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悪役令嬢の生き様  作者:
本編
7/57

貧乏フラグはへし折りたいのです


ある休日の昼下がり、わたしは殿下とお茶をしていた。


勇気を振り絞った甲斐あって、あれから殿下が過剰な嫉妬をすることは少なくなった。それでも、不満は不満らしい。「今まで休日は全て僕と過ごしていたんだから、これからも半分は王宮に来て」と言われたので、わたしは月に二度をアデリナと、二度を殿下と過ごしている。


「……シャル? さっきからぼーっとしてるけど、何か悩みごと?」


「え? あ、いえ、なんでもないんです」


一瞬本当のことを言うかどうか迷ったけど、殿下はただでさえ忙しいのだ。あまり負担をかけるわけにはいかない。


「シャル、散歩に行こうか。お手をどうぞ」


「喜んで」


殿下にエスコートされて庭を散策していると、いつの間にか薔薇のアーチの下にたどり着いていた。


「それで?」


「え?」


「何に悩んでるの?」


「え、だから……」


さっきと同じ言い訳を口にしようとすると、殿下はわたしの頬をそっと包んだ。殿下のひんやりした手とは対照的に、わたしの頬はどんどん熱くなっていく。


「なんでもないわけがないでしょう。僕の目は誤魔化かせないよ。前に言ったよね、シャルの悲しみも苦しみも半分背負ってやりたいって」


「殿下……」


「under the roseって知ってるだろ? 大丈夫、薔薇の下で話した秘密は漏らしてはいけないのだから」


薔薇の下でなくともきみがせっかく打ち明けてくれた秘密をわざわざ誰かに話してやる気などないけどね、と蕩けるような笑みを浮かべた殿下の手つきは、どこまでも優しい。


「……わたし、メレンドルフ家が没落するのを防ぎたいんです」


そう遠くない未来、メレンドルフ伯爵が悪どい商人に騙され巨額の負債を抱えてしまう。困った伯爵は、援助の代わりとしてアデリナを隣国の大富豪へと王立学園を卒業後に差し出す約束をしてしまう。


ところがどっこい、商人と大富豪はグルだった。美しいアデリナを手に入れるべく、共謀して仕掛けた罠だったのである。


シャルロッテによるアデリナ誘拐事件があったので、アデリナは卒業式を休むことになる。好色な大富豪は余程アデリナに執心していたらしく、元々は卒業式の翌日という約束だったのに、卒業式の日にこちらに来るように要求する。卒業パーティーでシャルロッテを断罪したヒーローは、アデリナの親友からそのことを知らされ、隣国に着く前にアデリナをかっ攫うんだけど。


しかし現実問題、この世界でヒーローがアデリナを好きになるかはわからない。だって悪役令嬢がわたしなんだもん。それに、アデリナのお相手としてヒーローはあまりにもお勧めできない。可愛いアデリナの夫が、ヤンデレだなんて許せるものか!! あの男、アデリナをかっ攫った後一ヶ月ぐらい寝室に軟禁したんだから!!


今までは『ヒロイン』という符号だった。でも今は、アデリナは等身大の人間で、大切な友人。みすみす不幸にしてたまるか。漫画ではさらっとしか触れられてなかったけど、今まで伯爵令嬢として優雅に暮らしていたアデリナが貧乏生活を経験して、辛くなかったはずはない。


「漫画の内容は、以前にもお伝えしましたよね。チラッとしか出てこないので詳しくはわからないのですが、隣国の商人だということは確かなのです」


「『商人』と『大富豪』は共謀してたんだよね? そんなやり方で貴族令嬢を手に入れようとするなんて、叩けばホコリが出てきそうだね?」


そういえば、大富豪は国許でも色々詐欺罪とか何とかやらかしていたんだった。それを暴いたのは王太子ではなく、ヒーローだったけど。この世界では他国の人間を裁く時はその国に赴いて許可を取らなければならないことになっているから、王太子は隣国を訪ねたのだ。


裁きたがっているのはヒーローなのだから、本来はヒーローが行くべきなのだけれど、ヒーローはその時ヒロインと新婚メロメロでそばから離れたくなかった。卒業パーティーでのシャルロッテ断罪のお礼も兼ねて、王太子が代わりに行ったのだ。そしてそこで、彼女(・・)に――


「メレンドルフ家のことは任せてくれ。シャルの友人が下劣な男の毒牙にかかり、きみが悲しむのは嫌だからね。……シャル? どうしたんだ、真っ青になって」


情けない。何度殿下に愛を囁かれても、大切なものに触れるように口付けられても、繊細な硝子細工を扱うように丁寧に触れられても-最後のところで殿下を信じられない自分が情けなくてたまらない。設定にとらわれて、殿下の真心を信じきることができない自分が厭わしい。


「シャル。彼女(・・)のことを考えていたんだね」


まるで宥めるように優しく引き寄せられ、顔を殿下の胸に埋めた。ベルガモットの爽やかな香りが鼻腔をくすぐった。


「愛してる、僕だけのシャル。きみが不安なら、いつだって抱きしめてキスをしよう」


頬に柔らかな感触が伝わった。こんなわたしを、殿下は怒らないでくれている。


「不安に思う気持ちならわかるんだ。僕も、いつかきみが僕以外の男を好きになるんじゃないかって時々不安になるから。だからそんな悩み忘れるぐらい――お互いをどろどろに甘やかそう」


「はい、殿下」


「じゃあまず、シャルを甘やかしてしまおうかな」


「まあ」


殿下は本当に全力で甘やかしてくれた。ドキドキしながらそれに応えたわたしの頭からは、いつの間にか彼女(・・)のことは消えていた。


いつもは物静かなヴィーカー中尉が「そんなことだから、『王国名物のバカップル』だなんて言われるんですよ!」と怒ってしまった。わたしたちはいつの間にか名物になっていたらしい。殿下は「僕とシャルが幸せになり、国の観光も潤う。一石三鳥じゃないか」といけしゃあしゃあと宣っていた。それに対してヴィーカー中尉は、「殿下たちを見ていると精神面がゴリゴリ削られるんですよ! 最早歩く十八禁です!」と返す。「何が十八禁だ。口付け以上のことはしていない」と返した殿下に、「雰囲気が既にアウトなんですよ! 空気がピンクを越えて紫ですから!」と頭を抱えていたヴィーカー中尉に、ニーナは全面同意していた。解せぬ。


それから数ヶ月後――隣国の有力な商人が二名、詐欺罪で逮捕されたと風の噂で聞いた。うち一人は、かなりの大富豪だったらしい。


そしてわたしたちが十二歳の時、メレンドルフ卿が王立学園を卒業するやいなや爵位を継いだ。……これで、アデリナが借金のカタになる未来はほぼなくなったと考えていいだろう。


メレンドルフ家没落の心配はなくなった。――これからは、アデリナがヤンデレ鬼畜ヒーローに捕まらないように尽くさなければ!!


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