第二の人生!?始まりの誓い
「……こんなのって……ありえないよぉ!!!!」
何事か、いや本当に何事なんだよ。
一瞬立ちくらみがしたと思えば、知らない部屋にいた。
シックで品のいい調度品、深い色をしたつやのある木で作られたテーブルや椅子、そして、目の前にはアンティーク調の大きな鏡があった。
鏡を見ると、6、7歳ぐらいの灰色のくせ毛で真っ黒な瞳の少女……と、その少女が着ているドレスの形を取りつつも袖の丈が足りず、パフスリーブと思しき肩の歪な塊がくっついた、スカートもほとんど膨らみのない(継ぎ接ぎすらある)ザ☆貧乏臭い服が目についた。
(誰、この子……?いや、この子って……私のような……)
そこで、私は前世を思い出した。私はかつて日本という国で17歳まで生きていたはず……だけど、交通事故で……。
あれ!?わ、私……死んじゃったの!?
嘘……これって、いわゆる「転生」ってやつ……?
それにしたって友達から引かれるほど勉強したテストを受けに行く途中で死んじゃうなんて最悪だ……!
「ナタリーお嬢様?」
「!?」
後ろからいきなり柔らかくしゃがれた声がした。振り返ってみてみると、質素な侍女服に身を包んだ年配の女性。
そう……彼女の名は……
「マリア、ちがうの、なんでもないの。」
「なにか気に障るものがありましたか?……やはり、ドレスのデザインですか?」
マリアが気の毒そうにこちらを見る。
(私は今何をしようとしてたんだっけ……)
前世の記憶を思い出す前の、「ナタリー」の記憶が蘇ってきた。
そうだ、いまから、「ナタリー」が楽しみにしていた「お披露目会」に行くんだった。
「……う……うん、まあ、この服でお披露目会に行くのは……。」
ナタリーは下級貴族・マクヴァル家の一人娘だ。そしてお披露目会というのはこの国で貴族の子弟が8歳になったとき、王宮へと集まりその存在を周知のものにするためのパーティであり、この国の貴族にとって結婚式や成人式と同じくらい大切なものだ。
(そう……大切なもののはず……なのに、)
「この服で……この服でなんか、お披露目会には行けないよぉ!!」
***
幼い体だからか感情が抑えきれず大泣きしてしまった……。は、恥ずかしい……。うう、目が痛い。久しぶりに泣いたなぁ……。
「お嬢様、落ち着きましたか?」
「ナタリー、すまないなぁ……。」
「お父様……。」
この方はナタリーの父であるマクヴァル男爵。ヒョロヒョロとして覇気のない父ではあるが、心優しい。そう、優しいのだ……。貴族の端くれとはいえコロッと簡単に人に騙されるくらいには……!
17歳の記憶が混じっていない、8歳のナタリーにも頼りないと記憶されている。
父親として、それはいいのだろうか……。
マクヴァル家の領地は、極小・僻地・貧栄養の三拍子揃った(なんなら寒冷の4拍子目すらある)最悪の土地だ。
だからこそ領主は賢くなければならない。……が、そのように育てる家庭教師を雇えるお金もマクレーン家にはないのだ。
「……お父様、このドレスの有様は?」
「そ、それはだな、先日辺境伯から南の森の利権を一ヶ月の間貸し出た代わりに、辺境伯の土地のラーナ滝……ああ、ナタリーは知らないよな。滝壺に魔力の多い素材が溜まる、ラーナ滝の利権を破格の値段で借り受けたのだ。」
(へえ~、魔力なんてものがあるのか……)
「……それがあたしのドレスにどれくらい関係があるのですか?」
「う〜む……それで、我々はラーナ滝で素材を取ろうとしているのだが、困ったことに素材が異様に少ないのだ。そのせいで採算が取れずお前のドレスを仕立てる金が無くてな……。館にあった物でどうにか私達で仕立ててみたのだがうまくいかず……。」
「……」
見積もりはしなかったのかよ。
この父親、大丈夫なの……?
***
そうしてお披露目会の日の前日を迎える。
私が前世を思い出してから少し時間があったので、ナタリーの記憶と私の記憶を合わせて整理することができた。
まず、日本で生きていた私は、優しく強い母と二人で暮らしていた。
母娘だけで生きるのは、少し寂しい時もあったし、辛いこともあった。
それでも私を育ててくれてたお母さんに報いるため、入らせてもらった高校で必死に勉強していた。
お金を稼げるようになって楽をさせたかったからだ。
私がナタリーとして暮らすようになってから時間が少し経ち、これは夢ではないと思うようになった。肌に刺さるようなマクレーン領の冷たい風がほおを掠める度に、マリアの声に夢からたたき起こされる度に、これが現実だと実感した。
日本では今頃、お母さんは一人娘の死に泣いているかもしれない。
お母さんの顔を思い出す度に、もっと親孝行すればよかったと後悔して、自然と涙が出てきてしまう。
終わったことを思い出しても仕方ない。悲しくなるだけだ。
ナタリーとこの世界のことについて整理しよう。
ナタリーは目元が可愛らしいが、それ以外は特に目立ったところはない女の子で、灰色の髪と黒い瞳もあってどちらかというと地味なタイプだ。
地味といえば、マクヴァル家の館は地味を通り越してボロボロだ。
夢に見るようなファンタジー小説とは違い、使用人はマリアを合わせて3人程度。
衛生環境だってひどいものだ。人手が足りず、高いところには埃や蜘蛛の巣があり、トイレは壺が置かれた薄い板張りの小さな小屋だ。(マクヴァル領の平民との違いは小屋の有無のみらしい。)
食べ物だって、貴族のように残すほどの量も無く、病気の野菜を塩水で煮込んだものとカチコチのパンのみ。これでも父親が少し分けてくれているが、育ち盛りのナタリーには少なすぎる。
しかし、この世界には魔法というものがあるらしい。
基本的に貴族しか使えないもので、ゲームのように使うことができるらしく、そこには少しドキドキする。
そうそう、お披露目会を経た子供は魔法についてのレクチャーを受け、15歳から入ることになる魔法学園の入学に向けて練習をすることになるらしい。
変なドレスで迎えるお披露目会だけども、小説みたいな世界観に浸れるかも!
それにお披露目会は王宮で行われるらしいから、久しぶりに美味しいお肉やスイーツも食べられるかもしれない!いっぱい食べてマクヴァル家のジリ貧生活を耐えなくては……。う〜ん、楽しみ……!
前世では若くして死んでしまったんだ。今世では思い残すことのないように楽しく生きていこう。
「あらお嬢様、良い笑顔ですね。」
「あ!マリア。ううん、なんでもないの。もうそろそろ出発?」
「ええ。そうですよ。……ナタリー様も少し大人びたみたいですねぇ。」
「あはは……。まあ、あたし、お披露目会に行くほどですもの。」
「うふふ。そうですねぇ。じゃあ馬車に乗り込みますよ。」
マリアに手を引かれて屋敷の外に出ると、白馬の馬車……!
ではなく、黒く塗られた木箱をくくりつけたような粗末な馬車があった。
うわぁ……。魔法に心躍ったというのに、なんだか夢を壊されるような……。
私達が馬車に乗り込もうとすると、
「おお、私のナタリー、気をつけて行くんだぞ。」
お父様だ。
う〜ん……こうやって娘のために走って出てきてくれる父親というのはいい父親ではあるのかもしれない。貴族じゃなくて、抜けたところがなければ、優しいだけのいい人なんだけどなぁ……。
「今年は第一王女殿下、公爵殿の次男様に辺境伯殿の嫡男様も参加するという稀な年だ。粗相のないようにしなさい。
マリア、ナタリーを守ってやってくれ。頼んだぞ。」
「承知しました。旦那様。」
マリアの手を借りて、8歳のナタリーにはまだ高い馬車の入り口に足をかける。
「お父様、行ってきます。」
「バシッ!」御者の鞭が馬に当たり、馬車が動き出した。これから私の貴族としての……新しい第二の生活がスタートするのだ。
そう思うと、胸の奥が熱くなるような気持ちがした。
***
ガタッ……グググ……ゴリッ
「……ま、マリア……馬車って……っうぁ!?……あ〜、馬車ってこんなに揺れるものなの?」
「私はマクヴァル家に生涯勤めてきた者ですので、これ以上の質の馬車には乗ったことがありませんが……道が整備されていて馬車も質のいいものならこれほどではないかと……。」
これでもマクヴァル家基準だと最高品質なのね……。
ああ……どうしてもっとお金のある所に生まれなかったの……。都会の平民のほうがまだいい暮らしをしていそうだよ……。
***
「ぅん〜!ついた!!!」
「ふぅ……思ったよりも長旅でしたね……。」
マリアも若干疲れの色が見える。わかる。ただでさえひどい乗り心地なのに、マクヴァル家の領地が僻地すぎて道のりが長すぎるのである。
一晩中走らせたけれども一睡もできなかった気がするよ……。
子どもが乗るにはあまり良くないのでは……?
「さあお嬢様、お披露目会の準備をしなくてはいけませんね。」
「ねぇ、マリア。どこで準備をするの?」
「生憎マクヴァル家の首都滞在別荘は手入れが行き届いておらず……まともに使えないのです。」
「ええ!?」
「私めの手が行き届いておらず、大変申し訳ありません。今回は、国王陛下が王宮の客室を特別に貸し出してくださるのですよ。旦那様……ナタリー様のお父様は心優しいお方ですから、陛下も親切にしてくださるのです。お二方には感謝しなくてはなりませんね。」
親切心というか……同情のようなものなのでは?
あとから知ったのだが、マクヴァル家は建国時から続く由緒正しい家なのだそう。王家もないがしろにできないのかもしれない。
まあ、ありがたく客室は使わせてもらおう。王宮の部屋!ふふ、楽しみだなぁ……。
***
前言撤回!!!
いや、確かに、確かに王宮の客室は素敵な部屋だ!だけれども、「王宮」というからには王族、そして王族に近しい大貴族が集まっているのだ……。
正式な貴族として認められるお披露目会のためにさらに着飾った彼らがウロチョロする場所で、このオンボロドレスを着て田舎者丸出しで王宮の装飾に目をキラキラさせて探索していた自分は、あのぼんやり父親に負けず劣らずのバカなのかもしれない。
事件はお披露目会中、人目を避けて廊下を歩いているときに起きた。
(この置物、ガラスで繊細に作られているけど紫色のキラキラがスノードームみたいにふよふよしててすごくきれい……。)
壁沿いに飾られている大小様々な装飾を、これまた壁沿いにへばりつくようにして見ていると、
ドンッ!
なにかにぶつかった。
「イタタ……、あ、だいじょうぶです、か……」
謝ろうとして前を見上げたとき、ハッとした。
(なんて綺麗な子なんだろう……)
目の前には、キラキラとした金髪で、サファイヤのような深い青色をした瞳を持つかわいらしい男の子が立っていた。
「あの……?」
沈黙。
男の子は驚いた表情をした後、戸惑った表情をして突っ立っている。
「あ、の、あたしはナタリー・マクヴァルと申します。」
とりあえず自己紹介。
男の子は目を丸くした。
「……マクヴァル家の……!すまない。僕はレインフィールド公爵家のアルベールだ。」
(!?こ、公爵家……?って、あの父親が言っていた、高貴な人たちのことだよね……?)
「おい、アルベール、どうした……って、使用人と話してんのか……?」
「ディナン!いや、彼女はマクヴァル男爵の……」
「ナタリーと申します。お目にかかれて光栄です。」
「ああ、あの貧乏な……にしたってすごい服だな……。」
んなっ!?いや、確かにそうだけど……。ちょっとひどくないか??というか、私が最初にアルベール様にぶつかった時に挨拶がすぐ返ってこなかったのは、あまりにもひどい服に、私が挨拶をすべき貴族なのか、使用人なのかがわからなかったのかもしれない。
「ディナン!!……ああ、失礼なことを言ってすまない。彼はヴェルガルグ辺境伯の嫡男のディナン。」
「!?」
(わぁお……ロイヤルなお二人が揃ってしまった。)
「マクヴァル家は……そうか、父上が取引をしていたんだったな。かわいそうに。」
辺境伯の息子、ディナンがつぶやく。
へえ、8歳にして、もう父親の事業について知っているのか。この世界の子どもは早熟なのかもしれない。
というか、辺境伯って、私の父親が森と滝を一時的に交換している取引相手だっけ。……そして、その取引で損しまくってドレスのお金が無くなった。
口ぶりからしてマクヴァル家をダシにして儲けていることを自覚しているのに、そのせいでボロボロになった人のドレスを馬鹿にしているのか、コイツは……!
「まあまあ落ち着けって、そんな百面相すんなって!」
ディナンが笑う。
やば、いらついてたの、顔に出てた!?
「……ディナン、そうやって人を馬鹿にするのはよくないんですよ?」
「へへ、ごめんって、アルベール。……なあ、マクヴァルのお嬢様、別になんも怒らないから、言いたいこと、言ってよ。」
「……じゃあ、どうしてあたしの、父が損をしたんですか?」
「ちゃんと聞いちゃうんだ。まあ面白いからいいや。それが知りたいなら、『精霊の通り道』についてよく考えてみなよ。」
何……。この馬鹿にされた感じ。
「ナタリー、すまないね。ディナンは意地が悪いんだ……。僕の友人が悪いことをした。僕たちはこれで失礼するよ。」
「あっ、おい!アルベール!」
アルベールに引きずられてディナン達がどこかに去ってしまった。
それにしてもいらつく奴ね、ディナンってお坊ちゃん……!
第一、私はこの世界について何もしらなのになんであそこまで馬鹿にされなきゃいけないの!?
……まあ、ディナンも8歳のはずなのによくもまああんなに物事を知っているのね……。
やっぱり、上位貴族だから、優秀な教師がいるのだろうか……。
なんか悔しい。大人げないかもしれないけど、すっごく悔しい!
私も勉強すれば、騙されることもなくなるし、ディナンや他の上位貴族の子弟に馬鹿にされないだろうか。
決めた、私は誰にも負けないくらいに勉強して、誰にも負けないくらい楽しく立派に暮らすんだ!!
はじめて転生ものを書いてみました。難しい。わかりづらいところが多いので、直していきたい。改善点などあればぜひコメントしてくださるとうれしいです!