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謀婚 平和な次世代編  作者: 樫本 紗樹
公爵令嬢と侯爵令息

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相談するのは難しい

「グレースは本当に覚えるのが早いわね」

「ありがとうございます」

 グレースは女官見習いとして、現在の王妃の執務内容についても教えてもらっていた。女官四人で取り仕切っている内容を、彼女は二十日でおおよそを把握していた。エドワードがナタリーの負担が増えないようにと最低限に減らしているとはいえ、誰にでも出来るものではない。

「これなら私達が休んでもグレース嬢が補ってくれますね」

「グレースはあくまでもパウリナ殿下の女官なのよ。それにこれからパウリナ殿下を迎える準備が増えるのだから彼女に余計な負担はかけないで」

「冗談ではありませんか。王妃殿下は真面目過ぎますよ」

 王妃の執務室の空気は穏やかである。グレースはナタリーが嫁いできた当時を知らないが、誰もが受け入れた訳ではないだろうと容易に想像出来る。表向きは友好国でもお互い敵国と認識していた国から嫁いできたのだ。パウリナとは条件が違う。

「王妃殿下が嫁がれた当時の女官も四人だったのでしょうか?」

「えぇ。ただ当時は前王妃殿下もその前の王妃殿下も公務をされていなくて、何も期待されていなかったから気楽だったわ」

 ナタリーは微笑む。レヴィ王国は男性社会なので、王妃の公務は元々多くはない。だからこそ二代続いて王妃が公務をしなくても特に問題はなかった。彼女は王太子妃でありながらも少しずつ王妃の公務に携わっていき、今では誰もが彼女を王妃と認めている。

「それではいずれあと三人選ばれるのでしょうか?」

「それは決めかねているのよ。私が王妃である間は私が公務を全うするつもりだから」

 ナタリーは自分の育った環境が良くなかった為、公務をしている方が楽だとさえ思っていた。しかしパウリナは甘やかされて育ったと聞いている。現在ヨランダが担当している分くらいなら何とかなるだろうが、全てを任せるのが難しいような気もしていた。

「今はこの五人で対応してもいいとも思っているの。年齢が近い女性がもう一人いた方がいいかもしれないけれど、誰にするかと言われると難しいのよね」

 ナタリーも色々と考えてはいるのだが、どうにも適任者が見つかっていない。むしろグレースが立候補してくれて安堵していた。グレースよりも社交性の高い若い女性をナタリーは知らない。

「現在未成年の女性で適任者がいるかもしれません。私も念頭に置いておきますね」

「そうしてくれると助かるわ。もうこちらはいいからヨランダの方をお願い」

「わかりました。それでは失礼致します」

 グレースは一礼をすると王妃の執務室を後にしてヨランダの部屋へと向かう。アリスから引き継いでヨランダは頑張っているのだが、頑張り過ぎているのではないかとナタリーは心配していた。それをわかっているので、グレースもナタリーの言葉には従うようにしている。

「あぁグレース。ねぇ、こっちに来て」

 部屋に入るなり、ヨランダはグレースをソファーに座るように急かした。ヨランダの隣に座っているスカーレットは困惑の表情だ。グレースは一体何だろうと思いながら、ヨランダの向かいに腰掛ける。テーブルには色とりどりの毛糸が置かれていた。

「子供達に襟巻を編んであげようと思うのだけど、どうかしら?」

 ヨランダはきらきらと瞳を輝かせているが、グレースは頷けない。毎月通っているのだから児童養護施設に何人いるか把握しているはずなのに、目の前の毛糸では到底足りていなかった。

「ヨランダは編み物の経験があったかしら?」

「ないわ。昔お母様が編んでくれたのが嬉しかったから、今からやれば冬に間に合うと思って」

「ヨランダは五十人分を編むのにどれ程時間がかかるかわかっているの?」

 ヨランダはグレースの言葉を聞いて、助けを求めるようにスカーレットを見た。

「レティも手伝ってくれるわよね?」

「施しはしない方がいいとアリスは言っていたわ」

 スカーレットの言葉にヨランダは不機嫌そうな表情を浮かべる。

「毛糸と編み棒を持っていって希望者と一緒に編むのならいいと思うわよ。その方が子供達も喜ぶのではないかしら?」

 端切れを自分達で縫い合わせて服に仕立てている子供達もいる。その子達には完成品を贈るよりも編み方を教えた方が将来役に立つだろう。問題は端切れと同じように毛糸が入手出来るかの方だが。

「毛糸の価格は調べたの? そうだ、糸を紡ぐならは子供も楽しんでくれるかも」

「糸を紡ぐ?」

 ヨランダはグレースの言葉が理解出来ない様子だ。王女が身に纏っている物がどうやって作られているかなど、見る機会はないだろう。しかしスカーレットは理解した。

「羊毛も端切れのようなものがあるのかしら? そもそも染色をするのは羊毛の状態か毛糸にしてからか、どちらなのかな」

「どちらも出来そうだけれど、私もそこまでは知らないわ」

「待って。私が理解していないのに、二人で進めないで」

 ヨランダは手を広げてグレースとスカーレットの視界を遮る。

「私の公務だとわかっているの?」

「ヨランダが五十人分の襟巻を編むのに睡眠時間を削って体調を崩したら大変だから代案を考えているの」

 ヨランダはこの公務を始めた時、無理をして体調を崩していた。ナタリーが不安にならないようヨランダには無理のない範囲で公務をしてほしいとグレースは思っている。ヨランダもグレースが受け入れてくれなかった理由を理解して項垂れた。

「何かしてあげたいという気持ちだけでは難しいのね」

「ヨランダのその気持ちはとてもいいと思うわ。ただ無理のない範囲で考えましょう」

 グレースに優しく言われヨランダも頷く。スカーレットはほっとした表情を浮かべた。多分グレースが来る前からこの話をしていて、どう止めればいいのか悩んでいたのだろう。

「糸を紡ぐとは何をするの?」

「羊毛はわかる?」

 グレースの問いにヨランダは首を横に振る。王宮の近くには森もあるのだが、グレースも羊を見た記憶がなかった。羊が生息している場所を問われても答えられない。

「まずは羊毛からね。使用人にお願いして手配するわ」

「羊毛は暖かいから羊は寒い地域にいそう。メイネス王国には生息しているのかな?」

 スカーレットも羊毛の産地がわからず疑問を口にする。それを聞いてグレースは笑顔を浮かべた。

「メイネス王国にあるなら、パウリナ殿下が引き継いだ時によさそう」

「待って、毛糸の案は私の!」

「そうね。この案は近日中に固めましょう」

 グレースの言葉にヨランダも嬉しそうに頷く。グレースは忘れないようにと手に持っていた帳面を広げた。その時、便箋がひらりと床に落ちる。グレースはそれに気付かず走り書きをし、その間にスカーレットがその便箋を拾った。

「グレース、落としたわよ」

 グレースが書き終えて帳面を閉じた時、スカーレットは便箋をテーブルの上に置く。

「もしかして恋文?」

 ヨランダがにやにやしながらグレースに問う。相談しようと持ってきたものだったがグレースはすっかり忘れていた。しかしこれもいい機会だと思いヨランダに便箋を渡す。

「恋文に見えるか判断してもらえる? レティも見ていいわ」

 冗談のつもりが本当だったのでヨランダは驚いたものの、楽しそうな表情で便箋を開いて読む。しかし読み進めるうちに真顔になり、無言でスカーレットに渡した。スカーレットは困ったような表情でそれを受け取り、読み終わると何とも言えない表情を浮かべた。

「グレースは恋愛結婚しかしないと知らない人からの手紙?」

「ジミーだけど」

 グレースの冷めた返答にヨランダは何の表情を浮かべていいのかわからなかった。求婚をしたのは知っていたのだが、恋愛結婚しかしないと公言している人間に贈る手紙ではない。

「これはグレースを良く見ているからこそ書ける文章だと思う」

「レティ、ジミーの味方をして何の得があるの?」

「私も恋愛とは何かよくわからないから」

 そう言いながらスカーレットはグレースに便箋を返した。

「結婚したのに?」

「うん。ただグレンが私にとって一番大切な人なのは間違いないよ」

「はいはい、ご馳走様」

 グレースは笑顔でそう言いながら帳面に便箋を挟む。別になくしても構わないが、王宮の中で落として万が一近衛兵にでも拾われたら厄介なので王宮内からは持ち出したかった。

「まだオースティン様の方が可能性はあるかなと思っているの」

「いいと思うわ。オースティンとグレースは似合うと思う」

 ヨランダにそう言われてもグレースには似合うかどうかわからない。それでもここで否定しても仕方がないので笑顔で頷く。

 相談するのは難しいと思いながらグレースはヨランダの部屋を後にした。

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