八人での夕食会
「あーねーうーえー!」
三人で応接間へと移動していると、聞き慣れない声が聞こえてきた。パウリナが声の聞こえた方へ視線を向けると、黒髪の男性が右腕をぶんぶん振りながら彼女に向って歩いてきている。彼女は人の名前と顔を覚えるのを苦手としているが、黒髪はレヴィでは珍しいので第二王子ウォルターだと彼女はすぐにわかった。
「晩餐会以来ですね。王宮には慣れましたか?」
「えぇ」
「兄上の言い回しにも慣れましたか?」
ヨランダといいウォルターといい、何故こうもリチャードの話し方を気にするのだろうとパウリナは不思議に思った。そう考えてしまったために返事を忘れ、その僅かな沈黙をウォルターは勘違いする。
「やっぱり癖は直らないですよね。困るのは自分なのにどうしようもない人だと思いませんか?」
「ウォルター殿下。それは廊下で話す内容ではありません」
ウォルターの問いに対してどう答えるか迷っている間にグレンが言葉を発する。それを聞いてウォルターはグレンに不快そうな表情を向けた。
「グレンの真面目な物言いって気持ち悪い」
「それは初めて言われました。話なら夕食会でいいではありませんか」
「それもそうだ。こういう会に俺が呼ばれるのって珍しいからちょっと楽しみ」
リチャードの幼なじみ達との夕食会に誘われていたので、パウリナはウォルターが参加するとは思っていなかった。しかし本人も珍しいと言っているので、彼が呼ばれたのにも意味があるのかもしれない。そのようなことを考えているうちに応接間に着き、四人はそれぞれ席に着く。その後グレース、リチャードとアレクサンダー、ジェームズと部屋に入ってきて八人が揃う。
席順はウォルター、パウリナ、リチャード、アレクサンダー。向かいにグレン、スカーレット、グレース、ジェームズである。途中で給仕が出入りしなくてもいいように、前菜や肉料理が盛られた大皿を各自に、数種類のパンが入った籠がテーブルに三ヶ所置かれた。それぞれのグラスに葡萄酒や果実水を注いで給仕達が部屋を辞すと、夕食会は始まった。
「いつもこんな感じなの? ひとつの皿に盛るなんて軍隊だけじゃないんだ」
「人の出入りが煩わしいんだよ。リックには俺が注ぐけど、ウォルターは手酌してくれ」
「それで兄上の横にアレックスがいるの? まぁ俺は隊で慣れてるからいいけどさ。義姉上には俺が注げばいいの?」
「私も自分で注げるわ」
パウリナは王女であるが、母国では自分で茶を淹れていた。彼女に仕えている者はいたが、お茶を飲むことがレヴィ王国から取り入れた新しい習慣だったため、茶器の扱いに詳しい者は商人だけだった。そのためパウリナはキアーラから直接教えてもらったのだ。
「義姉上は王太子妃だから手酌は良くないよ。母上の手酌を想像出来ないし、ここは俺に任せて」
ウォルターはにこりと笑った。そう言われてしまえばパウリナも否定する理由がない。
「煩わしいとはどういうことなのよ。王宮の使用人なら気配を消して対応出来るでしょう?」
「俺はこれでも繊細なんだって。グレースにも俺が注ぐから大丈夫だよ」
どういう状況なのかはっきりさせたいグレースに対し、アレクサンダーは笑顔で葡萄酒を彼女に見せる。それを見て彼女は驚いた。
「それはスミス十五年物の葡萄酒。その年は葡萄の収穫量が少なくて貴重なものなのに」
「どこかの領主が親友のために贈ってくれたものだよ」
「その親友には許可をもらっているのでしょうね?」
「これは元々用意されていたものだから」
「それはそうよね。アレックスにそんな権限があるはずないもの」
「その言い方はちょっと傷付くなー」
「アレックスが繊細だと聞いたのを忘れていたわ、ごめんなさい」
グレースがにこやかにそう言うと二人は笑い合った。幼なじみとはいえ仲が良さそうな二人の関係がパウリナは気になって、食事をしながら様子を伺う。
「あの二人は昔からあのような掛け合いが普通なのよ」
スカーレットがパウリナに説明をする。使用人が誰もいないからかスカーレットの言葉が砕けている。そういう場なのだろうとパウリナは察した。
「二人はとても仲が良さそう」
「グレースは兄だけでなく皆と仲が良いの」
スカーレットの言葉にパウリナは頷く。パウリナもすぐにグレースと打ち解けた。グレースには誰とでも分け隔てなく対応できるような雰囲気がある。それなのに公爵令嬢という肩書に相応しい振舞をしているのだから、なかなか稀有な人物なのだろうとパウリナは思う。
「久しぶりに会ったのだからアレックスではなく、まず私と会話をするべきではないのか?」
「私と話したいのならジミーが話しかければいいのよ。さぁどうぞ」
グレースにそう振られてジェームズは口を噤む。それを見てグレースは冷めた視線を彼に向けた。
「特に何もないなら私が誰に話しかけようが文句を言わないで欲しいのだけれど」
「だが婚約者だろう?」
「それが何か?」
「だから婚約者止まりなんだよ。とりあえず葡萄酒でも飲んだら?」
「アレックスは黙ってろ」
「リックも何とか言ってよ、このどうしようもない男に」
黙々と食事をしていたリチャードはアレクサンダーが自分に話を振ってくるとは思わず、カトラリーを置くと不満そうな視線をアレクサンダーに向ける。アレクサンダーはそれを笑顔で受け止めた。
「俺の言葉は聞かないけど、リックならジミーの耳に届くから」
「そう言われても、かける言葉が思いつかない」
「親友にも見捨てられるなんて可哀想なジミー」
「親友にもって何だ。グレースはそもそも私を見捨てていたのか?」
ジェームズにそう問われ、グレースは特に何も答えず葡萄酒を口に運ぶ。その様子をパウリナは内心ハラハラしながら見ていた。果たしてこの席に自分がいてもいいのか不安になる。
『心配そうにしなくても大丈夫ですよ。あの二人は結婚しますから』
突然メイネス語で話しかけられ、パウリナはグレンを見る。この場でメイネス語がわかるのは四人だ。当事者であるジェームズとグレースはわからない。
「グレン、言いたい事があるならレヴィ語で言え」
「私は王太子妃殿下に状況を説明したのであって、ジミーには何もない」
「また見捨てられたわね。しかも一番助言をくれそうな人に」
「助言とは何だ。私にわかるように説明してくれ」
「知らないわよ。どうして私がジミーにその説明をしないといけないの」
そう言いながらグレースはアレクサンダーにグラスを差し出す。アレクサンダーは笑顔でグラスに葡萄酒を注ぐ。
「この夕食会って義姉上との親睦を深めるものだと思ってたんだけど、ジミーとグレースの痴話喧嘩を聞く会なの? そんなのに俺を呼び出さないで欲しいんだけど」
「痴話喧嘩などしていない」
「ジミーはそういう認識なんだ。じゃぁいいよ。こっちはこっちで話してるから、勝手にやってて」
ウォルターはジミーに対して去れという手振りをした後でパウリナを見る。
「俺はレヴィ語しかわかんないけど問題ないよね?」
「えぇ、大丈夫」
「じゃあ何でさっきグレンは違う言葉を使ったの?」
「ただの配慮。ジミーが面倒だから」
後半はジェームズに聞こえないようにグレンは小声で言った。ウォルターは納得していないようだったが、パウリナは何となく理解した。グレースには何か不満があり結婚に踏み切れないのだが、それをジェームズはわかっていない。だがグレースはそれを理解して欲しいと思っているのだろう。
「配慮してくれてありがとう。おかげで何となくわかったわ」
パウリナが笑顔でそう伝えるとグレンも微笑みながら受け止める。
「義姉上はわかったんだ。もしかして兄上に相応しい人なのかな」
「どういう意味かしら?」
パウリナは意味がわからずウォルターを見る。ウォルターは口を開こうとしたが、パウリナの奥からリチャードが無表情で視線を向けていることに気付いて、視線をリチャードへと移す。
「兄上、睨まないで。ジミーの話を聞いてたんじゃないの?」
「睨んでいない。そしてあの二人の話は理解しがたい」
「俺も理解が出来ないから義姉上と話そうと思っただけじゃん」
「大丈夫ですよ、リチャード様。このような機会はなかなかありませんから、私も色々と話してみたいです」
パウリナはリチャードの方を向いてそう言った。ウォルターは睨んでいると言っていたが、リチャードは無表情であり睨んでいる様子はない。
「リチャード様なんだ。リックじゃないんだね」
「えぇ。ご家族の皆様は愛称では呼ばないと聞いたので」
「王家の慣習はそうだね。でも叔父は父をエド兄上と呼んでるよ。兄上は義姉上からリックと呼ばれなくてもいいの?」
ウォルターはリチャードに問いかけた。リチャードは無表情である。
「殿下でなければいい」
「だけど母上は父上を陛下と呼ぶよ? まぁ二人の時までそう呼んでいるかは知らないけどさ」
「それを詮索してどうする。私は興味がない」
「俺も興味はない。ごめんね、義姉上。俺って話してると主題から逸れがちなんだよね」
ウォルターは申し訳ないとは思っていなさそうに笑っている。兄と弟なので違うのは当然なのだが、結構違うなとパウリナは思った。ウォルターは話すのが好きそうである。
「俺は将来赤鷲隊隊長になるから王宮で一生過ごすつもり。だから義姉上とは仲良くしたいんだ」
「えぇ、こちらこそよろしく」
パウリナは笑顔で答えた。レヴィ王国が平和を享受しているのは周辺国が攻めても勝てないと思っているからだ。周辺国に睨みをきかせ続けるにはウォルターの力が必要であると、レヴィ王国について色々学んだ彼女は理解している。
「母上とライラ叔母上のようになれるような女性を探してるんだけどさ。グレン、誰かいい人いないかな?」
「私に聞かないで欲しい。アレックスが詳しいのではないか?」
「アレックスは役に立たないんだよね。あの容姿と能力で独身なんて、何かが欠如してる証拠でしょ」
「ウォルター! 聞こえてるからな」
「うわ、こっちの話に入ってこないで。グレースと仲良くしててよ」
ウォルターは先程ジェームズに対してやったのと同じように、アレクサンダーにも手振りをする。ウォルターの発言が気に入らなかったジェームズもウォルターを見るが、それに対しても同じように手振りをする。その対応が面白くてパウリナは思わず笑みを零す。
「ウォルター様は面白い方ね」
「俺は兄上みたいに真面目じゃないんだよ。それが良いか悪いかはわかんないけど」
「それは時と場合によると思う」
「うわ、グレンの冷静な指摘嫌だ。ちょっとレティ、もう少し優しくするように言ってよ」
「グレンは間違っていないと思う」
「夫婦して冷たい。いいよ、美味しい葡萄酒飲んで自分を慰めるから」
そう言ってウォルターは手酌で葡萄酒をグラスに注ぐと飲む。義弟とはいえ彼の方が年上である。しかし可愛い人だなとパウリナは微笑ましく彼を見ていた。
「パウリナ。賑やかで申し訳ない」
リチャードに声を掛けられパウリナは彼に視線を向けた。愛称でないのは気になるが、貴女ではないので立場上の都合なのだろうと判断する。
「いいえ。母国ではこのような夕食会はありませんでしたから楽しいですよ」
「楽しいか?」
「えぇ」
パウリナは微笑みながら頷いた。ここにいる人々はリチャードと幼い頃からの付き合いだろう。王太子と一緒に食事をしているとは思えない、各自自由に話をしている。しかも難しい話は一切していない。執務は忙しいだろうが、このように息抜きのできる環境があると知れただけでも彼女には十分な収穫である。
「楽しめているのならいい」
リチャードの言葉はどこか冷たい感じがした。しかしパウリナはその冷たさの理由がわからない。
「リック。その態度は良くない。一緒に楽しむ姿勢を見せないと」
二人のやり取りを見てグレンが指摘する。その言葉にリチャードはどこか不満そうな表情を浮かべた。
「私の助言を聞き入れる気がないのなら今後一切話を聞かない」
グレンはリチャードに聞こえるくらいの声で淡々と告げる。珍しい声色にスカーレットは驚きの表情でグレンを見つめた。またウォルターとパウリナも緊張の面持ちでグレンを見つめる。一方リチャードはどう対応するべきか逡巡し、しかしそれではいけないと判断をしてグレンを真っ直ぐ見つめた。
「助言感謝する。パウリナも悪かった」
「いえ」
リチャードに謝られてもパウリナはどう返事するべきかわからない。グレンの指摘はもっともだったが、彼女はそこまで嫌な気分にはなっていなかったのだ。
「グレン怖いよ。ほら、これ美味しいから飲んで」
重い空気に耐えられなかったウォルターがグレンのグラスに葡萄酒を注ぐ。しかし先程から手酌で飲んでいたので葡萄酒の残りは少なく、グラスの六割ほど注いだところでなくなってしまった。
「ウォルター、一人で飲み過ぎだ」
いつもの声色に戻ったグレンにウォルターは笑顔を零すと、部屋を見渡した。そして壁際に置いてある葡萄酒の瓶を見つける。
「ちょっと取ってくるから待ってて」
そう言ってウォルターは立ち上がると壁際へと歩いていく。それを確認してグレンはパウリナを見つめる。
『気持ちを引き出す方法を見つけたかもしれません』
グレンの言葉にパウリナは期待を込めて彼を見つめ返す。グレンは微笑んでその視線を受けてから、スカーレットに視線で合図を送る。スカーレットはメイネス語がわかるので夫の意図を瞬時に理解する。
「パウリナ様。夕食会が終わったら少しだけ部屋に寄ってもいいかしら?」
「えぇ、勿論」
「グレン、お待たせ。ほらたくさん飲んでいいよ」
葡萄酒を持って戻ってきたウォルターは立ったままグレンのグラスに葡萄酒を注ぐ。
「陛下のものだからウォルターが勧める権利はあるのだろうけど、これは味わって飲むものだと思う」
「堅苦しいこと言わないで楽しく飲もうよ」
「私は最初から楽しく飲んでいるよ。だからリックにも注いで」
グレンの提案にウォルターは瓶を持ったままリチャードの方へと移動する。
「兄上に酌なんて滅多にないもんなぁ。アレックスは邪魔するなよ」
「ウォルター、もう酔っているのか?」
「まだ酔ってないよ。兄上は俺が酒に強いって知ってるじゃん」
ウォルターは笑顔でそう言いながらリチャードのグラスへと葡萄酒を注ぐ。そして瓶を持ったまま自分の席へと戻る。
「でも楽しい気分だよ。今後もこういう会があったら俺を呼んでね」
「次は王宮舞踏会だ」
リチャードの言葉にウォルターは嫌そうな表情を浮かべた。
「忘れてたのに思い出しちゃった。仕方ない、飲むか」
「何も仕方なくない。忘れるのなら飲むな」
「参加するから飲ませて」
へらっと笑うウォルターにリチャードは仕方ないなという雰囲気で頷く。そのやり取りを間に座りながら見ていたパウリナは、案外性格が違うこの兄弟も仲が良いのかもしれないと思った。




