キスについて
サンシャイン通りの裏のホテルを出ると、池袋の空はもう暗くなっていた。
「駅に向かおうか」
「うん」
ホテルに入るときは恥じらっていたレイコだけれど、今は周りを気にすることなく俺の腕に絡んでいる。
一人で買い物に来ていたレイコに声をかけたのは約五時間前。
最初は怪訝そうな表情だったけれど、話しかけると無視することはなく「うん」とか「いや」とか、リアクションがあったので、粘り強く言葉をかけ続けたら、一緒にお酒を飲むことになった。
それから口説いて、ホテルに入った。
ナンパされるのは初めてと言っていた。これも社会勉強だ。言うなれば俺は講師。
駅に着くまで、普段は何をしているとか、好きな音楽のこととか、他愛もない話をした。
さっきまで俺に抱かれ、果てていた女。
声をかけたところで脈を感じていたけれど、今日会って今日できるかはわからなかった。
今日は連絡先の交換だけかもしれないと思ったが、飲んでいるうちに打ち解け、タイミングを見てキスをしたら目がとろけていた。
それでいけると判断した。
「また会ってくれる?」
「考えておく」
そう言ってレイコは照れたような表情をした。
感じている時とはまた別の表情。
池袋駅に着く。
レイコは東武線の成増駅に住んでいると言っていた。
池袋の地下を歩き、東武線の改札まで送る。
「連絡するから」
「わかった」
池袋の地下を支える柱の影の所でレイコにキスをする。
「またね」
「うん」
手を振って改札を抜けるレイコは可愛かった。
当初の目的の買い物は一切できていないはずだけれど、満足そうにしていた。
今度は買い物に付き合ってあげよう。そしてまたホテルにでも行こう。
□◇■◆
「ちょっと、レイコって誰?」
俺にまたがる真由子が言った。
「なんでもない。間違えただけ。腰動かせよ」
「無理。冷めた」
機嫌の悪くなった真由子は俺から降りると、ブラもつけずにキャミソールを着た。
「間違えただけだって」
「浮気すんの何回目よ」
俺のプレゼントした電子タバコを吸っている。
爆煙を吐きながら低い口調で「まじでサイテー」とつぶやいている。
「浮気じゃないって」
真由子を背後から抱きしめる。
「ちょっとやめて。気分じゃない」
「そうだよね。俺のせいだもんね。ごめん」
「名前間違えるとか、まじであり得ないから」
俺を責める言葉を並べつつも、抱きしめる腕を振り払おうとはしない。
挽回の余地はある。
「うん。俺が好きなのは真由子だよ」
そう言って頬にキスをする。
「じゃあ名前間違えないでよ。てか浮気しないでよ」
「浮気はしてない。嫌な思いをさせてごめんね」
今度はくちびるにキスをする。
真由子は拒否をしない。
身体を抱きしめていた腕を頭に回す。
両手で真由子の頭を押さえ、激しくくちびるを重ねると、真由子も俺を求めてきた。
キスをしたままベッドにエスコートをして再開した。
□◇■◆
看護の専門学校に通っているというサチは狭かった。
思いの外、ホテルの内装はきれいだった。
恥ずかしいからと言うので照明を落としたが、ラブリーな装飾は二人の雰囲気も甘いものにしてくれた。
「今俺が一番サチの近くにいるんだよ」
俺が耳元でささやくと「うれしい」と答えた。
その声が今にも消えてしまいそうなほど細くか弱いものだったので、愛しくなり思わずキスをした。
サチは俺の首に手を回し激しくくちびるを求めたが、俺が腰を動かすとキスに集中できなくなったのか、ただ口を開けて声にならない声を上げているだけだった。
□◇■◆
真由子の手料理は美味しい。
特に肉じゃがが上手で、いつもリクエストしてしまう。
「真由子。今日の料理も美味しいよ」
「ありがとう」
大皿に盛られた肉じゃがを二人でつつく夕食。
テレビではニュースが流れているけれど、二人とも興味はない。
「ねえ、俺が浮気したらどうする?」
「相手の女を徹底的につぶす」
「じゃあ俺は助かるんだ」
「いや、その後につぶす」
「おお、怖ぁ」
そんな真由子にとっては架空の話をしながら食事を済ませた。
二人でソファに座り、サブスクで映画を観ることにした。
アクション映画だったので、激しい格闘シーンになると、「うわあ」と驚く真由子。
その横顔が可愛かったので頬にキスをした。
「ちょっと、ちゃんと映画観てよ」
「真由子の瞳に映った映画を観てる」
「なにそれ」
そう言って真由子は俺の腕に絡んできた。
くちびるを重ねると、映画が終わる前にソファで始まった。
□◇■◆
「やっぱあんたが一番上手いわ」
俺がティッシュで拭いていると、乱れた呼吸を整えながらアイカが言った。
「そう?」
「うん。私も経験多いけど、まじでぶっ壊れるかと思った」
「それはよかったってこと?」
「最高ってこと」
にやりとアイカが笑ったので抱きしめてキスをした。
「自分では上手いと思わないし、思わないようにしている」
「なんで?」
「こうすれば気持ちいいでしょ? っていう感じにはしたくない」
「ああ、わかる。そういう奴いる」
「女の子一人一人気持ちいいところは違うし、同じ女の子だって日によって違うかもしれない。反応を見てちゃんと一緒にやらなきゃ」
「だから上手いんだね」
今度はアイカからキスをしてきた。
その行動が甘えん坊のようだったので「可愛い」と伝えた。
俺自身はテクニックを持っているとは思っていない。
持っているとするならば、言葉だろう。
可愛いと思った時は「可愛い」と言い、きれいだと思った時は「きれいだ」と言う。
甘い言葉と共に耳元でちゃんと伝わるように届くようにささやく。
その言葉が重要だと思っている。
「もう二度とあんたとはしないって最中は思うけど、何日かしたら思い出すんだよね」
「それはうれしい」
「こっちは最悪だから」
「じゃあまた思い出させるために刻まなくちゃな」
そう言って俺はアイカの上に乗った。
アイカは「まじ無理」と言いつつも俺の指に自分の指を絡ませていた。
□◇■◆
買い物の帰りに真由子とホテルに寄った。
普段は家で済ませることが多いけれど、雰囲気が変わり刺激的なのでたまに二人の時に利用する。
「よくキスするよね」
真由子が言った。
チェックアウトまで少し時間があったので、見たことのない種類のミネラルウォーターを飲みながら、真由子を膝に乗せて話をしていた。
「キスは大事。キスをするために交わっているようなもの」
「よくわかんない」
「前と最中と後でキスは違う。その違いを味わっている」
「わかるようでわかんないや」
真由子が首を傾げた。
ペットボトルを置いて、真由子の頭を抱えくちびるを重ねた。
「それと日常のキスも好きなんだ」
俺がそう言うと「それは私も好き」と真由子が笑った。