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謀婚 平和な次世代編  作者: 樫本 紗樹
幕間 その2

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第二王女の話

「つまらないわ」

 ヨランダは手に持っていた資料を机の上に投げ出すと、椅子の背もたれに身体を預けた。室内には彼女のほかに侍女三人と男性が一人いる。侍女達は顔を見合わせただけだったが、男性は腰掛けていたソファーから立ち上がるとヨランダの机の側へと向かう。

「公務資料にも面白い部分はあると思いますけれど」

「この資料はわかりやすかったわ。つまらないのは別の話」

 ヨランダは声を掛けてきた男性に一度視線を向け、すぐに天井へと変えた。この男性は彼女がアリスより引き継いだ児童養護施設の担当官吏アイザックである。ベイリー侯爵家嫡男であり、国王エドワードが娘の嫁ぎ先の候補として密かに選んだ男性のひとりだ。勿論彼女も彼も国王の思惑など知らない。

 ヨランダは腕を組むと目を閉じた。今日はどうにも集中力が持たない。資料は頭の中に入ったものの、それに対して意見を纏めるのは難しいと彼女は感じていた。

「悪いけど、今日は終わりにしてもいいかしら」

「それは構いませんけれど、そのつまらないものはいつ解消予定でしょうか?」

「それがわかれば苦労しないわよ」

 ヨランダは苛立った様子で吐き捨てた。アイザックは控えている侍女三人を振り返る。侍女達は困った表情を浮かべたまま首を横に振った。侍女達はヨランダのつまらないものが何か、見当がつかないようである。

「先日の王宮舞踏会で何かありましたか? 楽しそうに色々な方と踊られていたように見えましたけれど」

 アイザックは公務以外に何かあったかと考えて、一つの可能性を口にした。王宮舞踏会という言葉に反応をしたヨランダを彼は見逃さなかった。彼の視線を感じて彼女は目を開け不機嫌そうな表情を浮かべる。

「楽しそうに振舞うわよ、これでも王女なの」

 つまり王宮舞踏会自体がつまらなかったのかとアイザックは思ったものの、解消予定がないのはおかしい気がした。何かあったのならヨランダは王女である以上対処は可能なのだ。ヨランダが文句を言えない相手など、この国にはいないはずなのである。強いて言うのならば父であるエドワードに何か言って聞き入れてもらえなかった可能性であるが、国王が娘二人に甘いというのは暗黙の事実である。

「貴方は舞踏会を楽しめた?」

「私は踊るよりも官吏として働く方が好きなので、舞踏会を楽しむという感覚は持ち合わせていません」

「その生き方は楽しいの?」

「えぇ。仕事が楽しいのならば、人生が楽しいと同じだと思いませんか?」

 アイザックは真面目な表情ながらも視線が柔らかい。本当に仕事が好きなのだろうとヨランダは内心呆れた。

「それなら楽しい仕事に戻っていいわよ。私はもうやる気がないの」

 そう言ってヨランダは控えている侍女達にお茶の準備をするように合図を送る。未婚の男女を二人きりには出来ないので、侍女二人が準備の為に部屋から出ていった。

「殿下がつまらないのならば、それを楽しくするのも私の仕事です」

「公務はつまらなくないと先程言ったわよね?」

 ヨランダは黙れと言わんばかりの視線をアイザックに向ける。しかし彼は怯まない。

「しかしやる気が今後出ないのは困ります。侍女の皆様に相談して解消できないから未定なのですよね?」

「彼女達に相談するような話ではないわ」

「侍女の一番大切な仕事は話し相手ですよ、殿下」

 そう言ってアイザックは控えている侍女に視線を送る。侍女はそうだと言わんばかりに頷いた。しかしヨランダの表情は晴れない。

「相談ではなく、愚痴になるから嫌なの」

「愚痴でしたら私が聞きましょう」

「何故貴方に愚痴を零さなければならないのよ」

「愚痴を吐き出さない限り、公務に支障が出ると判断したからです」

 アイザックは真剣な表情でヨランダを見据える。彼女はこの男を有能な官吏だとは思っていたが、所詮仕事人間であり、これ程くらいついてくるとは思っていなかった。しかし彼の言い分は一理ある。

「私の愚痴は長いわよ。聞く覚悟はあるの?」

「殿下の知らない一面を垣間見られるのは悪くありません。ちなみに口は堅いです」

「口が堅そうなのは今までの仕事ぶりでわかるわよ」

「お褒めにあずかり光栄です」

 ヨランダは別に褒めたつもりはないが、アイザックの言葉を聞き流した。丁度侍女二人が戻ってきたので、彼女は二人分の紅茶を用意するように指示をしてソファーへと移動をする。彼も元々座っていた場所へと戻った。

「私は今から愚痴を吐き出すわ。貴女達は好きにして頂戴」

 ヨランダにそう言われ、三人は顔を見合わせて視線でやり取りをする。一人が紅茶を淹れ終えると、三人はアイザックの後ろに控えた。

 ヨランダは紅茶を一口飲むと、一気にまくし立てた。先日の王宮舞踏会で姉とエドガーがとても親密そうにしていた事、グレンとスカーレットが明らかに夫婦の距離感になっていた事、ケイトとサージが想像以上に幸せそうにしていた事、グレースとジェームズは相変わらず言い合いをしているのに二人の空気感が少し和んでいた事。

「知らない間に皆が幸せそうなの。幸せなのはおめでたいのだけれど、どうして私には相手がいないのよ」

 愚痴を言い切って疲れたのか、ヨランダはもう一度紅茶を口に運んだ。侍女達は何と返事をするのが正解かわからず、無言で立っていた。大人しく話を聞いていたアイザックは紅茶を一口飲むと、ヨランダをまっすぐ見つめた。

「それでは私が立候補をしても宜しいでしょうか」

「そういう慰めは要らないのだけれど」

「慰めでこのような発言をする人間ではありません」

 アイザックはきっぱりと言い切った。ヨランダも彼の言葉に納得してしまう。それ程長い付き合いではないが、今まで冗談は聞いた覚えがない。児童養護施設の公務について彼女に対し、とても丁寧に教えてくれる真面目な男である。

「先程仕事が楽しいと申し上げましたよね。殿下とこうして会えるのが楽しいのです」

 突然の言葉にヨランダは戸惑った。王女なので彼女を妻にと望む男性は多く、王宮舞踏会で独身男性と踊る時にも色々と話しかけられる。しかし彼女は義務感しかなかった。グレースのように恋愛結婚を絶対したい訳ではなく、だからといって独身のままでいいとも思っていない。ただ誰かいい人がいれば結婚したいくらいのふわっとした状態で、故に姉や幼なじみ達の幸せそうな姿が羨ましかったのだ。まさかこんな身近な所から好意を寄せられているとは思ってもいなかった。

「こうして一緒にいられるだけで私は楽しいので、聞き流して頂いて構いません。私が陛下に認められる価値があるか、わかりかねますから」

「貴方凄いわね。私と本気で結婚するつもりなの?」

 ヨランダは驚きを隠せなかった。今まで多くの男性と言葉を交わしてきたが、本気で結婚しようと思っているような男性は記憶にない。エドワードの機嫌を損ねれば王都から追放される可能性がある。だからこそ彼女に好意を向けて貰おうとする者ばかりだった。しかしアイザックは彼女の好意を求めていない。

「殿下が望まれるのならば努力を惜しまない所存です」

 アイザックは真剣な眼差しのまま微笑む。ヨランダも思わず微笑みを浮かべた。

「面白いわね、貴方。つまらない気分がどこか消えてしまったわ」

「つまらないものを解消するお手伝いが出来たのなら光栄です」

「えぇ、助かったわ。これからもよろしくね」

「勿論でございます」

 ヨランダとアイザックは微笑み合う。しかし二人は公務をするだけの関係を続けるのだった。

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