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悪役令嬢の生き様  作者:
本編
8/57

ヴィルヘルム視点

「……おかしい」


「どうかなさいましたか、殿下」


 護衛と補佐を務めるヴィーカー中尉に、王太子ヴィルヘルムは報告書を突き出した。


「ピョートル・オストログラキーですか。殿下が先日逮捕した、隣国の豪商ですね。彼がどうかしましたか?」


「報告書をよく見ろ。オストログラキーは数年前までは特段、業突く張りというわけではなかった。それが、ここ一年で詐欺やら横領やらホコリだらけだ」


「レルヒェンフェルト嬢の前かそうではないかで人格変えるのやめてもらえませんか」


「オストログラキーの性格を変えた要因が、この報告書には書かれていない」


 部下の抗議をサクッと無視し、ヴィルヘルムが報告書を睨みつけた直後、執務室の扉が叩かれた。


「殿下。入室のご許可を」


「ブラント少佐か、入れ。何があった」


「報告致します。オストログラキーの屋敷から奇妙なものが見つかりました」


「どこが奇妙なんですか? ただのスプーンじゃないですか」


「ただのスプーンだからおかしいんだ。オストログラキーの屋敷はその他のものは全て高級品で統一されていた。それなのに、この安っぽいスプーンは仰々しい箱に丁重に保管されていた。……殿下?」


 婚約者シャルロッテの前では優しく穏やかな顔。部下に対しては氷のような冷徹な王太子。


 そのどちらの顔もせず、ヴィルヘルムはスプーンを厳しい眼差しで射抜いていた。



「どういうことだ、ピョートル・オストログラキー。なぜお前が()()を持っている?」


「……それはおまえがよく知っているんじゃないか?」


 いつも傍近くに仕えるヴィーカー中尉すら席を外すように命じ、魔術が使える将校だけを従えて地下牢の囚人――ピョートル・オストログラキーに尋ねたヴィルヘルムに、オストログラキーはうっそりと笑った。


「王太子殿下に対し、無礼であるぞ。……とはいえ、人ならざるお前に行っても無意味なことか」


「何をおっしゃっておられるのやら。頭がおかしくなったのか?」


「お前の――いや、その身体の持ち主の屋敷から、『ガイツ・スプーン』が出てきた。『ガイツ・スプーン』は『強欲の悪魔(マモン)』を封じ込めた器だ。封印が解かれたのをいいことに、外に出たのだろう」


「ご明察♪」


 オストログラキー――いや『強欲の悪魔』は口を耳近くまで裂き、にたりと笑った。


「お下がりを、王太子殿下!」


 筆頭魔術師・クラゼヴィッツ少将が防御陣を張った直後、『強欲の悪魔』は牢を突破した。


 強弱の差はあれど、人はだれしも魔力(マナ)を持つ。魔力(マナ)は自然から力を借りる力。クラゼヴィッツ少将は、『地』が持つ膨大なエネルギーを利用して強固な防御陣を形成したのだ。そして、ここにいる将校たちは皆、王立学院の魔術科を優秀な成績で卒業した王宮魔術師たちである。


「火の神・ベリサマよ、我に力を貸したまえ!」


 ヴェルトハイム准将の火の檻で動きが鈍ったところを、キュヒラー大佐が編み出した鋼の鎖で拘束され、『強欲の悪魔』はふてくされた顔になった。



「オストログラキーの身体から出ていけ、『強欲』。もと居た場所に還るのだ」


「なっ! やだやだ! あんな狭っ苦しいところ!」


 ヴィルヘルムに目配せされたシャルンホルスト中佐に『転移』の魔術を使われ、抵抗も虚しく、『強欲の悪魔』はかつて封じ込められていた『ガイツ・スプーン』に還っていった。


「……? 私は、何を……」


 後に残ったのは、抜け殻のような男。悪魔に操られていたことを、哀れには思う。だが一国の為政者になる者として、彼の罪を許すわけにはいかない。



「『強欲』に操られていた記憶はないみたいですよ、やっぱり」


「……そうか」


 オストログラキーは今、魔術院の預かりになっている。上がってきた報告書の()()()()()()()()()()()()()に目を落とし、ヴィルヘルムはその端正な顔を曇らせた。


「『七つの大罪』は各地に広がってしまったようですね。陛下は『大罪』を回収して再び地下に封じ込めるとおっしゃっておいででした」


「隣国の商人が『強欲』に取り憑かれたぐらいだ。どこまで広がっているかは想像がつかない。『大罪』が各地に広がってしまったのも、王家の咎だ。ヴェルトハイム准将、そなたは捜索隊に加わると聞いたが」


「はい。『火』は攻撃系の魔術ですから」


 『七つの大罪』は強力だ。准将の力は捜索隊にとって大きな助けとなるだろう。


 ヴェルトハイム家は、代々優れた『火』の術者を輩出している。彼らの多くは軍人となり、国家のために尽くしている。もっとも、王宮魔術師として採用された以上、『火』以外の魔術もオールマイティに使えるのだが。


 特に彼の曾祖父は、きわめて優秀な『火』の魔術師だったと言われており、王家の姫を妻に迎えた。一流の槍術も持ち合わせ、混乱の時代に王を助けて総帥まで登り詰めた。


「では、失礼します」


「ああ」


 ヴェルトハイム准将は退室した。傍付きのヴィーカー中尉が戻ってくるまでまだ少し時間はある。一人になった執務室で、ヴィルヘルムはそっと息をついた。


「シャル……」

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