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悪役令嬢の生き様  作者:
本編
6/57

お友達を家に招待しました


王妃教育は週に一度、休みの日がある。アデリナが遊びに来てくれたのは、そんな日だった。


「シャルロッテ様!」


「アデリナ! 待ってたのよ!」


可憐な(かんばせ)に愛らしい笑みを浮かべた激カワヒロインに、思わず笑み崩れそうになった。


背後に視線を移すと、整った顔立ちの青年が微笑んでいた。


「――お初にお目にかかる、レルヒェンフェルト嬢。アデリナの兄です」


「はじめまして、メレンドルフ卿。レルヒェンフェルト公爵の娘、シャルロッテですわ」


「陸軍総司令たる公爵閣下のご勇名はかねがね」


アデリナの兄は、次期メレンドルフ伯爵として物語が始まる頃には領地経営の実権を握っていた。父親であるメレンドルフ伯爵の失敗によりアデリナが隣国の大富豪と結婚しなければならなくなった時は、どうにか他の算段をつけるべく奔走したというエピソードがある。


漫画では極貧生活のせいか哀愁を漂わせていたが、今のメレンドルフ卿はただの貴族のお坊ちゃんである。妹の付き添いとして、公爵邸までやって来たらしい。


「メレンドルフ様も図書室にいらっしゃいますか? それとも兄を呼びましょうか」


「本日は妹の付き添いで参りましたので」


妹思いな律儀なメレンドルフ卿には、男の子が好きそうな本を紹介してあげるとしよう。といっても殿下とお兄様の好みしか知らないけど。


「わあっ! 広い図書室ですね!」


「曾祖父は読書家だったらしいわ」


それはもう三度の飯より本が好き、というレベルで。


「ロマンス小説のコーナーはここよ」


幼い頃はわずかしかなかったそのスペースは、年々大拡充中だ。


「読んだことがない本がたくさんありますわ!」


「まあ、本当? ぜひたくさん読んで、感想を語り合いましょう」


メレンドルフ卿には「この部屋にあるものなら何でも読んでいいですから」と伝えると、彼は歴史書を手に取った。そんなもん読んで面白いんだろうか。


図書室にあるロマンス小説は全て読破済みだけど、本というのは何回も読んでこそ深みが出るものだ。わたしはお気に入りの数冊を手に取り、机の上に置いた。


それから数時間、何度かお茶の時間を挟みつつ、わたしたちは語り合った。それこそ「喉が渇くのでは?」とメレンドルフ卿に心配されるほどに。


語り合うことはまだまだあったが、アデリナをこれ以上引き止めることはできない。名残を惜しみつつもメレンドルフ兄妹を見送りに出ると、意外な人物に目を見張った。この人はいよいよ、スキル『神出鬼没』を獲得するのではあるまいか。


「シャル!」


「殿下」


メレンドルフ兄妹が取った最敬礼を「ああ、楽にしていいよ」と止めさせた後、殿下はゾッとするほど冷たい笑みをわたしに向けてきた。……怖い。なんで怒ってるんだ。


「あの、殿下。お二人をお見送りしなければ」


「そうだね。後できみの部屋でゆっくり話そうか。図書室ではなく」


「……謎のマウント取り」


メレンドルフ兄妹を見送りに来たお兄様が、ボソッと呟いた。声が小さすぎて何を言ってるのかわかんなかったけど。


「アデリナ、来てくださってありがとう。またいらっしゃって」


「もちろんです、シャルロッテ様。一週間後、またお伺いしてもよろしいですか? 今度は私のおすすめの本も持ってきますわ」


「嬉しい。楽しみにしてるわね。メレンドルフ卿も今日はありがとうございました」


「いえ、こちらこそ」


なぜかメレンドルフ卿の笑顔は盛大に引きつっていた。


メレンドルフ兄妹を載せた馬車が走り去ると、肩をガシリと掴まれた。あ、デジャヴ。


「シャル、ひどいよ。僕のいない間に男を連れ込むなんて」


「大きな誤解です」


あなたにはアデリナが見えていないんですか。


「まあいいや。今からシャルの部屋に――」


「おい待てこの野郎」


ドスの効いた声に振り返ると、お兄様がおどろおどろしいオーラを発していた。


「シャルの部屋はだめだ。客間を使え。それから侍女は下げるなよ」


いつも物腰柔らかで優しいお兄様も、気心知れた殿下には少し手厳しい。


「二人きりで話をしたいんだけどな」


「侍女には話が聞こえない距離を取らせれば良い話だろう」


抵抗をお兄様にアッサリ封じられ、殿下は渋々ながらもわたしを客間に連れていった。ここはわたしの家のはずなのだけど。


「……我らが王国の若き黒鷲。お嬢様とは適切な距離を保っていただきたく」


「これが婚約者どうしの適切な距離だよ」


ニーナだけでは心許ない、とお兄様が残していった従僕のアルドの窘めを殿下はしれっとあしらった。ちなみに彼は執事長ラチェットの孫で、お兄様の乳兄弟でもある。普段はお兄様のそばに控えているのだけど、「あの天使の皮を被ったドスケベ王子から、何としてでもシャルを守れ」と厳命を受け、客間に残されたのだ。


「膝の上にのせるのが適切な距離ですか? 私にはとてもそうは思えませんが」


「……」


「お嬢様の身に何かあれば、旦那様にもルドルフ様にも合わせる顔がございません。お嬢様からお離れくださいませ」


アルドはガタイが良い。お兄様は「公爵家の私兵でも従僕でもどっちでもいけるな」と言っていた。従僕と護衛を兼ねているらしく、かなり鍛え抜かれた体つきをしているアルドに、殿下もついに屈した。「秘密の話だから、扉付近に控えておいてくれ。秘密の話だから、少しばかり密着するよ」と抜かすあたり、ただでは起きないが。


腰を引き寄せ耳元で囁かれると、頬に熱が集まった。


「それで、シャル。メレンドルフ卿とは二人きりになってないだろうね?」


普段は優しく穏やかな人だけど、殿下は時々大魔王を召喚する。そんな時でも殿下は笑顔を崩すことはないけど、その表情にあたたかみは一切なく、背後にブリザードを従えている。


ガクガク頷いたというのに、それでもまだ拗ねたようにわたしの髪に指を絡ませてきた。そんな殿下を可愛いと思ってしまうわたしも、相当重症だと思う。


「殿下」


「ん?」


「わたしがお慕いしているのは殿下だけです。信じてください」


彼の手を自分の手で包み込むと、殿下はバツが悪そうな顔をした。


「シャルのこと、信じてないわけじゃない。ただ、時々どうしようもないくらい不安になる。きみは可愛くて優しくてー僕には勿体ないくらい素敵な女の子だ。今まで、きみの世界にいたのは僕の他には家族と使用人、それからうちの両親ぐらいのものだった。でも、きみの世界はこれからどんどん広くなる。僕以上に好きになる男だって現れるかもしれない」


いつか彼女(・・)が現れたら、殿下は彼女(・・)の手を取ってしまうかもしれない。


わたしがその不安に苛まれているように、殿下もまた未来のわたしが他の男性を選ぶ可能性に恐怖していた。


「……殿下。お渡ししたいものがあるんです」


「渡したいもの?」


「はい。ちょっと待っててください」


自室からずっと殿下にプレゼントしようと考えていたあれ(・・)を取って戻り、ぽかんとした顔の殿下の手の上に載せた。


「これは……ポプリ?」


「はい。殿下ほど上手には作れなかったので、お渡しするか迷っていたんですが」


「ひまわりか。花言葉は『憧れ』、それから……」


『あなただけを見つめる』。


「あなただけが好きです、殿下」


殿下のクラバットを引っ張って、唇を彼の頬に押し付けた。


今までねだられて、口づけをしたことはあった。でも恥ずかしくて、自発的にはやったことはなかった。


わたしのそういう消極的な態度が、殿下を不安にさせていたのかもしれない。


殿下の紺碧色の瞳に浮かんだ涙をそっと拭った。いつも彼がそうしてくれているように。


殿下、知っていますか。あなたを好きになったのは、王宮で迷子になったわたしを優しく慰めて、お父様とお兄様を探すのを手伝ってくれたことがきっかけだけど、あなたの優しさにふれる度に『好き』が深まっていることを。


つまらないだろうに、おままごとや花遊びに付き合ってくれた殿下。


前世を思い出して苦悩に押しつぶされそうになった時、毎日チューリップを持ってきてくれて、優しく不安を溶かしてくれた殿下。


王妃教育のつらさに泣いた日、そっと抱きしめて涙を拭ってくれた殿下。


「大好きなんです。……殿下? 殿下!?」


殿下は真っ赤な顔でフリーズしたまま、ソファーからずり落ちた。すごく痛そうな音がしたけど、大丈夫だろうか。


「どうしましょう、ニーナ、アルド……。殿下がピクリとも動かないのだけど」


ゆさゆさと揺するものの、微動だにしない。だめだ、完全に気を失ってる。


「迫られると弱いタイプですね」


「自分はいつもあれだけグイグイいっていますのに、お嬢様から仕掛けられた途端あれですか。ヘタレですね」


お兄様の影響を受けてか、アルドは殿下に点が辛い。


「アルド。殿下を馬車まで運んでくれる?」


「かしこまりました」


馬車に控えていたヴィーカー中尉に詳しい事情は端折って説明した。詳しくは聞かないでください、わたしが恥ずかしいから。


王家の紋章が入った馬車が見えなくなると、頬に熱が集まるのがわかった。……夕方でよかった。顔の赤みを、夕陽のせいにできるから。

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