表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
深淵少女フラグメンツ  作者: 雨宮ヤスミ
[混]星月の旅立ち
7/33

混-7

 

 

 土曜日のある日、駅の近くにあるカラオケボックスに、木村ユキナは「ディストキーパー」たちを呼び出した。


 薄暗い一室に集まったのはユキナの他に、ナオミ、ヨリコ、ミヨであった。


 苛立たし気にテレビの音声をゼロにして、ユキナは三人にこう切り出した。


「今日あんたらを呼んだのは他でもない。月本マシロのことなんだけど」


 顔を合わせた段階で、三人とも何となく察してはいただろう。だが、実際にその名が出たことで部屋の中に緊張が走った。


「みんな、どう思ってる? あいつが戦わないの、ホント迷惑じゃない?」


 既にマシロが「ディストキーパー」になって、一週間が経過していた。


 それまでに「インガの裏側」では三度の戦いがあったが、いずれもマシロは遠巻きに眺めているだけで、戦いに参加していなかった。


「う、うん! すごく、駄目だと思う!」


 すぐに同意を示したのはヨリコだった。


 この中ではユキナの腰巾着のような彼女であったが、真っ先に賛同したのはそれだけではない理由があった。


「ミヨちゃんは入る前だから知らないと思うけど、ここ三人ぐらい死んでるんだよ」


 そうなんですか、とミヨは驚いた様子だった。


「う、うん。滅茶苦茶強い『ディスト』が出てきて、それでわたしもユッキーも死にそうになって……。先輩も先に一人死んじゃってたみたいで、何とか残った先輩の二人が体張ってくれて、命がけで助けてくれて……」


 その三人の補充要因としてスカウトされたのが、ミヨでありトオルであり、マシロだった。


「そ、そういうこともあるからさ、やっぱり六人揃って戦わないと駄目なんだよ。一人戦わない人がいることで、みんながピンチになって、誰か死んじゃったりしたら……」


 そんなことがあったなんて、とミヨはかぶりを振った。


「戦えないなら仕方がないのだと思っていました。ケセラも、月本さんは『戦う力がまだ覚醒していない』と言っていたので」


 だけどそれは甘かったのですね。膝の上に載せていた拳を、ミヨは固くした。


「わたしも最初は怖かったし、今のヨリコ先輩の話も怖かったです。でも、だからこそ戦わなきゃいけないのだと思いました」


 よしよし、といった具合にユキナはうなずいた。そして、ナオミの方に目を向ける。


「ナオさんどう思います? あの時の先輩らみたいに、あたし達も死んじゃうかもですよ、このまんまだと」


 ナオミも当然、ヨリコの語った三人の「ディストキーパー」が犠牲になった戦いに参加していた。命を懸けてユキナやヨリコを守った二人に至っては、同時期に「ディストキーパー」になった友人でもある。


 それでも、ナオミは慎重にこう尋ね返した。


「月本さんが戦わないのはよくないことだけど、だとしてあの子をどうするつもりなの?」


 決まってんじゃん、とユキナは薄く笑った。


「あいつに『ディストキーパー』やめさせる」


 やめさせる、って……。ナオミは首を横に振った。


「そんなことできないのよ?」

「どうして? ケセラ呼んで、何とかしろって言ったら何とかなんじゃないの?」


 ナオミはこの中では一番ベテランの「ディストキーパー」だ。


 どのくらいベテランかと言えば、もう既に6年も続けている。


 これは、9歳の頃からやっているという意味ではない。13歳から15歳の中学生活を、もう2度も繰り返しているのだ。


 「ディストキーパー」は生涯にわたって辞めることはできない。「ディストキーパー」となれるのは、少女だけだからだ。一度なってしまえば、永遠に少女の年代をループし戦い続けねばならない存在なのだ。


 「ディストキーパー」を辞める時は死ぬ時か、あるいは……。


「何? 何かあんの? みんな仲良くしろみたいな話?」

「えっと、そうじゃなくってね……」


 今ここで話してしまうべきだろうか。ナオミの中には逡巡がある。


 この話をするということは、先だってのあの3人が犠牲になった戦いの真相を語ることでもあり、それはユキナたちの動揺を誘ってしまうことだから……。


 そんな躊躇いを知る由もなく、ユキナは畳みかけてくる。


「あんなサボるヤツとも仲良くしろっての? ナオさんもよくないって思ってんでしょ? おかしくない? 戦わなきゃなんだよね?」

「た、確かにそうよ?」


 慌ててナオミは取り繕った。


「あの子が戦わないことで、誰かが命の危機に陥るかもしれない。それはそうなの。そうなのだけど……」


 そこへ、新たな声が響いた。耳慣れた、少し高い少年のような声だ。


『四人揃って、どういう悪だくみだい?』


 声がしたのは、備え付けのテレビの方からだった。


 タレントの映っていた画面が真っ白に変わる。いや、白い画面ではない。真ん中に落書きみたいなシンプルな顔があった。


 ケセラだ。


 白い毛玉はぬるりと画面から出てくると、四人の囲むテーブルの上までやってきた。


「ど、ど、どういう登場よ……」


 驚いたらしく、ヨリコはきょどきょどとしている。その様子に鼻を鳴らし、ユキナは立ち上がって毛玉を見下ろした。


「ケセラ、いいとこに来たわね」


 いいところ? とケセラはユキナの目の高さまで浮き上がった。


「月本マシロに辞めてもらいたいんだけど」


『ほほう。そういう話か』


 ケセラは体を左右に揺らした。


「何回か言ってるけど、あいつホント戦わないのよ。いい加減にしてほしい、みんなそう思ってる」


 そうでしょ、と問われ、ヨリコは「うんうん」と、ミヨは一度だけ深くうなずいた。


『みんな、ね……』


 くるりとケセラは唯一同意を示さなかった者の方を向いた。


『ナオミ、君はどう思う?』

「よくない、とは思うけど……」


 俯いてしまったナオミを見て、ケセラは『よし』と体を上下させた。


『過半数の合意が得られたね』


 え、ちょ、と顔を上げたナオミを尻目にケセラは続ける。


『よろしい、月本マシロ――キーパーネーム・シトリンの抹消を許可する』

「ま、抹消……?」

「それって、どういうことですか?」


 ヨリコとミヨがナオミの方を見てくるが、彼女も初めて聞いた概念だった。


『目に余る逸脱行為、戦闘への不参加、仲間への不当な暴力……そういった問題行動を起こした「ディストキーパー」を処分する方法さ』


 ケセラの口調は平坦であったが、処分という言葉は重たく響いた。


「まさか、ケセラ……、月本さんを殺すの……?」


 殺す、という言葉にヨリコとミヨの表情に緊張が走る。


 一方、ユキナは笑みさえ口の端に湛えている。


「いいじゃん」


 死なせちゃえば。さらりと言い放ったユキナに、思わずナオミは立ち上がった。


「ユキナちゃん、それは……!」


 二人をよそにケセラは説明を続ける。


『抹消は、抹消に賛同したその地域の「ディストキーパー」全員で行うことになっている』

「そ、それって、つまり……?」


『君たちの手で月本マシロを殺すのさ』


 平坦なケセラの口調は、字面以上に冷淡に響いた。


「わわ、わたしらで……!?」

「それは……、できません……」


 ヨリコは顔を蒼くし、ミヨは目を伏せた。その二人の様子を見ながら、ケセラは淡々とどこか呆れさえ混じった口調で言った。


『できないのに、抹消に同意したのかい? それは無責任というものじゃないか』


 だけど、と反駁するミヨの言葉に、ユキナが覆いかぶせるように言った。


「んな気にしなくてもいいでしょ。あたしらで月本を囲ってボコればいいわけだし」


 簡単簡単、と宿題の問題を教えてやるような口調で続ける。


「どうせみんなでやりゃ、誰が殺したかなんて分かんない」


 酷薄にそれは響いた。重みのなさが鋭く、穿つようでさえあった。


 ヨリコは目をそらし、ミヨは信じられないというような表情を浮かべた。


「ユキナちゃん、こんなのおかしいわ……!」


 机を回り込んで、ナオミはユキナの両肩を掴んだ。


「仲間じゃない! それを、簡単に殺すだなんて、そんな……」

「おかしかないでしょ」


 うざったそうに腕を払いのけ、ユキナはナオミをにらむ。


「あいつが戦わないせいで誰か死ぬかもしれない。あんたがそれ、一番分かってんじゃないの先輩(・・)?」

「――ッッ!」

「あいつのせいで死なないために、あいつを殺す。何かおかしいこと言ってる?」


 据わった目つきに、ナオミは思わず後ずさった。太ももの裏がテーブルの端に触れた。


『そもそもだ』


 くちごもったナオミに、ケセラが語り掛ける。


『ナオミ、君が逡巡する理由が私にも分からない』


 何を、とナオミが振り返るが、ケセラは構わず続ける。


『君は「最初の改変」で、「学校の風紀をよくする」という名目で五人もの同級生の存在を消しているじゃないか。それと何が違うというんだい?』


 すぐにナオミの顔が蒼くなった。二の腕を抱き、唇を震わせてケセラをにらむ。


 その様子を見たユキナがにやりと笑った。


「なーんだ、ナオさんもそんなことしてんじゃん」


 震える肩を叩き、その耳元に囁く。


「一緒のことじゃん、ケセラの言うようにさあ……」


 荒い息を吐き、ほとんど倒れるようにナオミは床に座り込んだ。


 それを見下ろすユキナに、「あの……」と声をかけるものがいた。


「いいですか、抹消をするとして、ですけど……」


 おずおずと、という調子でミヨが学校の教室のように手を挙げる。


「黒須さん、どうします……? もしかしたらあの人、抹消の最中に妨害してくるかも……」


 ぱん、と乾いた音が部屋に響いた。ユキナが一つ手を叩いたのだ。


「ミヨちゃん、あんたマジいいこと言うわ……」


 恐縮です、とミヨは首をすくめる。


「あ、あいつメッチャ強いよね……。もし、その時に来ちゃったら……」

「あのケンカバカの王子気取りは、確かに厄介だわ」


 だから、とソファに座り、ユキナは机の上に足を投げ出した。


「『ディスト』が出てきた時を狙うよ」

「そ、それって……?」


 鈍いねヨリコ、と鼻で笑ってユキナは続ける。


「黒須だけ戦わせといて、その間にあたしらで月本を囲んで殺る」


 いいよねケセラ? 問われて毛玉は身じろぎもせず応じる。


『方法は君たちに一任しよう』


 そしてこう付け加えた。


『私はこの地域の担当端末として、君たちの戦いをやりやすくすることが役目だからね』

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ