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謀婚 平和な次世代編  作者: 樫本 紗樹
公爵令嬢と侯爵令息
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侯爵令息との食事

 グレースが女官見習いになって五日目、王宮の一室で彼女はジェームズと打ち合わせをしていた。打ち合わせが終わり、文官たちが去って部屋に二人きりになった時、彼が彼女に話しかける。

「今夜食事に行かないか?」

「約束をするには前もって連絡をお願い致します」

「グレース宛に出しても戻ってきてしまうのだから、直接誘うしかないだろう?」

 元々ジェームズは打ち合わせ終わりに食事に行こうと、三日前グレース宛でスミス家に手紙を出していた。しかし翌日スミス家の使用人より受け取れないと返されたのだ。スミス家の使用人はグレースに渡したが、彼女が封も切らずに返すよう依頼したのである。

「貴方と二人で食事には行きません」

「王都にある有名な店だから喜ぶと思ったのに」

 ジェームズの言葉にグレースの気持ちは揺れた。彼女は公爵家で大切に育てられた娘である。食事は自宅か招待された友人宅でするものであり、外食の経験は乏しい。王都で食事をする事をスカーレットから教えてもらったばかりなのである。

「食事ならレティに連れて行ってもらうので結構です」

「新婚なのだから巻き込むなよ」

「グレンが会食の日を選びますからご心配には及びません」

「そういう可愛げのない態度はよくない」

「自分が可愛くないのは重々承知しております」

 グレースが内心苛立ちながらそう返すと、ジェームズはきょとんとした表情を浮かべた。

「何を言っている。ケイトとの比較は難しいが、グレースは十分可愛い」

「妹を引き合いに出さないでもらえませんか? 面白くありません」

「嫉妬か?」

「まさか」

「そうだよな。グレースは賢いから、その線引きを理解してくれると思っていた」

「いい加減にして」

 グレースは苛立った表情をジェームズに向ける。しかし彼はそれを笑顔で受け止めた。

「やっと言葉が崩れた。強情なのも可愛いが、やりすぎはよくない」

「私をからかうのがそれほど楽しい?」

「からかってなどいない。私は本気でグレースを口説いている」

「本気さが感じられないのよ」

 グレースはジェームズを睨んだ。彼が溺愛している妹ケイトと一番仲が良いのが彼女なので、幼なじみの中でも顔を合わせる頻度は高い。彼女にも兄が二人いるが、明らかに彼の妹に対する愛情の向け方は異常だったのでケイトに同情していた。それ故に彼に妹離れを提案し、その返答が『グレースが私と結婚してくれるなら考える』だったのである。

 グレースはその言い方が気に入らなかった。幼なじみ達は身分の垣根などない付き合いである。それでも彼女は公爵令嬢で、ジェームズは侯爵令息。上からものを言われる筋合いはない。しかも彼女は彼と結婚したいと願った記憶もない。

「本気さを伝えようとする前に逃げているのはグレースだろう?」

「別に逃げてなんか」

 そう言いながらグレースは視線を外す。自分の態度は間違いなく逃げているとしか思えない。だが彼女はどう対応をしていいのかわからなかったのだ。釣書は数多く届いたが、直接求婚してきた男性はいなかった。初めての事に戸惑い、答えを出す前に迫ってこられて避けていたのである。

「それならこれから食事をしようではないか」

 ジェームズは笑顔でグレースを見つめる。彼女は視線を外したままだが、彼の視線は嫌でも感じていた。一瞬迷ったものの、避け続けるからよくないのだと思い直す。食事の席ではっきり断ってさえしまえば終わる話のはずだ。

 グレースは視線を戻し、ジェームズをまっすぐ見据えた。

「その王都のお店、味は保証してくれるのでしょうね?」

「勿論だとも」

 ジェームズは自信たっぷりに頷く。いちいち腹の立つ男だとグレースは思ったが、今夜で決着をつけてやると強気で彼に微笑み返した。


 グレースとジェームズは王都内にある飲食店の一室にいた。建物から庶民向けとは少し違うと彼女は思ったものの、案内された部屋はお洒落な内装。富裕層向けのようである。

「アレックスはいつも女性をここに連れ込んでいるのかしら」

「急にアレックスの名を出すな」

「ジミーがこの素敵な飲食店を知っているはずがない。アレックスに聞いたのでしょう?」

 幼なじみ達は王侯貴族なので庶民の生活にも王都の暮らしにも明るくない。しかしアレクサンダーとスカーレットの兄妹と、グレンを長兄とするハリスン兄弟は別だ。特にアレクサンダーは王都だけでなく国内、ひいては大陸中を旅した経験を持つ。

「それはわかっていても黙っているものだ」

「黙っている義理はないわ」

「何故私の前では、そう憎まれ口を叩くのか」

「ジミーに可愛いと思ってもらう必要がないからでしょうね」

 ジェームズの前だけでなく、幼なじみ達の前なら基本グレースは同じ態度だ。彼女は社交界へ出る前に化粧を習得しているが、当然幼なじみ達は彼女の素顔を知っている。平凡顔などと虐めるような者は一人もいなかったが、可愛いと言われた記憶もない。彼女を可愛いと言うのは両親と兄二人、専属の侍女くらいだ。

「将来の夫に対し、もう少し気を遣ったらどうだ」

「将来の夫の前なら気を遣うわよ。ジミーは違う」

「勝手に私を恋愛対象外にしているだけだろう? グレースが求める条件は満たしているのだから考え直すべきだ」

「考え直す余地などないわ」

「人の気持ちは移ろうものだ。ケイトも今では婚約者と仲良くしている」

 また妹かとグレースが呆れた所で失礼しますと声がかかり、店員が料理を運んできた。彼女は黙って料理が並べられるのをじっと見つめる。彼女は初めて見る料理に目を輝かせた。

「アレックスはいいお店を知っているわね」

 公爵家で並べられる食事も綺麗に盛り付けられている。しかしグレースの目の前の食事は可愛らしさがあり、若い女性なら心を掴まれるだろう。これ程の店を知っていて独身のアレクサンダーを残念に思うが、幼なじみ達にもてないだけで案外恋愛を楽しくやっているのかもしれない。

「アレックスの名前を出すな」

「それならケイトにしましょうか。婚約者と仲良くなれてよかったわね」

 ケイトは長らく報われない片思いをしていた。グレースはケイトに幸せになってほしくて、しかしその報われない片思いは応援出来ずに悩んでいたのだ。それはジェームズも同じ気持ちだったのか、妹を大切にしてくれそうな男を探し出して引き合わせたのである。

「あぁ。このまま順調なら来年には結婚するだろう。だから遠慮なく私に嫁ぐといい」

「遠慮するわ」

「何が不満だ」

「私ほどではないにしろ、顔の広そうな令嬢を紹介してあげるから」

 侯爵家嫡男の妻が務まる程の賢さと社交性を持ち、なおかつ嫁いでくるパウリナ王女を見下さなさそうな婚約者のいない令嬢。条件が厳しいので多くは紹介出来ないが、いないわけではない。グレースが美味しく食事を口に運びながら目の前のジェームズを見ると、難しい表情をしていた。

「逃げるな」

「兄やグレンのように昔から好きだったというのなら考える余地はあるかもしれない。けれどジミーは違うでしょう?」

 グレースは強気にジェームズを睨む。目の前の男から恋愛感情を向けられた記憶がない。確かに彼が言うように気持ちは移ろうだろう。だが急に彼が自分に心を寄せるきっかけなど彼女には思い当たらなかった。

「意識し始めたのは最近だが年月は関係ない。これから積み重ねればいい」

「私は積み重ねる気はないと言っているの」

 グレースは断る気満々だったのだが、ジェームズが思いのほか強情で断り切れる気がしない。折角の目の前にある可愛らしい料理が台無しである。

「結婚の話は一旦置いておいて食事を楽しまない? 私は美味しく頂きたいわ」

「わかった」

 ジェームズは頷くと、会話を幼なじみ達の話や最近の流行に切り替えた。グレースは食事を堪能しながらその会話を楽しむ。結婚の話さえしなければ、二人は気安く話せるのである。暫く彼を避けていたのは彼女だが、幼なじみとしての彼は失いたくないなと思った。

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