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最強勇者の異世界短期出張

作者: 九路 満

(問題発生じゃ)

 前触れなく頭の中に声が響いて思わず後ろを振り向いてしまった。


「おいっ、(めぐる)‼︎試験中に堂々と後ろを見るな!」


「いや、虫が首元に飛んできたもので。すいませんでした」

 素直に謝るとそれ以上のお咎めはなかった。


(じじい!いつもいつも急に頭の中に話しかけてくるな!)


(ほーう。お前さんいつからワシに意見できるようになった?神じゃぞ?ワシはお前さんらを作り出した神じゃぞ?なーんだか間違えて終末の日でも到来させてしまいそうじゃな〜)


(このクソじじい……。わかった、もういいから、さっさと要件を言いやがれ)


(まったく、いい加減悪態つくのをやめて最初から素直にワシを敬って話を聞かんか。今回はこの世界から千ほど離れた配列の世界、ラノスで問題発生じゃ。廻、お前さんが救いに行け)


(ったく、毎度あんたの作った世界は問題しか起きねーじゃねーか。それにたまには他の奴にやらせろってんだ)


(アホタレ!お前さんに力を与えすぎたせいで他の者に力を与えられないんじゃろうが!お陰で今は力を蓄えねばならなくなったわ、世界の理に介入するには莫大な力がいるんじゃ!ええから黙ってさっさと救いに行けー!)


(この、じ――)

 有無を言わさずじじいは俺の転送を始めた。じじいの力で繋がった2つの世界、此方の世界と彼方の世界の境界を通ると封じられた力の鍵が開く音がした。


 目の前には薄暗く赤みを帯びた空が一面に広がっている。身体を起こして辺りを見回すが見える範囲は荒れた果てた荒野で何一つ目につくものがない。


「あのじじい、こんな荒野の真ん中で何をしろってんだ。しかも制服のままじゃねーか」

 立ち上がり服についた砂埃を手で払うが、急に吹き始めた強風により巻き上がった砂埃が際限なく衣服を汚す。


 吹き荒れる砂埃の中を遠くから、何やら馬に乗った人の集団らしきものが此方に向かって来るのがわかる。


「廻様でございますか?」

 先頭の馬上からの問いに俺は敢えて無言を貫いた。


 全員が揃って同じ鎧に同じ剣を腰に差し、揃いの装備をした馬に跨がる集団がどこぞの騎士であることは一目見てわかった。馬から降りた1人が近づいて来る。


 他の者とは違い豪華な装飾を施した鎧を着たその男は俺に(こうべ)を垂れて話しかけてくる。一見してこの男が隊長である事は分かった。


「申し遅れました。決して怪しい者ではないのです。私は神を崇める教団【神星教団】騎士団隊長のメシスと申します。廻様の事は神託により存じておりましてお迎えに上がったしだいです」


「……ああ、はい。どうもです。えーっと、ワタシハメグル、カミノツカイ、ワレワレナカマ、ナニニコマッテマスカ?」

 救いに向かう世界には前もって、じじいが神託をくだしているせいで、毎度この手の案内人が現れる。


 今までの経験上、素直に神の使いとやらを演じた方が時間短縮に繋がるのは折り紙つきだ。あの忌々しいじじいの使いと認めるのは断腸の思いではあるがここは甘んじて受け入れよう。そう、早く帰るために。


「我々のためにわざわざ御足労頂きまして、感謝の極みでございます。この様な荒れ果てた荒野でお待たせをしてしまい申し訳ございません。教団本部にて神の使いであらせられる廻様の到着を祝う宴の準備が出来ております。


 お話はその宴でお(くつろ)ぎしていただきながら聞いて頂ければ幸いです。早速ですが参りましょう。移動には、是非とも私の愛馬であるスタイナーにお乗り下さい。


 我が愛馬スタイナーの血統は、遡れば数百年にも及ぶと言われておりまして、始まりは我が【神星教団】創設の際に尽力したと言われております。剣鬼メシス様の愛馬が先祖と言われてます。


 おっと、何故剣鬼様のお名前と私の名前が同一なのかと思いましたね?自慢話のようになるのですが、実を申しますと私の一族は剣鬼様の血を受け継いでおりまして、それ故に当主に就任した際には名を受け継ぎまして、先祖から脈々とメシスの名を背負わせて頂いているのです。


 これは申し訳ありません。少々話が長くなってしまいました。続きは是非とも宴の席にて話させていただきます。それではそろそろまいりましょう。


 なぁに、我が愛馬スタイナーと我が騎士団の騎馬にかかれば、教団本部まではほんの2時間ほどで着きますので」


 とりあえず、長い。こいつは何を延々と聞いてもいない情報を話してるんだ?宴なんて行くはずがないだろう。こっちは帰る事しか考えてないんだよ。とは口には出さない。


「オオ、ソレハカンシャノキワミ。ですガ、イマコノシュンカンニモオコマリノカタハイルハズです。ハヤクカイケツシタイノデ、オコマリノナイヨウヲオオシエクダサイ。カンケツニ」


 俺の話を聞くなり隊長を筆頭に嗚咽を吐きながら号泣する騎士団。地獄と言っても過言でない不可神の異世界デランドラでの長きに渡る戦いの最中でさえ一歩も後退したことのないこの俺が、そのあまりに奇怪なおっさん達の号泣に後ろにたじろいでしまった。


「我々騎士団一同、あまりの感動に涙が止まりません。廻様、まさにあなた様こそ神の使い。我々などの為にそこまで献身的に尽くして下さる上、下々である我らに対して同じ目線でお話くださるなんて。


 わかりました。恥の話ではありますがどうかお聞きください。


 実は我らの世界、ラノスに君臨しておりました勇者様がお命を落としてしまったのでございます。その為、魔王の侵攻を止める術を失った我らにはもはや神に助けを乞う以外の方法がありませんでした。


 神の使いであらせられる廻様には、大変心苦しいお話ではありますが、どうか魔王を討ち滅ぼし、平和なラノスを取り戻して頂きたいのでございます。


 勇者様が亡くなってからと言うもの、我々人類は防戦が続いております。元々人類の領土であった土地の4割が既に魔王軍の手に落ち、死者に至っては総人口の5割近くもの命が魔王軍の手により散りました。


 敵の数は1000万にも達しています。そして奴には12翼と呼ばれる魔王に次ぐ強さを誇る12人の側近が仕えており、魔王城及びその周辺の領地に立ち塞がっている事もあり、魔王城は元より周辺の領地に近づけた者も勇者様以外は誰1人としていません。


 そんな劣勢の状況の中、神の使いであらせられる廻様にお力添えをして頂かなければならず、大変心苦しいです。勿論、我々騎士団はもとよりラノスに在る全ての国から精鋭を集めた軍隊も共に戦います。


 その数は100万と魔王軍に比べれば少数ではあります。ですが皆、命を賭す覚悟は既に出来ております。どうぞ思うがまま我らを手足の様にお使いくださいませ」


 この世界の特長なのか、特性なのか。人の話を聞かないのか?それとも簡潔と言う概念すら無いのだろうかと思わずにはいられない。


 要は勇者が死んで魔王は生きてる。って事だ。句読点すら必要としない短文に一体幾つの句読点を用いれば、この隊長は満足するのやら。本当ならもう質問を終わりたかったが、勇者を倒した敵の情報は残念ながら必要だ。


「なるほど、皆様ご苦労を重ねられたのですね。それでは勇者様は魔王か側近に打ち破られたのですか?」


 さっきまで流暢に話していた隊長の口が(つぐ)んだ。後ろに控えた騎士団達もそれに合わせる様に顔を(うつむ)かせた。勇者の悲劇を思い出していたかのように。


 ようやく意を決したのか隊長が口を開く。


「いえ、勇者様は内から……」


 内。つまり身内の事か。いつの世も、どの世界でも、結局は敵ではなく仲間の裏切りが1番厄介なのだと再認識した。味方だと信じていた者に裏切られるほど非業の死はないだろう。


「……それは、お辛い最後でしたね。お仲間の裏切りに合うとはこれほど悲しい事はありません」


「裏切り?いえ、勇者様は腐った肉を食してしまい腹を下し、内から侵されそのまま帰らぬ人になったのですが」


 この野郎。危うく制裁と言う名の正拳が出る所だった。帰宅を最優先にしていなければ今からでも殴ってしまいたいが。拳を作りながらも堪えている自分を褒めよう。


 そしてなんでその世界を代表する存在である勇者ともあろう者の死因が食あたりなんだ。あのじじい、色々と世界創造した時のバランスがおかしすぎるだろ。そして食あたりで死ぬ勇者だけが近づけた魔王城の難易度が最早わからん。


「そ、ソウデスカ。ソレハオキノドクニ」

 精一杯の愛想で答えた。精一杯のだ。


 俺の怒りのボルテージと反比例するようにさっきまでの強風は止み、舞い上がった砂埃も晴れ周囲を見渡せる様になっていた。


「廻様、辛く長い戦いが待っている事は誰もが覚悟しています。そして強大な魔王軍に勝てる保証など無いことも。ですが何処までもあなた様に着いていきます。どうか我々騎士団にご指示を。いえ、我々全人類に」


「あー。……えーっと。なるほど。わかりました。それではとりあえず、魔王城の方角と距離ってわかりますか?」


「魔王城ですか?日の位置から計算すると、……方角はこちらの南南東でございます。距離は……そうですね、おおよそ800Kmほど離れていますね。


 ……もしや、今から魔王城に攻め入るおつもりですか?それはあまりにも無謀でございます。唯一魔王城を目にした、在りし日の勇者様がおっしゃっておりました。


 魔王軍はそのほとんどの戦力を常に魔王城に集めており、必要があればその都度、空間魔法によって軍を移動させているそうです。つまり魔王城には魔王や側近に加え、1000万もの大群が控えているのです」


 崇拝する神の使いである俺に意見するのはメシスにとって覚悟がいる事だったに違いない。それでも言うべき事を言った彼の事が俺は嫌いではなくなった。


 メシスの話を聞きながら念入りに準備体操をして身体をほぐす。いかんせん俺のスキルは少し使わないだけで力加減を忘れる。それに加えて身体への負担も少なくはないからだ。


「とりあえず最初は軽くにするか。【絶対なる恩寵(パーフェクトグレース)】10%解放」


 身体の表面を解放したエネルギーが、火花を上げながら電流の様に駆け巡る。解放したこの瞬間は何度繰り返しても慣れない。深呼吸を繰り返し身体の内にエネルギーを抑え込んだ。


「い、今のは一体?廻様、お身体は大丈夫でしょうか?」


「問題ないですよ。そうそう、俺からの指示は今後、魔族が仕掛けて来ない限り恒久的に争いは避けるようにしてください」


「何故ですか⁉︎それではこれまでに奪われた命は?領土は?敵討ちもせずのうのうと生きろとおっしゃるのですか⁈」


「指示を仰いだのはあなた方でしょう。納得がいかないのであればどうぞお好きなように。納得がいくまで血みどろの争いを続けてください。


 ただその場合は今後何が起きようとも神の救いは期待なさらない様に。あー、それとこれはお節介でお話しするのですが。


 あなたが知っているかは知りませんが、俺の今の指示はこの戦争の原因があなた方人類が、触らなくてもいい、触る必要のない藪を突いた結果である事を踏まえた上での指示ですので悪しからず」


 恐らく騎士団の隊長であるメシスでさえ知らされていなかったのだろう。人類が領土拡大の為にと魔王領に先に攻撃を仕掛け、魔王に口実を与えたことを。


 呆然と立ち尽くすメシスだが、彼なら俺の指示に従い余計な争いは続けないだろう。後はその他の利己的な者たちを彼らで止められるかだが、さすがにそこまでの面倒を俺はみれない。


 膝を曲げ脚にエネルギーを溜めて目的地に向かう準備をした。

「【神の流星(星になったじじい)】」


 脚に溜めたエネルギーを膝を伸ばすと同時に発するだけの技。所謂(いわゆる)ジャンプにエネルギーを掛け合わせただけだが、800キロぐらいの距離なら、1回の【神の流星(星になったじじい)】で十分届く。


 愚直そうな性格にかんにさわる長話が特徴のメシスと、その愛馬スタイナーが平和に過ごせるようにと不思議と願えた。勿論、神にでは無いが。





 魔族に気づかれない程度に離れた高台から見下ろしてみると、素晴らしく壮観だ。約1000万の軍団は流石にデランドラでもお目にかかったことはなかった。まぁデランドラでの1は一騎当千の1であり比較対象にすらならないだろうが。


 魔王城を中心に取り囲む形で配備された1000万の軍団により魔王城へ辿り着くには戦う以外の選択の余地は無さそうだ。


 指で輪っかを作り、その輪を通して視ることで発動する【神の右眼(じじいのめだま)】によって全てを見通した。


 どうやら魔王は勿論、メシアが言っていた側近の12人とやらも揃って城に集まっているのが見える。1000万の軍団の1人を基準に比べると、段違いで強いのがわかる。


 軍団の1人を1匹のアリに例えた場合、全ての格闘技は元より、暗殺術を習得しており、同じサイズの相手ならば触れずに倒せる程の念動力まで使えるすごく強いアリだ。


 さてさて、どうするか。魔族の類は厄介だ。彼らは恐怖心が薄いせいか危機的状況に陥っても恐れずに立ち向かってくる。よく言えば勇猛果敢だろうか。悪く言えば向こう見ずだろう。


 臆病な人類と足して、それを割って別の種族でも作れば丁度いい種族が生まれそうだ。全くもってじじいの創造には疑問と不満が尽きない。


 幾ら思考を巡らせても結局いつも行き当たりばったりなので、考えるのをやめた。魔王城の側の見晴らしが良さそうな高台に飛び移る。目視出来る範囲であれば【神の流星(星になったじじい)】を使うまでもない。


 スキルが解放された時の自分を果たして人類に分類していてもいいものかと我ながら思い悩む。魔王城のすぐ側まで来たのせいで、流石の彼らも侵入者に気づきざわめき始める。


 そして開戦の合図にピッタリな警報音が魔王城のそびえる地域一帯に鳴り響き魔王軍に臨戦体制をとらせた。


「あー、あー。えーっと、魔王軍の皆様こんにちは。こちら神の使いです。悪い様にはしないので、ここは一つ武装解除した上で投降してもらえないですか?」


 声帯に集めたエネルギーにより発した言葉を、俺が定めた範囲及び対象に伝える【神の囁き(じじいのたわごと)】を用いて話せば、警報音が鳴り止まない中でも相手に俺の声が届く。


 しかし俺の懇切丁寧な申し出は拒否された様だ。1000万もの魔王軍が一斉に笑い始め、その笑い声により、星が揺れるほどの地鳴りが聞こえた。


 魔王城から側近の12翼が飛び出して来ると軍団を鼓舞して全員が俺に向かってきた。


「やれやれ、やっぱりこうなるのか。流石に全滅はまずいよな、……仕方ない」


 赤黒い空に右手をかざしエネルギーを溜める。力が溜まるのに比例して空に黒雲が広がり、準備が終わった時には魔王城周辺の明かりが黒雲により遮られ暗闇が広がった。


「魔族が大好きな暗闇だぞー。えっ?暗くて見えない?わかったわかった。明かり行きまーす。少し眩しいから気をつけろー。【神の逆鱗(じじいのカミナリ)】」


 空にかざした右手からは神々しい光が発している。俺がその右手を振り下ろすと、空に浮かぶ黒雲から(おびただ)しい落雷が魔王軍に降り注ぎ、1000万の軍団はみるみるうちに消し飛びその数を減らした。


「……やばいな、計算より減ったなこりゃ。ま、まぁこんな事もあるか。どんまい俺」


 魔王城は傷一つなく残った、それに魔王も無傷で生きている。側近の12翼には悪いが彼らには1人残らず消えてもらった。勇者が不在の今、人類側には彼らに対抗出来る戦力がないのが原因だ。


 あとは残存200万程の魔王軍だ。本来もう少し残す予定ではあったが許容範囲内の誤差なので良しとしよう。流石の魔王軍もさっきの一撃を前に散り散りに魔族領の奥へ走り出した。


 残った全ての魔王軍が逃げ去るのを【神の右眼(じじいのめだま)】で確かめ、高台から飛び降りて魔王城の門に向かい歩いた。


 辺りを見渡して討ち漏らした生存者がいないか確認をしたが、どうやらその心配はなさそうだ。俺はどちらかと言えば平和主義者だ。だがやると決めた時には必殺を心がけている。


 無闇矢鱈(むやみやたら)に痛めつけるのは俺の趣味では無い。善人だろうが悪人だろうが、分け隔てなく誰でも死ぬのは怖いだろう。


 そう考えながらも数百万もの命を奪い、平常心を保つ俺はやはりどこかが壊れているのか、それとも何かを落としてしまったのか。どちらにしろデランドラでの戦いが俺を変えたのは間違いない。


 城門に着き、改めて聳え立つ(そひえたつ)魔王城を拝むとその大きさに圧倒される。俺が住む世界にも負けない建築物だが誰が作ったのか気になる所だ。


 どの異世界も魔族は基本的には好戦的で戦闘に特化している。しかし何故か訪れる異世界には毎度立派な魔王城なるものが建てられており、魔王が城で待ち構えている。


 とても彼ら魔族がこれほどの建物を建築できるとは思えないのだが。これもじじいの創造の副産物で、魔王が誕生すれば自然に地面から城が生えてくるのではないかと疑いたくなる。


 巨大な城門を押すと、予想したよりもすんなりと開いた。扉を開けた先には見渡す限りの魔王の間が広がっていた。看板もなく魔王の間と分かったのは遥か先で王の椅子に座り俺に殺気を飛ばす魔王が見えるからだ。


 遠くで座って動かない魔王に向かって歩を進める。しかしそれにしても、この城の作りには衝撃を受けた。もしも隠し部屋の類がなければこの巨大な城はワンルームなのだから。1000万もの軍団を率いる魔王のお宅がワンルームとは誰が想像するものか。


 魔王が魔王城に戦力を集中する理由はこのワンルーム城を見られたくなかったからではないだろうか。きっと魔王はまだ幼い頃に家に遊びに来た友達にでも言われたのだろう。


 お前んち区切られてなくね。なんて具合に。それからの彼は集いの度にその事をネタにされ、きっと魔王ワンルームや魔王ビフォーアフター進行中なんてあだ名をつけられ、それが原因で傷つき性格がねじ曲がった魔王が誕生したのだろう。


「なぁ、そうだろ魔王ワンルーム」


「何を言っている神の使い。我が名はエンキ、この世界を統べる存在、魔王エンキである。少しばかり神の力を使えるからと調子にのりおって、神の元に還してやろうか」


 近づいて見た魔王の身体は優に5メートルを超える巨体だった。さらに魔王は語気を強めさらに殺気を乗せて言葉を発した。どの世界の魔王も大抵こんなものだ。


「降参してこの世界に住む全員で平和に暮らす、ってんならあんたを滅するのを考え直してもいいぞ」


「……ハッハッハ!お前たち神に与する者たちはみな高慢だな。私はこの世界の王なのだ。異議は認めぬ、神の元に還れ!」


 魔王ワンルーム改め、魔王エンキの高笑いと叫びが巨大なワンルームに響き渡り城全体が揺れた。立ち上がった魔王エンキは傍に飾られていた巨大な剣を片手に持ち振り上げた。


「たち?……まぁいいか。【神の抱擁(じじいガード)】」

 全身にエネルギーを満遍(まんべん)なく(まと)うただそれだけの技【神の抱擁(じじいガード)】を念の為発動させた。全身を色付きの無い優しい光が包み込んだ。


 魔王ゼスタの巨刀は寸分狂わず俺に振り下ろされた。だが身体を覆う光の膜を打ち破れずに刃は止まった。今まで数多の攻撃を受けた経験から導き出した結論は生身で受けても問題なかった、だ。


「こ、こんなはずはっ。……私を舐めるな!死ねっ、死ねっ、死ねーー」


 魔王エンキは懲りずに繰り返し巨刀を振り回し切りかかってくるが、その斬撃はことごとく【神の抱擁(じじいガード)】に弾かれ続けた。


「魔王ワンルー、……魔王エンキ。そろそろ満足しただろ?今降参するなら、特別に許してやるけど。どうする?」


「許すとはなんだ。元々奴らが仕掛けた戦争だ!全人類を駆逐するまで終わる事などない。死ねっ、高慢な神の召使がー!」


 魔王エンキが投げ捨てた巨刀が、ワンルーム城改め魔王城の天井に突き刺さった。その衝撃により砕けた破片が降り注ぎ、辺りの床には瓦礫が散らばり足の踏み場が無くなりそうだ。


 魔王エンキが掲げた両手から放出されたエネルギーが巨大な塊となり頭上を埋め尽くした。巨大なエネルギーの塊は黒色の鈍い光で城内を照らし、更に止まる事なくその大きさを増していった。


「よく言うねー。あんたが送り込んだ魔族が、人類側の腐敗した権力者をそそのかして攻め込ませたくせに。人類から手を出させれば言い訳がたつとでも思ったか?


 歳をとってボケたじじいでも、そんぐらいのことお見通しなんだよ。あんまり舐めるなよ神を。……あー、忘れる所だった。最後に言っとくが、俺はじじいの下僕じゃねー!唯の派遣された勇者だ」


 近くの散らばる瓦礫から片手に収まる手頃なサイズの破片を拾い上げた。その破片にエネルギーを注ぎ込むと、太陽と見紛うぐらい神々しい光を放つ物体が出来上がる。


 あとは今、魔王が俺目掛けて放った巨大なエネルギーの塊と、魔王エンキ自身の両方を貫ける様に方角を調節すれば準備は万端、あとは投げるだけだ。


「【神の槍(じじいのモリ)】」


 力強く投げたそれは、見事に2つの目標を貫いた。神々しく輝いた【神の槍(じじいのモリ)】は通った軌道に光の線を描き宇宙の彼方に飛んでいった。


「いやー、やっぱり少し使わないだけで、力加減を忘れるな。まぁそれでも今回は世界に傷がついていないだけマシかな。なぁ、あんたもそう思うだろ?魔王ワンルーム」


 身体の中央に大きな穴が空いて絶命している魔王からの返答は勿論ない。俺は崩れ落ちた魔王に近付き、屈んで顔を覗き、開いたままの瞳を見つめた。


「だから降参しろって言ったんだよ、馬鹿野郎が。お前が求めた理想の世界を誰もが求めてる訳じゃねーんだよ。例えそれが誰もが心穏やかに過ごせる世界だとしても……。もう行くわ、あばよ魔王エンキ」


 城外に出るため城門に向かって歩いていると、開けたままになっていた扉の外に1人立っているのが見えた。近くと薄汚れたマントで身を包む子供が、涙を流しながら俺を睨みつけ肩を震わせているのがわかった。


 相手をしないように目を背けてそのまま横を通り過ぎたが、震えた声が俺を呼び止める。


「待て、……待てよ。なんで、なんで。魔王様はみんなのために。なんで、何にも知らないくせにこんな事するんだよ」


 一度足を止めたが、すぐにまた歩き出した。だが後ろから追いかけて来た子供が背後から腰にしがみつき、俺をこのまま行かせてまいと必死に声を上げるので仕方なく足を止め子供の顔を見た。


「何でか。それなら何で人の子供である君がこんなところにいるんだ?」


「違う!僕は魔族だ!魔王エンキの息子だ!」


「……そうか」


「許さない。絶対に僕はお前を許さない」


 まだ幼い子供の目だが、溢れた涙の瞳の奥に俺の姿がしっかりと映っていた。


「許さないか、ならどうする?脆弱な君になにができる?実行力を伴わない言葉ほど哀れなものはないぞ」


「うるさいっ!待ってろ、いつか。いつの日か僕がお前を殺す。絶対に!」


「それが君の選択ならそうすればいい。物事に絶対の正しさなんて存在しないんだから。そうだ、俺を殺すんだし名前ぐらい教えてくれよ」


「……僕は。僕の名前はギルガメッシュ。魔王エンキの息子ギルガメッシュだ!いつかお前を殺すその日まで、僕の名前を忘れるな」


 ギルガメッシュはいつの間にか、しがみついた手を離し、彼にとって強大な敵である俺に対して臆する事なく眼前にて啖呵(たんか)を切っていた。


「ギルガメッシュ。よく分かったよ。いつか殺しにくるその日まで達者でな。ギルガメッシュ」


 服の袖を使い涙を拭ったギルガメッシュは、その場を離れる俺を姿が見えなくなるまで見続けていた。





「おいっ、じじい。終わったぞ!さっさと帰らせろ」

 魔王城を離れ周囲に誰もいない事を確かめて、じじいに話しかける。


(いやいや、早すぎじゃろ。まだ送り込んで2時間も経っとらんぞ)


「早いに越したことないだろ。終わったんだからさっさと帰らせやがれじじい!」


(んー、その態度と言葉遣いはいただけんな。どうするかの、なんだかお前さんの性格が治るまで放置プレイでもしたくなるの)


「いい加減にしやがれっ!」


(ホッホッホ、冗談ではないか。お前さんは本当に冗談が通じん奴で困るわ。その短気が移る前に退散するかの、ではまた近いうちに仕事を頼むから宜しくのー)


「誰が手伝うかっ!この――」

 じじいの力で繋がった2つの世界、彼方の世界と此方の世界の境界を通ると力の鍵が再び閉められる音がした。


「クソじじいがーっ!」

 試験中の静まり返った教室内に立ち上がって叫んだ俺の声がこだました。勢いよく立ち上がったせいで机の上の筆箱が床に落ちて中身が散らばってしまった。


「……あー、廻。俺はまだ30代だ。それとお前、放課後職員室な。そしてさっさと筆箱拾って座れ」

 試験中に関わらず担当教師の言葉が終わると教室にドッと笑いが生まれた。


 熱くなった耳と顔が自分の赤面具合を教えてくれた。恥ずかしさのあまり一貫して俯いたまま筆箱を拾い席に座った。


(あーのーじじい。毎度毎度わざとやってんじゃねーのか?)

 残りの時間俺は一度も顔を上げることが出来なかった。


 試験の終わりを知らせるチャイムが鳴ると案の定クラスメイトが俺の席に次々に集まった。


「おいおい廻ー、クソじじいってなんだ。クソじじいって」


「本当だよー。おかげで今週で1番笑わせてもらったけどね」


 次々に笑いのネタにされたが、ただただじっと公開処刑が終わるのを待ち続けた。


 みんなが次の試験の準備を始めたおかげで、ようやく解放され一息ついていると、クラスでも目立たなく大人しい女子が1人で近寄ってきた。そして俺の席の前で立ち止まった。


「あ、あの。消しゴム。さっき落としてたよ神継(かみつぐ)君」

 さっき落とした筆箱の中身をどうやら拾い忘れていた様でわざわざ手渡してくれた。


「わざわざありがとう。確か有馬さんだよね?俺のことは廻って呼んでよ」


「うん、有馬で合ってるよ。……それじゃあ、廻君で」


「ありがとう。苗字あんまり好きじゃないんだよね」


「神継が?珍しいし、キラキラしててかっこいい名前なのに」


「何となくフラグが立っても困るからね」


「フラ、グ?」

気が向けば連載するかもしれません。

文章力・構成力等向上の為、ご感想や評価を頂ければ幸いです。


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