予期せぬ来訪者
夕方、パウリナの私室にグレンとスカーレットが訪ねてきた。少し話がしたいと言われたので二人を部屋の中に招き入れる。パウリナが腰掛けているソファーの向かいに二人は横並びで腰掛けた。
『リチャード殿下の側近をしておりますグレン・ハリスンと申します』
グレンはメイネス語で切り出した。パウリナにとって母国語ではあるが違和感しかない。
「パウリナよ。私のレヴィ語に問題はないと思うのだけれど」
『妻からそう伺っています。ただ殿下の件で少し話したいのでメイネス語でお願いできますか?』
室内には当然侍女が三人いる。この中でメイネス語を理解しているのはキアーラだけだ。一方グレンとスカーレットはメイネス語がわかる。侍女二人に聞かれたくない話なのかもしれないと、パウリナは了承の意味を込めて頷いた。
『ありがとうございます。王太子妃殿下はリチャード殿下をどのような性格だと思って接していらっしゃいますか?』
『何故それを貴方に答えないといけないの?』
パウリナは不満そうに言った。夫婦の話に首を突っ込まれるのは正直面白くない。
『私は埒があかない相談に疲れています。王太子妃殿下も似たような気持ではないかと思い、本日は夕食前に伺いました』
『殿下が相談を?』
パウリナには意外だったので思わず聞き返した。それに対しグレンはゆっくりと頷く。その仕草は疲れているのを表しているようだった。
『私は殿下には幸せになってほしいと思っています。そして王太子妃殿下となら幸せになれるだろうとも思っています。しかし何故か殿下自身、幸せになれないと思っている雰囲気があります。ですから、二人の間で何がすれ違っているのかを確認したいのです』
グレンは流暢なメイネス語でパウリナに訴えた。側近としてなのか幼なじみとしてなのかはわからないが、とにかく彼がリチャードの為に話に来たというのは本当なのだろうと彼女は判断する。
『気遣ってくれてありがとう。殿下の性格よね。私は優しくて真面目で不器用な人だと思っているわ』
『その優しさを素直に受け取れますか?』
『難しい聞き方をするわね』
『申し訳ありません。ただ殿下は理解していないと誤解するような話し方をされます。注意はしていたのですけれども響いている気がせず、王太子妃殿下に確認したく伺いました』
『貴方が謝る必要はないわ。むしろこのように時間を割いてくれてありがとう』
パウリナはグレンに笑顔を向ける。リチャードが周囲に恵まれているのは本当なのだと、彼女は実感した。いくら幼なじみとはいえ、普通ならわざわざこのように出向かないだろう。そう思うと先日の近衛兵にも同じような意図があったのかもしれないと彼女は思い至った。しかしグレンのように直接何か言ってもらわなければわからないので、彼女は近衛兵の件については気にしないと決める。そもそもスカーレットの兄だとは覚えているが、名前は忘れてしまっていた。
『彼の優しさに傷付けられたことはないわ。ただ彼の奥底にある気持ちの引き出し方がわからないの。ヨランダ様には泣けばいいと言われたのだけれど、泣き方もわからなくて』
パウリナの言葉にグレンは僅かに顔を歪めた。その様子にスカーレットが反応をする。
『ヨランダに悪気はないのよ。あの子なりに兄夫婦が仲良くなれればと思っての話なの』
『わかっている。ただ泣いて丸く収まると私には思えないだけだ』
妹と幼なじみの側近、どちらの意見が正しいのだろうとパウリナは考える。違う立場とはいえ、どちらもリチャードと共に過ごした時間はパウリナより遥かに長い。ここはまずグレンの話も聞いてみるべきかもしれないと彼女は彼をまっすぐ見つめる。
『貴方ならどのように殿下の気持ちを引き出すの?』
『残念ながら私は答えを持っていないのです』
「グレン。それはないでしょう?」
スカーレットは思わずレヴィ語で話しかけた。黙って控えていた侍女達が反応する。それを見てスカーレットは気まずそうにグレンへ視線を向けた。
『パウリナ様に話があると言うから連れてきたのよ』
『私は殿下側の話しか知らない。王太子妃殿下側の話も聞かないと答えなど出せない』
『その考えは正しいと思うわ。殿下の側近でありながら彼の肩だけを持たないなんて、レティはいい伴侶に恵まれているのね』
『あ、ありがとうございます』
パウリナの言葉にスカーレットは恥ずかしそうに答えた。スカーレットが恋愛関係の話を苦手としているのはパウリナも承知している。しかしパウリナはグレンが信頼に値すると伝えたかっただけなので、照れられても困るなと思いながらも顔には出さなかった。
『話だけなら今まででも出来たはず。夕食会にした意味はあるのでしょう?』
『はい。二人きりよりも気心の知れた者と一緒に食事をすれば、見え方も変わるのではないかと思いました』
パウリナはジェームズに会いたいのだが、幼なじみ達と話すリチャードも見てみたいと思っていたのだ。寝室と朝食時だけでは情報が明らかに足りない。夫が本音を語ってくれない以上、自ら動かなければ何も進展しない。
『私は殿下と話したくてレヴィ語を学んだの。齟齬がないよう真面目に学んだのよ。けれど言葉にしてもらえない可能性は考えていなかったの』
『見合いの茶会時から殿下が話さないのはわかっていましたか?』
『話すのが苦手なのだろうから、こちらから話しかければ答えてくれると思っていたの。王太子が自分の意見を我慢するなんて思わないでしょう? 私の父は我慢なんてしないもの』
国が違うので考え方が違うのは仕方がない。しかし国王の権力が強いという点ではレヴィ王国もメイネス王国も同じだ。だからこそ王太子であるリチャードがパウリナに対して何かを我慢するのがそもそも理解出来ない。抱きしめて寝るのは抵抗があるとは言われたので、本当に嫌なら言ってくれるのだろう。しかしそれも彼女が聞いたから答えたのだ。聞かなければ嫌々続けていた可能性がある。
『勝手で申し訳ないのですが、殿下に関しては愛想を尽かさず長い目で見てもらえませんか?』
グレンは心から申し訳なさそうな表情をしている。表情を作っている感じではなく、本心なのだろうとパウリナには思えた。しかし何故これ程申し訳なさそうにしているのか彼女にはわからない。
『仲良くなりたいとは思っているけれど、嫌いになりたいとは思っていないわ』
『殿下が言葉にするのにどれだけ時間がかかろうとも待てますか?』
『国へ帰るわけにはいかないから待つしかないと思うけれど』
パウリナは父から帰ってくるなとは言われていない。しかしいつ戻ってきてもいいとも言われていない。嫁いだ場所で一生を終えるのがメイネス王国の普通である。レヴィ王国では離婚する場合もあるとは聞いているが、国王の許可が必要な離婚を国王や王太子が軽々しくするとは彼女には思えなかった。
『レヴィ王国で一生を終えたい、ではないのですね』
『終えたいとは思っているけれど、殿下が他の女性を優先したくなった場合はどうなるかわからないでしょう? 政略結婚とはいえレヴィ王国には益がないもの』
パウリナは未だに自分が選ばれた理由がわからない。レヴィ国王エドワードからの申し入れだったのでメイネス王国は断れなかっただけだ。彼女は受け入れる選択肢しか持っていなかったが、リチャードはどうなのかと思ったところで彼女はふと過去を思い出す。
『そう言えば叔母の家で会った時、殿下の通訳が話した後で間が空いたわよね。もしかして殿下は私との結婚を望んでいなかったの?』
当時は結婚を前提にと言われてパウリナは浮かれていたが、その時周囲の空気はおかしかった。焦った様子のリチャードと、困惑する通訳。確かグレンもあの場にいたはずだと彼女は彼をまっすぐ見据える。それを彼も正面から受け止めた。
『いいえ。回りくどい言い方をした殿下の言葉をアレックスが意訳したので、メイネス王国側の通訳の方が対応に困っただけです』
『回りくどい? 本当は何と言ったの?』
『それは機会があれば殿下に確認してください。アレックスの意訳は間違っていないと殿下は認めていますので、結婚を申し込んだのは嘘ではありません』
まっすぐ視線を外さずに言われてしまえば、パウリナはグレンの言葉を信じるしかない。第一過去の話をしても仕方がないのだ。彼女はリチャードと幸せになる未来を求めているのであり、万が一そこに影を落とす過去ならば知らない方がいい。
「そろそろ時間ですので夕食にしましょう」
グレンはレヴィ語に切り替えた。彼の用件は済んだのだろう。パウリナもお腹が空いていたので、二人と共に夕食が用意されている応接間へと移動することにした。




