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深淵少女フラグメンツ  作者: 雨宮ヤスミ
[混]星月の旅立ち
1/33

混-1

 

 

 すべての色が削ぎ落とされたような灰色の街並み、人の気配のない大通りを「それ」は静かに歩いていた。


 鋼のように硬く尖った毛並みと鋭い爪を持つ、体長5メートルほどの巨大なクマ。白い四つの目を持つ、異様な面相をしている。


「――見つけた!」


 不意に声が響き、クマはゆっくりとそちらを振り返った。


 クマのいる通りを見下ろす三階建てのビルの上に、四つの影があった。


 そこにいたのは四人の少女だった。それぞれ似たデザインで縦に走るラインの色だけが違うコスチュームに身を包み、めいめいが違った武器を手にしている。


「みんな、気を付けて! あいつすごく力が強いから」


 ラインのない白い衣装に大きなブーメランを担いだ少女が注意を促す。


「見た目通りってわけね」


 緑のラインの入った衣装で長いチェーンを手にした少女が応じる。


「クマとかヤバくない!?」


 青いラインで両手に(さい)を持った少女が嘆く。


「少し怖いですね……」


 赤いラインに大ぶりな重火器を担いだ少女も躊躇するそぶりを見せる。


 クマは後肢で立ち上がり、少女らに向かって吠えた。獣のそれでは考えられない、金属を引っかき合わせたような音が響く。


「ひっ……!?」

「何回聞いても慣れないね……」


 白い少女が背のブーメランを持ち上げて構えた。


「わたしが仕掛けるから、みんな続いて!」

「さすがナオさん! 頼りになる!」

「何言ってんのヨリコ、あんたが先頭よ」


 緑の少女がそう言って青のヨリコを促す。


「装填します!」

「爆発は抑えめでね、ミヨ。また巻き込まれちゃ敵わないし」

「はい、ユキナさん!」


 赤のミヨが、緑のユキナの注文に応じた。


「行くよ、攻撃開始!」


 白い衣装のナオミは、号令と共にブーメランを投げた。




 四人の少女とクマの戦いは、熾烈なものとなった。


 最初のブーメランをかわすも姿勢を崩したクマに、ヨリコが釵で仕掛ける。だが、その毛皮を貫くことができない。


 振り上げた右前肢を危険と見たユキナが、チェーンを巻きつけてそれを止める。


 しかしクマの力は強く、逆にユキナが振り回されてしまう。


 悲鳴を上げる彼女を助けようとミヨが榴弾を撃ち込むが、左前脚の爪で防がれ、弾は道路に着弾し爆発する。


 その時、戻ってきたナオミのブーメランがクマの後頭部を直撃、ユキナはチェーンから手を離して逃れた。


「こ、のぉ!」


 ユキナの手に風が集まり、新たなチェーンが生成された。先ほどのものよりも長く、鎖の輪の一つ一つも大振りであった。


「巻きつけ!」


 両端を振り回して投げつけると、鎖はクマの両腕を捕らえた。クマはあの耳障りな悲鳴を上げ、ユキナを引っ張り上げようとする。


「ヨリコちゃん!」

「あ、はい!」


 ユキナを支えるべくナオミが駆け寄り、一歩遅れてヨリコも合流した。


「ミヨちゃん! 爆弾、思いっきり大きいヤツで!」

「はい!」


 ユキナの合図でミヨは再び榴弾砲を構える。砲身が展開し口径が大きくなった。


「装填……、くらえ!」


 放たれた紡錘形の榴弾は一直線にクマの頭部に飛来し、激しい爆発を起こした。


「くぅぅ……!」


 爆風に煽られながらも、ユキナは目をつむり足を踏ん張る。爆発の向こうで断末魔のようにあのクマの鳴き声が聞こえた。


 鎖を引っ張る手ごたえが、急に抜けた。目を開くと、頭部を失ったクマの体がゆっくりと仰向けに倒れていくところだった。


「やった……、倒した!」

「ミヨちゃん、よかったよ!」

「ありがとうございます!」


 褒められて赤くなったミヨは、ぺこりとナオミに頭を下げた。


「いやあ、焦ったわ……。めっちゃ硬いし」

「それ。力強すぎでしょ……」


 釵の先端を見てヨリコは肩をすくめ、ユキナもため息と共に座り込んだ。


「ユキナちゃん、押さえ込んでくれてありがとう」

「何とかって感じ。ナオさんやヨリコが来てくれなきゃ無理だったよ」


 互いに健闘をたたえ合う四人を遠巻きに眺める影があった。


 ユキナらと同じ系統のコスチュームに身を包んだ少女だった。


 薄い黄色の髪と同色のラインが入った衣装で、武器は持っておらず、代わりに他の四人にはない半透明の腕輪が左右の手首についている。


 四人が上っていた建物の陰に隠れるようにして、様子をうかがっていた。


「ナオさん、あれ……」


 その姿に気付いたヨリコが、声を潜めて指を指した。


「あ、来てたんだ……」


 ナオミはそちらを振り返り、独り言のように言った。その傍で、ミヨが眉をしかめている。


「あいつ……!」

「あ、ユッキー!」


 立ち上がって、ユキナはずかずかと黄色の少女に近づく。その後を、ナオミたちも追った。


 黄色の少女はユキナが近づいてくるのを見て、一瞬目を見開き、すぐに笑顔を作った。


「あんたね、何へらへらしてんのよ!」


 その胸倉をユキナは掴んだ。


「やめて、ユキナちゃん」


 追いついてきたナオミがその肩に手をやって止める。


「でも、ナオさん! こいつ、いつまで経っても戦わないじゃん!」


 黄色の少女を突き飛ばし、ユキナは今度はナオミに食って掛かる。


「さっきだって結構危なかったでしょ!? それなのにこいつ勝手なことばっかして……!」

「マシロちゃんだって、事情があるのよ……」


 ね、とナオミは黄色の少女――マシロの方を見やる。


 マシロはニコニコとナオミを見返す。


 その笑顔に、ナオミは少したじろいだ。形は笑顔だが、笑顔のようにはとても思えなかったから。無表情よりも更に読み取れない顔をしているようだった。


「事情って、ナオさんそればっかりじゃん……」


 ヨリコがボヤくのが聞こえた。ミヨも口には出さないが険のある視線をマシロに向けている。


「事情があんだったら、本人が言えっての……」


 憎々し気に吐き捨てて、ユキナはマシロをにらんだ。


 マシロは自分にどんな視線や言葉が向けられても、身じろぎ一つしなかった。笑ったまま、一言も言わなかった。


「ほら、みんな、仲良くして……、ね……?」


 間に立つ形になったナオミは、マシロとユキナら三人を交互に見まわした。


「お前ら、何やってるんだ?」


 そこに新たな声が響き、マシロも含めた五人が一斉にそちらを向いた。


 現れた人物は、やはり五人と同じような衣装をまとっていた。衣装の色は黒で、同色の長い髪をこめかみの辺りで二つくくりにしている。長身でどことなく威圧感があった。


 背中に背負った細長い棒を鬱陶しそうにしながら、肩の凝りをほぐすようにゆっくりと首を回した。


「トオル!」


 マシロがナオミを突き飛ばすようにして駆け寄った。


「お前、来てたのか」

「そりゃ来るよ! トオルと一緒にいたいもん!」


 やれやれ、と黒い衣装のトオルは小さくため息を吐く。


 その様子に、ユキナは舌打ちした。


「トオルさん、そっちは大丈夫だった?」

「まあな。クマ公3匹ぐらいなら楽勝だぜ」


 3匹、とミヨが目を剥いた。


「相変わらずお強いことで……」

「テメェらがなまってるだけだろうよ」


 皮肉めいたユキナの言葉を、トオルは鼻で笑った。


「ちょっと、やめよう? ね?」


 ナオミがまた間に入り、二人をなだめた。


「も、もう帰ろうよユッキー。あんまりここに長くいたくないし……」

「そ、そうね。ヨリコちゃんの言う通り……」


 もう一度、思い切り大きな舌打ちをしてユキナはトオルに背を向けた。


 つかつか歩き去るその背中を、ヨリコが慌てて追う。


「じゃ、じゃあわたしたち行くから……。トオルさんも気を付けて」

「お疲れさまでした」


 取り繕うようにナオミは言い、ミヨはぺこりと頭を下げると、ユキナらの後に続き帰って行った。


「行っちゃったね」


 二人きりだ、とマシロはトオルを笑顔で見上げた。


 その笑顔は、ナオミが気圧されたものとはまるで違っていた。表情通りの感情がこもっているようだった。


「お前また、戦わなかったのか?」


 笑顔のマシロを見下ろして、トオルは苦い表情を浮かべる。


「戦わないなら出てくんなよ。木村を無駄にイラつかせても、お前にいいことないだろ」


 木村はユキナの苗字だ。


「でも、こっちに来たらいいことあるもん」


 ぎゅっ、とマシロはトオルの腕に抱きついた。


「トオルと、誰にも邪魔されずに会えるし」


 トオルは再びため息をついた。今度は大きなため息だった。


「やっぱりお前は、『ディストキーパー』になんてなるべきじゃなかった」

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