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謀婚 平和な次世代編  作者: 樫本 紗樹
大国の王太子と小国の王女

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乗馬の時間

 パウリナはレヴィ王宮で充実した日々を過ごしていた。そしてとうとう乗馬の日を迎えたのである。初めて身に纏う乗馬服に違和感を抱きながら厩舎まで来ると、男女二人が彼女を出迎えた。

「王太子殿下の護衛を務めています、近衛兵のアレックスと申します。以後お見知りおきを」

 乗馬が不安だったパウリナは、担当をスカーレットに変更したはずだ。実際一礼をしたアレックスと名乗る近衛兵の横には、困惑顔のスカーレットもいる。状況がわからないパウリナであるが、目の前の男性には見覚えがある。しかしいつ会ったのかは思い出せない。それでも近衛兵と名乗っている以上、堂々と振舞うべきだろうと考える。

「パウリナです。リチャード殿下は執務中なのに、こちらにいて問題ないのかしら?」

「今日は休みなので問題ありません」

 仕事が休みなのにここにいる理由がパウリナにはわからない。そう言えば寝室や朝食時に色々とリチャードと会話する中で、乗馬が不安という話もしたと彼女は思い出す。しかし優しいリチャードが休日の近衛兵に仕事を頼むとは思えない。

「兄上。パウリナ様が困惑しているわ。お願いだから邪魔しないで」

「休みの日に何をしても俺の自由だろう?」

「自由の範囲を超えているから忠告しているのよ」

 目の前で始まった兄妹喧嘩をパウリナは黙って見つめていた。本来なら王太子妃の前でこのような対応は良くない。しかしスカーレットの兄ならば王弟の息子である。レヴィ王宮内で自由に過ごしていても咎められはしないだろう。

「わざわざ怪しまれないように軍服で来たのに」

「そもそも兄上は何をしていても怪しいのよ」

「失礼だな。俺は近衛兵の中でも忠実に働いているのに」

「それは知っているわよ。だから休みは休息に当てるべきだわ」

「そろそろ立っているのに疲れたから、どこかに腰掛けてもいいかしら?」

 パウリナを無視して言い争いを続けるのならば、彼女は黙って立ったまま聞いているのは嫌だった。そもそもスカーレットに担当を変更した所で乗馬には乗り気ではない。いっそこのまま乗馬をせずに帰ってもいいかなと彼女は思い始めていた。

「ごめんなさい、パウリナ様。兄を無視してはじめましょう」

「無視でいいの?」

「パウリナ様がいらっしゃる、ほんの少し前に突然現れた兄が悪いのです」

 言い争いの感じからスカーレットは元々一人で対応予定だったのだろうとパウリナにも思えた。まだ付き合いは短いが、スカーレットは責任感が強いとパウリナは感じている。一人では難しいと判断してアレクサンダーを呼んだのなら、その旨を事前に連絡するはずだ。

「レティはもっと俺を敬うべきだ」

「私にとって唯一の兄でも、私はもう嫁いだの。兄上は早く結婚して落ち着いて」

 スカーレットの言葉にアレクサンダーはわざとらしく傷付いたような表情を浮かべて黙った。それを見てスカーレットはパウリナに向き直る。

「さぁ乗馬の時間です。今日は私の愛馬を紹介しますね」

「えぇ。馬を近くで見るのは初めてだわ」

 パウリナは無視していいものか一瞬悩んだが、スカーレットの判断に従う事にした。今いる場所は王家の厩舎ではなく、赤鷲隊の厩舎である。元々スカーレットが予定を入れていた為、馬丁以外の者は周辺にいない。厩舎には一瞬では数え切れない程の馬がいるが、軍馬だからかパウリナにはどの馬も強そうに見えた。その中では小柄な馬の前でスカーレットが足を止める。

「この子が私の愛馬クラルスです。母の愛馬の子孫になります」

「レティの母上は確か赤鷲隊隊長夫人よね? 隊長夫人ともなると乗馬が必須なの?」

 パウリナは覚えたての知識を必死に頭の中から引っ張り出す。歴史の授業はなかなか頭に入らないが、身近な人達なら記憶に残っている。

「母は嫁ぐ前から乗馬が好きで、嫁入り時にガレス王国から連れてきたそうです」

「嫁入り時に馬。私には一切考えられない発想だわ」

 パウリナは嫁入り道具を特に持ってきてはいない。元々レヴィ側で用意するので何も要らないと言われていたので、着替えや日用品くらいしか持ち込んでいなかった。そもそも彼女はそれ程愛国心がないので、リチャードの妻として相応しくなれるようレヴィ王国に染まるつもりだったのだ。

 スカーレットは愛馬の手綱を取って厩舎から出すと、首周りをポンポンと叩く。パウリナには馬が嬉しそうにしているように見えて、信頼関係が築けているのだと思えた。

「パウリナ様も撫でてみますか? この子は首を撫でられるのが好きなのですよ」

「それなら撫でてみようかしら」

 パウリナは何事も経験だと、スカーレットがしていたように優しく馬の首周りをポンポンと叩く。馬は大人しくされるがままだ。

「大人しい子なのね」

「クラルスはそうですね。兄の馬は気性が激しいですけれど」

「それは怖いわね」

「大陸中を走れる強さがあるだけで性格は普通だ」

 大人しくしていたアレクサンダーが口を挟む。それに対し、スカーレットは特に返事もせず馬丁に目で合図をして踏み台を持ってきてもらう。

「レティ、無視は酷くないか?」

「パウリナ様。私が手綱を持っていますから跨ってみてください」

「本当に無視でいいの? 少し可哀想にみえるけれど」

 流石にパウリナもアレクサンダーをいない者として扱うのに気が引けてきた。しかし普段優しいスカーレットは冷静な表情を浮かべている。

「問題ありません。パウリナ様の初乗馬を見てきたと殿下に報告したいだけですから」

「そのような報告は要らないと思うけれど」

 パウリナは心から無意味な行動だと思い、アレクサンダーに視線を向ける。他の授業ならまだしも、乗馬は出来なくても王太子妃として問題はないだろう。そのような事にリチャードが興味を持つとも思えなかった。しかしアレクサンダーは笑顔を浮かべている。

「不要な情報などないのですよ」

「リチャード殿下はお忙しいのだから、私の事で煩わせないで」

 パウリナはそう言うと踏み台に足を乗せる。そしてスカーレットの指示に従い馬に跨った。パウリナの不慣れな対応にも馬は身じろぎもせず大人しい。

「脚の力を抜いて、腹筋に力を入れて、背筋を伸ばしてください」

 スカーレットの要望が難しいが、パウリナはとにかく身体をまっすぐする事に集中する。

「そうです。私がクラルスを連れて歩くので、パウリナ様はその姿勢を維持して下さい」

 スカーレットの言葉にパウリナは頷く。スカーレットも頷き返し、愛馬の手綱をゆっくりと引く。すると馬はゆっくりと歩き始めた。パウリナは姿勢を崩さないように必死だ。

「パウリナ様、力を入れすぎです。この子を信用して力を抜いてください」

 スカーレットは優しくパウリナに指示を出す。スカーレットが優しいのだから愛馬もきっと優しいだろう。パウリナはそう思って姿勢を維持しながら、強張っている身体から力を抜こうと努力する。

「そう、そうです。上手ですよ。このまま庭園をゆっくり歩きましょう」

 スカーレットに褒められ、パウリナは笑顔を浮かべる。そして少し余裕が出てきたので前方に広がる庭園を見る。今まで王宮内の窓からは見えていたものの、庭園を散歩するのは嫁いでから初めてである。

「嫁いでから初めての散歩が乗馬だなんて想像していなかったわ」

「レヴィ王宮の庭園を乗馬できるのは王族の特権です。私達は出入り口から厩舎までですから」

「リチャード殿下も乗馬をされるのかしら」

「乗馬は出来ますが、普段は乗りませんね」

「お忙しいから乗る時間もないわよね」

「それはあるかもしれません」

 パウリナはスカーレットが引く馬に揺られながら、やはり乗馬は必要ないような気がした。普段より高い視線だからか庭園がより見やすいとは思う。しかしリチャードの妻として役に立つとは思えない。

「乗馬は体力作りにも良いですよ。私は乗馬のおかげで人並みに踊れます」

 スカーレットの補足にパウリナは目を見開く。パウリナは今まで体力作りなどしてこなかった。母国ではそれで問題なかったからだ。しかしすぐに眠くなるのは体力不足もあるだろうと思っていた。今後の出産の為にも体力は絶対にあった方が良いとパウリナは結論を出す。

「体力作りはしたいと思っていたの。乗馬を続ける場合、レティは付き合ってくれる?」

「勿論付き合います。馬を好きになってくれたら嬉しいです」

 初日だからとスカーレットが配慮をした為、二人は赤鷲隊厩舎へと戻ってきた。自分の愛馬の鬣を整えていたアレクサンダーは、二人に気付くと近付いてくる。

「おかえりなさい。初めてなのに上手ですね」

「ありがとう」

 アレクサンダーの言葉をパウリナは軽く受け流す。そして再び踏み台を用意してもらい、彼女は馬から降りると馬の首周りをポンポンと叩く。

「乗せてくれてありがとう、クラルス」

 パウリナの行動にスカーレットは思わず微笑む。本当にリチャードの妻がパウリナでよかったなと思いながら、スカーレットは厩舎に愛馬を戻した。そしてしれっと立っているアレクサンダーに視線を向ける。

「兄上、これ以上は付きまとわないで」

「少し王太子妃と交流したいと思っただけなのに」

「兄上はしなくていいの。パウリナ様、着替えに戻りましょう」

 スカーレットの言葉を受けて、パウリナがアレクサンダーを見ると視線が交わる。何を考えているのかよくわからないので、現状はスカーレットの判断に従おうとパウリナは決めた。

「私も別段交流は必要ないと思っているから失礼するわ。行きましょう、レティ」

 そう言ってパウリナとスカーレットは王宮へと戻っていく。その後姿をアレクサンダーは暫く見つめてから、愛馬の手入れへを再開した。

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