祖父母への挨拶
「おぉー! 久しぶりだな、サージ」
使用人によって開けられたリデルの領主館の扉の奥からクリフォードがそう声を掛けた。サージは笑顔を浮かべる。
「ご無沙汰しております、お爺様。そして彼女が妻です」
「ケイトと申します」
ケイトは名乗ってから一礼をした。気さくな人とは聞いていたが本当にガレスで宰相をやっていたとは思えない雰囲気の男性に、彼女は少々戸惑ったものの表には出さなかった。
「俺はサージの祖父クリフォード。ケイトさん、サージと結婚してくれてありがとう」
突然お礼を言われてケイトは困惑した。リスター侯爵家長女という肩書以外何も持っていないと思っていた彼女は、まさかお礼を言われるなんて思っていなかったのだ。
「さぁサラに会いに行こう」
「そもそもどうしてお爺様が出てきたのですか」
サージはクリフォードを咎めた。別に孫を迎えに出てくるのは問題ではないが、公爵家当主がわざわざ玄関まで来る必要はないのである。
「サラに一人で出迎えろって言われたんだよ」
クリフォードは不貞腐れながら二人を案内する。ケイトは優しいと聞いていたサラがそのような事を言うのだろうかと混乱した。サージは何か悟ったように呆れた表情を浮かべる。
「また余計な事を言ったんだね。成長しないなぁ」
「この歳で成長なんかするわけがないだろう」
「孫に開き直られても困るんだよ。ケイトもいるんだからしっかりして」
サージにそう言われてクリフォードはより不貞腐れる。サージはケイトに心配いらないと目配せをした。ケイトは納得出来なかったがとりあえず小さく頷いた。
クリフォードがとある扉の前で足を止めて扉を叩く。中から返事が聞こえて、彼は扉を開けた。公爵家当主に扉を開けさせていいものかとケイトは驚いたが、気にせずサージが部屋の中に入るので、彼女は夫に続いて室内に足を踏み入れた。部屋には落ち着いた雰囲気の老齢の女性がソファーに腰掛けている。
「いらっしゃい。膝を悪くしていて座ったままでごめんなさいね」
「だから俺が横抱きにして玄関まで行こうって言ったじゃないか」
「それで貴方が腰を痛めたら使用人に迷惑がかかると先程も言ったでしょう?」
突然始まった夫婦の言い合いにケイトはサージの言っていた余計な事を理解した。しかしどう振舞うのかが正しいのかわからない。彼女の両親は子供達の前でこのような言い合いはしなかった。
「大丈夫だよ。俺は年齢の割に鍛えてるから」
「過信している人間ほど怖いものはありません。案内ご苦労様でした。もう下がって結構です」
「何で俺が下がるんだよ!」
「お爺様はいてもいなくてもいいけど一旦黙って」
サラとクリフォードのやり取りにサージが口を挟む。いなくてもいいと言われて衝撃を受けるクリフォードを無視して、サージはケイトにソファーに腰掛けるよう促して自分も隣に腰掛ける。クリフォードは口を閉じてサラの隣に腰掛けた。
「お婆様、膝が悪いの? そう言った薬は持ち合わせがないけれど」
「心配しなくていいわ。ただの老化よ。それよりも彼女を紹介して頂戴」
サラは笑顔を浮かべた。サージも笑顔で頷く。
「俺の最愛の妻のケイト」
「ケイトと申します。宜しくお願い致します」
「サージの祖母サラよ。遠い所わざわざ来てくれてありがとう」
サラは優しくケイトに微笑みかける。ケイトも表情を緩めた。ケイトの緊張が解れたのを確認し、サラはサージに視線を向ける。
「最愛の妻と平然と言うなんて人は変わるものね」
「俺は変わってないよ。出会いがあっただけ」
サージはにこやかに答えた。あの無気力だった孫がこれほど変わるとはサラは思っていなかった。幸せそうな孫を嬉しく思いながら、血は争えないのだろうと視線をケイトに向ける。
「ケイトさん、サージを鬱陶しいと思う時もあるだろうけれど、末永く仲良くして欲しいわ」
「それって俺への当てつけ?」
大人しくしていると思っていたクリフォードに口を挟まれ、サラは冷たい視線を夫に向ける。
「そう聞こえるのでしたら、そうなのではありませんか」
「その他人行儀な態度はやめてよ。ケイトさんは家族でしょ?」
「貴方は会ったばかりなのに砕けすぎなのですよ」
ケイトは黙って二人のやり取りを聞きながら、仲が良い夫婦だと思った。サージの年齢から考えても二人は結婚して四十年は過ぎているだろう。長く時間を過ごしたからこその信頼なのか、元々仲が良いのかはわからないが、サージが会わせたいと連れてきてくれた理由が何となくわかった気がした。
「騒がしくてごめんなさいね。良ければ色々とお話しをしたいのだけれど、邪魔ならこの人を退出させるわ」
「いえ、問題ありません」
ケイトは本当に問題ないと思ったので正直にそう言った。サラも彼女が無理をしていないと判断をし、クリフォードをそのままに話した後、夕食時にも色々と話をした。サラはサージが本当にレヴィ王国で生活できているのか不安に思っていた様子で、ケイトはなるべくサラの不安が消えるように語った。
夕食後、サージとケイトは其々入浴を済ませて用意されていた客間へと移動した。
「サージさん、連れてきてくれてありがとう。素敵なお二人ね」
今回の旅はこのリデル領主の館までである。ガレス王都にあるサージの生家へ行く予定はない。本来なら行くべきなのだろうが、あまり乗り気でない夫に無理強いしても仕方がないのでケイトも受け入れた。しかしリデルに来てよかったと心から思う。祖父母を信頼しているだろう彼の表情は初めて見るものだった。また彼の理想の夫婦像はきっと祖父母なのだろうとも感じた。
「祖父は少し騒がしいけれど憎めない人だろう?」
「えぇ。サラ様もとても素敵な方だわ」
「祖母がいなければ大学へ入っていなかった。祖母に感謝しかない」
サージは夕食時、サラに膝の症状を細かく聞いていた。彼は薬学教授ではあるが、レヴィ国立大学には医学部しかないので医学を修めている。症状をもとに製薬してみると祖母に伝えたが、肝心の彼女はただの老化だから気にしないでと断っていた。それでも何か恩返しがしたい彼はレヴィに戻ったら早速取り掛かろうと思っている。
「長旅で疲れただろうから早めに寝よう」
「えぇ、そうしましょう」
ケイトにとっては初めての長旅なので、経験のない疲労に襲われていた。普段寝ているより大きいベッドだが、二人は中央で寄り添う。
「サージさん」
ケイトは上目遣いでサージを見つめた。彼は微笑んでいる。彼女は言葉にしていなかった気持ちを言うべき時が来たのだと口を開く。
「この旅行で改めて実感したの。私、サージさんを愛しているわ」
微笑んでいたサージの表情が一瞬無になったが、すぐに破顔した。そして彼はケイトを優しく抱きしめる。
「俺は一生ケイトを愛し続けるよ」
「末永く仲良くしましょうね」
サージの腕の中でケイトも微笑んだ。彼女は彼を見つめ、そっと瞳を閉じる。彼は彼女に優しく口付けた。




