と一緒に歩き出した。

「例の件だけど陛下の耳に入ったから構成員が変わるよ」

「そう、それは良かったわ」

 王太子妃を迎えるにあたっての会議なので口を挟むならリチャードのはずだが、やはりエドワードが口を出すのかとグレースは内心呆れた。しかしリチャードは簡単に更迭出来るような性格ではない。それに他国から嫁を迎えるのだから国王が口を挟んでも問題ないと言われれば反論は出来ない。

「アレックスからパウリナ殿下はどう見えた?」

「彼女の素質は未知だけれど、殿下が楽しそうだから不穏分子は極力潰したい」

 アレクサンダーの声色には凄味があった。婚約が成立してからも、色々と文句を言う者達がいるのだろう。言葉は穏やかではないが、彼も基本的に争いを好まない人間だ。リチャードが何の憂いもなく結婚出来るよう動いているに違いないとグレースには思えた。

「あれだけ女性に興味のなさそうだった殿下が会いに行ったのだから、何か響いたのでしょうね」

「グレースは仲良くなれると思う」

「そうなれるように努力するわ」

「努力は要らないよ。自然なままの方が仲良くなれる」

 アレクサンダーは確信しているようだ。グレースはその根拠がわからなかったが、彼の洞察力を疑う気にはならなかったので素直に受け取る。

「それなら環境を整える方に努力するわ」

「あぁ。異国に嫁ぐ難しさを少しでも和らげてほしい」

 異国と聞いてグレースは考える。彼女が王都以外で知っているのは領地だけである。他国へ足を踏み入れた事はない。

「一度パウリナ殿下に会いに行くのもありかしら」

「あそこはレヴィの貴族令嬢が行く国では、いや、グレースなら平気かも」

「どういう意味?」

 グレースは不満そうな声で尋ねた。丁度四阿に着いたのでアレクサンダーは彼女に座るよう勧める。彼女が渋々腰掛けると、彼は向かいに腰かけた。

「快適な旅は約束出来ないんだよ。だけどグレースならそれを楽しめそうだから」

「どうして快適でないと知っているの? 行った事があるの?」

「まぁ、近衛兵関係で色々な場所に視察で出向いているから」

「アレックスはよく王都不在なのに、色々とお店も知っていて凄いわよね」

「俺は一度見たら忘れない質なんだ」

 当たり前のように話すアレクサンダーに、グレースはどういう感情を抱けばいいのかわからなくなった。一体何をすればこれ程の人間が出来上がるのだろうか。

「本当にアレックスは設定盛り過ぎよ。どんな恋愛小説の女性主人公も尻込みしてしまうわ」

「設定、って。有能な両親から生まれただけの話だろ」

 アレクサンダーの言葉にグレースから表情が消えた。確かに彼の両親は凡庸ではない。一方彼女の両親は父の社交性は高いが母は低く、母は美人だが父は平凡顔。それ以外に特筆すべき点はない。そもそも両親の資質が違い過ぎるが、それにしても世の中不公平だと思わずにはいられない。

「まぁその分陛下に使われているから苦労もしてるよ」

 正確にグレースの心境を読み取ったアレクサンダーがおどけてみせる。こういう機微に聡いのも不公平だと彼女は思うが、それに気付く彼女も十分機微に聡いのだがその自覚はない。

「ねぇ、私の結婚相手について陛下が口出すようなことはないわよね?」

「アリスがエドガーに嫁いでしまっただろう? それでスミス卿が毎日御機嫌だから同じ気持ちを味合わせてやりたい、とは思っているだろうな」

 リチャードの事は誰に聞かれてもいいように殿下と敬称で読んでいるのに対し、アリスが呼び捨てなのは既に降嫁しているからである。彼等にとっては従姉と義姉なので問題にはならない。

「父が嫌がる所なんてハリスン公爵家くらいよ。グレンは既婚者だから無理ね」

「グレンには弟が三人いるが」

「私にとっても弟みたいなものよ。そもそも女官になるのだから結婚はしなくてもいいの」

「結婚を諦めていないのなら口にしない方がいい。言葉にし続けると心を蝕む」

 アレクサンダーは優しい表情を浮かべていた。グレースは両親も兄二人も彼女を溺愛していて、基本的に彼女の好きにさせてくれる。そのせいかこのような指摘はされた経験がない。

「アレックスが兄みたいだわ」

「俺はグレースを妹みたいに思ってるし、殿下を弟のように思ってる」

「殿下が三歳年上なのに、それは許されるの?」

 呆れたように言うグレースに、アレクサンダーは笑顔を返す。

「そういう存在がいると心強いだろう?」

「貴方達兄妹は本当に自分以外を優先し過ぎよ」

「俺は自分を蔑ろにしてない。自由に生きている結果がそうなってるだけ」

 以前のスカーレットは生き辛そうにしていて、グレースはもどかしくてたまらなかった。しかしアレクサンダーに対しては、そのように感じた記憶がない。器用に生きているのだろうが、無自覚で無理をしている可能性もある。

「私は結婚出来ないけれど、アレックスに相応しい相手が見つかるよう願っているわ」

「俺もグレースとは結婚出来ないと思ってるのに、どうしていつも俺が振られる形になるのかな」

「それは私が公爵令嬢だからに決まっているでしょう?」

 グレースは得意げな表情を浮かべた。それに対してアレクサンダーも笑顔を浮かべる。

「俺達は仮に結婚したとしても上手くいくんだろうけど、多分お互い本当に満たして欲しい部分が乾いたままになってしまうんだろうな」

「そうかもしれないわね」

「何だ、その満たして欲しい部分とは」

 二人の会話に割り込む声にグレースは心底驚き、恨むような視線を声がした方に向ける。そこにはジェームズが立っていた。

「急に声をかけないでよ」

「私と約束していたのにアレックスと話している方が悪いだろうが」

「悪い、ジミー。話しかけたのは俺だ」

 アレクサンダーは立ち上がるとジェームズの肩を叩いた。グレースはその状況を見て、本当にアレクサンダーはジェームズに頼まれてきた訳ではないと知る。

「アレックス、本当の用事は何だったの?」

「アリスの話を聞きたかったんだけど、またにするよ」

「陛下にはアリスが幸せに暮らしていると伝えておいて」

 多分エドワードはそのような話が聞きたいわけではないとグレースはわかっている。しかしアレクサンダーの真意がわからない以上、適当に答えるしかない。

「了解。じゃあまた」

 アレクサンダーは笑顔で告げると王宮へと歩いて行った。グレースは無意識に彼の背中を見つめていたが、ジェームズは彼女に視線を向ける。

「それで、満たして欲しい部分とは何だ?」

「お腹が空いたわ。早く食事に行きましょう」

 グレースは立ち上がるとジェームズを急かした。先程はアレクサンダーが何を言いたいのかわかったので肯定するような返事をしてしまったが、それをジェームズに話す気はない。ジェームズは不服そうにしながらも、二人は食事に行くべくリスター家の馬車へと歩き出した。

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