息抜きの夕食
リチャードの執務の締めくくりは基本会食である。議会の延長のような会食、有力貴族の均衡を保つための会食、同世代が将来について話し合う会食など内容は様々だ。それでも毎日会食では息が詰まるだろうと友人達との夕食も月に数回は組まれている。そして今夜彼と食事を共にしているのはグレンとアレクサンダーだった。
「ジミーは今日いないのか」
「宰相と打ち合わせだ」
「そういえば伯父が詰めなければいけない案件があると言っていた気がする」
「詰める案件なんかあったか?」
アレクサンダーはそう言いながら葡萄酒を飲む。彼は元々国王エドワードに仕えていたが、現在はリチャード配下である。はずなのだが、未だに陛下命令だと言って数日姿を消してしまう。
「アレックスは昨日まで何処に行っていた?」
「国内の巡回。宰相とは無縁だと思う」
「父とウォーレンの仲は良くないが、見ている方向は同じだと思うのだが」
「それはそうだろうけど、今回はリックの結婚が受け入れられているかの調査だったしなぁ」
そう言いながらアレクサンダーは食事を淡々と進める。リチャード配下になったとはいえ、アレクサンダーは幼なじみの立場を崩さない。
「それはどのような調査だ?」
「婚約と結婚は違うから。受け入れるか、それとも側室の座を狙う者がいるのか」
アレクサンダーの返答にリチャードは不機嫌そうな表情を浮かべる。それに対してアレクサンダーは笑顔を向けた。
「現在の王家、公爵家ではモリス家のみでも、レヴィ王国の王侯貴族は一夫多妻が多い。そして強く押せばリックに受け入れてもらえると考える者がいるかもしれない」
「それを父が調べろと?」
「一応息子を心配してるんじゃないの?」
「そうだろうか」
リチャードは視線を伏せる。彼にはエドワードが心配しているとは思えない。強く言われたら断れないだろうと先回りしているのではないか。そもそも彼は一夫多妻が悪いとは思ってはいない。ただ自分が器用ではないので何人もの女性と付き合うのは向かないと思っている。
「それで、そのような愚かな考えをしている家があったのか?」
黙ってしまったリチャードに変わりグレンがアレクサンダーに問いかける。
「なくはないよ。流石にすぐ動こうとしている所はないけれど」
「リックが弱そうに見えるから、外戚になって政治に口を挟めると」
「まぁ、そんな所かな」
アレクサンダーとグレンのやり取りに、リチャードは視線を上げて二人を見る。しかし二人ともリチャードなど気にせず食事を続けている。
「父より弱いのは認めるが、婚姻ごときで政治に口を挟ませはしない」
「それは是非頑張ってくれ。娘を道具にして政治に介入したい輩なんて、私腹を肥やす事しか考えてないからな」
「ちなみにどこの家だ」
「それはあくまでも俺の見立てだから言えない。陛下も複数の意見を聞いて見極めるだろう」
アレクサンダーは口を割らなさそうである。それを察したグレンは会話に割って入る。
「リックはそれを気にするより、王太子妃殿下との関係を考えるのが優先だろう。昨日の悩みは解決したのか?」
「少し前進したが、完全に解決はしていない」
リチャードは素直に答えた。悩んでいた閨事の件は一旦解決したと言えるだろう。ただ王太子を産む義務があると思っているような言い方は面白く感じなかった。パウリナの立場に立てばその義務は理解出来るのだが、彼女にはそう思って欲しくないと思ったのだ。しかしそれをどう伝えればいいのかわからなかったので、とりあえず飲み込んで今に至る。
「俺のいない間に何があったの? 新婚早々喧嘩?」
「リックが喧嘩できるなら悩みなんてしないよ」
「あー、それはそう。だけど王太子妃殿下は言わないと伝わらないだろうし、ある程度は聞き入れてくれそう」
「何故アレックスがそこまで私の妻に詳しいのだ」
リチャードは不審そうな視線をアレクサンダーに向ける。スカーレット経由で何か知っているかもしれないと、昨日リチャードはグレンに尋ねた。アレクサンダーはスカーレットの兄ではあるが、流石に嫁いだ妹から情報は得ているとは思えない。しかしアレクサンダーは笑顔だ。
「王宮舞踏会用のドレスの件を承諾したと聞いた。レヴィの貴族女性なら文句しか言わない話だ」
「そうなのか?」
「リックはもう少し女性について学んだ方が良いぞ」
「王太子妃殿下だけのつもりなら下手に学ばない方が良いと思うが」
アレクサンダーの指摘にグレンが突っ込みを入れる。グレンにそう言われてアレクサンダーは納得したように頷く。
「確かに。その方が丸く収まりそうだ」
「何が丸く収まるのかわからないのだが」
アレクサンダーが何に納得したのかわからないリチャードは、説明を求めるような視線を向ける。それに対しアレクサンダーはすまし顔を向けた。
「シェッドは一夫一妻制、メイネス王国は一夫多妻制。王太子妃殿下が多妻でも構わないと思っている可能性はある」
「その予定はない」
「王妃殿下も過去、陛下に側室を勧めたらしいよ」
「母が?」
想定外の話にリチャードは訝しげな表情を浮かべた。息子の前でも国王夫妻として振舞っている両親ではあるが、夫婦仲が良いのは疑っていない。
「昔の話だから詳細は知らないけれど、結婚してからリックが産まれるまでの期間を考えれば、周囲に色々言われてもおかしくないとは思う」
アレクサンダーの言葉にリチャードは納得をした。そもそもリチャードは母ナタリーから苦労したという話は聞いていたのだ。他国から嫁いだが故に、レヴィ貴族達からの圧力があってもおかしくない。国が違うとはいえ、メイネス王国は小国なのでシェッド以上に軽く扱われる可能性もある。
「彼女は素直そうだから、誰かに吹き込まれて私に側室を勧めてくる可能性があると」
「ないとは言えない。今はまだレティとグレースしか関わってないけど、公務開始後は誰が近寄るかわからない」
アレクサンダーは笑顔のままだが、リチャードには警告のように聞こえた。
「私は父のように彼女を監視したくない」
「監視なんてアレックスは勧めていない。王太子妃殿下が不安にならないように愛情を持って接した方が良いという助言だ」
アレクサンダーの言葉を補完するようにグレンが言う。しかしリチャードには難しい助言である。彼は未だに愛情がどのようなものなのか理解していないのだ。
「リックは王太子妃殿下が笑っていると嬉しい?」
「相手が誰であれ笑っているのは嬉しいものだろう」
「過去に王宮舞踏会で踊った貴族女性達の微笑みを嬉しく感じたのか?」
グレンの質問にリチャードは数年分を必死に思い出した。しかし誰が微笑んでいたのかさえ覚えていない。ただ、以前王宮舞踏会で踊ったパウリナが嬉しそうに微笑んだのは覚えていた。
「パウリナ以外で微笑んでいた女性など記憶にない」
「こんなにわかりやすい回答が出てくるとは、グレン凄いな」
アレクサンダーは感心しているが、リチャードは何に感心をしているのかわからない。
「何が凄いのだ」
リチャードの問いにアレクサンダーは呆れ顔を、グレンは冷めたような表情を浮かべた。
「自覚しなさ過ぎるのは何が原因だろうか」
「流石に私にもわからない」
「だから何かと聞いている」
二人の会話に対し、リチャードは少し苛立ったような声を出す。グレンは真剣な表情を向けた。
「リックは王太子妃を特別な女性だと認識している。その自覚をいい加減にした方が良い」
「特別?」
「結婚したのだからゆっくりでもいいけれど。王太子妃殿下に愛想を尽かされないように気を付けて」
そう言ってグレンは食事に戻る。アレックスも頷いて食事に戻った。リチャードはいまいちグレンの言いたい意味を理解出来なかったが、寝室へ行く時間が遅くなるのも嫌だったのでそれ以上深く聞かずに、自分も食事を再開した。




