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謀婚 平和な次世代編  作者: 樫本 紗樹
教授と侯爵令嬢

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望んでいない来訪者

「宰相補佐が暇な職業だとは知らなかった」

 国立大学にあるサージの研究室にケイトの兄であるジェームズが訪ねてきた。サージは最初多忙を理由に追い返そうとしたのだが、研究室の前から頑なに動こうとしなかったので仕方なく受け入れ今に至る。トミーは散らかっていた室内を適度に片付け、元気のないジェームズを椅子へと誘導し、珈琲を入れたカップをジェームズとサージの前に置く。サージは邪魔だという態度を隠そうともせず机に腰掛けたまま言葉を投げつけた。

「暇な訳があるか。仕事は山積みだが今日は休みだ」

「それなら珈琲を飲んで帰ってくれ」

「もうケイトに会えなさ過ぎて発狂しそうだから一緒に帰ってくれないか」

「断る」

 ジェームズの提案を間髪入れずにサージは断った。ジェームズは眉を顰めてサージを見る。

「義理の兄に対しての態度として、いかがなものか」

「ケイトが嫌がる事はしない」

 サージとケイトが暮らしているエヴァレット家邸宅は、トミーが候補を探しサージが決めた。ケイトは前々から兄に構われ過ぎているのを鬱陶しく思っており、新居の場所は母にしか伝えていない。結婚披露宴をケイトの実家で行った理由もここにある。王都に詳しくないジェームズが何の情報もなく探し出すのは難しいだろう。

「妹に会いたいという気持ちはおかしくない」

「俺は別に長らく会っていないがどうともない」

 サージにも弟と妹がいる。妹が結婚する予定だと手紙で知ったが、特に実家に帰らず祝いの品と共に手紙を送っただけだ。彼にとってはこれが普通の感覚であり、ジェームズが異常だと思っている。

「薄情な男だな」

「俺の愛情はケイトにしか向けてないからな」

 笑顔でそう言うサージにジェームズは返す言葉が見つからなかった。妹を幸せにしてくれそうだとの判断は間違っていなかったとジェームズは改めて実感したものの、妹の為に自分の行動を拒否しているのは受け入れ難い。

「今日はグレース嬢に会うと言っていた。彼女からケイトの様子を聞けばいい」

「グレースは元気だったしか言わない」

「十分だと思うが」

「どのような格好をしていて何を食べて何を話したかを知りたいのに、どれも教えてくれない」

 ジェームズの言葉にサージは内心引いていた。やたら妹に執着しているとは思っていたが、ジェームズ自身が婚約した後でもこの状態が続くとは思っていなかったのだ。サージはケイトだけが特別であり、妹にはそれほどの興味を持っていない。せいぜい幸せに暮らしていて欲しいと願うくらいである。

「それはグレース嬢にも言ったのか?」

「聞かなければ教えてもらえないだろう? 教えてくれなかったが」

 サージは心の中でグレースに同情したと同時に疑問に思った。何故このような男と婚約をしたのだろうか。絶対に他にいい男がいるだろうし、スミス公爵家の長女なのだから選択肢は広いはずだ。

「ケイトが招待するまで待てばいいのではないか」

「もう十分待った。結婚披露宴からどれだけ過ぎたと思っているのだ」

「三十日は経ってないと思うが」

「今までは毎日顔を合わせていたのに、それがもう……」

 ジェームズはそれ以上言葉に出来ず項垂れた。サージも会える距離に居ながらケイトと三十日顔を合わせないのは辛いとは思う。しかしそれは夫婦だからであって、兄と既婚の妹ならば年に数回でもおかしくないはずだ。

「ちなみにグレース嬢とはどれくらいの頻度で会っているんだ?」

「グレースとは職務の都合上王宮で会う。食事に誘うと断られる」

「ケイトの話ばかりするからグレース嬢が避けてるんじゃないか」

「グレースとケイトは親友だから問題ない」

「婚約者との会話でそれはない。ケイトは兄の話を新居ではしてない気がする」

 サージは考えてみたがケイトからジェームズの話は聞き覚えがなかった。鑑賞券の話の時に名前だけ聞いたくらいである。両親の話やグレースの話は出てきているので、ケイトにとってジェームズの存在はそれくらいなのだろう。

「私の話をしない? 私は毎日思っているのに」

「片思いばかりで辛いな」

「誰が片思いだ!」

 ジェームズは怒っているが、サージにもわかる程この兄妹の愛情には差がある。そして今の会話から判断すれば、婚約者とも上手くいっているようには感じられない。サージは憐れんだような眼差しをジェームズに向けた。当然ジェームズは面白くない。

「そのような事を言って実はケイトと上手くいっていないのではないか? それを隠すために私を案内しない。違うか?」

「俺はケイトの行動を縛ってない。ケイトが実家に帰りたいと思えばいつでも帰れる」

「馬車を持っていないのだから帰れない」

 サージは先程とは違う憐みの眼差しをジェームズに向けた。馬車を借りるという発想がないのは侯爵家次期当主なので仕方がないのかもしれない。しかしケイトは知っているのだ。

「馬車の手配の仕方は侍女にも伝えてあるし、自由に使える金も渡してある。そもそもジェームズはケイトを離婚させたいのか」

「ケイトが幸せなら私を避ける理由がない!」

「トミー。アレックスと連絡は取れるか?」

「今日は休みではないので難しいです」

 サージが突然トミーに話しかけたのが気に食わず、ジェームズは苛立った表情をサージに向ける。

「おい! 何故アレックスが出てくる」

「ジェームズと話していても何も得られないから回収して欲しかったのだが、アレックスも多忙らしい。残念だ」

 サージはわざとらしいため息を吐いた。トミーも同意するように頷く。

「馬車でここまで来ているでしょうから御者を探して連れてきましょうか?」

「二人して怪しい。仲良くやっているなら私と一緒に帰れるはずだ」

「それならケイトに確認しよう。この時間ならもう家に戻っているはずだ。トミー、往復を頼めるか?」

「往復した振りをするつもりだな?」

 どうしてもケイトに会いたいジェームズはトミーに疑いの視線を向ける。サージは呆れたように息を吐いた。

「愛おしい妹の字は見間違えないだろう? 一筆書いてもらえばいい」

「往復は面倒なので後日にしてもらえませんか?」

「面倒?」

 トミーの言葉にジェームズが反応するが、トミーは笑顔を浮かべた。トミーもまたサージの従者としてこの兄妹のやり取りを婚約後から見てきている。否という返事しか貰えないとわかっていて往復するのは面倒でしかない。サージはやすやすと歩いているが、本来なら一日に何往復もするような距離ではないのだ。

「ジェームズが会いたがっていたとケイトに伝えるから今日は帰ってくれないか」

「どうしても連れて行ってくれないのか」

「ケイトの機嫌を損ねる利点が俺にはない」

「喜ぶかもしれない」

「ケイトから会いに行ってない時点で察して欲しいんだが」

 サージは段々ジェームズと話すのに疲れてきていた。よく考えるといつもアレクサンダーかケイトがいて、二人で話す機会はなかったかもしれない。ケイトが兄には邸宅を教えないで欲しいと言っていた理由を心の底からサージは実感していた。

 ジェームズが言葉を発しようとした時扉を叩く音がした。トミーが扉に近付き対応をする。扉を開けるとそこには男性が立っていた。

「ジェームズ様。そろそろご迷惑です、帰りましょう」

「お前までそう言うのか。そもそもお前はケイトの邸宅を知っているのではないのか?」

「私は貴方の従者なので存じ上げません。サージ様の帰りが遅いとケイト様が不安になるとは思いませんか? 早く帰りましょう」

「いや、だが」

「お邪魔致しました。失礼致します」

 従者は一礼をすると強引にジェームズを引っ張っていった。トミーは静かに扉を閉める。

「ジェームズ様にあのような従者がいたのですね」

「俺も初めて見た。とりあえず帰ってくれて助かった」

「ジェームズ様の突撃が披露宴後すぐではなくて良かったですね」

 トミーは笑顔でそう言うと、テーブルに置いていたカップを持って洗い場へと消えていく。サージは間違いないと思いながらコーヒーを口に運んだ。顔には出ないと思うが、トミーに見破られていたのだからジェームズにも指摘されたかもしれない。

 サージは珈琲を覗き込んだ。アレクサンダーに言われた大人の包容力を自分なりに解釈してケイトと接しているが、果たして合っているのかと琥珀色の液体に映る自分に問いかける。昨夜の態度は正しかったのか自信が持てない。

「サージ様、冷めてしまったでしょうから淹れ直しましょうか?」

「あぁ、頼む」

 サージはトミーにカップを渡した。ジェームズには偉そうに言ったものの自分もまだまだだなと思いながら、サージは普段と同じ時間に帰宅する為に仕事を再開した。

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