欠-10
ジェットが出て行ってからも、談話室でのお茶会は続いている。
マドレーヌを一つ食べ終えたヘリオトロープに、フローが話を振ってきた。
「そう言えばー、大姉さまはご存知かしらー? 最近、一年で『最終深点』になった『ディストキーパー』が現れたという話ー」
「ああ、聞いたことはあるね」
誰からの報告だったか、とヘリオトロープは内心で首を傾げる。「エクサラント」から下達された話だったろうか。それともアイ・アゲートからだったか……。
「属性は確か、『風』だったかしらねー。武道の経験があって、とーっても強いんだってー」
「そんな人がいるのか? だとしたら、凄まじい天才だな……」
「アルコバレーノ」は、当初のコンセプト通り「最終深点」に達した各属性一人ずつの精鋭部隊であるが、当然ながらその来歴は個々でまちまちだ。アレクやメルリのようにすんなりと「最終深点」に達した天才肌もいれば、ジェットのように地域で孤立していたところを「ソロリティ」に拾われ、それ以降に才能を開花させたものもいる。
「『風』属性ならば、『アルコバレーノ』に加わってもらってもいいかもしれないな」
その中で「最終深点」に至るまで一番苦労したであろうカーネリアンが、感心したようにうなずいた。
「どうでしょう、大姉さま。アレクは研究で忙しいですし、代わりというのは」
確かにアレクに研究に専念してもらうために、その天才「ディストキーパー」を引き入れるのはいいアイデアだとは思うが……。
「その人、よくないよ」
同じく苦労人組のガーネットが形の良い眉をひそめた。
「前に救援要請で出かけたところが、その人のいる担当地域の近くだったんだけど、地域の中で揉めて、仲間を三人殺して逃げたって」
まあ、とフローは両手で口元を覆った。
それだ、とヘリオトロープはようやく記憶が繋がった。この話をしていたのはアイ・アゲートだ。生き残ったその地域の「ディストキーパー」から抹消の依頼が来て、処刑部隊――もといトラブルシューティングチームを差し向けたと言っていた。ここ最近はアレクと共に「インガの理の断片」にかかりきりで、どうにもそちらの方を疎かにしてしまっていた。
「それはいただけないな。処刑部隊が動いているのか」
「そう。『ディストキーパー』同士で殺し合うだなんて、そんな頭のねじの外れた人はいくら強くても『アルコバレーノ』には必要ない」
仲間殺しの是非はともかくとして、アレクの代理は必要かもしれない。やはり「インガの理の断片」、あれを動かさないことには計画は進めようがない。
ここは「アルコバレーノ」結成時に断られた「ノマドのディストキーパー」に、もう一度要請してみるか。彼女も「風」属性だったはずだ。もう5年は経つ、気が変わっているかもしれない。
今俎上に上がっている「ディストキーパー」も悪くはないが、もう処刑部隊に狩られているだろうし……。
「そうですよね? 大姉さま」
ガーネットに問われて、ヘリオトロープが応じようとした時だった。
『ご歓談中失礼しますわ』
天井からテーブルの真ん中に、ソフトボール大の球体がふわりと降りてきた。眼球のような模様の入ったそれは、アイ・アゲートが生成する監視端末だった。
その眼球はぐるりと回ってテーブルに着いたヘリオトロープら四人を見回す。
『オブシディアンをどなたか見ていません? そろそろ帰投するはずなんですが』
アイ・アゲートの問いに、カーネリアンらは顔を見合わせた。
オブシディアンは、アイ・アゲートの処刑部隊の隊長だ。部隊の中でも折り紙付きの実力者で、一般の「ディストキーパー」からも「ソロリティの処刑人」と呼ばれ恐れられていた。
『一年で「最終深点」になったっていう天才、いるじゃないですか。仲間を三人殺して逃げたっていう』
ちょうど話題に出ていたあの「ディストキーパー」の抹消に向かったのが、オブシディアンだったらしい。
「まさかー、返り討ちにー……?」
「あり得ない。相手が天才とはいえ、オブシディアンよ?」
フローのほんわかした口調繰り出される物騒な予測を、ガーネットは即座に否定した。
『わたしもそれは考えにくいと思ってるんですけどね、でも一向に帰ってこないので……』
「あなたの『天眼通』で分からないのなら、わたし達に言えることはないんだが……」
そうなんですけどねー、とカーネリアンの言葉にアイ・アゲートは端末を揺らして見せる。
『今ちょっと、監視システムの調子が悪くって。それで帰ってきたのを見落としたのではないのかと思いましてね』
この「ソロリティ」本部の洋館には、「見張り小屋」と呼ばれる場所がある。
洋館の屋根の上に建つ尖塔がそれで、これ自体がアイ・アゲートの「最終深点」であった。
アイ・アゲートは普段はここに籠り、本部の周囲に100個の目玉型端末を周囲に展開している。これらの目玉は部屋の中にあるモニターに映像を映し出すほか、「インガの改変」に伴う揺らぎも感知することができた。
この端末を使って、アイ・アゲートは本部を中心に半径50キロの範囲を監視している。その監視網は「天眼通」と呼ばれていて、アイ・アゲート自身を指す代名詞でもあった。
ところが、先ほどからその「天眼通」のいくつかの映像がぱったりと途絶えているという。
「調子が悪い?」
ヘリオトロープが問い返すと『いえいえご心配なさらず』とアイ・アゲートは早口で答えた。
『風も強いですし、どこか藪の中に引っかかっちゃったのかもしれないですわ。今までもあったようなことなので、部下たちに探しに行ってもらってますの。すぐ復旧すると思いますわ』
「ならいいんだが……」
ヘリオトロープはそう応じて、カップを目を落とす。冷めてしまった琥珀色の液体に映る自分の顔は、どこか不安げに見えた。
◆ ◇ ◆
「ホーリー・グローリー・ソロリティ」の本部が襲撃を受けたのは、その夜のことだった。
襲撃者は、最も凶悪な「ノマド」集団「カオスブリンガー」。
攻撃の理由として挙げたのは、主に二つ。
一つは、数日前に加入したキーパーネーム・ペリドット、本名・竹原ヒカリが抹消要請を不当だと訴えているにもかかわらず、処刑人が送り込まれてくることへの抗議と、反撃のため。
もう一つは、「カオスブリンガー」のリーダー・ブラックスターが、「ソロリティの守護騎士」コランダムとの決着をつけることを望んだため。
「ディストキーパー」の秩序たる「ソロリティ」と、混沌の極みたる「カオスブリンガー」、二つの団体の決戦は、このようにして始まった。
「ソロリティ」本部に正面から殴り込んだブラックスターに、まず対処に当たったのは「アルコバレーノ」のカーネリアン、ガーネット、フローライトの三人であった。
ブラックスターの「気質」で、「ディストキーパー」の能力を無効化する「無明の暗黒」は、対象を一人にしか取れない。そのことを利用し、「最終深点」三人がかりという勝機をもって戦いに臨んだ。
結果は、ものの五分と持たず全滅。ブラックスターが「最終深点」を取るまでもなく一蹴されてしまう。
そこでようやくコランダムが出陣。「最強」と「最凶」、両者の実力は拮抗し、庭園の戦いは膠着状態に陥った。
一方、裏手側の警備に当たっていたメルリナイトは、「カオスブリンガー」の最古参メンバーの一人であるラピスラズリとの戦いに臨む。
「無敵」を自認するメルリはラピスラズリに「我が剣アクティースのさびとしてくれる!」と自信満々に斬りかかるも、戦況は膠着。両者とも決め手に欠いた状態でにらみ合いが続いている。
新加入のペリドット――一年で「最終深点」に達した天才と相まみえたのは、アレキサンドライトであった。奇しくも同属性対決である。
洋館玄関前で演じられたこの戦いは、両者とも「最終深点」を繰り出しての死闘となった。
離れればアレクが、近づけば武道の経験を持つペリドットが有利も、経験と「インガの改変」能力の差で徐々にアレクがペリドットを追い詰めていく。
「アルコバレーノ」最後の一人、ジェットが追うのは「カオスブリンガー」の中でも名の知れてない「ディストキーパー」であった。
メンバーで唯一、現段階で「最終深点」に達していない彼女の名はインカローズ。
影から影へと飛び移りながら、ジェットは獲物を甚振るように、洋館へ足を踏み入れたインカローズを追い詰めていく。
だが、洋館に侵入したのはインカローズだけではなかった。
彼女にジェットの対処を任せ、洋館の奥へと進んだのは「カオスブリンガー」の設立メンバーの一人、セレニテスだ。
最も無邪気で最も残酷、と知られるセレニテスが目指すのは、洋館の屋根の上に聳える塔、アイ・アゲートであった。




