悩み過ぎる王太子
レヴィ王国は常に何かしらの戦争を抱えている国だった。その戦争を終わらせたのは前国王ウィリアムであり、現国王エドワードの治世では平和を享受している。レヴィ王国の周辺国では色々と問題が起こっていたが、エドワードは一切関与せず自国を発展させる事にのみ注力した。おかげで現在のレヴィ王国に敵対可能な国はこの大陸に存在しない。他国を侵略する素振りがないのだから交易で関係を良好に保てばいいだけのように思うが、小国はどうしても大国の態度を伺わざるを得ない。王太子リチャードは真面目な男で争いを好まないと評判であるにもかかわらず、自国の安全のために政略結婚の話は色々と舞い込んでいた。
息子が優柔不断だと判断していたエドワードは、多くの政略結婚の話をリチャードに確認もせず断っていた。それと同時に息子には自分で結婚相手を選ぶようにも伝えていた。しかしなかなか相手を決めない息子にしびれを切らして、他国の王女を王宮舞踏会に招待したのだ。その一人がパウリナである。エドワードはリチャードがパウリナを選ぶとは思っていなかった。ただ、いい加減決めろと発破をかけたかっただけに過ぎない。しかし選んだ以上はこの機を逃すまいと早急に婚約を整えた。その後は過干渉過ぎると自覚したのか、結婚式等をはじめパウリナを迎える準備はすべて息子に任せる事にした。
一任されて困ったのはリチャードである。ただでさえ王太子としての公務に追われているのに、他国の王女を迎える準備と言われても何もわからない。ただ彼は周囲の人間に恵まれていた。彼を助けなくてはと思うきょうだいと幼なじみが多くいたのである。また他国から嫁いで苦労をした母ナタリーも手伝いを願い出てくれた。そうして何とか結婚式の前日を迎えられたのである。
レヴィ王国に国教はなく、宗教の自由は認められている。故に結婚式に決まりがない。レヴィ王宮の横には教会があるものの、現在の王家は宗教を信仰していないため普段は使用されていない。だが王家の結婚式はこの教会で行われるのが慣例である。
「信仰もしていないのに教会で結婚式を挙げる意味はあるのだろうか」
「それを前日に言われても困る」
結婚式前夜、リチャードは自室で悩んでいた。部屋には宰相補佐のジェームズ、王太子側近のグレン、近衛兵のアレクサンダーがいる。それぞれが幼なじみとして、リチャードとパウリナの結婚式の為に色々と準備に携わっていた。
「老朽化が気になるなら壊せばいいじゃないか」
「それはもっと前に言ってほしかった。結婚式を挙げてすぐに取り壊すのは流石に私も気分が良くない」
アレクサンダーの提案をリチャードは不機嫌そうに切り捨てた。それに対しアレクサンダーは冷めた視線を返す。
「俺は言ったよ。慣習に拘る必要はないと。陛下と同じようにすると決めたのはリックだろ」
「私もアレックスのその言葉は記憶がある。婚約が調ってすぐくらいに」
アレクサンダーに続いてグレンも言葉を添える。リチャードもアレクサンダーの言葉を思い出し、気まずそうな表情を浮かべた。
「ルジョン教とは無関係だから気にしなくてもいいと思うが」
三人の会話にジェームズが口を挟む。ルジョン教は隣国シェッド連邦の国教であり、この大陸で一番信者の多い宗教である。メイネス王国が信仰しているのは別の宗教であるが、信心深いわけではないので宗教は持ち込まないとパウリナから連絡を受けていた。
「宗教は問題ないと思っている。他の形式が良かったような気がしているだけだ」
「結婚式がそれほど重要だとは思わない。大切なのはそれからの生活だろう?」
この場で唯一の既婚者であるグレンが諭すように言う。彼は結婚式を挙げていない。彼も妻であるスカーレットも特に望んでいなかったからだ。スカーレットのウエディングドレス姿を見たかったと周囲に言われはしたが、当の本人が着たがっていないのに着せる選択肢など彼にあるはずもない。
「それはそうだが、一応王族としてのけじめも必要だから」
「今更何を言っても準備は整ってる。変更は不可能だから何も考えずに結婚式を挙行してくれ」
煮え切らないリチャードにアレクサンダーは畳みかける。アレクサンダーがこの中で一番走り回っていた。今更結婚式を白紙に戻すとは思っていないが、後ろ向きの気持ちで結婚式に臨んで欲しくもなかった。
「何が引っ掛かってる? 陛下が参列しないのは、自分の時に前陛下が参列しなかったからだぞ」
「そうなのか?」
アレクサンダーの言葉にリチャードは驚いたように聞き返す。この父子は圧倒的に会話が足りない。アレクサンダーはその懸け橋的な役割も果たしているのだが、正直これくらいの話は朝食の時にでもしておいて欲しいと彼は思った。
「陛下が参列しなければ王妃殿下も当然参列しない。それにくだらないと言ったのがアリスだ」
アリスはリチャードの姉であり、王太子側近エドガーの妻である。両親が参列しないと聞いて、自分が参列すると言い、他のきょうだいと幼なじみにも声を掛けた。故に今までのレヴィ王家の結婚式と比べると参列者は多い。
「姉上は父上に対して常に強気なのは何故だろう」
「嫌われても構わないからだろうな」
エドワードとアリスの仲が良くないのは王宮に出入りしている者なら誰でも知っている。しかし仲が良くないで片付けられるような関係ではない。エドワードは子供の中で誰よりもアリスを愛しており、それをアリスは理解した上で受け入れられない部分があるのだ。そしてその関係を羨ましく思っているのがリチャードである。彼は生まれながらに王太子でありながらも自信が持てないのは、父親との関係性が大きい。
「明日には結婚をするのに弱気でどうする。パウリナ殿下を守れないぞ」
「彼女は結構強いと思うのだが」
「異国の地で生活するのは簡単じゃない。特にパウリナ殿下は今後レヴィの貴族女性達と上手くやらなきゃいけないんだから」
アレクサンダーの言葉にリチャードは返す言葉がない。アレクサンダーに非はないが、ジェームズは横で聞いていてリチャードが可哀そうに思えてきた。
「アレックス、そこまでにしておいてくれ。リックも結婚式は予定通り挙行する、それでいいだろう?」
「結婚してしまえば何に悩んでいたのかわからなくなる。だから今悩むのは意味がないと思う」
「それはグレンの経験談か?」
リチャードの質問にグレンは頷いて肯定を示す。実際リチャードも頭ではわかっているのだ。今いくら考えても正解に辿り着けないのは。それでも悩まずにはいられなかった。
部屋の空気を変えたいと思ったアレクサンダーはジェームズに視線を向ける。
「ところで婚約期間二年を過ぎたリスター侯爵令息の結婚はどうなってる?」
「私の話は今関係ない」
「グレースに相手をして貰えないとは可哀想」
「煩い、相手もいないアレックスに言われたくない」
「俺はグレースと同じ質だから焦ってないんだよ」
「自分の方がグレースをわかっています、みたいな顔はやめろ」
ジェームズとアレクサンダーの言い争いをリチャードは冷静に見守っていた。気の置けない関係だからこそ自由に言い合える。リチャードは王太子であるものの、幼なじみ達はそういう空気を作ってくれるのでありがたい存在だ。本音を零すのを苦手にしているのもわかった上で、こうして付き合ってくれる。しかしパウリナは流石にそこまではしてくれないだろう。結婚式が近付くにつれ、リチャードの不安は膨れ上がる一方だった。
「リック。悩み過ぎて眠れないのは一番良くない」
言い争っているジェームズとアレクサンダーを横目に、グレンはリチャードに話しかけた。
「グレンは結婚前夜は眠れたか?」
「私は楽しみ過ぎて眠れなかったから、睡眠薬を飲んだよ」
そう言ってグレンはポケットから小さな包みを取り出すとリチャードに渡した。
「ジミーの義弟サージ特製の睡眠薬だ。飲酒よりよほど熟睡できる」
「あぁ、ありがとう」
リチャードは笑顔で受け取った。サージの薬の評判は彼の耳にも届いている。気遣ってくれた側近の気持ちが嬉しかった。勿論言い争っている二人も気を紛らわせてくれているのだとわかっている。彼は幼なじみ達の気遣いに心の中で感謝をし、明日の結婚式には堂々と臨もうと決めた。




