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深淵少女フラグメンツ  作者: 雨宮ヤスミ
[混]星月の旅立ち
8/33

混-8

 

 

 マシロが「ディストキーパー」になってから、10日が経った。


 登校中も休み時間も放課後も、マシロはトオルのところにやってくる。一緒に登校し、一緒に弁当を食べ、一緒に帰って時々寄り道をする。「ディストキーパー」になってからは、「インガの裏側」でもトオルと一緒にいたがった。


 知り合って半月が経つ。流石に「ベタベタするなよ」と言いたくもなってくるが、下手に邪険に扱うと余計につきまとってくるので、トオルは半ば諦めている。


 一緒にいて悪い気はしない。感情を素直に表現するマシロは、裏表がなく心地いい相手だ。


 あの出会った頃の「笑顔の無表情」をしなくなったのが、心底よかったと感じられる。


 その日の放課後も、二人は一緒に家路についていた。


「今日どっか寄っていく? クレーンゲームまたやりたいなあ」

「それもいいが、そろそろ来るんじゃね?」

「え? ああ、『ディスト』?」


 問われて、トオルはうなずいた。


 「ディスト」の発生は周期的らしい。おおよそ一週間に二度か三度程度、ケセラからお呼びがかかる。ここ5日ほど日が開いているので、そろそろ来る気がしていた。


「じゃ、『インガの裏側』に寄り道だね」

「そうなるかもな」


 明るい口調に、トオルは引っ掛かりを覚える。


 「ディスト」との戦いに、未だにマシロは参加していない。


 戦うための力がまったく目覚めていないのだ、とケセラは言っていた。


 変身したマシロは武器らしい武器を持っていない。一応「地」の気質ということだが、その属性の気質にありがちな、土を隆起させたり岩の槍を作ったりといったこともできないでいる。


 だったらしょうがない、とトオルは考えている。元々、戦いを嫌がっていたマシロだ、人間には向き不向きというのがある。当然、それを分かって「ディストキーパー」になったのだから、責任を果たせという意見も理解できるのだが……。


「なあ、やっぱまだ戦えないか?」


 すん、と影が落ちたようにマシロの表情が暗くなる。


「トオルまでそんなこと言うの?」

「だってよ、もし戦える力がついたら、木村と揉める必要なくなるだろ」


 木村ユキナが、マシロが戦わないことを悪しざまに言っているのはトオルの耳にも聞こえている。花田ヨリコとこそこそよくしゃべっている。


 元々ユキナは、マシロに対していい感情を持っていない。「お金をもらって友達をやっていた」という暴露からもそれは分かるし、そのことを持ち出してくるならトオルも怒っただろうが、戦わないことに関してはマシロにも悪いところがあるので何も言えないでいた。


(べっつ)にー。あんなのに好かれなくたっていいもん」


 マシロはそうむくれた。


 だが問題は、ユキナやヨリコ以外の二人、ミヨやナオミもマシロに対していい印象を持っていないことだ。真面目な二人からしたら、サボっているように見えるのだろう。日に日にマシロへ注がれる視線が厳しくなっているように思える。


「オレはお前が無暗に嫌われるのはイヤだよ」

「……優しいね、トオルって」

「オレにそんなことを言うのは、昔のお袋かお前ぐらいだよ」


 母親は、トオルがケンカに明け暮れるようになってからは、避けるような態度を取ることがあった。特に、ケンカをして帰ってきた日はそうだった。


 そんな彼女は、最近になって再婚を考える男ができたようだ。トオルがまだ男だった頃、一度だけ家に連れてきたことがある。


 暴力のにおいがかけらもしない、何だかナヨッとした見た目の男だった。


 だが、男の頃のトオルに「ケンカばかりして、お母さんに迷惑をかけちゃダメだよ」と面と向かって言ったので、芯はしっかりしているらしい、と感心していた。


 それでも再婚に踏み切らないのは、どうしてだろうか。やはりコブつきなのがネックなのか、とトオルはつい想像してしまう。しかもそのコブはワルのレッテルを貼られている。身から出た錆だが、そこに後悔しないでもない。


「お袋やお前みたいな、真っ当なやつが真っ当に報われる『インガ』であってほしいんだよ」

「わたし、真っ当かなぁ?」


 大分狂えたと思うんだけど、とマシロが顔を覗き込んできた。


「狂えた、ってなんだよ?」

「狂人の親友になりたいんだもん。狂いたいじゃん、一緒に」


 へっ、とトオルはそっぽを向いた。あまり今、顔を見られたくなかった。


 そんな話をしながら、学校の沿いの坂道を下っていくと、ふもとの十字路でケセラがふわりと姿を現した。


「お、毛玉」

「何? 『ディスト』?」


 ケセラが肯定すると「トオルの予想ぴったし」とマシロははしゃいだ。


『ただ、今日はトオル一人で行ってもらいたい』

「オレだけか?」

「わたしは?」


『君はそもそも戦わないじゃないか』


 こちらとしては早く覚醒してほしいのだが、とケセラは尻尾を揺らす。


『相手の数は少なく、トオルならば一人で充分対応できる』

「なるほどな、前言ってた効率化か」


 「ディストキーパー」が戦闘を行い力を行使するのも、小規模なものではあるが「インガの改変」に当たる。故に「インガクズ」は当然発生し、それを材料に「ディスト」が生まれる。


 そのため、出撃する「ディストキーパー」の数は最小限にするのが基本であった。


 これまではトオル、ミヨ、マシロの三人の新人の研修を兼ねて全員で出撃していたが、これからは出撃人数を絞る、と以前ケセラから説明があった。


『そういうことだ。よろしく頼むよ』

「えー、せっかく『ディストキーパー』になったのに、一緒にいられないなんて寂しい……」

「すぐ終わらせてくるから待ってろ」


 戻ってきたらゲーセン行こうぜ、とマシロの頭を軽く撫で、トオルは「ディスト」が出たという自然公園の方へ走って行った。


「すぐ帰ってきてよー、もう……」


 いつの間にかケセラも姿を消していた。一人残された格好のマシロは、口をとがらせて十字路を左に曲がる。こちらは駅前の繁華街の方へ続く道だった。


「月本さん」


 その背中に、聞き覚えのある声がかかった。


 振り向いて、マシロは怪訝な顔をした。


「あ、ブーメランの人だ……」


 ブーメランの人――大島ナオミは一瞬顔をしかめた後、「ちょっと来てくれる?」とマシロの目を覗き込んだ。




 灰色に染まった木立の間をトオルは駆けた。緑豊かな緑地に作られたこの自然公園であるが、「インガの裏側」では作りかけで放置されたの模型のようであった。


 景色に構わず、駆け抜けた先にそれはいた。


 広場の中央に位置する大きな滑り台、その上を泳ぐ巨大なクジラ。


「デカブツか……」


 トオルは背に担いだ棒を抜き放つ。このあまり使いやすいとは言えない武器にも、影をまとわせられることに最近気づいた。


 足元の影が頭をもたげ、蛇のように棒に絡みついていく。先端に円柱状に集まって、棍棒のような形を作り出す。


 それもあまりしっくりこないが――、トオルは武器を構えると滑り台に向かって走り出した。


 勢いをつけて滑り台を駆け上り、跳躍。振り上げた棒をクジラ型「ディスト」の横っ腹に叩きつける。


 手応えがない。クジラ型の体がバラバラにほどけていく。


「何……だ!?」


 滑り台の屋根に着地したトオルが上空を見上げると、クジラの形をしていた「ディスト」は雲が分かれていくように散り散りとなっていた。


 倒したのではない。「ディスト」は体を小さく分けている? いや、元々が小さな「ディスト」の集まりだったのだ。


「チッ!」


 十数体のほどけた「ディスト」が、トオルに向かって突進してきた。回転するそれは星形、いやヒトデ型であった。中央に「ディスト」特有の赤い目が光っている。


 素早い突進をかわし、トオルは地上に降りた。無数のヒトデ型は回転しながら空中に展開し、周囲を取り囲んだ。


「デカブツの方がマシだったんだがな……」


 苦手とする群体タイプの「ディスト」であるが、トオルの顔に焦りはない。小豆畑ミヨがいれば、と思わなくもないがないものねだりをしても仕方あるまい。


 ヒトデ型が、あの奇声を発しながら突進してきた。トオルは棒の両端に影を集める。


「な、めんなァ!」


 トオルを中心に巻き起こった影の渦がヒトデ型を吹き飛ばす。


 だが、それもすべてを倒すには至らなかった。仲間がやられたのを察知してか、群れの多くは途中で旋回し、空中に逃れていた。


「ラチが明かねぇ……」


 空中に逃れたヒトデ型は、また寄り集まっていく。倒された分、先ほどよりも少し小さいがまたクジラ型へと戻っていく。


 合体も分離も自在のようだ。攻撃してもまた解けてかわされるだろう。どちらにしても、空中にいられてはトオルから仕掛けることが難しい。


 時間をかけて少しずつ潰していけば勝てる相手だが……。


「こっちは人を待たせてんだけどな……」


 どうやら、ゲーセンはあきらめた方がよさそうだ。「インガの裏側」でも時間は経ってしまう。トオルは長丁場を覚悟した。


「おい、毛玉」


 心の中でトオルはケセラに呼びかける。ケセラは「インガの裏側」に入ってこれないが、心の中で呼びかけることで連絡は取れる。


「ちょっと時間がかかりそうだ。マシロに先帰ってろって言っておいてくれ」


 返事がない。いつもならすぐに返ってくるのだが……。


 クジラ型が空中で体をよじらせた。額に当たる部分に丸い穴が開いたかと思うと、そこから灰色の光の球がトオル目掛けて放たれた。


「ぬおっ!?」


 すんでのところで飛び退いてかわすも、地面に大穴が開き空間全体が震えるような衝撃が突き抜けた。


『大きな「インガ」の振動を感知。苦戦しているのかい、オニキス』

「おいこら毛玉、テメェがさっさと返事しないから当たるとこだったじゃねぇか」


『今の攻撃はもう撃たせないでくれ』

「注文が多いな……」


 クジラ型はぐるりと一回転すると、またあのエネルギー弾を放つ構えを取った。


『迎撃するんだ』

「打ち返せってか!?」


 クソ、と悪態をつきながらトオルは棒を構える。影を何重にも巻き付けて巨大なバットのような形に変える。


 クジラ型があの金属音のような声で吠えた。放たれた光球にトオルは棒を叩きつける。


「!?」


 衝撃はなかった。振動も来なかった。


 ただ、何かに吸い込まれるように灰色の光球は嘘のように消えていた。


「これは……?」


 影が渦巻く棒の先端を見やり、トオルは目を瞬かせる。今までで一番、しっくりくる感覚だった。


『力の本質に目覚めてきたようだね』


 ケセラの声がトオルの頭の中に響く。


『オニキス、それが君の本来の力だ。追い詰められた状況は、やはり力の開花を促すらしい』

「ご高説ありがたく受け取っておくぜ、クソ毛玉」


 影の渦巻く棒を肩に担ぎ、トオルはクジラ型をにらんだ。

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