表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢の生き様  作者:
本編
9/57

ヤンデレヒーローと出会いました


ヤンデレ。「病んでる」と「デレ」の合成語。広義には、精神的に病んだ状態にありつつ他のキャラクターに愛が、その好意が強すぎるあまり、精神的に病んでしまっている状態になることを指す。


『貧乏伯爵令嬢なのに、ヤンデレ公爵令息にいつの間にか溺愛されていました!?』のヒーローは、ヤンデレそのもの。しかもかなり重症である。


ヒロイン・アデリナとの関係は、始めはシャルロッテとの関係を王太子から誤魔化すためのものだった。しかし、時が経つにつれアデリナに好意を寄せるようになり、ヒーローとしてもその好意は表していたつもりだった。


しかしそこはヒロイン属性『鈍感力』で華麗にスルーされ、アデリナはヒーローの気持ちに気づかないまま、隣国に行ってしまう。そのことをアデリナの親友から聞いたヒーローは、慌てて追いかけ、アデリナを連れ帰る。そこまではいい。問題はここからだ。


アデリナが隣国に行ったことを、『自分から逃げ出そうとした』とミラクル解釈し、『二度と自分から逃げ出さないように』と寝室に一ヶ月軟禁したのだ。とんでもない野郎なのです。


可愛い可愛いアデリナには、あんな激重ヤンデレ男ではなく、常識的で素敵なジェントルマンと結婚してほしい。アデリナは天使かと思うぐらい可愛いのだし、メレンドルフ家は没落などしていないのだから十分可能なはず。当て馬役の子爵令息とかいいんじゃないかな。子爵家だから格は落ちるけど、裕福って設定だったし。


ここで問題がある。漫画では、アデリナはヒーローに一目惚れしていた。


今日は王弟殿下主催のガーデンパーティー。かなり規模の大きいパーティーなので、伯爵令嬢であるアデリナも招待されている。そしてもちろん、公爵令嬢であるわたしも、公爵家嫡男であるヤツも。


アデリナが(うっかり)ヤツを見かけて(うっかり)ヤツに一目惚れしてしまわないか不安でならない……。やめろアデリナ、そこは茨の道だ。


「シャルロッテさま、お顔の色が良くないですが、ご体調が悪いのですか?」


天使のように優しいアデリナ。可愛い上に優しいってなんなの?


「大丈夫よ、なんともないの」


「あっ、もしかして殿下がそばにいらっしゃらないからお寂しいとか……?」


「えっ、いやっ」


慌てて否定しようとしたが、アデリナは「きゃあっ、素敵!」と頬を染めてうっとりして、何も聞こえていないようだ。


殿下はこのガーデンパーティーには出席していない。正確に言えば、最初だけ顔を出して、わたしを含めた数人に声をかけ、退出された。殿下は広大な王国をいずれ背負う身。日々忙しいのである。


わたしも王妃教育で忙しくはあるけれど、こういう社交は王妃の大事な仕事のひとつ。むしろ、こういうガーデンパーティーやお茶会に出るのも、王妃教育の一環だったりする。


「あちらに友人がいるので、声をかけてきますね」


「行ってらっしゃい。わたしもお友達のところへ行ってくるわ」


デザートのコーナーに、アデリナの親友である伯爵令嬢がいた。ヒーローにアデリナの隣国行きを伝えた、件の彼女である。


「みなさま、ごきげんよう」


「ごきげんよう、シャルロッテさま」


取り巻きその1、伯爵令嬢ドロテア。


「お会いできて嬉しいですわ、シャルロッテさま」


取り巻きその2、伯爵令嬢エマ。


ドロテアとエマは、取り巻きたちのなかでも特にわたしに近いと見なされていて、こういう時は真っ先にわたしに声をかけてくる。


アデリナにはお友達と言ったけれど、彼女たちが本当にわたしの友達なのかは、自信がない。わたしは友達だと思ってるけど、彼女たちはどう思っているんだろう。


「楽しそうにお話されていましたけど、何をお話しになっていたの?」


ドロテアとエマは恥ずかしげに視線を交わすと、思い切ったように告白した。


「実は、ゲレオンさまのお話を」


「先程、ご挨拶することができたんですのよ」


他の女の子も、顔を真っ赤に染めながらきゃあきゃあ言い出した。


「素敵ですわよねー、あの冷たげな眼差し!」


「サラサラの黒髪に、星空を閉じ込めたような瞳!」


なんという罪深い男。原作アデリナだけではなく、大勢の女の子たちも魅了するとは。


「みなさま、バルシュミーデ卿にお会いしたことがあったの? お恥ずかしいけれど、わたしはまだなのだけれど」


できれば一生会いたくない。破滅フラグの象徴の上にヤンデレ鬼畜野郎に誰が会いたいものか。


「いいえ、今回が初めてですわ」


「バルシュミーデ家は公爵夫人が社交をあまりされない方だから、ゲレオンさまにお会いしたことがある令嬢はほとんどいらっしゃらないのです」


ということは一目惚れか。それでこの熱狂ぶり。大した男である。


「私、婚約者がいますけれど、あの方に微笑まれたら心が揺れてしまいそうですわ」


「わかるわ〜、私も」


とても彼女たちの婚約者には聞かせられないセリフだ。曖昧に微笑むわたしを見て何を勘違いしたのか、ドロテアがニヤリと笑った。


「ふふっ、でもシャルロッテさまは別ですわよね!」


「だって、シャルロッテさまの婚約者はこの国で一番高貴で麗しいかたなのですもの!」


たしかに殿下は世界一素敵だけど、それがなくたってヒーローに心揺れはしない。この子たちにはとても言えないけど。


「レルヒェンフェルト公爵令嬢」


周りの女の子たちがきゃあ、と黄色い悲鳴をあげたのがわかった。


積極的に会いたいとは思っていなかった。だが、わたしが王太子の婚約者でヤツが公爵家の嫡男である以上、接触を持たないわけにはいかない。


「はじめまして、バルシュミーデ卿。ご機嫌麗しゅう」


うん、さすがはヒーロー。めちゃくちゃイケメン。


前世日本ではほとんどの人が黒髪だったけれど、この国では黒髪は珍しく、王家の血を引くことを示す。


濡れ羽のような黒髪を持つヒーローは、王妹である母親を持つ。星空を閉じ込めたかのような美しい瞳は、父親譲り。


ゲレオン・フォン・バルシュミーデ。シャルロッテの、宿敵。


殿下も破滅フラグの権化であるはずなんだけど、漫画とは違う関係性を築けている、という自負はある。だがコイツは別だ。ほぼ他人だし。声をかけてきたのだって、同じ公爵家としてある程度親しくしておいた方が良いからだろう。


適当に数分だけ世間話をして、ゲレオンは去っていった。……疲れた。


「本当に素敵な方ですわぁ」


「そうね! やはり王家の御血筋を引いてる方は格別だわ」


 そうだね。従兄弟である殿下とは、中身は雲泥の差だけど。


「シャルロッテ様も、王家の血をお引きになっていますもの。お美しいのも納得ですわ」


 王家の血は美容成分か、と突っ込みたいのを抑える。たしかに、数代前の公爵夫人は王女だったから、彼女たちの言葉は嘘ではない。でも、それはおじいさまのおばあさま、百年は前の話なんだけど。


「ふふっ、ありがとう」


 肖像画でしか知らないけどね。


「やっぱりお綺麗な方だったんですの? レルヒェンフェルトのお屋敷には肖像画が飾られているのでしょう?」


「屋敷にも、昔はあったらしいわ。でも、戦で燃えてしまったらしくて……」


「まあ。カザンに燃やされたのですか?」


「ええ。でも、領地の城には残っていたわよ。夜を溶かしたような、綺麗な黒髪をお持ちだったわ」


 ドロテアたちは暫くうっとりした後、カザンへの罵詈雑言を言い始めた。カザンと戦争があったのは百年ほど前の話だけど、この国の人間のカザンへの悪感情は、なかなか拭えるものじゃない。


「まったく、許されないことですわ。カザンの蛮族は、貴重な書物も焼いてしまったそうですわよ」


「何十万人ものシルフェリア人が、彼らのせいで命を落としたのよ。その中には女子供も大勢含まれていたとか」


「まあ、恐ろしい……」


 カザンがシルフェリアに攻め込んだ後、どんな非道を働いたかは外国の歴史書にも記されているらしいから、彼らの行いが人倫に悖るものだったのはほぼ間違いないだろう。それでも……。


「みなさん。それ以上は、陛下に対し失礼になりますよ」


 カザン戦の後処理として、和平のために『シルフェリア王族と、カザン王族の間で婚姻を結ぶ』という協定が結ばれた。カザンから国を取り戻した当時のシルフェリア王太子は十五歳で正式な婚約者もいなかったけど、カザンの方は王女がいなかった。だから、この協定は次代に持ち越しされ、先々代国王とカザンの王女が結婚することになったのだ。(ただ)、先王陛下の母君は側妃だったそうで、陛下も殿下もカザン王族の血は引いておられないんだけどね。


「陛下の義理の祖母である御方の、母国なんですから。ね?」


「……シャルロッテ様がそこまでおっしゃるなら」


なんとか矛をおさめてくれたことに安心していると、ガーデンパーティーの終わり際、殿下が再び顔を出した。


「きゃあっ! 殿下ですわ!」


「いつ見ても素敵〜」


殿下は王子様スマイルを浮かべたまま、わたしに近づいてきて、そっと囁いた。


「大事な話がある。ちょっと来て」


「かしこまりました」


殿下の硬い声音から察するに、甘い話ではなさそうだ。「きゃあっ」と見当違いの黄色い悲鳴をあげているドロテアたちを残し、わたしは殿下について行った。今度会った時、どんな話だったのか問い詰められそうだ。どうやって言い訳しようか……。


「殿下? どちらまで?」


殿下は答えない。……これは深刻そうだ。


殿下はわたしを私室に入れて鍵を閉めると、ソファーに座るよう促した。


「あの、大丈夫なんですか?」


もう14歳なのだから、とわたしをあまり私室に連れ込まないよう殿下は王妃さまにきつく言い含められている。わたしも殿下が怒られるのは嫌なので、誘われても私室に入るのは固辞するようにしていた。最初はぶつくさ言っていた殿下だったけれど、お兄様に「東の国には『男女七歳にして席を同じゅうせず』という言葉があるらしい。それよりはマシだろう」と諭され、侍従に「成婚まであと五年なのですから、それまでお待ちください」と懇願され諦めていた。


「この話は、絶対に人には聞かれたくないんだ。――シャル、『七つの大罪』って知ってるかな」


「はい、もちろん」


傲慢。憤怒。嫉妬。怠惰。強欲。暴食。色欲。


人間が避けなければならない罪。前世のキリスト教にも似たような考えがあった。――それに、『七つの大罪』をテーマにした作品も、それなりに嗜んだ。


「建国王は『七つの大罪』を祓ったといわれているけど――本当は、封印しただけなんだ。『七つの器』にね」


「七つの器?」


「ああ。『七つの器』は王宮の地下で厳重に保管されていたけど、先々代国王の御世に起きた内乱の最中、なくなってしまった。ところで、メレンドルフ家を騙そうとした隣国の豪商のこと、覚えてる?」


「ええ、もちろんですわ」


忘れるはずがない。


「あの豪商、昔はそこまで業突く張りじゃなかったらしいんだ。不思議に思って家宅捜索させたら、とんでもないものが出てきた」


「とんでもないもの?」


「ガイツ・スプーン。強欲の悪魔の『器』だ。豪商は強欲の悪魔に取り憑かれていた」


筆頭魔術師が正体を問い詰めると、豪商の中の『強欲の悪魔』は正体を表したらしい。


「それで、悪魔はどうなったのですか? お祓いしたとか……?」


「いいや、魔術師でも可能なのは『封印』までらしい。『七つの大罪』っていうのは、人間の(さが)から生まれたもの。消し去ることなどできない」


「豪商のかたは……?」


「悪魔を『器』に封じたらあとに残ったのは抜け殻だった。――とはいえ、犯した罪が罪だ。無罪放免は難しい。男は魔術院の預かりになるだろう」


各地に広がった『七つの器』。全てを回収し、地下に再び封じ込めるのが国としての方針らしい。


「ガイツ・スプーンを渡した女は、シルフェリアの滅亡を願っている」


「え……?」


「豪商の男は、悪魔と自我の奪い合いをしていたんだ。男が『魔女』と呼んだその女は、『主人』はシルフェリアを滅亡させ、王族を皆殺しにするつもりだと言っていたらしい」


「そんな……!」


「きみはまだ王族ではないけれど、将来王族になる身だ。もしかしたら、犯人の標的(ターゲット)に加えられているかもしれない」


殿下は苦しげに顔を歪めて、わたしをひしと抱きしめた。背中に添えられた手は、小刻みに震えていた。


「ごめん、シャル。手放してしまうのがきみのためだとわかってるんだ。でも、きみがいない人生など僕には耐えられない……!」


「殿下」


「必ず守り抜いてみせるから、僕から離れていかないでくれ、頼む……」


頭がいいのに変なところでおバカな殿下の背中にそっと手を回すと、怯えたような顔が見えた。


「わたしを手放さないでください。一生おそばにおいてください。殿下がわたしを嫌いにならない限り」


「そんなこと、あるわけないじゃないか」


彼女(・・)が現れ、殿下の心を奪われてしまったなら、まだ納得がいく。心は悲しみで引きちぎれそうになったとしても。


だけど、悪魔なんかに引き裂かれてなるものか。こっちは悪役令嬢なんだから、負けてなんてやらない。


曇りっぱなしだった空からは、いつの間にか雲が消えていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ