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謀婚 平和な次世代編  作者: 樫本 紗樹
教授と侯爵令嬢

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何だか面白くない

 ケイトは勉強が好きでも嫌いでもない。最低限の教養はあるが、何かを極めたいとは思わず現在に至る。だからと言って賢くないわけでもない。爵位を貰ったばかりの子爵家でやる事などたかが知れており、彼女は一日でほぼ内容を把握した。

 そもそも薬学教授は研究が第一なので社交界への参加は最低限で許される。貴族になった以上年二回の王宮舞踏会には参加必須だが、それ以外は自由だ。サージは王宮舞踏会しか出席しないつもりだと、ケイトはトミーから説明を受けた。彼女も異論はない。今までは侯爵令嬢として当然と思っていた付き合いも、婚約を期になくなったら寂しくなるのではなく快適になったのだ。平民も悪くないかもしれないと思っていたのだが、結局は子爵夫人になってしまった。しかし一般的な子爵夫人とは違う立場なので特に不満はない。

 ケイトは身分を笠に着る人間をどうしても好きになれなかった。レヴィ王国内でのリスター家の地位は侯爵家の中で一番高いので、彼女と接する人々は身分が下の者が多くなる。他の侯爵家の茶会に参加して、その主催が子爵家の娘を見下していようものなら気分は最悪だ。グレースがいれば難なくその場の空気を変えてくれるのだが、ケイトにはそこまでの力がないので非常に気を遣って心底疲れてしまう。結果グレースが参加しない茶会は自分も参加しないようになってしまった。

 しかし結婚生活の空気を変えるのにグレースを頼るわけにはいかない。これはあくまでもサージとケイトの問題だ。彼は身分など気にしていない。自分が公爵家出身という事さえ聞かれなければ答えない程である。二人の間にあるのは身分差ではなく、気持ちの差である。そして彼の気持ちが彼女には見えなくなっていた。それは今に始まった事ではない。数ヶ月待って欲しいという手紙を貰った時もそうだった。その時のグレースの言葉を思い出す。待っていてはいけないのだ。


 夕食を終え、サージとケイトは居間のソファーで向かい合って腰掛けていた。部屋には二人きりでテーブルにはハーブティーが置いてある。昨日と同じというより、結婚後毎晩同じ光景だ。彼女はこれが夫婦の正しい関係なのかわからない。

「サージさんは今、どのような研究をしているの?」

 ケイトはトミーに勧められたままサージに問いかける。彼女も難しい話なら理解は出来ないだろうが、聞くだけでいいと言った従者の言葉を信じた。

「傷痕を薄くする塗り薬を研究している」

「傷痕?」

「火傷や切り傷の痕など、出来れば隠したいという人が多い。化粧品で隠すにも限界があるようで、根本的な治療は出来ないかと言われてね」

 ケイトは火傷も怪我もした事がないので身体には傷ひとつない。しかしもし手の甲に火傷痕があったらとしたら、それは確かに隠したいと思えた。

「その研究は以前言っていた麻酔よりは現実的なの?」

「あぁ。完全に元通りというのは難しいが、今臨床試験中で薄くなっている傷痕もある」

「傷痕が薄くなるなんてすごいわ」

 ケイトは考えるより先に言葉が出た。サージの研究は日常的に使われる薬が多いのは知っていたが、傷痕を薄くするのは難しそうなのに出来るとは、本当にすごいと彼女は心から思ったのだ。彼女の心からの賛辞にサージは笑顔を浮かべる。

「ケイトに褒めてもらえると嬉しい」

「誰もが褒めるわ。サージさんは本当に薬学教授が天職なのね」

 臨床試験中ならば研究は今忙しいのだろう。ケイトはサージの態度が煮え切らない感じがして気になっていたのだが、研究が忙しいのなら仕方がない。彼にとって薬学は人生の一部だと彼女もわかっている。それを流石に邪魔するつもりはない。

 婚約から結婚に至る間に、研究結果が出て臨床試験に進んでしまったのだろう。サージはケイトと会うと色々閃くと言っていたので、そのひとつなのかもしれない。しかしそれなら説明があっても良かったはずだ。だが、彼は研究が忙しいとは一言も口にしていない。

「話は変わるのだけれど、一緒に観劇へ行けるかしら?」

 サージが忙しいと言わなかったのだから、誘っても怒りはしないだろうとケイトは彼に問いかけた。同じ事を繰り返していても何も進まない。何か違う行動をと思って彼女が思いついたのは観劇だった。彼女の両親はたまに二人で観劇に出かけていたので、それを真似てみようと思ったのだ。

「観劇? 俺はそういうのに疎いが問題ないか?」

「えぇ。席は私が予約するから都合のいい日を教えて欲しいわ」

「夕方上演ならいつでも構わないよ。昼間は経過観察をしたいから暫くは難しいけど」

「本当? それなら早速明日問い合わせてみる」

 ケイトは微笑んだ。彼女は結婚前から気になっていた観劇があったのだ。いつもは侯爵家の使用人に予約をお願いしていたのだが、今回はトミーに確認しながら自分でやってみようと思った。嬉しそうな彼女を見てサージも表情を和らげる。

「出掛けたい場所があったら教えて欲しい。一緒に行こう」

「私は今まであまり外出した事がないから、サージさんが行きたい所へ行きたいわ」

 ケイトは箱入り娘である。外出は茶会か夜会くらいで、何かを買う時は商人が家に来てくれた。故に今暮らしている家から実家までの道のりさえわからない。しかし一人で出歩くのも怖いので家に引きこもっている状況である。

「うーん。俺は基本出不精だからなぁ」

「婚約中は食事に何度も連れて行ってくれたのに」

「会う口実として食事が一番使いやすかっただけで、今は家で食べられるから。だけどたまには外で食べるのもいいか」

「えぇ。普段食べない料理は新鮮で美味しかったわ」

 箱入り娘のケイトは当然、王都の店で食事をするという概念を持っていなかった。サージを選ばず他の貴族男性に嫁いでいたら、一生知らなかったかもしれない。見合いの話を持ち込まれた当時は本当に興味がなかった。グレースには感謝しかないので今度何か贈ろうと彼女は思う。

「そうだな。ここから歩いていける距離の店なら、いや、ケイトが歩くのは厳しいか」

「確かにいつも馬車移動だったけれど、私も歩けるわ」

「だけど俺は平民並みに歩けるから、俺の感覚とケイトの感覚は違うと思う」

 サージは教授の割には身体を鍛えている。彼曰く体力がなければ満足に研究が出来ないらしい。王都内なら大抵の場所を徒歩移動すると聞いてケイトは驚いたものだ。しかし彼女も王都内を歩いた経験はなくとも、王宮内や王宮の庭は歩いた事がある。実家の庭も結構広い。虚弱体質でもない。

「それなら事前にトミーと歩けるか試してみるわ」

「いや、それはおかしい」

「どこが?」

 ケイトはわざとらしくならないように気を付けながら首を傾げる。サージはつまらなさそうな表情を浮かべた。

「それなら最初から馬車を手配する。もしくはホリーと歩くべきだ」

「ホリーはこの辺りの土地勘がないもの。迷子にならない為にはトミーも一緒でなければ不安だわ」

「それなら俺と歩こう。この辺だけでなく王都内ならほぼ把握している」

「わかったわ。暗いと危険だからお休みが取れたら、まずは家の近辺を案内してね」

 ケイトは微笑んだ。そもそもトミーと歩く気などなかった。サージと一緒に出掛ける約束を引き出す為に従者の名前を出したに過ぎない。彼はとても賢い学者なのに、何故こんな簡単な罠に引っかかるのだろうと彼女は疑問に思う。

「あぁ、明日にでも日程の調整をしてくる」

「研究の邪魔はしたくないから無理しなくてもいいわ」

「一日くらいなら何とかするよ」

 昼間は暫く難しいと言ったばかりの口で、一日なら調整すると言うサージがケイトは理解出来なかった。やはり結婚してから彼はおかしい。それに二人の関係は清いままでもある。彼女は何だか面白くなかったが、上手く言葉に出来そうもなかったので諦めて用意されていたハーブティーを飲んだ。

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