女官との打ち合わせ
レヴィ王宮では王太子妃の部屋とは別に王太子妃の執務室が用意されていた。そもそもレヴィ王宮が広すぎてパウリナは案内なく歩ける日が来る気がしない。彼女はアビゲイルが案内するままに王太子妃の執務室の椅子に腰かけていた。
「レヴィ王宮内の案内はしてもらえるのかしら」
「王宮舞踏会が終わりましたらご案内致します」
「披露目まで必要以上に歩いたら支障があるの?」
「以前、お茶会に乱入されたと聞いております。そのような行為は控えて頂きたく存じます」
淡々と告げるアビゲイルにパウリナは不満そうな表情を浮かべた。以前リチャードと顔合わせをした翌日の話をしているとパウリナもわかっている。あの後でボジェナにも怒られた。リチャードがいるとは思わず駆け寄ったら、他国の女性と茶会をしていただけなのだ。その時の女性の顔は忘れてしまったが、偉そうな態度だったことだけは覚えている。
「あの時の女性は他の国に嫁いだのかしら」
「今は女神マリーの都にいるはずです」
「女神? あぁ、シェッドね」
甘やかされて育ったパウリナではあるが、一応大陸にある国とその背景くらいは知っている。ただローレンツ公国の第一継承者ヒルデガルトが何故自分と同じようにリチャードに会いに来ていたのかは知らない。
「ルジョン教同士だから気が合ったのかしら? でも国を分けたのは宗教観の違いだから、誤解が解けたという話?」
「詳細はわかりかねます」
「私もさほど興味がないから、もう二度と会わないのならそれでいいわ」
パウリナはリチャードが複数の女性を妻にするのは仕方がないと割り切っている。しかしヒルデガルトは嫌だなと思っていたので、その懸念が晴れただけで十分だった。
「失礼致します」
そう言って王太子妃の執務室に二人の女性が入ってきた。見覚えのある二人を見てパウリナの表情に笑顔が浮かぶ。
「御無沙汰しております、王太子妃殿下」
「久しぶりね。色々とありがとう。私室も執務室もとても気に入ったわ、グレース」
パウリナは椅子から立ち上がるとソファーへと移動をする。そして室内に入ってきたグレースとスカーレットに向かいのソファーへ腰かけるように促す。三人が座ったのを確認し、アビゲイルがテーブルにティーカップを置くと、失礼しますと言って執務室を出ていった。
「気に入っていただけたのなら良かったです」
「レティも毎回レヴィ語とメイネス語の手紙をありがとう。早く覚えられたのはレティのおかげよ」
「ありがとうございます。今後も友人として支えていきたいと思っていますので宜しくお願いします」
「こちらこそ。二人とも頼りにしているわ」
パウリナは笑顔を浮かべた。昨夜リチャードに暫く過ごしてみると言ったものの、アビゲイルといるのは少し息苦しい。その点グレースとスカーレットは最初から友人のように接してくれたので気が楽である。決して近くはないメイネス王国まで二度も足を運んでくれたのも嬉しかった。
パウリナは昨日貰った予定表をテーブルの空いている所に広げる。
「これはグレースが作成したのでしょう? 私にもわかるレヴィ語で書いてくれてありがとう」
「そちらはレヴィ人が見ても普通の予定表ですよ。易しく見えたのでしたら、王太子妃殿下の努力の賜物です」
「先程から気になっていたのだけれど、その呼び方やめて欲しいわ。今まで通りでは都合悪いの?」
パウリナは王太子妃殿下と呼ばれる事に慣れなければいけないのはわかっている。しかしこの二人にそう呼ばれるのは抵抗があった。そもそも最初にメイネス王国に来てくれた時もパウリナ殿下と呼ばれるのを訂正したくらいである。
「いいえ。許可があれば問題ありません。ここはレヴィ王宮ですから面倒でも再度お願いできますか?」
グレースも優しく微笑んでいる。パウリナもグレースの意図を理解した。今までの呼び方はあくまでもメイネス王国の王女パウリナの場合であり、リチャードと結婚したのだからレヴィのしきたりに従うのは当然である。
「それではグレース、レティ。私の事は王太子妃殿下ではなくパウリナと呼びかけてね」
「かしこまりました、パウリナ様」
グレースの返事にパウリナは笑顔を浮かべる。
「これはレヴィで他に親しくなれた人にもお願いしていいのかしら?」
「はい。ただ利用しようと近付く方もいるでしょうから慎重にお願いします」
「そうね。慣れないうちは相談してもいい?」
「勿論です。その為の女官であり友人ですよ」
グレースの笑顔にパウリナも笑顔を返す。パウリナはずっとグレースに支えて欲しいと思ったところで、一つの懸念を思い出した。
「そういえばグレースは結婚するの?」
「まだ婚約のままで、結婚は未定です」
グレースの返答にパウリナは首を傾げた。そもそもレヴィ王国の貴族の婚約期間を知らないパウリナは視線をスカーレットに移す。
「こういうのはよくある話なの?」
「よくあるかはわかりませんが、私は婚約期間を延長しています」
レヴィ王国で婚約の延長はあまりない。しかし自分が延長している以上、スカーレットは正直に言えなかった。そもそもグレースの場合は婚約者の方に問題がある。
「そう言われると私も半年延ばしたから、そういう事?」
「パウリナ様も一度彼と話をしてみて下さい。結婚してもいいのか不安になる人ですから」
「どうしてそのような男性と婚約をしたの?」
「何故でしょうか。恋愛とは難しいですね」
グレースは微笑んでいるので、それほど深刻ではないのだろうとパウリナには思えた。しかしグレースの言いたい意味はわからない。
「女官として支えてくれるのなら助かるわ。レティにも甘えてもいいかしら」
「私もこの二年半頑張りましたけれど、社交性はグレースの足元にも及びませんのでご容赦願います」
スカーレットは素直に告げる。彼女は将来のハリスン公爵夫人になる為に、グレースに協力してもらいながら茶会などに参加をしていた。しかし社交の為に恋愛小説は読めず、適当に微笑んで誤魔化す場面も多い。
「暫くはスミス公爵家長女の肩書も使いますから、心配いりませんよ」
「まさか私の為に婚約のままでいてくれるの?」
「いいえ、違います」
グレースは断言した。あまりにも早い返答に理由は違うのだろうとパウリナも理解する。
「グレースの婚約者と会えるのを楽しみにしているわね」
「楽しみにしない方が良いと思いますよ。話術に長けていませんから」
「リチャード殿下も話すのが苦手な方だと思っているけれど、特に問題ないから大丈夫だと思う」
パウリナはグレースに微笑んだ。グレースが悩むくらいとはいえ婚約を継続している男性である。問題があるとはパウリナには思えなかった。
「パウリナ様は本当に流暢にレヴィ語を話しますね。あとはこの予定表の通り、レヴィのしきたりを学んで王宮舞踏会に備えましょう」
「そうそう、この乗馬は必要なの? 私に向いていないと思うのだけれど」
「馬はお嫌いですか?」
パウリナは気になっていたのでグレースに問いかけたのだが、返事をしたのはスカーレットだった。
「レティは乗馬をするの?」
「馬車より早いので便利です。それに馬は可愛いですよ」
「そこまで言うのならレティが教えて。それなら頑張れそう」
「レティの予定に問題がないなら私が調整するけれど、どう?」
パウリナとグレースにそう言われ、スカーレットは予定表の乗馬の時間を探す。
「この予定なら調整できると思う」
「本当? それならお願いするわ。ありがとう、レティ」
パウリナは嬉しそうにスカーレットに微笑む。スカーレットもつられて微笑みながら、リチャードの妻がパウリナで良かったと心から思う。しかし思っただけなので、パウリナには当然伝わらなかった。




