助言を受けての話し合い
パウリナは寝室のソファーに腰掛けていた。楽しい夕食会の後で彼女の部屋へ再び戻ってきたグレンとスカーレットだが、グレンは用件を手短にメイネス語で話すとすぐに帰っていった。リチャードを待たせてはいけないと彼女は急いで入浴を済ませたのだが、彼が来る気配は今のところない。夕食会の後でウォルターがリチャードに絡んでいたので捕まっているのかもしれないが、兄弟の話なら今日でなくてもいいのにと彼女は思う。
パウリナはグレンの話を思い出す。別にレヴィ語でも良かったと思うのだが、もしかすると母国語の方が理解しやすいという彼なりの配慮なのかもしれない。レヴィ語とメイネス語は似ていないので、正しく翻訳するには知識が必要である。今思うとスカーレットの手紙は彼の監修があったのかもしれない。彼女のレヴィ語の理解度を高めてくれた二ヶ国語の手紙は、メイネス語に精通していないと難しいものだった。
そして二ヶ国語に精通し、リチャードの幼なじみかつ側近のグレンが教えてくれた解決方法。パウリナも話を聞いて腑に落ちていた。そしてグレンは申し訳なさそうに、リチャードには再三助言をしたが聞き入れてもらえなかったと告げた。彼女はその言葉の意味を正しく理解する為にメイネス語で確認すると、彼は嬉しそうに答えてくれた。ウォルターやヨランダも心配しているのを考えると、リチャードは頑固なのだろう。それを踏まえた上で彼女は今夜徹底的に話す覚悟を決める。
パウリナが気合を入れると扉を叩く音がして、リチャードが寝室に入ってきた。彼は無言のまま彼女の向かいのソファーに腰掛ける。今夜は必要だろうと用意していたハーブティーを彼女はカップに注ぐと彼の前に置いた。そして自分の分も注いで一口飲む。
「寝る前に話したいのですがいいですか?」
「あぁ」
リチャードはティーカップに触れないまま返事をした。パウリナは彼に向かって姿勢を正す。
「私を抱くのにもう飽きましたか?」
パウリナの言葉にリチャードは驚きの表情を浮かべながら彼女へと視線を向ける。彼女は真剣な表情で彼を見つめていた。
「飽きたのなら言葉にして教えてもらえませんか?」
「そのようには思っていない」
「それなら触れてくれなくなった理由を教えてください」
パウリナは真剣な表情のままリチャードを見据える。グレンからの助言はふたつ。ひとつは簡単なレヴィ語で誤解のないように話す、もうひとつはリチャードから本音が引き出せるまで会話を続ける、だった。彼女がレヴィ語を自然に使いこなせるようになってしまったのでリチャードは悪い方向に考えて黙ってしまう。そして黙ったままため込んでしまう。これを早めに打破した方が良いというのがグレンの出した結論である。彼女にとっても泣き落としより受け入れやすかった。
「それほど焦ることでもないだろう」
「それなら私から触れてもいいですか?」
パウリナは無意識にリチャードから触れられるのを待っていたのだと、グレンと話していて気付いた。最初の頃は彼女から触れることもあったはずなのに、彼からの壁を感じるようになって竦んでいたのだ。しかしこの壁は不要だと判断した以上、彼女が壊すなりよじ登るなりしなくてはいけない。
「触れてどうするのか」
「リチャード様とより親密な関係になりたいのです」
パウリナは期待を込めた視線をリチャードに向ける。一方リチャードは一旦視線を外してから再び彼女を見つめた。
「それは別に触れなくてもいいと思うが」
「つまりリチャード様は私と親密な関係を築く気はないのですね」
「そうは言っていない」
「そうとしか聞こえません」
グレンの助言はこれだと、パウリナは信じて言葉を紡ぐ。彼女もリチャードが自分と親密な関係を築きたくないとは思っていないだろうと思う。しかし彼の本音がわからない以上、引き出すためには否定も必要なはずなのだ。そして黙ってしまった彼に対し、彼女も無言で彼が口を開くのを待つ。
「王家同士の結婚である以上リーナにも果たすべき責務があるのはわかるが、無理をするものではない」
「私は責務の話などしていません。夫に相手にされない妻の立場で話しています」
「こうして話しているのに、相手にされないとはおかしいだろう」
「夫婦ならば抱かれないのは相手にされないのと同じ意味だと私は考えます。レヴィ語を覚えて嫁いだ私の努力に、少しくらい報いてくれてもいいではありませんか」
言った後でパウリナは誤解をされないレヴィ語は案外難しいと気付いた。恩着せがましく言うつもりはなかったのに、そう聞こえるような発言だったと彼女がリチャードを伺うと、案の定彼は困惑の表情を浮かべている。
「ごめんなさい。言い方が間違っていました。リチャード様と通訳なしで話すために覚えたのに、上手にレヴィ語を話せなくてごめんなさい。頑張るので、嫌いになるのは待って欲しいです」
それほど長い付き合いではないが、リチャードは一度嫌ってしまったら二度と好意を寄せてくれない人だとパウリナには思えた。まだ王太子妃としての披露目はしていないとはいえ、婚姻は成立している。これ以上ぎこちない生活を彼女は送りたくなかった。
「いや、リーナは十分頑張っている。だから無理はしなくていい」
「リチャード様の言っている無理とは具体的にどのようなことですか?」
心が折れそうになっていたパウリナだが、リチャードに頑張っていると言われて持ち堪えた。しかし先程から彼の言っている無理が何なのか彼女には理解出来ない。彼女は無理をしているつもりはないが、自分が理解している無理と違う意味があるのかもしれないと彼を見つめた。彼は少し迷ってから言い難そうに口を開く。
「王太子妃である以上出産は付いて回る問題だが、その義務を今すぐ果たす必要はない」
「私が王太子妃として周囲に認められるまで、子供は要らないということですか?」
「そうではない」
「もっとわかりやすく言ってください。以前抱いていいかと確認したのに、最近抱いてくれない理由を私は聞いているのです」
ウォルターの言っていた言い回しの癖はこれなのだろうとパウリナは思った。彼女は的確な答えが引き出せるように話しているつもりなのに、なかなか辿り着けない。弟や妹でも難しいのに自分が出来るとは思えないが、今やらなければいけない気がしている。そしてリチャードは少し苛立っているように見えた。食らいつく彼女の態度が気に入らないのかもしれないが、譲ってはいけないと彼女は強い視線を彼に向ける。
「リーナには義務感以外の感情を持って欲しいと思っている」
「義務感なんてさほど持っていません。確かに嫡男を産まなければ自分の立ち位置が危ういので、可能ならば私が嫡男を出産するまでは他の女性を娶らないで欲しいなとは思っています」
「リーナは私が多妻でも問題ないのか?」
どうしてこの流れになってしまったのだろうと、パウリナは自分の発言を後悔した。しかしここで誤魔化しても仕方がない。リチャードの本音を引き出すには、自分も本音で語るべきなのである。
「法律上可能なので私が文句を言える立場ではありません。ただ他の女性に触れた唇で私に口付けされると考えると、気持ちがもやもやします。ですがそれで触れられなくなるのも寂しいですし、どうしたらリチャード様は私だけを見ていてくれますか?」
「私は他の誰かを娶る予定はない」
「言葉通りに受け取っていいですか?」
「あぁ」
リチャードの返事にパウリナは表情を輝かせる。あくまでも予定なので将来変わることもあるだろう。それでもしばらくは自分だけが彼の妻でいられるのが彼女には嬉しかった。
「立場上難しいとはわかっているのですけれども、好きな人には自分だけ見て欲しいので嬉しいです」
「好きな人?」
「はい。リチャード様に恋愛感情を抱いています。だから抱いてもらえないのが寂しかったのですけれども、先程の話から推測するとリチャード様が義務感しかないから私を抱くのは違うと思い至ったのですよね。そういう優しいところも好きなのですけれど、私としては寂しいが勝ってしまいます」
パウリナは一気に言ってから考え込むように視線を外した。幸せな結婚生活にする為にはリチャードの心を動かす必要がある。しかしこの結婚はそもそも彼が申し込んできたものだ。彼に義務感しかないのはおかしくないだろうかと彼女が顔を上げると、目の前の彼は頬を赤らめて困惑の表情を浮かべていた。
「どうかされましたか?」
「レヴィ王国の王太子という肩書しかない男のどこに好きになる要素があるのか」
「リチャード様は見た目も格好いいですし、とても真面目で優しいです。あと私との雑談を覚えてくれているのも嬉しいです。レヴィ王国の王太子の肩書はなくても問題ありませんが、その肩書あってのリチャード様なのでどう答えたらいいのか難しいです」
パウリナの言葉にリチャードは顔を両手で覆う。彼女は彼の行動の意味がわからなかったが、まだ言葉が足りなかったのかもと口を開く。
「それと今日の夕食会は皆様楽しそうでした。リチャード様に人望がなければあのような食事会はありえません。私はリチャード様と結婚できて幸せです」
「リーナ、わかった。もう大丈夫だ」
大丈夫と言いながらもリチャードは両手で顔を覆ったままだ。パウリナがどうしようかと迷っていると、彼は俯いて細長く息を吐いた。
「今夜は首飾りをしていた意味を聞いてもいいか?」
「あれはリチャード様からの贈り物でお気に入りなので大切にしまっていたのです。それを侍女に身に着けないと意味がないと指摘をされて今日身に着けました」
「好意のない相手からの贈り物だから身に着けたくないのだろうと思っていた」
リチャードの言葉にパウリナは驚くとともに、シエンナとキアーラに心の中で感謝をした。彼は自分が贈った首飾りを彼女が身に着けないのを気にしていたのだ。他愛もない会話を覚えているのだから、朝食時の服装を見ていてもおかしくない。そして今夜身に着けていたからこそ、彼は本音を話してくれたのかもしれない。
「レヴィ語の習得に挫けそうになる度に、首飾りを見て自分を叱咤しました。本当に素敵な贈り物をありがとうございました」
パウリナは気持ちが伝わるようにと心を込めて話した。するとリチャードは顔を上げながら両手を離すと彼女を見つめる。
「私はリーナを抱くのに最初から義務感など抱いていない。ただリーナに嫌われるのが怖くて避けていた。それで不安にさせていたのなら謝る。すまなかった」
「抱きしめて寝てくれない、本当の理由も教えてください」
「リーナに触れていると、より触れたくなるからだ」
「無意味な我慢でしたね」
パウリナは表情を綻ばせた。それにつられてリチャードも微笑みを零す。
「まったくだ。何でも我慢すれば丸く収まると思っていたが違うのだな。我慢強く私と話してくれてありがとう」
「それなら抱いてくれますか?」
パウリナは上目遣いでリチャードを見つめる。彼はハーブティーを飲み干し、立ち上がって彼女の側まで行くと膝をつく。
「私はリーナを愛おしいと思っているとやっと自覚をした。このような私がリーナを抱いてもいいだろうか」
「勿論です」
パウリナは笑顔を浮かべながらリチャードの首に腕を回して抱き着く。それを確認して彼は危なげなく彼女を横抱きにすると立ち上がってベッド横まで歩き、ゆっくりと彼女を下ろした。
「ありがとうございます」
そう言ってパウリナはリチャードの頬に口付ける。そして二人は見つめ合って微笑み合い、仲良く一夜を過ごした。




