7話図書館
今回はギャグ回です。
怖くないですが、楽しんで頂けたら幸いです。
「"ラテン語の本"という話を知っているか」
そう問いかけてから彼女はある怪談を語った。
あるカップルが図書館へ行ったんだ。
彼女が調べ物をすると言う事で、彼氏の方はフラフラと図書館を散策していた。本棚達は規則正しく並んでいる。
それらを一列ずつ散策していると、ある本棚と壁の隙間が人一人通れるくらいの通路になっていることに気づいた。興味を持った彼氏は身体を押しこんで中へ入って行く。
すると通路の先にも空間があり、一列の本棚が置いてあった。そこの本棚は全て洋書のようだった。
その中でも一つの本に惹かれる。ラテン語で書かれた本だった。
その本は、豪華な本で皮のような表紙に海藻が絡まっているような装飾で魚類を思わせる本だった。
彼氏はそれを手にしてページを捲ろうとした瞬間、"駄目"という叫びと共にその本は取り上げられた。
いつの間にか後ろに居た彼女が怒ったような、恐怖したような表情を浮かべて本を取り上げていた。
彼女はその本を本棚にぐっと押し込むと、何も言わずに彼氏を連れて無言で車まで戻っていく。
車では気まずい雰囲気が流れて、その日はそのまま彼女を家に送って解散することとなった。去り際に彼女から今日の事は誰にも言うな、と釘をさされた。
それから、彼氏の身の周りで不幸が起こった。一ヶ月ほどしてから彼女が亡くなったのだ。海へ身投げしたらしい。
彼女の遺書には『我が神に捧ぐ』とだけ書いてあった。
彼氏はそれから、あの本の背表紙に書いてあったラテン語を調べるが答えが見つからない。
アレが何だったのかも分からず、彼女の死もあって途方に暮れた彼は海を眺めて日々を過ごしていた。
ただ、彼氏には彼女が自殺した原因があの本にあるのだと言う確信はあった。
彼氏もまた、崖から身を投げて海へ還りたい気持ちが止められなくなっていたから。
ーーー僕はユキタカさんと図書館に来ていた。
僕はレポートの宿題のため図書館に用事があり、暇だと言うユキタカさんも着いてきて怪談話をしながら暇を潰していた。
正直、非常に迷惑である。レポートの納期が迫っているから、こうして図書館に籠って調べ物に追われているわけで、横で怪談話などされたらレポートの内容が頭に入ってこない。
……それに、机を挟んで向かいに座られると色々と困る。
ユキタカさんは平日はタイトなスカートにシャツといった、かっちりした格好をしている。そのシャツのボタンが開けられすぎていて、彼女に机から身を乗り出されると自然と視線がそちらに向いてしまう。
しかも憎たらしい事にこの人はそれを分かってやっている。
彼女は、動く度に僕の目線が泳いでいるのに気づいて、ニヤニヤと笑いながら「どうかしたか?」と茶々を入れてきやがるのだ。
この悪女め。
「……その謎の本の力で、読んだ人間が海へ還りたくなって自殺するってことですか?」
僕はレポートに集中してるアピールで題材の本をパラパラと捲りながら真相を聞く。
「だろうな。人を惹きつける書物。本には書き手や読み手の思念が宿るとも言うしな」
ユキタカさんは机の下で脚を組み直しながらそう答えた。
「でも、人間にまで影響を及ぼす書物なんてそうそう無いですよね」
……おっと、消しゴムを机の下に落としてしまった。拾わないと。
「んー……そうだ。今からこの図書館でもそういった本が無いか探してみないか?」
「今からですか?というか、どうやって探すんですか?霊感とかありませんよ?」
消しゴムを拾い終えた僕は顔を上げてユキタカさんへ聞く。
ユキタカさんは僕の問に答える前に"鼻"と言ってポケットティッシュを寄越してきた。
人中の辺りを指で触って確かめると、赤い液体が垂れてきている。
「とりあえず古そうな本を見ていけば何かあるかもよ」
僕は受け取ったティッシュを鼻に詰めながら、とりあえず彼女の提案に乗ってあげることにした。
***
それから、2人で分かれて図書館の本棚を散策することになった。
この図書館はそれほど大きく無いので、全ての本棚を見ていくこと事態はそれほど大変でも無さそうである。
とはいえ、オカルトに関与していそうな書物なんて見当がつかない。
しらみ潰しに、背表紙の汚れている古そうな本を見てみるが、これといって怪しそうな本とは出会えないでいた。
背表紙を見るのにも飽きてきた頃、ボロボロの背表紙に外国語でタイトルが記された本を見つけた。見た感じ、英語では無さそうである。
近くで洋書を読んでいる女学生さんに聞いてみると"ラテン語の本"と教えてくれた。
まさかねえ……
ユキタカさんの怪談を思い出しながら表紙を確認する。白い紙材で造られた表紙で、装飾等もされていないものだった。
まあ念のために、と中身をパラパラと捲ってみる。何が書いてあるのか僕には分からないが、惹きつけられるような感覚や背筋がゾワゾワするような感じも特にしない。
ラテン語の本だからって、どれも怪異を呼び寄せるわけじゃないよな。
そう思って適当に捲っていると、最後のページに不思議な文字が浮かんでいた。
『K』
ページの隅に、手書きで一文字だけ書き足されている。ケイってなんだよ?
「何か面白い本は見つかったか?」
声のする方に振り返ると、ユキタカさんが古そうな本を持ってこちらの様子を伺いに来ていた。
「向こうの棚に"ラテン語の本"があったからさ、一応確認してみたんだけど特に違和感は無かったわ」
そう言って彼女はボロボロの洋書をひらひらと振っている。
もしかして……。
僕はユキタカさんに「ちょっとそれ」と伝えて、彼女が持っている洋書を受け取る。
……最後のページに手書きで『R』と書かれていた。
これはただの落書きではないんじゃないか?
ラテン語の書物にアルファベットのメッセージ。誰かが意図して残した文字だ。
ユキタカさんに僕が気付いた点を伝える。
「ーーー確かに、どちらにもアルファベットの落書きがあるな。しかも落書きされている書物には共通点が二つ」
共通点が二つ?ラテン語の書物という点が共通しているのは分かるが、もう一つは?
気付いていない僕に向けて、ユキタカさんが開いた本の一部を指差した。彼女の指先は貸し出しカードを示している。
二つのカードを見比べると、借りた人の氏名を記す部分に『Y子』という不思議な名前が残されていた。
「この"Y子"だけが両方の本を借りている」
不思議な名を残したこの人がメッセージを残しているということだろうか。この人は一体何故こんなメッセージを……。
当初予定していたものとは違うが、Y子なる人物の残した暗号付きの洋書が"人を惹きつける書物"として僕の手の中に鎮座している。
「"Y子"とやらと"ラテン語の書物"。この共通点がある本を探そう。伝えたい暗号が見えてくるはずだ」
面白くなってきた。そう言ってユキタカさんはニヤリと笑った。
***
それから僕達は、図書館に設置してあるパソコンでラテン語の本を検索した。検索結果から、ラテン語で記された本はそう多くない事が分かったので、それぞれの本を確認して"Y子"が借りていないかを調べていった。
全ての本を確認した所、先程の二冊以外にも五冊の本にこの名が記されていた。全部で七冊の本が僕らの座る机に広げられている。
それらの本の最後のページを見ると、六冊にはアルファベットが一文字ずつ刻まれていた。
ただ、最後の一冊だけが奇妙で、アルファベットと併せてもう一言単語が記されていた。
全ての文字を書き出すとアルファベットが『K、R、E、I、A、G、O』の七つ。それに加えて『和風月名』という単語が一緒に刻まれている。
「どういう暗号なんでしょうか?」
僕なりに頭の中であれこれ考えてみたが答えらしき物が見つからず、ユキタカさんに訪ねてみる。
「んー、何だろう。何か規則性があるんじゃないかな」
ユキタカさんも考えているようだが、それらしい解は思いついていないらしい。
何だろう。アルファベットに和風月名……和風月名?……あ、待てよ。
ケータイで和風月名について検索する。
和風月名。旧暦で使っていた月の和風の呼び名。これだ!
「ユキタカさん!これ、暦の月が関係しているんですよ!」
「なるほど。ということは本が借りられた日付の順に並び替えればいいのか」
僕はそれぞれの本の貸し出しカードを見て、"Y子"が借りた日付が古い順番に本を並び替えて机に置いていく。ユキタカさんは、僕の後ろで暗号の並び替えを見守っている。
……できた!貸し出しの古い順に並び替えると『E、R、O、G、A、K、I』となる。
EROGAKI……ん、エロガキ?
エロガキって、エロいガキのことか?
どういう意味なのかと考えながら鼻を掻くと、赤い液体が染み込んで乾燥したティッシュが鼻腔から抜け落ちた。
ーーーちょっと待てよ⁉︎
後ろを振り返る。ユキタカさんはそっぽを向いている。彼女の横顔を覗くと、イタズラをした子供のように舌を出していた。
「……ユキタカさん?」
「Y子は私だ」
ちょっと!と叫ぶと彼女はケラケラと笑っていた。
「ラテン語の本なんて借りたんですか?」
「読書が趣味でな」
「何でY子?」
「ユキタカの頭文字に、何となく"子"付けただけ」
「このアルファベット達はいつ書いたんです?」
「本を探してるフリして、その間に書いてた」
ユキタカさんは鉛筆をくるくる回して自慢げにそう答えた。彼女が回しているのは僕の筆箱から盗んだ鉛筆だった。
完璧にハメられた。ユキタカさんがイタズラで仕組んだ暗号ゲームだったのか。
「間違ってはいないだろう?その暗号」
そう言って彼女はスカートの裾を掴んでヒラヒラさせながらおちょくってくる。
「酷いですよ。人が一生懸命考えてるとこ見てバカにしてたんでしょ」
「うん。笑い堪えるのに必死だった」
そう言いながらもユキタカさんはまだ笑っている。腹痛いとか言ってるし。
やっぱりこの人は悪女だ。拗ねるぞこの野郎。
「そう拗ねるなよ。飯でも奢ってやるから」
食べ物で釣って誤魔化そうったって、そうはいくもんか。
ユキタカさんは悪女だ魔女だと呻いている僕の肩を叩いて「何が食いたい?」と聞いてきたので「ラーメン」とだけ答えておいた。
それから、ユキタカさん一押しの美味しいラーメン屋さんに連れて行ってもらった。
ラーメン屋に入ってからは、先程の事も忘れて美味い美味いと連呼する僕を見て「可愛い奴め」と彼女は笑っていた。
……彼女のイタズラには腹を立てたが、こうやって一緒に過ごすことも幸せなのかもなと僕も感じていた。
茶化されるのは元来好きではないけど、彼女の笑顔が見られるのは嬉しい。
そのまま楽しい一時を過ごした僕は、当初の目的だったレポートのことなんて忘れ去っていて、結局単位を落としたのだった。