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深淵少女フラグメンツ  作者: 雨宮ヤスミ
[欠]欠片の行方
13/33

欠-2

 

 

『君たちがいる街から東に100キロほどの山の上に、宗教団体の施設がある。そこを壊滅させてほしい』


 三日前、ブラックスターとセレニテスの前にフラッと現れた「エクサラントの使い」――黒い首輪の毛玉シララは、単刀直入にそう言った。


『これは命令だ。「ノマド」としての初の仕事となる』

「よく意味が分かんねぇんだけどよ」


 つっけんどんな物言いにブラックスターは鼻を鳴らした。


「宗教団体の施設ってことは、別に『ディスト』とかそういうことじゃないんだよな?」

「えー、じゃあ普通の人間攻撃しろってコト?」


 やばば、とセレニテスは口元を押さえる。


『そうだ。相手は「ディスト」でも「ディストキーパー」でもない。だが、普通の人間とみると危ないかもしれない』


 どういう意味だ、と問うとシララは体を左右に揺らした。


『銃火器で武装しているんだ。この国では珍しいことにね』

「なんだそりゃ。ヤクザ屋さんか?」


 ケンカに明け暮れていた頃、何度か出くわしたことがある。直接殴り合ったりはしていないが、将来うちに来ないかと声をかけられたこともあった。


『いいや、テログループだね』

「でも、人間なんでしょ?」


 抵抗感があるとは驚いたね、とシララは皮肉を口にした。


『君たちは何人もの無辜(むこ)の「ディストキーパー」を殺害しているじゃないか。更に言えばセレニテス、君は肉親をも手にかけている。そんな君たちが――』


 ばしゃっ、と音がしてシララの体がはじけ飛び、黒い首輪が地面に落ちた。


 セレニテスはシララに向かってかざしていた手を下ろし、ぷいとそっぽを向いた。


「しーらない」

「おいおい、しゃべってる最中だっただろ……」


 この三か月でこういう癇癪(かんしゃく)には慣れっこになっていたブラックスターは、呆れたように肩をすくめた。


『やめてくれ、痛くはないが気持ちのいいものでもないのだから』


 地面に落ちた首輪の中心が白く光って浮き上がり、シララの新たな体が生成された。


「もーいっかい……」

「キリないからやめろ」


 ブラックスターは手の平に影をまとわせると、セレニテスの手首をつかんで止めた。


「毛玉、抵抗感とかの話はいいからよ、何でその宗教団体とやらを潰さないといけないかだけ教えてくれよ」


『答える必要はないと考えている』


 ぴしゃりとシララは切って捨てた。


「おいおい、それで『やります』なんて言うと思うか?」


『詮索は禁止する。でなければ君たちの「ディストキーパー」狩りに目をつむることはできなくなる、と言っておこう』


 やっぱもっかい潰さない? とセレニテスはブラックスターを振り返った。


「いや、お前が潰したからへそ曲げたんじゃね?」


『そうではないよ。これは「ディストキーパー」に対しては説明できないことなんだ。ただ、あの宗教団体を壊滅させなければ「インガ」の危機が訪れるとだけ言っておこうか』


 だからこそ君たちに頼むのだ、とシララは重ねた。


『君たちは、暴れられればそれでいいのだろう? そして相手が普通の人間だろうが『ディストキーパー』だろうが、躊躇なく命を奪える精神性も持っている。そういう君たちにこそ、この仕事は適任なんだ』


 ブラックスターは舌打ちをした。


 暴れられればそれでいい。確かにそうなのだ。そこを突かれると何も言えなくなる。


「しょうがねぇな。いいか、セレニテス?」

「いいよ。ムカつくからゴネてただけだし」

「正直すぎるだろ」


 肩をすくめ、ブラックスターはシララに向き直る。


「まあそういうワケだ。しゃーなしでやってやるよ」


『頼んだよ、二人とも。そして感謝する』


 言いおいて、シララは煙のように消えた。




 峠道から長いトンネルを抜けた先、打ち捨てられたようなバス停の標識から車の入れない細い道の向こうに、それはあった。


 山中に似つかわしくない、三つの尖塔を持った西洋風の城。


 これこそが、宗教団体「ロンズデールの新世界秩序」の拠点であった。


 周囲には収穫を終えた田畑が広がり牧歌的な雰囲気であるが、城は高い外壁で囲まれ、中の様子を容易には窺い知ることができないようになっている。


 元々過疎の村だったこの場所の、廃校となった小学校の建物を改築したこの城に、今は「ロンズデールの新世界秩序」の信者とその家族、およそ100名が暮らしている。


 自給自足を掲げ自ら田畑を耕し、外部との連絡をほぼ絶った陸の孤島は、この日の夜完全にこの世から姿を消すことになった。


 月のないその夜、高い外壁を乗り越えて、城の敷地の中に二人の少女が侵入した。


 道中に仕掛けてある監視カメラで、この侵入者のことを事前に察知していた教団は、密かに集めていた銃火器を持ち出し、警固に当たっていた。


 そして、侵入してきた者たちが、少女の姿をしているが少女には似つかわしくない存在であることも知らされていた。


 教祖の言葉に従い、武装した信者たちは躊躇なく発砲。無数の弾丸が少女たちを無残な肉塊に変える、はずだった。


 銃声が止んだ次の瞬間、彼らは驚きの光景を目にする。


 放たれた銃弾がすべて、少女たちに達する寸前、まるで見えない何かに摘ままれているかのように、空中で静止していたのだ。


「返すね」


 少女の一人の明るい言葉と同時に、制止した銃弾は逆再生のごとく押し返され、武装した信者たちに降り注いだ。


 そこからは、虐殺の嵐であった。


 黒い衣装の少女は、手にした大鎌を振るい、城の中を逃げる信者たちを追い回す。


 銃弾を跳ね返した薄い黄色の衣装の少女は、その信者たちを見えない力でとらえ、床に天井に叩きつけて殺した。


 城に住んでいた100人もの信者たちの命がすべて絶たれるまで、一時間も要さなかった。



「こいつかな、教祖」


 偉そうな格好してるし、と大鎌に胸を貫かれ絶命しているカソック姿の壮年の男性を見下ろして、マホガニーの机の上に腰かけたブラックスターは、セレニテスに問いかけた。


「そうじゃない? 何かこの偉い人の部屋って感じのとこにいたし」


 ブラックスターとセレニテスは、目につくものを片っ端から殺して回り、城の中を探索した。武装した信者の抵抗も非武装の信者の命乞いも、等しく何の意味もなさなかった。男も女も子供も老人も、分け隔てなく殺した。


 二人は学校の校舎を改築した城の、最上階である三階まで辿り着き、赤い絨毯の敷かれた個室の、高級そうな机の下に隠れて震えていた男性を殺し、一息ついているところだった。


「三階まで来たし、全部の部屋って大体見たのかな?」

「えーっと、ちょい待て」


 ブラックスターは足元の影を伸ばす。


 この影を伸ばす力は、ここまでの旅で成長を遂げていた。この城ぐらいの大きさの建物なら、隅々まで伸ばして探ることができるようになっていた。


「……地下があるな」


 影の感触では、一階より下にフロアがあるようだ。地下への入り口は見つけていないので、どれくらいのフロアがあるのかは分からないが。


「地下ねぇ……」


 赤い絨毯にセレニテスはうずくまって触れた。


 セレニテスには感知の能力があった。地面に手を突けば、その近くにいる「ディスト」や「ディストキーパー」の気配を探ることができるのだ。応用すれば、同じ建物の下の階にいるものを探ることもできるだろう。


「さっきから、ちょっと気になってたの。『ディスト』か『ディストキーパー』っぽい気配。どっからしてるかは分かんなかったから、適当に部屋回って殺戮してたら出くわすかなって思ってんだけど……」


 ホントかよ、と言ってからブラックスターは「そういうのがいてもおかしくはないか」と思い直した。


「そういや『インガの危機』とか言ってたな……。宗教パワーで『ディスト』とか作っててもおかしくないかもしれん」

「宗教パワーって、何それ? 雑ぅ」

「雑とかお前にだけは言われたくねーな」


 セレニテスは立ち上がった。


「地下にいるね。多分、『ディストキーパー』」

「よし、行ってみるか」


 毛玉の隠し事も何かわかるかもしれないしな、とブラックスターは内心で呟いた。

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