王太子妃の授業
朝食時間を夫と和やかに過ごして幸せな気持ちで過ごせそうだと思ったパウリナの今日の予定は、歴史の授業と茶会の作法だった。しかも歴史はレヴィ王国ではなく、現在の王家であるローランズ家の話だった。彼女は父が祖父から王位を奪ったとは知っているが、それ以上の話は知らない。正直レヴィ王国も歴史のある大国としか思っていなかったので、途中で王家の家門が変わっているのを授業で初めて知った。
「レヴィ家が断絶したのに、国名を変えなかったのは何故?」
「当時レヴィ家の直系が断絶して内乱が起こりました。ローランズ家はその内乱を治める為に玉座を手にしたのであり、簒奪したわけではないので国名を変える必要性がありません」
「メイネス王国の名前の由来は何なのかしら?」
パウリナは自分の国の名前の由来も知らない事に今更気付いた。彼女の旧姓はパウリナ・ポトツキである。父親に甘やかされて育ったので、母国で勉強はほぼしていない。何もしていなかったからこそ、レヴィ語を覚える時間が十分にあった。
「メイネス人が建国したのでメイネス王国です。起源はレヴィ王国が存在しない時代まで遡りますが、今日はその話をする時間がありません。興味がありましたら後日予定を組みましょう」
王女が知らない歴史を何故目の前の講師が知っているのか、パウリナは驚いて一瞬言葉を失った。しかし講師から興味を持って欲しそうな気配がする。二度と帰る予定のない母国ではあるが、レヴィ人より知らないのも良くないと彼女は判断した。
「メイネス王国まで知っているなんて博識なのね。レヴィについて十分学んだ後でお願いしようかしら」
「畏まりました。私はこの大陸全土の歴史を研究しておりますので、何でも聞いて下さい。それではローランズ家の家系図に話を戻します」
講師は笑顔で元の話に戻った。パウリナも国の歴史よりは家系図の方が頭に入ってくる。直系しか書かれていない家系図ではあるが、かなりの人数が記されている。そして国王には複数の妻がいる。例外は現国王エドワードだけであった。
エドワードが他国からの政略結婚の打診を断り続けているというのは有名な話である。そもそも大国レヴィ王国が政略結婚をする価値がある国がこの大陸にはない。王太子リチャードも同様であるが、パウリナが選ばれたからこそ現在ここにいる。家系図を見ると他国から正妻を娶る傾向が強いが、正妻以外はかなり自由な雰囲気がある。メイネス国王が基本的に国内の女性しか娶らないのは、山に囲まれた立地が影響しているのだろうと彼女なりに分析をする。
「このガレス王国に分割した場合を除いて、王位継承は問題なく行われたの?」
「そうですね。そもそもローランズ家では嫡男にしか教育を強制しません。次男以下は王女も含め本人の意思次第です」
「つまりリチャード殿下は強制だったの?」
「はい。ですが他の方も差はありますけれど教育は受けております」
やはり大国と小国では違うのだとパウリナは思う。彼女は読み書きこそ習っているが、それ以外の教育などされていない。叔母であるボジェナは自分の生活費を削って本を買い、独自に勉強したと聞いている。改めて格の違う国に嫁いでしまったと彼女は思ったが、後悔は一切ない。
「私もリチャード殿下の隣に立つのに相応しくなれるよう頑張らないといけないわね」
「そのお気持ちがあるのでしたら、私は王太子妃殿下が学びたいと思う歴史をお教え致しましょう」
パウリナは歴史にあまり興味は持てていない。そもそもリチャードの隣に立つのに歴史が必須なのか現状わからない。しかし目の前にいるのは歴史講師である。彼の折角の好意を踏みにじる必要はない。
「ありがとう。頼りにしているわ」
歴史の時間が終わり、パウリナは王宮内にある応接間の一部屋へと案内された。暫く待っていると王妃ナタリーが入ってきた。茶会の作法を実践方式で学ぶ為に、ナタリーが設けた時間である。
最初に茶会の流れを口頭で説明され、その後ナタリーの侍女が紅茶を淹れた。茶会はリチャードとの顔合わせをした時しかパウリナには経験がない。しかもその時は特に手解きを受けておらず、ただ供された紅茶と茶菓子が美味しくて夢中で口にした記憶しかなかった。あの時は見逃してもらえたが、作法としては間違っていたと彼女は初めて知った。彼女は今聞いたばかりの正しい作法で、紅茶と茶菓子を楽しむ。
「こちらでの生活はどうかしら? 何か困っていたら教えてほしいわ」
「困っている事は特にありません。リチャード殿下とも仲良く過ごしています」
パウリナは笑顔を浮かべた。昨夜から今朝にかけて、仲の良い夫婦だと思えたので彼女は胸を張る。困っているとすれば歴史の授業が眠いくらいだが、それをナタリーに言っても仕方がないので伏せておく。
「我慢しなくてもいいのよ。リチャードは自分の事を話すのを苦手としているから心配なの」
「我慢はしていません。話してくれないとわからないので、何でも話して欲しいと伝えました」
パウリナは笑顔のまま、内心でこの茶会が昨日でなくて良かったと思った。昨日なら名前を呼んでくれないと愚痴を零していただろう。一方ナタリーはパウリナの言葉に驚いたものの、すぐに微笑みを浮かべた。
「そう。あの子に歩み寄ってくれているのね。ありがとう」
ナタリーは心から嬉しくなり微笑みを深くする。リチャードが選んだとも言えるが、実際この二人の結婚をまとめたのはエドワードである。ナタリーは夫の判断を信じてはいるものの、リチャードには父に逆らうという考えがない。それどころか誰に対しても自分の意見を飲み込んでしまう癖がある。それをパウリナがわかっているのかまでナタリーには判断出来ないが、息子の言葉を引き出してくれる女性で良かったと思った。
「歩み寄るなんて大層な事は出来ません。語らいたいと言っただけです」
「差し出がましくてごめんなさい。我慢強い子だから心配で」
ナタリーは優しく微笑んでいる。大国の王妃であるが、一人の母親なのだとパウリナは思った。パウリナにも当然母はいるが、複数の夫人を持つ夫の愛情を失わないように振舞っている人という印象である。父が子供の中で特にパウリナを可愛がっていたので、娘を利用していたように思う。しかしこれは仕方がないとパウリナ自身わかっていた。夫人の地位を失ってはメイネス王国で生きていけないのだから。
しかし対面してみるとナタリーは年齢より若く見える。パウリナの母と違って余裕も感じられる。やはり一夫一妻が女性を幸せにするのだろうかと彼女は考える。エドワードの愛妻家の話はメイネス王国にも聞こえてくるくらい有名だ。
「リチャード殿下が安らげるような空間を作れるように頑張ります」
パウリナは母国で女性同士の争いを見て育った。正直自分には向いていないと思っている。争わずに共存出来るのならその道を選びたい。その術をナタリーは持っていないはずなので、誰に相談するのが正しいのか後で確認しようと彼女は思った。
「そうしてもらえると嬉しいわ」
ナタリーは母親の顔でそう言うと紅茶を口に運んだ。とりあえず嫁姑問題はなさそうである。これほど順調でいいのかなと思いながら、パウリナも紅茶を口に運んだ。




