6話壺 2/2
ユキタカさんの語りが続く。
その神社には古くから神主がいないため、近くにある別の神社の神主が手入れをしていた。
神主は件の神社へ度々赴いては、社の掃除を行っていた。
ある日、神主がいつも通りに手入れをしていると床の一部が抜けてしまった。どうやら、床板が腐っていたらしい。
いい機会だから床板を変えるか、と業者に連絡を入れる。程なく、業者が到着し床板の取り替えを行っていると、床下に手掘りの階段が発見された。
作業に立ち会っていた神主も、この神社に地下室があるなんて聞かされておらず驚く。
その後、神主と業者は話し合って一緒に地下室を見に行くことにした。古い神社だと、地下に遺骨が保管されていることがあるからだ。
土を固めただけの階段を下りると扉もなく、暗い空間が広がっている。ライトで中を照らす。
土がむき出しになった床には壺が一つ保管されていた。
暗く、はっきりとは見えないが黒と白の模様が入っているようだ。
業者にライトを渡し、神主が壺を拾い上げる。
壺の感触がおかしい。陶器のざらざらとした感触や、つるつるとした感触ではない。細い紐が幾つも巻きつけられているような感触。
神主は不思議に思ったが、とりあえず地上へ持ち出すしかないだろうと業者に呼びかけて一緒に戻ることにした。
その時、地上からの明かりで壺の全体がはっきりする。業者と共に壺を見て、二人の動きが止まった。
二人とも見てはいけないとでもいうような、引き攣った顔をしている。
髪だ。紐だと思っていたのは人間の髪。白い壺に、長い髪が幾つも幾つも巻きついている。
髪は壺の内側から出ている。壺が真っ黒になるほどに。
地上に戻った神主は
「これは、あってはいけないものだ。そう感じる。他言無用にしてくれ」
と持ち帰った。
それから数日後、業者の下に神主から電話が入る。
「私は近いうちに死ぬ。もしかしたら、君にも悪いことが起こるかもしれない。しかし、私にはどうすることもできない。多分他の人に頼っても無理だ。捲き込んですまない」
いきなりの電話だったが、業者はすぐに理解した。
あの壺のことだ。神主の電話越しの声色からして、本当にどうしようもないのだろう。
どの道、業者には頼る宛ても無く、あの壺の現在の在処も知らない。やるせなさい想いが彼の腹の中に残るだけだった。
ーーー電話から数週間後に、神主と業者が自宅で亡くなっていたのを発見される。
最後までもがき苦しんだ跡と、口から髪の束を吐き出している状態で。
「亡くなった業者の同期から聞いた話だ」
ユキタカさんが話を締め、一服する。
「か、髪ですか?」
皆が静まり返っている中で、つい口を開いてしまった。
「ああ、業者本人から聞いたって言ってたよ」
「その後も、壺を見た人は不幸な目にあったらしい。業者の死体を発見したのは同期の人だったらしくてな、彼もチラッと見てしまったらしい。何故か業者の死体現場に置いてある壺らしきモノを。」
「……話してくれた彼の左手の指は三本しかなかった」
タバコを消すと、ユキタカさんが鞄を開いた。中からは黒いビニール袋の塊が出てくる。袋の周りはびっしりとお札。
まさか。
「じゃあ、皆で見ようかーーー」
あの後、女の先輩が悲鳴を上げて倒れてしまったので、結局袋の中身を拝見することなく、飲み会はお開きとなった。
「根性なし共め」
ユキタカさんは家に送る最中、ずっと愚痴っていた。あれくらいで、と。
「自分に不幸が降りかかると思うと、皆怖くなりますよ」
「お前は見たくないのか?」
ユキタカさんから問われる。僕はどうなのだろう。あのまま、ビニールの中を覗くことになっていたら。
ユキタカさんが鞄を渡してくる。「見てみろよ」と言いたいらしい。
心臓の音が速くなる。それでも、僕の体は熱くなるのではなく、むしろどんどん冷たくなっているように感じる。
不幸になる。もしかしたら、死ぬかもしれないというのに自分から見ろというのだ。一瞬、自殺する人の気持ちってどんなものなのだろうと考えたが、すぐに消える。
僕は自分の人生に満足するとまでは言わないまでも、面白おかしく過ごしていると思っている。ユキタカさんと知り合ってからは、特に。
そんな、普通では知りえない異質な世界を教えてくれた張本人は、目の前で鞄を突き出している。
僕は、慕っているこの女性に「死ね」と言われているように錯覚する。いや、試されているのか。
鞄を受け取る。今ならまだ間に合う。「僕には無理です」と断ればいい。
怖い。壺が怖い。それ以上に、何よりも僕が恐れているのは、自分自身にだ。
死ぬのが怖いとか試されているからとかそんな気持ちとは程遠く、僕は願ってしまっている。見てみたいと。神主が、この世にあってはいけない物だと言う程の壺。そんな不吉の塊のような存在を、純粋に見てみたいと思ってしまっているのだ。
鞄を開く。頭の中では、正常な僕が悲鳴を上げて拒んでいるのに、狂った僕が悲鳴を上げて喜んでいる。
ビニール袋が、深夜の道路で暗く灯っている街灯に照らされる。僕は死にたいのか?
お札が幾つも貼られたビニールの口を開く。この中に壺が……。
瞬間、景色が暗転し、視界が霞む。ユキタカさんと連れ添って道路に立っているはずなのに、地面から浮いているような錯覚を起こすーーー。
「そこまで」
とユキタカさんから鞄を取り上げられた。
「そんなに怖いなら、見なければいいのに」
言葉とは裏腹に、彼女はビニールに手を入れる。中身が見えてくる。
壺。しかし、壺であるが、彼女が語った話のように髪は巻きついていなかった。
偽物、とユキタカさんがつぶやく。
「本物が、こんな粗末な保管されているわけないだろ」
僕は地面に座り込んだ。腰が抜けたようだ。
「しかし、さすがだな。私が見込んだだけはある。中身を確認しようしてたとき、いい顔してたぞ」
満面の笑みだったよ、とユキタカさんがニヤッと笑う。
「じ、じゃあ本物は?あの話は嘘だったんですか?」
「いや、本当の話だよ。本物はもっと厳重に保管してあるんだよ」
「私の家で」
この日以降もサークルによる飲み会は開かれたが、ユキタカさんが招待されることはなかった。




