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謀婚 平和な次世代編  作者: 樫本 紗樹
公爵令嬢と侯爵令息
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前向きな公爵令嬢

 第二王女ヨランダは月に一度、児童養護施設を訪れている。元々は王妃ナタリーの公務であり、それを第一王女アリスが引き継いだ。そしてアリスが降嫁する際にヨランダに引き継いだのだ。その後パウリナの公務になると決まり、ヨランダはパウリナが嫁いでくるまでの期間限定の公務となった。しかし繋ぎだからと適当にはせず、真剣にこの公務と向き合っている。

 ヨランダは王宮で育った為に市井を知らなかった。それは王都にある公爵邸で育ったグレースも同じだ。三年以上探しているのに結婚相手が見つからず一生独身でもいいかと思い始めた頃、ヨランダとスカーレットが児童養護施設の公務を引き継ぐと聞いて一緒に話を聞くと決める。スミス領にも児童養護施設はあるのだが当時訪れた事はなかった。児童養護施設の子供や領民と大きな家族になるのも悪くないだろうと思ったのだ。

 そして王都の児童養護施設の話を聞いてから、グレースはスミス領の児童養護施設を訪ねた。そこでは子供達が葡萄畑の作業を手伝っていたので、一緒に作業をしたのだ。普段とは違う動きに翌日は筋肉痛で泣きそうになったが楽しさが勝っていた。女性達との茶会も楽しいと思っていた彼女だが、そこでは味わえない充足感に自然と笑みが零れた。いつも国の為に何かがしたいと口にするスカーレットを真面目だと思っていたのだが、自分の働きが誰かを笑顔に出来るのなら悪くない。それで女官見習いになろうと決意をした。

「グレース、オースティンとはどうなったの?」

 王宮から児童養護施設までは馬車での移動となる。馬車の中にはヨランダとグレースとスカーレットの三人しかいない。本来なら侍女も乗っているべきなのだが、ヨランダはその役目を公務の時だけスカーレットに任せていた。スカーレットは侍女の恰好ではなく、動きやすい服装をしている。子供達に剣技を教える為だ。

「明後日の夕食に招待されたわ」

「そうなの?」

 ヨランダが瞳を輝かせてグレースを見る。グレースは笑顔を浮かべた。

「申し訳ないけどその期待には沿えないわよ。私は姉のように振舞うと決めたから」

「姉のように? 歳は同じではなかったかしら?」

「同じだけれど弟のように見えたのよ」

「公爵家の嫡男なのに?」

 ヨランダの指摘に、グレースも今更ながら違和感を覚えた。グレースの長兄エドガーもグレンもジェームズも、頼りない感じは一切しない。王太子リチャードは頼りない部分もあるが、優しすぎるだけであり弟のようだとは一切感じていなかった。

「将来の公爵家当主という雰囲気はなかったわね」

 エドガーは二十六歳という年齢もあり、いつ公爵家当主になったとしても問題ない。グレンも優しさが前面に出ているが、表に出していないだけで有能だとグレースは感じていた。そもそも癖がありすぎる宰相ウォーレンに次期当主と指名されている時点で優秀なのは間違いない。それに比べるとグレンとも同じ年齢のオースティンは頼りなさ過ぎた。

「それなら彼を公爵家当主らしくしてくれそうな女性を探すの?」

 ヨランダの言葉にグレースは見せてもらった釣書の女性達を思い出す。パウリナを支えられるかの視点で見ていた為、オースティンを公爵家当主として支える所まで考えていなかったのだ。

「そうなるとミラ様のような女性が良いのでしょうけど、釣書の女性達は違ったわね」

 あまり親しくない男性の結婚相手を見繕うというのは難しいとグレースは感じていた。余程仕事で接点のあるエドガーの方が向いているだろうと考えて、すぐにその考えを捨てる。彼女の兄はアリス以外の女性に興味がない。公爵家嫡男として難なく振舞っているが、誰と何を話したかなど覚えていないのだ。

「グレースなら出来そうだけれど」

「恋愛感情がないから出来ないわ」

 そもそも初めて二人で食事したとはいえ、終始無言だった人と夫婦になる想像がグレースには出来なかった。付き合いが長いので比較するのはよくないかもしれないが、ジェームズとの食事の方が彼女には楽しかったのだ。

「そうだ。レティ、アレックスにお礼を伝えてもらえるかしら?」

「何のお礼?」

 突然話題を振られたものの、スカーレットは見当がつかずグレースに聞き返す。

「アレックス推薦の飲食店、可愛くて美味しかったの」

「兄がグレースにお店を紹介したの?」

「違うわよ。ジミーに無理やり連れていかれたの。でもあれは絶対にアレックスが選んでいるわ」

「アレックスは王都に詳しいわよね。数日前にお菓子を持ってきてくれたの」

 二人の会話にヨランダが入ってきて、スカーレットは不思議に思って彼女の方を見る。

「兄はヨランダの所にも出入りしているの?」

「児童養護施設にいた子が働いているお店のお菓子だったの。不当な扱いを受けていないか、極秘に調べているみたい」

 お店に入って何も買わないのは不自然だから買った物をくれたのよ、とヨランダは笑う。しかしそれは違う意図もあるのだろうとグレースは思った。王宮の食事と庶民の食事の差は明らかだ。それでも庶民達は色々と努力をして美味しく調理している。そういう味をヨランダにも知っておいてほしいとアレクサンダーは思ったのだろう。

「ちなみに美味しかった?」

「素朴な味で、あれはあれでいいと思ったわ。ところで、ジミーとは二人で食事をしたの?」

 ヨランダが楽しそうに尋ねる。グレースはつまらなさそうな表情を浮かべた。

「だから無理矢理連れていかれたの。ただの幼なじみとして食事をしただけ」

「ジミーは筋を通すと思うけれど、無理矢理だったの?」

 スカーレットの疑問にグレースは言葉に詰まる。元々はグレースがジェームズの手紙を封も切らずに突き返したのが始まりなのだ。礼儀の話になるとグレースの方が失礼である。逃げるなと言われて断るつもりで食事に行ったものの、結局何も解決していない。

「普段の私とジミーを知っていたらわかるでしょう? 売り言葉に買い言葉みたいな感じで連れて行かれたの」

 幼なじみなのでグレースの説明でヨランダとスカーレットは状況を把握した。しかし売り言葉に買い言葉は適切ではないと二人は知っている。ジェームズは普通に話しているものの、グレースにはそれが喧嘩を売られているように聞こえているだけなのだ。

「だけど兄が紹介したお店なら、多分ジミーに口説かれたのよね?」

「あれで口説いているつもりならアレックスに習うべきだわ」

「兄は女性を口説かないと思う。勝手に近付いてくると言っていたもの」

 スカーレットの言葉にグレースだけでなくヨランダも表情を消した。アレクサンダーらしいと言えばそうなのだが、自由過ぎて彼女達の常識では測り切れない。

「アレックスはパン屋の看板娘に振られるべきよ」

「そのたとえ、グレンもしていたから余程有名な設定なのね。兄は否定していたけれど」

 グレースはスカーレットの言葉が意外だった。アレクサンダーはともかく、グレンは恋愛小説など読みそうもない。

「恋愛小説ではよくある設定ね。そもそもアレックスが小説の登場人物みたいだもの。欠点はあるの?」

 グレースの質問にスカーレットは少し思案する。何でも器用にこなす兄にも欠点はあるのだが、それを自分の口から言っていいとは思えなかった。何かないかと思った所でひとつ思い当たる。

「結婚相手がまだ見つかっていないのは欠点かも」

「それは仕方がないわよ。幼なじみとしてはいいけれど、夫婦は考えられない」

「グレースは幼なじみの誰も結婚相手として考えられないだけでしょう?」

「それはヨランダも同じでしょう?」

 グレースとヨランダはお互い微笑みあう。幼なじみと結婚をしたスカーレットは何と言っていいのかわからない。

「ヨランダにはいいご縁があるといいわね」

「グレースは本当に独身のまま女官をするつもりなの?」

「女官見習いは楽しいのよ。王妃殿下や女官の皆様も優しくて、こうして友人とも色々と話せるから」

 グレースは心から女官見習いを楽しんでいた。結婚を諦めたわけではないが、一生独身でも楽しく過ごせるような気持ちになっている。

「そろそろ着くわね。さぁ楽しく公務をしましょう」

 グレースは笑顔で二人に声をかけた。ヨランダは問い詰めたい気持ちだったが、公務が優先である。仕方なくヨランダも笑顔で頷いた。

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