仲が良いの定義
翌日、ケイトは動きやすい格好に厚手の手袋と帽子を身に着けてホリーと一緒に庭に出た。トミーは薬草の前にじょうろなどを並べていたが、ケイトに気付くと作業の手を止めて彼女に正面を向ける。
「奥様。ご実家でどのような作業をされていたか教えてもらえますか?」
「種まき、水やり、収穫、雑草除去をしていたわ。土づくりは知らないの」
「土づくりは庭師の仕事ですから問題ありません。それよりも草むしりをしていた事に驚いています」
貴族女性とは無縁そうな雑草除去という言葉がケイトの口から出てきて、トミーは心底驚いていた。手伝っていたとはいえ、水を撒く程度だと思っていたのだ。
「庭の景観を保つには必要だから。勿論庭師が不足していた訳ではないのよ」
「それでは一緒に雑草を抜いてもらってもいいですか?」
トミーの問いかけにケイトは頷く。そして二人は並んで腰を下ろすと雑草を抜き始めた。
「何がきっかけで始めたのですか?」
「子供の頃に楽しそうに見えて、一緒にやらせてもらったの。子供がやる草むしりなんて根まで抜けないから役に立たないだろうに、皆が褒めてくれるのが嬉しくて」
ケイトも今となっては迷惑だっただろうと思う。しかしリスター侯爵家は子供がやりたいと言えば、母であるミラは危険さえなければやらせる教育方針だった。しかも庭師達は年齢に合わせて指導を変えてくれたので、ケイトも今では根を残さず引き抜く技を習得している。
「堅苦しい家だと思っていました」
「父と兄が真面目なだけよ。家は母中心に回っていたから」
ケイトの幼なじみ達の家はそれぞれ自由過ぎて、自分の家は貴族本来の姿だと彼女は思っていた。しかしサージの対応からして娘に土いじりをさせるのは貴族らしくないのだろう。ミラも真面目な性格ではあるが、自分と同じ苦しみを子供には与えたくないと言っていた。きっとミラが育った家こそが本来の貴族の姿であり堅苦しいのだろうが、その家はケイトが生まれる前になくなってしまっているので確認は出来ない。
「侯爵夫人も土いじりをされるのですか?」
「忙しい人だから、何を植えるかの指示と観察と収穫が母の仕事だったわ」
「確か王妃殿下のご友人なのですよね」
「えぇ。社交ばかりで大変そう。それが嫌でサージさんと結婚をしたのに、こちらは暇すぎて上手くいかないわ」
サージもトミーも忙しくしているのだから、薬草について学べばその手伝いも出来るだろう。しかしケイトは育てる方には興味はあるが、その成分まで覚えたいとは思えなかった。ましてやその成分を抽出してどのような効果があるかをひとつずつ調べ、効果が最大限かつ副作用が最小限になるように調合するなんて彼女には考えられない。
「サージさんは賢すぎるから、私との会話は楽しくないのかもしれない」
ケイトは雑草を丁寧に抜きながら呟いた。サージが常に自分に合わせて話してくれるのは彼女もわかっている。積極的に話しかけているようで、どこか一線を引いているようにも感じていた。だからこそグレンについての質問は驚いたのだ。だがあの質問は好みを探るような意図だった気がする。
「サージ様は薬学以外で難しい話をされません。それに奥様と話をされている時は楽しそうにされています」
「そうかなぁ」
ケイトは抜いた雑草を袋に入れながら不満そうな声を上げる。彼女が思う楽しいと、サージやトミーの思う楽しいが違うのかもしれないが、それをどうすり合わせればいいのか彼女にはわからない。
「奥様は信じられないと思うのですが、ガレスにいた頃のサージ様は無気力でした」
「無気力?」
ケイトは思わずトミーに聞き返した。彼女にはサージの無気力な状態が想像出来なかったのだ。その戸惑いは当然だとトミーは思う。
「薬学という目標を見つけて無気力を脱出できたのは良かったのですが、研究以外は疎かという少々問題のある人になりました」
「もしかして昨日言っていた不満の話?」
散歩の後で教えて欲しいと約束をしたのに、ケイトはうたた寝をしてそのまま忘れていた。彼女の言葉にトミーは頷く。
「はい。サージ様は研究に集中すると食事と入浴を疎かにします」
「入浴を?」
ケイトは怪訝そうな表情を浮かべた。レヴィ王国は水に恵まれているので入浴の習慣がある。彼女は入浴せずに寝るなんて気持ち悪くて考えられない。
「はい。髭も髪も伸び放題で酷い状態でした」
トミーの言葉にケイトは表情を歪めた。結婚前も結婚してからも、その状態を彼女は知らない。育ちの良さがわかる格好と振舞しか知らなかった。
「奥様と婚約されてあの臭さから解放されて私は嬉しいです」
「つまり不満はもう解消されたの?」
「あとはお二人が仲良く過ごされたなら満足です」
「ねぇ、トミーとホリーから見て私達はどう見える?」
ケイトは横にいるトミーと後ろに控えているホリーに問いかけた。決して仲が悪い訳ではないが、何をもって仲良くと判断できるのかケイトにはわからなかったのだ。
「まだ結婚してそれほど経っておりません。これから徐々にお二人なりの夫婦になられたら宜しいと思います」
「つまりホリーは私達をまだ夫婦らしくないと思っているのね?」
「いえ、初々しい夫婦だと思っております」
ホリーは淡々と答えている。ケイトにはホリーの本心なのか判断出来ない。初々しいが誉め言葉なのかもわからない。
「トミーは?」
「率直に申し上げてよろしいのでしょうか」
「勿論」
ケイトは期待の眼差しをトミーに向けた。サージの情報を引き出すなら彼しかいない。しかも彼は夫婦仲良くして欲しいと願っているのだから、助言をくれそうな気がしたのだ。
「サージ様は遠慮をしているように見受けられます。普段の言葉も本心ではあると思うのですが、心の奥に隠しているものがあるような気がします」
「私が至らないからそれを引き出せないのね?」
「至らないのはサージ様です。奥様は悪くありません」
トミーは言い切った。ケイトは首を傾げる。
「そうかしら。私はサージさんとトミーの掛け合いを羨ましいと思ったの。私もサージさんとそうなりたい」
ケイトは再び雑草を引き抜く作業に戻る。彼女の両親は業務連絡のような会話しかしない。そのような夫婦にはなりたくなかった。だが仲良く会話をしたくても、何を話せば仲良くなれるのかわからない。
「私は従者でありながら友人みたいなものですから」
「友人は求めていないわ」
友人のような夫婦に憧れる人もいるだろうが、ケイトは違う。愛し愛される夫婦になりたいのだ。
「サージ様は奥様に出会うまで恋愛に無縁でした。きっとサージ様もわからないのだと思いますよ」
トミーも雑草を抜きながらケイトに話しかける。サージは従者に恵まれていて羨ましいと彼女は思った。
「観劇されたら少しは変わるかもしれません。今回の演目、あの劇団にしては珍しい恋愛物語ですよね」
「そうなの。恋愛物語の新作は久しぶりだから一度見てみたくて」
ケイトは恋愛物語の新作とは聞いているが、内容は一切調べていない。行ってからの楽しみと思っているのだ。そもそも美男美女しかいない劇団で基本英雄譚を公演している方が不自然である。主催者が独身なのが関係しているのかまでは彼女は知らない。
「いい席を押さえましたので是非楽しんできて下さいね」
「えぇ、ありがとう」
明日の夕方は観劇の予定である。ケイトとサージは結婚式を身内だけで行っており、舞踏会に参加した事もない。二人揃って社交の場に出る初めての機会でもある。彼女は期待に胸を膨らませながら雑草を抜いた。
 




