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謀婚 平和な次世代編  作者: 樫本 紗樹
公爵令嬢と侯爵令息
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公爵令嬢の落とし方

「女を落とす方法を教えろ」

「言葉遣いが乱暴だよ、リスター侯爵令息」

 追い詰められた感のあるジェームズの言葉を、アレクサンダーは笑顔で受け止めた。人払いがしてあるとはいえ、ここは王宮の一室である。同席しているリチャードは困惑の表情を浮かべ、グレンは呆れた表情をしていた。会食の多い王太子には息抜きとして友人達との夕食が定期的に設けられており、今日はその日である。この四人で集まる時は人払いをするのが常であり、皆立場にとらわれず敬語を使わない。アレクサンダーがジェームズをリスター侯爵令息と呼びかけた声には、明らかに揶揄の色が滲んでいた。

「そもそも女を落とす方法を聞いても仕方がないだろう? 普通の方法でグレースは落ちない」

「グレースは恋に恋をしている、どこにでもいそうな女性だろう?」

「そうとも言えるけど、グレースは結婚相手に望む条件を心の奥に隠してる」

「隠している? 何を」

「俺の口からは言えない」

 アレクサンダーは微笑みながらそう言うと葡萄酒を口に運ぶ。ジェームズは面白くなさそうに彼を睨むも、何の効果もない。リチャードは優しくジェームズの肩を叩いて宥める。

「あまりジミーを虐めないでやってほしい」

「リック。好きな女性は自力で振り向かせるべきだ」

 リチャードはジェームズに甘いと思っているグレンが少し強めに釘を刺す。ジェームズは不満そうにグレンに視線を向けた。

「自分が上手くいったから偉そうに」

「私は年季が違う」

 グレンにはっきりそう言われてしまうとジェームズは返す言葉がない。グレンはいつ振り向くかわからない婚約者を十年以上思ってきたのだ。そして振り向いてもらえたからこそ新婚なのである。

「だがアレックスはリックの婚約を手伝った」

「通訳をしただけだ」

「意訳しただろう?」

 実際は意訳ではなく誤訳なのだが、それにリチャードは気づいていないので今も秘密のままだ。しかし誤訳した当人であるアレクサンダー、その場にいたグレンだけでなく、状況を聞いてジェームズも察していた。

「背中を押す必要がジミーにはない」

「幼なじみ差別だ。グレンの背中も押していたのに」

「妹の幸せを望むのは当然だろう」

「それは当然だが」

 ジェームズもケイトの幸せを願って、妹に相応しい結婚相手を探したのだ。ケイトがグレンに片思いしていても報われないとわかっていたから。いくら妹を溺愛していたとしても、グレンがスカーレットしか見ていないのは明らかで、とても応援など出来なかった。その為アレクサンダーがグレンの背中を押していたのは感謝さえしている。

「俺も独り身だ。仲良くしようじゃないか」

「アレックスと一緒は遠慮する。私は将来侯爵家を継ぐのだから」

「悪いな、俺だけ気楽でさ」

 アレクサンダーは楽しそうに笑う。王太子、次期公爵家当主、次期侯爵家当主の三人とは違い、彼だけは家を継ぐ必要がない。近衛兵として許される範囲内で自由にしており、結婚だけでなく仕事上でも彼が一番楽しそうである。

「どうして兄妹でこれほど真面目さに差が出るのか」

「レティが真面目過ぎるだけで、我が家はこんなものだよ」

「叔父上は真面目だと思うが」

 リチャードから見てアレクサンダーの父ジョージは真面目な総司令官に見える。この二人は叔父と甥の関係ではあるが、公式の場以外での接点がない。

「父は王弟として真面目に振舞っているだけで、実際こんな感じだって」

「嘘を吐くな。少なくとも閣下は女遊びなどしない」

「そうだ、どちらかというとアレックスは昔の陛下に近いのではないか?」

「俺は自分から声をかけない。誘われたら応じるだけ」

 アレクサンダーの言葉に他の三人が白い目を向ける。

「もしグレースが声を掛けたら誘われるのか?」

「誘われて困る人に対しては、それ相応に振舞うよ。グレースは近衛兵の妻も務まるだろうけど表舞台にいるべきだ」

「グレースには女官として彼女を支えて欲しいからアレックスの妻は困る」

「アレックスはグレースに振られたとレティから聞いた」

「だからそれは語弊がある。俺とグレースの間に恋愛感情はない。振られたではなく、お互い興味がないんだ」

 この話題になるとアレクサンダーは苛立って反論をする。想いを寄せていない相手に振られるというのが面白くない彼は、話題を変えようとリチャードに視線を向けた。

「女官は基本独身か未亡人だろう? グレースは独身の方がリックにはいいんじゃないか?」

「母は女官が既婚者でも構わないと言っていた」

「つまりリックは私とグレースが上手くいくように協力をしてくれると」

「正直私はジミーを応援する気になれない」

 ジェームズは喜んだのも束の間、親友と思っているリチャードの言葉に床へ叩きつけられた気分になった。彼は不満気な表情を浮かべて親友を見つめる。

「何故だ」

「ジミーがグレースに好意を抱いているように見えないからだが」

 リチャードの言葉にグレンも頷く。アレクサンダーは微笑んでいた。

「ちなみに私の行動はどう見えている?」

「揶揄っているようにしか見えない」

 リチャードの言葉にグレンだけでなくアレクサンダーまでも頷く。ジェームズはつまらなさそうに口元を歪めた。

「私は至って真剣に接している」

「真剣に接していたなら、俺が紹介したあの店で関係が前進しているはずだけど」

 アレクサンダーはグレースの好みを把握した上で、ジェームズに店を紹介した。ジェームズの本気が伝わっていたのなら、店の雰囲気と料理がグレースの背中を押していただろう。しかし実際は失敗しているのだから、彼女に気持ちは届いていない。

「以前、ケイトより魅力的な女性がいないと零していただろう? ジミーが妥協して求婚しているとグレースに思われていても仕方がない」

 ジェームズは妹ケイトに対する溺愛ぶりを一切隠していない。特にケイトと仲のいいグレースはそれを常々目の当たりにしている。ケイトの婚約が調った後で求婚されれば猜疑心を持つのが自然だと、リチャードは判断していた。

「私が結婚するとしたら誰が相応しいか考えた時、グレースしか思い当たらなかった」

「その消去法みたいな考え方はグレースが一番嫌いだと思う」

 ジェームズの言葉にアレクサンダーが即座に指摘をする。他の二人も同意見なのか頷いて肯定した。

「恋に恋をしているとわかっているのなら、せめて恋愛の雰囲気を演出しろ」

「難しい事を言うな。私はアレックスのように器用ではない」

「グレースは難攻不落だが、道は見えているのだから難しくない」

「それを教えてくれないくせに」

「道だけなら教えてやる。歩き方は教えてやれないが」

 アレクサンダーは楽しそうに笑っている。ジェームズは視線だけで続きを促した。

「グレースは多分母親と同じだ。一度好きになった相手を一生慕い続けると思う。そしてそのきっかけは本人さえもわかっていないかもしれない」

 アレクサンダーの言葉を聞いて、三人はグレースの母フローラを思い浮かべ、次にグレースの父リアンを思い浮かべる。美人であるフローラが世界で一番格好いいと言うリアンは平凡な容姿だ。リアンはいい人止まりの恋愛対象外とされる男性筆頭と言っても過言ではないのだが、何故かフローラはリアン以外の男性など論外なのである。

「フローラ様とグレースは性格が違い過ぎないか? どちらかと言うとリアン様似だろう?」

「グレースの理解力がその程度でよく求婚をしたな」

 アレクサンダーは呆れた表情でジェームズを見た。しかしアレクサンダーは色々な部分が突出している。洞察力においてもここにいる三人とは段違いだ。

「グレースしかいないと思い当たった理由があるだろう? それを明確にして伝えれば、グレースも邪険にはしないと思うけど」

 アレクサンダーに何も言い返せないジェームズに、グレンが優しく話しかける。この中で唯一の既婚者であり、長い片思いを実らせた男の言葉にジェームズは真剣な眼差しを向けた。

「遊んでいる男より、グレンの助言がもっともな気がする」

「俺は遊んでないし、そもそも先に頼ってきたのはジミーだろうが」

「私の交友関係で女性に気安いのはアレックスだけだから、選択肢が他になかっただけだ」

「いい事を教えてやろう。グレースはジミーよりグレンの方が好きだ」

 アレクサンダーは楽しそうにジェームズに言う。ジェームズは面白くなかったが、グレースが以前グレンを好きだと言っていたのは知っている。しかしそれには理由があってジェームズも承知しているのだが、その理由をここで明らかにする気にはなれなかった。

「あくまでも外見の話だろう?」

「以前四人で王都を歩いた時のグレースの態度はどうだった?」

 スカーレットとグレンが王都に行くのに、グレースとジェームズも同行した事がある。その時の様子を思い出し、ジェームズはつまらなさそうな表情をした。グレースはスカーレットやグレンとばかり話をしていて、ジェームズの存在を無視していたのである。しかしそれは王都を知っているスカーレットとグレンに対し、グレースと同じく初めて歩くジェームズの差であったはずだ。

「私は王都に詳しくなかったから案内など出来ない。仕方がない」

「完全に無視だったとレティに聞いたけどなぁ」

 アレクサンダーの表情は明らかにジェームズを揶揄って楽しんでいる。スカーレットがわざわざ言うとは思えないが、アレクサンダーが聞き出した可能性はある。不機嫌そうにアレクサンダーを睨むジェームズの肩を再びリチャードが優しく叩く。

「私もグレースとグレンは楽しそうに話している印象だが、ジミーとはいつも口喧嘩している印象だ」

「しかも喧嘩するほど仲が良い、という感じでもない」

 リチャードの言葉にアレクサンダーが被せる。グレンも黙って頷いた。ジェームズは完全に味方を失ったと悟り肩を落とす。宰相補佐として働くジェームズの交友関係もそれなりに広いが、ここにいる三人以外でこのような話を出来る友人はいない。

「私ではグレースを振り向かせられないから諦めろと」

「そうは言ってない。グレースを理解して作戦を変えろ、そしてその作戦は己で考えろという話だ」

 アレクサンダーは真面目な表情でジェームズに告げた。普段軽そうな雰囲気を纏っているアレクサンダーだからこそ、真剣に向き合ってくれているのだとジェームズは感じ取る。

「アレックスは私が勝てると思っているのか?」

「恋愛に勝ち負けは無粋だ。だけど作戦次第ではグレースを振り向かせられるとは思ってる」

 表情を崩して微笑むアレクサンダーにジェームズは力強く頷き返した。

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