持つべきは同性の幼なじみ
女官見習いが休みの日であるが、グレースは王宮に出向いていた。現在は職場となっているが、以前は幼なじみの暮らす場所と認識していたのだ。王宮に暮らしているのは現在ヨランダのみとなってしまったが、そのヨランダ主催の茶会が応接間で開かれている。
茶会に集まったのはスカーレット、ケイト、ヨランダ、グレースの幼なじみ四人である。本来ならアリスを入れて五人が女性の幼なじみになるのだが今回はいない。何故ならスミス家に送った招待状がグレース宛のみだったからだ。
「幼なじみ、という言葉は良くなかったわ」
ヨランダは侍女にいつもの幼なじみの茶会を開くから招待状を送っておいてと伝えた。姉だから幼なじみではないと判断した侍女がアリスには招待状を送らなかったのだと説明をする。
「気付いてから送ったのだけど、エドガーに予定を押さえられた後だったの」
偶然にも今日はエドガーの休みであり、アリスも新婚なので妹よりも夫を優先したのだ。ヨランダも姉が長らく結婚を望んでいたのは知っていたので、次の機会にと言う外なかった。
「私が招待状を貰った時にアリスに声を掛ければよかったわね」
「グレースは気にしないで。私の指示が甘かったの。勉強になったわ」
アリスに一緒に王宮へ行くか確認をすればよかったと後悔しているグレースに、ヨランダは笑顔を向けた。以前のヨランダなら相槌を打ちそうな場面なのに、自分に非があると認めている。公務を担うようになってヨランダが成長しているのを目の当たりにして、グレースも気を引き締めようと思った。普段なら声を掛けていただろうに、最近考える事が多くて気が回っていなかったのだ。
「今日は難しい話は一切なし。楽しく過ごしましょう」
「えぇ。グレース、忘れないうちに返すね」
ヨランダの言葉に相槌を打ったケイトが、グレースに包みを差し出した。その中には恋愛小説が入っている。
「今回も面白かったわ、ありがとう」
「面白いのなら私にも貸してほしいわ」
「ヨランダが睡眠時間を削らないならいいけれど」
「大丈夫。読むのは早いから」
自信ありそうな表情のヨランダに、グレースは微笑みながら包みを渡した。ヨランダは笑顔でその包みを開いて中身を確認する。
「この作家、面白かった記憶がある。楽しみ」
「面白くて一気に読みたくなるから、寝る前に読み始めてはいけないわよ」
「このお茶会が終わったらすぐに読み始めるわ。あ、勿論まだお開きにはしないわよ」
ヨランダが茶目っ気たっぷりに微笑むと、三人も笑顔になる。アリスと比較されるのが嫌だと言っていた頃とは別人のようなヨランダに、グレースは姉目線でよかったなと心から思う。
暫くとりとめのない会話で楽しく過ごした後、ケイトは真剣な表情をグレースに向けた。
「グレース、兄とは何かあった?」
「幼なじみに戻っただけよ」
スティーヴィーに仕事以外で関わるなと言われてから、ジェームズは本当に仕事の話以外はしてこなくなった。幼なじみに戻ったというより他人になったような感じだが、グレースも何が正しいのかわからないので現状を受け入れている。
「兄にグレースが勿体ないのはわかるのだけれど、妹として兄と添い遂げられるのはグレースしかいないと思っていたから残念だわ」
「ジミーは見た目も肩書もいいのだから、釣書は多く届いているでしょう?」
「見た目だけなら問題ないのよ。ただ会話が続かないの」
ケイトの言葉にグレースは首を傾げた。ジェームズと話していて喧嘩のようになる事はあっても、会話が続かなかった記憶がない。
「わかる。申し訳ないけど私はジミーと二人きりだと会話に困る」
ヨランダがケイトの言葉を肯定するように言う。ジェームズとリチャードは親友と言って良いほど仲が良い。しかしヨランダは兄の話以外でジェームズと会話を成り立たせる自信がない。よほどエドガーの方が楽しく話せるのだ。
「私もグレンか兄が一緒ならいいけれど、二人だと困るかも」
ヨランダに続いてスカーレットも申し訳なさそうに言う。スカーレットは元々社交性が高くないので、ジェームズだけではなくケイトと二人きりでも困ってしまうのだがそれは心の奥底に隠した。
「それを兄自身もわかっていて結婚をしないと言っていたのだと思うの。だから求婚の仕方も非常識だったでしょう? 迷惑をかけてごめんね、グレース」
「もう終わった事だから大丈夫よ」
「やはり終わってしまったの?」
「グレースは今、オースティンを前向きに検討中なの」
ケイトとグレースの会話にヨランダが割って入る。それに対しグレースは困ったような表情を浮かべた。
「前向きに検討しようと思っているけれど、まだそこから動けていないの」
オースティンからは再度食事の誘いがあり、一緒に夕食をとった。彼は楽しそうにしていたように見えたが、グレースは恋愛感情が生まれる気がしなかった。あと何度か繰り返せば生まれるのかもしれないが、もう気持ちは動かないような気がしている。
「レティはどこで気持ちが動いたの?」
ケイトの問いにスカーレットだけでなくグレースとヨランダも一瞬止まった。まさかグレンに片思いをしていたケイトの口から、そのような質問が出てくるとは誰も予想していなかったのだ。しかしケイトは微笑んでいるので、スカーレットも真っ直ぐ彼女を見つめる。
「ゆっくり傾いていたとは思うけど、結婚を決めたのは私が何をしてもグレンは肯定してくれると確信した時かな」
「そうよね。私もサージさんが私だけを見てくれると思ったから婚約をしたの」
ケイトは嬉しそうに微笑む。グレースもケイトとサージの顔合わせの場に同席したので知っている。サージはケイトへの好意を隠していなかった。
「グレースが運命の出会いを主題とする恋愛小説が好きなのは知っているわ。けれど運命の出会いなんて簡単に訪れないから小説になると思うの」
「勿論わかっているわよ」
「それに現実は結婚してから始まるのよ。レティはそうでしょう?」
再びケイトに呼びかけられスカーレットは困惑するも微笑を浮かべる。スカーレットもグレースの様子が気になっていたのだ。ケイトの思惑はわからないが、素直に答えるのが正しいのだろうと判断をする。
「まだまだだけど、ゆっくり前には進んでいるわ」
「お母様も恋愛小説は小説だから楽しめると言っていたわ」
ヨランダもグレースを気にかけていたので口を挟む。ナタリーはおっとりした雰囲気を纏っているが、色々と割り切った行動をする。国教を持たないレヴィ王国で出身国の宗教を信仰しているのを表に出さないように立ち回り、エドワードが声を掛けた多数の女性と何事も無かったかのように付き合っている。グレースが憧れている女性の一人だ。
「私がオースティン様を良く知らないからこう思うのかもしれないのだけれど、グレースとは合わないのではないかしら?」
「えぇ? 私は合うと思うわ」
ケイトの言葉にヨランダが否定をした。スカーレットもオースティンと仲が良い訳ではないので、どちらとも判断出来ず無言を貫く。それを確認してケイトはグレースを見つめる。
「運命ではなくとも、何かは引っかかるはずなのよ。私もサージさんを何とも思っていなかったのだけれど、今思うと最初から引っかかっていたの。グレースはオースティン様が一切引っかからないから動けないのでしょう?」
ケイトに指摘されグレースは納得するしかなかった。いくらオースティンとの未来を想像しようとしても何も浮かばないのだ。むしろアレクサンダーの方が想像出来る。ただしこちらは夫婦というより同士のような感じで、家族とは思えないのだが。
「グレースは流される性格ではないもの。考えたけれど無理でしたと断ればいいのよ」
「オースティン様を断っても、ジミーとは結婚しないわよ?」
「兄は恋愛に向いていないから仕方がないわ。ただ、グレースが幸せにならない結婚をするくらいなら独身でいて欲しいのよ。我儘でごめんなさい」
ケイトは我儘と言っているが、本心はグレースを心配しているのだろう。ケイトもまたサージと婚約をした事で成長しているのだと思うと、グレースは自分だけ成長していなくて悔しい。しかしまだ成長出来る時間は十分にある。その時間は有限なのだから、答えの出ない悩みを抱え続けるのは良くない気がした。
「元々私は生涯独身のつもりで女官見習いを始めたのよ。不幸な結婚なんてするはずがないわ」
グレースは笑顔でそう言った。それを見てスカーレットも微笑を浮かべる。
「良かった。久々にグレースの笑顔が見られた」
「私は笑顔が多い方だと思うけれど」
「最近グレースが心から笑っていない気がして心配していたの。ね?」
スカーレットの呼びかけにヨランダをケイトも頷く。今日の茶会はどうやら自分を励ます会だったらしいと気付いてグレースは恥ずかしそうに微笑む。
「いつもと立場が違うとむず痒いわ」
「世の中持ちつ持たれつなのよ。私が悩んだ時も励ましてね」
「勿論よ、ヨランダ」
相談が難しいと思っていたグレースだが、前回ジェームズの恋文もどきを見せた事で動いてくれたヨランダ達に感謝をした。彼女は幼なじみとは長く付き合っていきたいと心から思った。




