王宮舞踏会での披露目
良く晴れた日の午後、パウリナはレヴィ王宮の一室にいた。本当にレヴィ王宮は広く、これまで訪れた部屋にもう一度行くように言われても、彼女は一人では辿り着けない気がする。今日も指定された部屋がどこかわからなかったのでアビゲイルに案内してもらった。アビゲイルは近衛兵だからかレヴィ王宮の構造は把握しているらしい。
パウリナの前には多くの宝飾品が広げられていた。それをナタリーとヨランダがどれにしようかと相談している。母と娘の仲の良さにパウリナの気持ちも温かくなる。
「首飾りしか作らないなんてお兄様は気が利かないわ。耳飾りと髪飾りもお揃いで作ればいいのに」
「これから色々と作るわよ。陛下の息子だもの」
パウリナは今日もリチャードから貰った首飾りを身に着けている。シエンナの言葉を信じて王宮舞踏会でもこの首飾りを身に着けることにした。そして他に必要な物を今二人に選んで貰っている。
「こちらはすべて陛下からの贈り物ですか?」
「これは陛下の妹サマンサが王女時代に購入したもので、嫁ぐ時に私にくれたのよ。アリスやヨランダにも好きなものを選んで貰ったのに、まだこれだけあるの」
一人の王女が購入したものとは思えないほどの量である。流石大国レヴィ王国だ。メイネス王国の価値観から切り替えられるか、パウリナは内心不安になる。
「だから欲しいものがあればすべて貰って欲しいの。箱にしまわれているだけの宝飾品なんて可哀想でしょう?」
レヴィ王国では宝飾品を身に着けるのが正しいのだと、パウリナは改めて思い知らされた。婚約中にリチャードから貰ったのは首飾りだけだが、今度貰ったものは積極的に身に着けていこうと決意しながら宝飾品を見る。そして王宮舞踏会のものと、個人的に気に入ったものを選んだ後、三人での茶会へと移行する。しばらく雑談をしてから、パウリナは気になっていた件をナタリーに尋ねた。
「私の侍女にアビゲイルを選んだのは王妃殿下でしょうか?」
「アビーを選んだのはアリスよ」
予想していなかった名前が出てきてパウリナはきょとんとした。アリスがリチャードの姉であり、アビゲイルが侍女をしていた第一王女というのはわかる。しかしスミス公爵家に嫁いでいる彼女が何故指示をしたのかがわからない。そのパウリナの戸惑いを察して、ナタリーは優しく微笑む。
「リチャードは国内の貴族女性の誰にも興味がなくて婚約者が決まらなかったの。その状況で選んだのが貴女でしょう? 逆恨みで何らかの行動に出る者がいた時に対応できるよう、アビーを侍女にして欲しいとアリスが陛下に願ったのよ」
「そうだったのですね」
ナタリーの説明にパウリナは納得した。アリスの希望を叶えたエドワードの配置なら筋は通る。エドワードが無駄を嫌う性格なのであれば、アリスの不安は一理あるとの判断なのだろう。そして侍女というより護衛の立場だから、アビゲイルは必要以上に口を挟まないのだ。
「お姉様はお兄様に対して過保護よね」
「周囲が勝手にアリスとリチャードを比べるから、アリスはそれが嫌だったのよ。リチャードが次期国王に相応しいと私も陛下もアリスも思っているのに、当の本人が自覚していないことにも責任を感じているの」
ナタリーは困ったように息を吐く。パウリナはリチャードが王太子としての期待に応えようとしているのを知っている。しかしそれを彼女の口から言うのは違うので黙っておく。
「リチャード様を支えられるよう頑張ります」
「えぇ、末永くよろしくね」
ナタリーが優しく微笑むので、パウリナも笑顔で頷いた。
年に二回催される王宮舞踏会は各地から貴族がレヴィ王宮に集まる。今回はパウリナの御披露目も兼ねているため、メイネス王国の大使も招待されていた。以前彼女が招待された時の付添は大使であったが、今回は婚姻が成立しているためリチャードと共に入場する。
「おかしなところはありませんか?」
控室で待機中のパウリナは不安そうにリチャードに問う。出来上がったドレスはリチャードと対の意匠であり二人で並ぶとそれがよくわかる。選んで貰った宝飾品が本当に似合っているのか、彼女は不安で仕方がない。
「心配しなくてもいい。綺麗だ」
リチャードの言葉にパウリナの頬が赤らむ。大人っぽくみせるような化粧をしている彼女であるが、褒めるような言葉が出てくるとは思わず、どうしていいのかわからない。
「お兄様がさらりとそのように言える方とは初めて知りました」
二人の近くにいたヨランダが揶揄するような口調でリチャードに言う。それに対しリチャードは無表情をヨランダに向けた。
「言葉にしなければ伝わらないからな」
「変わり過ぎよ。パウリナ様、ここ数日で何があったの?」
ヨランダは納得いかないような表情でパウリナを見る。無事に話し合った件はナタリーが一緒にいたのもあって、ヨランダには言っていない。そもそも義理の妹に報告する義務もないだろうとパウリナは思っている。
「夫婦として話し合っただけよ」
そう言ってパウリナはリチャードを見つめた。リチャードも優しそうな表情で彼女の視線を受け止める。二人のやり取りを見て、ヨランダはウォルターの腕を引っ張った。
「ター。珍しいお兄様が見られるわよ」
「俺は別に興味ない」
「興味がない?」
ヨランダは信じられないと言わんばかりの視線をウォルターに向ける。それをウォルターは面倒くさそうに受け止めた。
「今は珍しいだろうけど、兄上は一度決めたら基本的に態度を変えない。そのうち見飽きるよ。無駄な希望を持ってる貴族令嬢も黙るから俺はいいと思う」
「無駄な希望?」
ウォルターの言わんとすることがわからず、パウリナは首を傾げる。
「王太子妃及び王妃は公務があるけれど、側室は基本的に表に出ないらしい。そういう楽な道を歩きたい貴族令嬢が少なからずいるんだよね」
メイネス国王の夫人達は公務などしない。多分同じような状況なのだとパウリナは判断した。しかし彼女は母を含めて夫人達が楽な道を歩いているとは思えなかった。
「それは楽なのかしら? 精神的に辛いと思うのだけれど」
「考え方は人それぞれだからね。だけど兄上は不器用だから、そもそも何人も娶れないよ。器用そうな父上でさえ母上だけなんだから」
「私と父では考え方は違うと思うが」
リチャードの言葉にウォルターは冷めた視線を向ける。
「違うのはわかってるよ。俺が言いたいのは、理由は違っても父上も兄上も妻は一人でいいと思ってるだろうということ」
そう言ってウォルターはパウリナに笑顔を向けた。まるで安心させるような笑顔だが、彼女の心には不安がある。
「それでも私が男児を出産出来なかった場合は話が変わってきてしまうわ」
「それはその時に考えればいいよ。弟二人は継承権を持ってるし、公爵家にも継承権はあるし、兄上は自分の息子以外は考えられないという思考ではないと思う」
ウォルターの説明を聞いて、パウリナはリチャードに問うような視線を向けた。彼は優しく微笑んでいる。
「ウォルターの言う通り、その時に考えよう。私達は夫婦として歩み始めたばかりだから」
「そうですね」
リチャードの言葉にパウリナは嬉しそうに微笑む。出産を焦るなとキアーラからも口酸っぱく言われている。我慢せず話してくれるようになった夫と話したいことも山ほどあるのだ。それに自分の立場が脅かされないのなら、彼女が焦る理由はない。
「そろそろご移動をお願い致します」
侍女ではなく近衛兵の恰好をしたアビゲイルが声を掛ける。リチャードを護衛する近衛兵は当然いるが、パウリナにはいない。そのためアビゲイルが侍女になった経緯をパウリナから聞いたリチャードが差配したのだ。国王か王太子が指示を出さない限り近衛兵が動かないと貴族なら知っている。つまりアビゲイルが近衛兵の姿で侍ることで、パウリナに手を出したら国王と王太子を敵に回すことになると暗に伝わるのだ。
リチャードが腕を差し出したのでパウリナはそこに手を添える。そして二人は微笑み合うと、王宮舞踏会の会場へと歩き出した。ウォルターとヨランダはその光景を微笑ましく思いながら二人の後をついていく。
こうして無事にパウリナは王太子妃としてレヴィ王国の貴族達に披露目され、リチャードの妻として幸せに暮らしていくのであった。




