遠回りの結果
サージは自室のベッド上で幸せを噛みしめていた。無意識のうちに傷付かないように自分の心を守っていて、そこにケイトが体当たりをしてきてくれて今がある。無理難題だと思った妻の要望は、アレクサンダーの忠告を思い出してすぐに切り替えられた。一夜を共にした日を境に二人は本当の夫婦として歩き出せたと彼は思っている。
「今日は一緒に実家を訪ねてくれてありがとう」
「ジェームズが大人しくなりそうで何よりだよ」
ケイトの言葉にサージは笑顔で返事をする。二人は昼間リスター侯爵家を訪ねていた。やっと会えた妹にジェームズは感無量の表情を浮かべていたが、ケイトは冷たく手紙を送ってこないでと切り捨てていた。流石にサージも気の毒に思ったが、ケイトが嫌がる事はしたくないので黙って兄妹のやり取りを見守った。結婚前よりも親密になった妹夫婦を見て、ジェームズは悔しそうな表情を浮かべながらも、何かあった時は絶対に知らせるようにと言って引き下がった。
「サージさん、そろそろ交代しましょう」
「うーん」
「交代」
ケイトの声色が強くなったので、サージは諦めて身体を起こす。寝室ではお互い希望を遠慮せずに言うと決めたので、彼は彼女に膝枕をお願いしたのだ。祖父がやたらと膝枕はいいものだと力説していたので気になっていたのだが、確かに癒されると納得しながらベッドへと横たわる。そして彼が腕を出すと笑顔を浮かべた彼女はそこに頭を載せて寝転がる。彼女の要望は腕枕だ。
「前に眠れなさそうって言ってたけど、どう?」
「眠るのは無理かもしれない。でも距離感はいいかも」
ケイトは微笑みながら上目遣いでサージを見つめた。彼も嬉しそうに微笑む。少し遠回りをしたかもしれないが、今がとても幸せなので彼も彼女も満足していた。
「庭師の皆に土の作り方を聞いたから、質のいい薬草を育ててみせるね」
「期待してる」
ケイトがリスター侯爵家に赴いた理由は庭師達へ質問をする為である。彼女は薬草の育成に関して真剣に向き合うと決めた。相変わらず製薬については興味を持てないが、夫の仕事の手伝いをしたい気持ちはある。それに薬草を育てるのは楽しかった。実家に帰るついでに兄も黙らせたかったので、サージとジェームズの二人の休みが被る日を選んだに過ぎない。おまけ扱いだった事もジェームズは悲しそうにしていたが、彼女は兄の気持ちなど完全無視だった。
「薬草園を作れそうな土地を借りたいけれど、王都内では難しいんだよね」
レヴィ王国が大陸一の大国となってからそれなりの年月が過ぎている。国内からだけでなく他国からも王都に人口の流入があり、余っている土地はほぼない。勿論王都から離れれば土地はあるが、そのような場所に薬草畑を作って夫婦が離れ離れになるのをサージは望んでいなかった。
「元レスター領なら何とかなるかもしれないけれど、シェッドとの国境にある山地付近だから遠くて」
ケイトは残念そうな表情だ。彼女の生家が元々持っていた土地は現在王家管轄である。農地等ほぼない土地ではあるが、国境にしている山がある。山地と聞いてサージは瞳を輝かせた。
「その山にしか自生していない薬草がある可能性は?」
「どうかしら? 私が生まれた時には既に王家の直轄地になっていたから知らないの。両親も王都暮らしだから多分レスター領は詳しくない」
ケイトの返事にサージは少し落胆したが、すぐに何かに思い当たり表情を明るくする。
「アレックスに聞けばわかる?」
「アレックスは王家の人間ではないから、リックの方が確実だと思う」
リックと聞いてサージは必死に該当人物を探し始める。ケイトの幼なじみの女性の名前は覚えているが、男性となると出てこないので覚えていない。彼はグレンさえエミリーの長男としか覚えていなかった。しかしリックはジェームズやアレクサンダーの口からも聞き覚えがあったのだ。
「リックとは王太子殿下?」
「えぇ。何故か兄と仲の良い王太子殿下よ」
「つまりジェームズ経由で調べられると」
「確かに。それなら兄に手紙を送るわ」
ケイトは微笑んだ。あれ程手紙は要らないと断言して帰ってきたのに、夫の希望で手紙を書いたらジェームズは面白くないだろうとサージは思ったが、それよりも見知らぬ薬草がある可能性を知りたい欲が勝ったので素直に頼る事にした。
「国境と言えば、俺の生家の領地がレヴィとの国境にあるんだ」
サージはふと、いつ言うべきか悩んでいた事を口にした。急に話題が変わってもケイトは特に気にせず受け止める。
「高級茶葉が有名なリデル領よね。ライラ様から母が茶葉を貰って、私も紅茶を飲んだ事があるわ」
「今は祖父母が暮らしているんだけど、良かったら一緒に行かないか? 祖父母にケイトを紹介したいんだ」
サージの誘いにケイトは嬉しそうな表情を浮かべる。以前ガレス王国の彼の実家へ行きたいと彼女が言った時、考えておくと言われて以降話題にならなかった。嫡男なのに爵位を継がなかった事が後ろめたいのかもしれないと彼女も諦めていたが、彼の口から定期的に出てくる祖父母には彼女も会ってみたいと思っていたのだ。
「私は構わないけれど、サージさんは何日も休めるの?」
「傷痕の薬の目途がついたから、まとまった休みを取ろうと思ってる。実家は別に行かなくてもいいけど、祖母はずっと俺を応援してくれたから」
「確かサージさんにそっくりなお爺様とライラ様にそっくりなお婆様よね?」
「見た目はね。性格はどちらも違うけど」
ガレス王国の宰相をしていた男性と、公爵夫人としてガレス王国の社交の中心にいた女性である。ケイトは自分の出自で咎められるとは思わないが、何かに秀でている訳でもないので、サージの配偶者として相応しいと判断してもらえるか少し不安だった。
「私を歓迎してくれるかしら」
「勿論。結婚に一切興味を示さなかった俺が結婚したというだけで、祖母は大喜びだった」
「それなら行くのを楽しみにしておく」
ケイトは旅行の経験がないので、心から楽しみで微笑みを零す。そんな彼女を見てサージも楽しそうに微笑むと、どちらからともなく唇を重ねる。
「そろそろ寝ましょうか」
そう言ってケイトは頭を上げると体の向きを変えて枕に寝直そうとした。サージはケイトの首元に再び腕を入れると後ろから彼女を抱きしめる。
「どうしたの?」
「今夜は抱きしめて眠りたいなと思って」
「腕は大丈夫?」
ケイトは先程膝枕を長時間できないと思ったからこそ、腕枕もそろそろやめた方が良いと思って切り出したのだ。心配そうな声色の彼女を抱きしめる力をサージは少し強めた。
「首の下に入れたから多分大丈夫」
「痺れたら遠慮なく抜いてね」
そう言いながらもサージは多分抜かないだろうなと思い、ケイトは彼の腕に自分の手を乗せる。
「うん、おやすみ」
「えぇ、おやすみなさい」
ケイトはゆっくりと瞳を閉じた。背後から感じる夫のぬくもりは心地よい。彼女は自分がサージを愛おしく思っていると自覚したが、それはまだ言葉にしていない。彼は気付いているだろうけれど、旅行の時に言葉にしようと思いながら、彼女は眠りに落ちていった。




