初夜の攻防
王太子リチャードの結婚式は予定通り行われた。今までの慣習と本人の希望により、国民に周知はされていない。貴族への王太子妃御披露目は王宮舞踏会となる。レヴィ王宮に慣れるまではパウリナに公務などをさせないという配慮だ。
晩餐会が終わり、入浴を済ませたパウリナは王太子の寝室にいた。初夜が肝心だと寝衣をあれこれと悩んだのだが、色っぽい物はキアーラに不適切と却下された。実際似合っていなかったのでパウリナも渋々諦め今に至る。十八歳にもなれば大人っぽくなれると思っていたのだが、パウリナの顔にはまだ幼さが残っていた。
パウリナはリチャードとの出会いを思い出す。茶会で向き合った彼の第一印象は素敵な男性だった。自国にはいない物腰の柔らかそうな雰囲気に整った顔立ち。流石はレヴィ王太子だと思った。浮かれてしまった彼女は積極的に話しかけたが、彼はあまり乗り気ではなく会話は続かない。仕方なく美味しい焼き菓子を堪能した。次の日王宮の庭を散歩中に偶然出会えて、嬉しくて話しかけてしまった。しかしそれは他国の女性と茶会中で、割り込んでいけない場だったのにもかかわらず彼は優しく対応してくれた。舞踏会でも拙い踊りに嫌な顔ひとつせず最後まで付き合ってくれた。そして結婚を前提に交流したいと帰国前に会いに来てくれたのだ。
パウリナは帰国後必死にレヴィ語を学んだ。リチャードと通訳なしで話したい、その一心だった。王太子妃、ゆくゆくは王妃になるのだからレヴィ語は必須なのだが、彼女はただ彼と話したかったのだ。その気持ちがあったからこそ彼女のレヴィ語はかなり流暢になった。晩餐会で国王や王妃に話しかけられても、問題なく受け答えが出来たので今後の生活にも問題なさそうだと安心も出来た。
扉を叩く音がしてパウリナが返事をすると、リチャードが入ってきた。寝衣を着ている彼は今までの印象と違う。この姿を知っている女性は自分だけなのだと思うと、彼女は少し嬉しくなった。
「改めまして、これから末永く宜しくお願い致します」
パウリナは軽く礼をした。彼女は国の為に結婚したなどとは思っていない。自分が幸せになる為に彼と結婚をしたのだ。彼が何故自分に結婚を申し込んでくれたのか、彼女はいくら考えてもわからない。だが結婚は成立した。あとは目の前の男性の男児を産んで幸せに暮らすだけである。
「あぁ。こちらこそよろしく」
二人の間に沈黙が訪れる。リチャードは会話が苦手らしいとパウリナは判断していた。初めて会った時から、どうにも会話が途切れてしまうのだ。こちらが話すのは聞いてくれるので、単に話すのが苦手なのかもしれない。だから彼女は自分が積極的に話しかけていこうと嫁ぐ前から決めていた。
「私、作法には疎くて申し訳ありません。もう横になりますか?」
閨事についてパウリナは自国で教わったものの、夫に身を任せなさいという何の役にも立たないものだった。詳しく教えて欲しいと引き下がったのだが、女性がはしたない事をするものではないと怒られてしまったのだ。これはレヴィ王国の人に聞いてみるべきだろうとは思ったのだが、流石に閨事を聞けるほど親しい人がいなかったので諦めた。もしかしたらリチャードが導いてくれるかもしれないとも期待をしていたのだが、目の前の夫は自ら動こうとしているような気配がなかった。
「あぁ、慣れない事をして疲れているだろうからそうしよう」
結婚式も晩餐会も初めての経験であったが、別段パウリナは疲れていない。そもそも本番はこれからだと思っている。しかし立っている意味はないだろうと、彼女は素直にベッドに横になった。それを確認してリチャードも横になる。大きなベッドなのでそれぞれの枕の中央に頭をのせた二人の間には一人分の隙間があり、距離感を不思議に思った彼女は彼の方を見る。
「枕はどうだろうか? 合わないようなら明日職人を呼ぼう」
「私はそれほど繊細ではないので問題ありません」
母国の自室よりも品質のいい寝具である。パウリナに問題などない。そもそもレヴィまでの道中で合わないと思った枕もなかった。彼女は王女ではあるが、環境にはあまり左右されない質である。
「それなら良かった」
リチャードはほっとしたような表情を浮かべると、顔を天井に向けた。パウリナはここからどうやって閨事が始まるのかわからず、彼の横顔を見つめる。
「おやすみ」
「寝るのですか?」
リチャードの言葉に思わずパウリナは起き上がった。目を閉じていたリチャードは彼女の声に驚いて目を開ける。
「ここまで来るのも大変だっただろう。暫くはゆっくりするといい」
「初夜に妻を抱かないなんて流石に酷くないですか?」
パウリナは想定外の事態に、立場など忘れてリチャードを詰った。こういうのは最初が肝心なのだ。今夜抱かれなければ最悪一生抱かれないかもしれない。そんな未来など彼女は望んでいなかった。
「少し落ち着こう」
失言したと思ったリチャードは起き上がるとパウリナの肩を優しく叩く。しかし彼女は彼を睨んだ。
「私は落ち着いています。私達は今日結婚しましたよね」
「あぁ。結婚した」
「それなら初夜ですよね」
「婚約期間があったとはいえ私達の交流は足りていないと思う。今日はゆっくり寝て、明日からお互いを良く知っていくべきだと思う」
「交流も大事ですけれど、初夜の方が大事です」
パウリナは宣言通り落ち着いていた。彼女に淡々とレヴィ語で説明されて、リチャードの方が不安に駆られ始める。
「では眠くなるまで少し話そうか」
「話は明日以降で問題ありません。結婚初夜は今しかないのですよ」
パウリナの言葉にリチャードの瞳の奥が揺れる。彼女はもう一押しだと彼の手に自分の手を重ねた。
「結婚するのを楽しみにしていたのは私だけですか?」
「それは私も楽しみにしていた」
「それなら何も問題ありませんよね」
パウリナは上目遣いでリチャードを見つめた。このように懇願すれば父親は彼女の我儘を何でも聞いてくれた。彼にも通用するのかはわからないが、やれる事はやるべきだと彼女はじっと見つめる。
「その、本当にいいのか?」
「勿論です」
パウリナは満面の笑みを浮かべた。それにつられるようにリチャードも表情を崩す。彼女は期待を込めて夫を見つめた後、ゆっくりと瞳を閉じた。結婚式に誓いの口付けはなかったので、これが初めての口付けになる。
こうして王太子夫妻の新婚生活は幕を開けたのだった。




