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1話首吊り死体の見る景色

僕が彼女と出会ったのは、大学二回生の頃の春だった。

 彼女は、三回生から振り分けられる研究室の中で僕が所属したいと思い通っていた研究室にいた。


 研究室にいたと言っても、学生でも教授でもない。先輩の話によると他大学で助教授をしているらしいのだが、それが何故かしょっちゅうウチの大学に出入りしているという。


 ただ、彼女の働いている大学についてはもちろん「ユキタカ」と呼ばれているだけで、フルネームすら同じ研究室の先輩たちは知らなかった。


 彼女は普段はウチの研究室の教授以外とは会話をすることもなかったのだが、ある日、僕が趣味で調べていた都市伝説の話を先輩にしている時に


「面白いヤツがいるな」


と話に入って来たかと思うと、そこから都市伝説話で盛り上がり、そのままの流れでまだ済ませていなかった昼食を共にすることになった。


普段は学食で済ませている身なのだが、

「外に食いに行こう」

とユキタカさんが言うので、彼女の車で学外へ出向くこととなった。


 昼から講義が入っているのだが、時間があるので大丈夫だろうと行き先も聞かずに助手席に乗り込んだ。


 彼女の車に揺られて、窓の外を何気なく見ていたのだが、気が付くと県境の山の麓まで来ている。

 こんな遠くまで来てしまったら講義は間に合わない。出席日数がヤバいのだが……。そう伝えてみたが、


「いいからいいから」


と僕の意見は無視されて車は峠を進んでいく。


 ちゃんと行き先を聞いてから同乗するんだったと軽く後悔していると、峠道の途中で車は止まった。

 目的地に着いたらしい。目の前には定食屋があった。


しぶしぶ車から降りると


「いいものを見せてやろうと思って連れてきたんだよ」


とユキタカさんに背中を押されて店の中に押し込められた。


「ーーーお前、都市伝説が好きなんだよな?」


 ランチを食べ終わり一服している彼女を見ていたら、そんなことを聞かれた。


「都市伝説が、というより怖い話や不思議な話が好きって感じですけどね」


答えた僕を見て、彼女はニヤッと笑い、


「じゃあ、こんな都市伝説は知っているか」


そう言って、愛煙しているマルボロを掲げて語り始めた。


 タバコのマルボロのパッケージは「Marlboro」の文字の下半分を隠し、ひっくり返すことで”M”と”lb”が二人の人の足のように見えるという。

 Mの方の足が短く見えることから、片方が首つりをしているように見え"白人が黒人の首つりを眺めている"という差別的な都市伝説があるのだそうだ。

 彼女は実際に指で文字の半分を隠す。


「初めて聞きました。そういう人の暗い部分を見るような噂は、あまり興味がないので」

「そうか。まだまだ人生経験が足りないようだな。」


 冗談めかして説教が返ってきた。

 ユキタカさんは微笑みながらまたタバコを箱から出し、火をつける。

 そのとき僕はふと思い出した。


「そういえば、いいものって何ですか?」


 それを見にここへ来たのだ。講義をサボるハメになった目的を忘れる所だった。


「ああ。見たいか?じゃあそろそろ行こうか」


 とタバコを消し、彼女は席を立って会計へ向う。この定食屋で見るのだとばかり思っていた。


 僕がぽかんとしていると

「行くぞ」

とユキタカさんが店から出て行くので、僕はついて行くしかなかった。


 彼女の後を追って店を出た後、車で目的地へ向かうのかと思っていたが、山へと昇るという。

 どうやら、この山に「いいもの」があるようだ。


 いったいこんな所まで連れて来て何を見せようというのだろうか。とりあえずユキタカさんの後をついて山道を登っていくしかなかった。


 ーーー山登りなんて何年ぶりだろうか。

そう考えながら景色を見渡す。

 この時期の山というのも綺麗なものだ。桜が満開だった季節は去り、青々とした葉を生やし始めた葉桜は見事なものだった。


 我ながら年寄くさいことを考えているなぁと自嘲気味の薄ら笑いをしていると"ここだ"と彼女が言った。


 そこから見える景色は今まで通ってきた山道とは比較にならないほど綺麗なものだった。

 まだ散りきっていない桜が山々にぽつぽつと散りばめられていて、僕はその景色にしばらく目を奪われていた。


 良いところですねっと言いかけて口を紡ぐ。

 彼女がこの景色を見に来たのではないと気付いたからだ。彼女は、山々の景観なんて見ていなかったのだ。


 自然と彼女の視線の先を追う。そこには一本の木が生えていて、彼女はこの木を見に来たようだ。


「この木がどうかしたんですか?」


「この木はな、首つり自殺の名所なんだよ。なぜだか分からないが、発見される死体はみな、この木を選ぶらしい。この木の上から見える景色は、そんなに綺麗なんだろうか」

そう彼女は語った。


 僕は"不謹慎なことを"と返そうとしたが、彼女の横顔を見て躊躇った。

 ユキタカさんは定食屋で見せた嫌な笑みからは想像できないような、憂いと羨望の混ざったよう表情をしていた。


「さっきの都市伝説の話、あれも首つり死体を眺めているんじゃなく、死体が眺めている景色を嫉妬しているのかもな」


そう呟いた彼女の言葉が今でも忘れられない。


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