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謀婚 平和な次世代編  作者: 樫本 紗樹
公爵令嬢と侯爵令息
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積極的な公爵令息

 ベレスフォード公爵家。エドワードの異母弟ウルリヒが当主だが、実際当主として振舞っているのはその妻エレノアである。元々領地クラークがエレノアの生家クラーク公爵家の領地で、跡継ぎを事故で亡くして断絶になる所にウルリヒが婿に入ったのだ。勿論、ウルリヒは王弟なので婿ではなく、新公爵家として与えられた領地が妻の実家という体裁だが、貴族達は皆それを表向きだけだと思っている。これは女性ながらも領地経営の手腕を発揮しているエレノアが、その実態を隠さないからだ。そして王族としては何の実績もないまま結婚をしたウルリヒに親しい者が少なく、また本人も妻が当主でいいと割り切ってしまったのも一因だろう。

 この二人の嫡男がオースティンである。彼は領地で育った為に、貴族社会に詳しくはなかった。エレノアに社交性があるとはいえ、領地経営が忙しくほぼ領地で過ごしていた為、オースティンには乳兄弟以外の同世代の知り合いはいない。王太子の側近という大役は気が進まなかったが、王都で暮らしてみたいという気持ちもあり、乳兄弟と共に成人後王都へ出てきたのである。

 側近の仕事に慣れるのには時間がかかった。王太子リチャードにはエドガーとグレンという側近がいたが、三人は幼なじみだったのだ。それでもリチャードはオースティンの境遇を考慮して気を遣ってくれ、エドガーはこの中で最年長だからと色々と教えてくれ、グレンは同い年だからと友人のように接してくれた。領地経営という狭い世界ではなく、国政という広大な世界の一端を担う責任を感じながらも、オースティンは必死に側近としての実績を積み上げていた。

 このまま一生リチャードの側近と生きていこうと決意した頃、実家の母親から釣書が届いた。両親の結婚した年齢を考えれば、オースティンも結婚適齢期である。しかし彼には届いた釣書全てに目を通しても結婚生活が想像出来なかった。年に二回開かれる舞踏会で見かけた女性もいたのだが親しい女性はおらず、また彼の周りには適齢期の女性について語るような軽い男性もいなかった。

 困り果てたオースティンは先輩であるエドガーに相談をした。しかしスミス公爵家を訪ねるとエドガーは妹に任せてあると告げて消えてしまう。困り果てていた彼に、グレースは優しく接してくれた。恋愛経験のない彼にはそれだけで彼女に対して淡い気持ちを抱き、何とか次の約束を取り付けた。

「本日はお招き頂きありがとうございます」

 グレースは女官見習いの仕事が終わった後でベレスフォード家を訪問していた。オースティンは仕事を調整して早めに帰宅しており、彼女を玄関先で迎える。

「こちらこそ時間を割いて頂きありがとうございます」

 オースティンは自分の受け答えがあっているのか不安なままグレースに答える。彼が王都に出てきて三年が過ぎているが、この家に誰かを招待したのは初めてなのだ。とりあえず彼女が笑顔だから大丈夫だろうと、彼は客間へと案内をした。

 客間に入ると使用人が一礼をして椅子を引く。グレースは笑顔を浮かべてその椅子に腰かける。オースティンも彼女の向かいの椅子に腰かけた。

「グレースさんの好みを聞き忘れてしまったのですが、嫌いなものはありますか?」

「いえ、私も好き嫌いは特にありません。ですが今後、女性を招待される場合は先に確認をされた方が宜しいと思います」

 オースティンはグレースの言葉が理解出来なかった。他の女性を招待する予定などないのである。しかしすぐに先日誘った時の言葉が良くなかったのだと気付いた。

「女性を招いたのが初めてで、何も知らず恥ずかしいばかりです」

「今から学んでも決して遅くはありません。いいご縁があるように私も僅かながら尽力致します」

 グレースは心からそう思って告げた。敬語を使ってはいるものの、彼女の中では既にオースティンは弟扱いである。彼の為に、そしてレヴィ王国の平和の為に、ベレスフォード公爵家の公爵夫人として、パウリナ殿下を支える友人として相応しい女性を探そうと思っていた。

 二人が話していると給仕が前菜の皿を各々の前に置く。グレースは綺麗に盛り付けられた皿を見て微笑んだ。当主夫妻のいない公爵家の料理は実家と違うかもしれないと思っていたが、公爵家らしい豪華な前菜である。そして別の給仕がグラスを置いて葡萄酒を注ぐ。

「私は葡萄酒に詳しくないので、お口に合えばいいのですが」

「私は好みますけれども葡萄酒が苦手な御令嬢も多いですから、こちらも先に確認された方が宜しいと思いますよ」

「そうですね、気を付けます。まずは食べましょうか」

「えぇ、頂きます」

 乾杯する雰囲気がないのでグレースは食事を始めた。そもそも親しくない男女で乾杯するのはおかしいような気がしてきた。彼女もまた男女二人での食事など、先日のジェームズとの件を除けば経験がないのである。

「食事中はどのような会話をするものでしょうか?」

「顔合わせであれば、お互いを知る為に質問をし合うのがいいと思います」

 オースティンに話しかけられ、グレースは笑顔で答えた。前回よりも前向きな姿勢が彼女は嬉しかったのだ。

「グレースさんは結婚相手に何を望まれますか?」

「私の話はいいではありませんか」

「これ程綺麗で優しい方なのですから、エドガーさんのように心に決められた方がいるのかと思いまして」

 オースティンに褒められてグレースは内心困惑をした。練習台なのだろうが、興味心を持たれているような気もする。

「心に決めた人はいません。いい人がいればいいなとは思っているのですけれども」

「私はその候補になりえますか?」

 グレースは予想外の言葉に無言でオースティンを見つめた。しかし彼は真剣な表情を向けている。練習台にしてはやり過ぎとしか思えない。彼は手に持っていたナイフとフォークを一旦置いた。

「正直に申し上げます。釣書の女性よりグレースさんに惹かれています」

「私は今、女官見習いをしており、生涯パウリナ殿下を支えようと思っています」

 グレースは相手を傷付けずにやんわりと断りたいと必死に言葉を選んだ。彼女の中で一旦弟認定してしまったオースティンを結婚相手として見るのは難しいと思ったのだ。

「私の母は領地経営に携わっております。働く女性には理解があると思っています」

 しかしオースティンも引き下がらない。彼は両親の力関係上、能力のある女性が仕事をするのは普通だと思っている。グレースもまた、彼の両親の背景を思い出して仕事は理由にならなかったと反省した。

「今の私では頼りないかもしれません。それでももう少し交流を深めてはもらえませんか?」

 オースティンは真剣な眼差しをグレースに向けている。彼女も真剣な想いをばっさりと断るのは気が引けた。釣書は数え切れない程届いた彼女だが、こうして面を向って言われたのは彼が初めてだ。ちなみにジェームズは冗談だと思っているので数には入れない。

「交流、ですか」

「えぇ。私達はお互いを良く知りません。同じ時間を過ごせば気持ちが動くかもしれません」

 グレースはオースティンを見誤っていたと気付いた。間違いなく目の前の男性は公爵家次期当主の雰囲気を持っている。勝手に弟認定し、気軽に来てしまった自分の迂闊さを嘆いても遅い。だが確かに気持ちが動く可能性はある。年齢は同じであるし、公爵家同士だから家族の反対もないだろう。今まで結婚相手になるかの判断が早すぎたのかもしれないと彼女は思い、彼の申し出を受けるのは悪くない気がした。

「わかりました。それではお互いの事を話し合いましょうか」

 グレースが笑顔でそう答えると、オースティンも嬉しそうに微笑む。こうして二人は育った境遇などを話しながら食事を楽しんだ。

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