お友達をゲットしました
はるかは軽度のオタクだったが、別に陰キャではなかった。やろうと思えば、陽キャに擬態できるタイプのオタクだった。疲れるので、あまり好きではなかったが。同じくオタクの友達も、非オタの友達もそれなりにいた。
しかしシャルロッテーわたしには、友達がいない。漫画ではシャルロッテには取り巻きが大勢いたけど、取り巻きはあくまで取り巻き。友達ではない。そういえば、『シャルロッテのお友達』っていうキャラは出てこなかったな〜。え、もしかしてシャルロッテって友達ゼロだったの? 悲しすぎなんですけど……。
そもそも、公爵令嬢のわたしはかなり箱入りに育てられた。今まで交流のあった同年代のこどもは、殿下、お兄様、それから使用人の子ぐらいだ。殿下とわたしとお兄様は、それぞれ次期国王、次期王妃(仮)、次期公爵として忙しい身で、三人の予定が合うことは滅多にない。使用人の子は何を言っても「はい」か「いいえ」しか言わない。あれでは友達とは呼べない。親からきつく言い聞かされているのもあるだろうけど。
それに、わたしには切実なる願いがある。『オタ友』がほしい!!
はるかは「何事も浅く広くがモットー!」で、そりゃまあスポ根モノからファンタジー、ホラー、コメディ、恋愛モノと幅広く嗜んだものだが、主食は恋愛漫画だった。そりゃもう読みまくった。流行りの恋愛モノはほぼ網羅したと言って良い。純愛、ツンデレ、ヤンデレ、青春、オフィスラブ、すれ違い、幼馴染、年の差、禁断の恋、何でもござれだった。小説に至っては、ほぼほぼ恋愛モノしか読んでいなかった。ハー〇クインは心の友。
はるかの影響を受け、わたしもロマンス小説を愛好するようになった。ただ、貴族子女としてあまり好ましくはないので、表沙汰にはできない。
だけど、感想を語り合いたい! この胸のときめきを伝えたい! 前世ではツ〇ッターで呟けば良かったけど、この世界にはそんなもんないんだもん! さすがに殿下もお兄様もこれには付き合ってくれないんだもん!
そんなわたしに、同年代の他のこどもと接触する機会が初めて与えられた。
シャルロッテ・フォン・レルヒェンフェルト10歳、お茶会デビューです。
◇
今日のお茶会の主催は、キュヒラー侯爵夫人。王妃さまの、義妹にあたる方である。「義妹にはくれぐれもロッテをよろしくと言い含めてありますから、心配なくってよ。大丈夫、義妹はともかく弟はわたくしに大きな借りがありますからね。これぐらいしてもらわなくちゃ」と王妃さまは仰っていた。陛下と王妃さまがご結婚されるまでには、色々あったらしい。そう、本当に色々。陛下ももちろん、『貧乏伯爵令嬢なのに、いつの間にかヤンデレ公爵令息に溺愛されていました!?』のキャラクター。どこかしら歪んでいるのです。
「シャルロッテ様、はじめまして。お目にかかれて光栄ですわ」
「王太子殿下とご婚約されたとか」
「まあっ、やっぱり! 王太子殿下ほどのお方であれば、やはりシャルロッテ様でなくてはね」
今まで一度も会ったことないくせに、よく言う。この子たち、漫画でもシャルロッテの傍で太鼓叩いてたな〜。名前すら出ないモブだったけど。モブなのについでに断罪されてたけど。
「シャル」
「殿下。なぜここに?」
周りの女の子たちがきゃあっ! と黄色い悲鳴をあげた。みんな殿下に見とれている。わかるよ、かわいいよね〜。最近なんてかっこよさも増してきてますし。
「シャルが叔母上のお茶会に参加するって聞いたから、授業を今日の午前までに詰めで終わらせて来たんだ」
「ご無理はなさらないでくださいね? わたし、殿下のお体が心配ですわ」
「ふふっ、大丈夫だよ。でも、シャルに心配してもらうのは悪くないな」
殿下がわたしの頬に口付けると、みんながうっとりしだした。
「侯爵家なら何度か来てるから、庭の案内でもするよ。叔母上、よろしいですか?」
「もちろんですわ、殿下」
「おいで、シャル」
一部ついてきたがった令嬢がいたが、「婚約者と二人っきりになりたいんだ。遠慮してくれるかな」と殿下にニッコリ微笑まれ、断念したようだった。
「殿下、ここにある花は見ないのですか?」
なぜか殿下は豪華絢爛な花々が咲き誇るスペースは無視して、奥に奥にと進んでいく。
「後でゆっくり見よう。ほら、着いた」
「まあ!」
そこにあったのは、赤、白、ピンクの薔薇で彩られたトンネルだった。
「素敵ですわね」
「でしょう? いつかシャルに見せたいって思ってたんだ」
薔薇のトンネルの中にあったベンチに腰掛けると、殿下はわたしを手招きした。
「殿下、そのベンチは一人用です」
「知ってる。僕の膝の上においで。……もしかして嫌なの?」
眉を下げて悲しげな顔をする。わたしは殿下のこの顔に滅法弱い。わざとだとわかっていても、お願いを聞いてあげたくなる。
仕方なく殿下の膝の上にのると、殿下はポケットからキャンディーを取り出した。
「はい、あーん」
キャンディーの爽やかなレモンの味が口内に広がった。
「シャルも」
殿下に促されるまま、りんご味のキャンディーを殿下の口に入れようとしたその時――
「いやっ! やめてっ!」
こども数名が言い争う声が聞こえた。これは女の子に男の子数人……かな?
「殿下! 行きましょう!」
「えっ!? 『あーん』がまだだよ?」
「そんなことしてる場合ですか!」
がくっとうなだれる殿下を無視して騒ぎの源に駆けつけると、可憐な美少女を男の子数人で囲んでいた。
男の子の輪の中にいる女の子を見た途端、わたしは首を突っ込んだことを猛烈に後悔した。
そこにいたのは、ピンク色の髪に孔雀緑の瞳を持つ美少女――『貧乏伯爵令嬢なのに、いつの間にかヤンデレ公爵令息に溺愛されていました!?』のヒロイン、アデリナ・フォン・メレンドルフだった。
いわばわたしにとっては破滅フラグそのものである。
「あなたたち、何をしているの」
しかし、首を突っ込んでしまった以上放っておくわけにはいくまい。男の子たちをギロッと睨みつけると、彼らは一様にビクッとした。さすがシャルロッテ・フォン・レルヒェンフェルト、迫力は満点のようです。
「侯爵夫人のお茶会でこんな騒ぎを起こすなんて……夫人のお顔を潰すおつもりなの? 言うまでもないことでしょうけど、王妃さまは侯爵の姉君でいらっしゃるのよ? このことを聞けばお悲しみになるでしょうね」
わたしは知っている。王妃さまが昔、スーパー美少女だったことを! いや、今でも充分お綺麗ですが。コイツらの父親が昔、王妃さまに憧れていたことを! 女の情報網を侮るなかれ。わたしは所詮、虎の威を借る狐です。
「それに、一人の女の子を大勢で囲むなんて……あなたがた、淑女に対する接し方を学び直した方が良いんじゃなくて?」
決め手に冷たい一瞥をくれてやると、男の子たちはスタコラサッサと逃げていった。ふん、小物どもめ。
「あ、あの……ありがとうございます」
涙を浮かべてる顔もかわゆい。
「大したことはしていませんわ。涙をお拭きになったら? ……って、さっきの子たちにハンカチも汚されてしまったのね」
本当にろくでもない悪ガキどもだ。気になる女の子の気を引くために意地悪をするなんて、どこの小学生だよ。
「これをお使いなさいな」
ハンカチを差し出すと、なぜか号泣された。え? このハンカチ、そんなに嫌?
「あ、違うんですっ! 私、嬉しくて……!」
「嬉しい?」
「はい! だってシャルロッテ様、まるでレディ・リオニーのようで……!」
「レディ・リオニー? まさか、『あなたの心が見えない』のレディ・リオニー?」
『あなたの心が見えない』は性悪ライバルの妨害によりすれ違いをこじらせたヒーローとヒロインが、誤解を解消し、ハッピーエンドを迎える話だ。性悪ライバルはヒロインをいじめ倒すのだけど、そこから庇ってくれたのがレディ・リオニー、ヒーローの姉なのだ。素直になれないヒーローを叱り飛ばしたり、臆病になるヒロインを勇気づけたり、とにかくカッコイイ。
「シャルロッテ様もお読みになったのですか!?」
シャルロッテ・フォン・レルヒェンフェルト、よく考えなさい。この子は破滅フラグそのものなのよ。本当に関わっても良いの?
「……ええ。もしかして他にも好きなロマンス小説があったり?」
「はい! 『薔薇園での秘密の恋』、『黒伯爵の幼馴染』、『姫君と従者』……。あっ、話しすぎましたね……」
この子、趣味が合いすぎる。手放すには惜しい。
シャルロッテ・フォン・レルヒェンフェルト、破滅フラグよりも己の欲望を優先します! 大丈夫、ロマンス小説好きに悪い子はいないはず!
「わたしもね、ロマンス小説が好きなの」
「えっ!?」
「だから、わたしのお友達になってほしいの!」
最初アデリナは恐縮していたけど、どのシーンがキュンとしたかについて熱く語り合ううちに打ち解けてくれた。
今度屋敷に招く約束までしてしまった。……大丈夫大丈夫。あのヤンデレ鬼畜ヒーローもアデリナの幼馴染兼親友(女)には(珍しく)優しかったし。幼馴染(男)は理由をつけて隣国に追いやってたけど。
「じゃあアデリナ、戻りましょうか」
「はいっ、シャルロッテ様!」
侯爵夫人たちが待つ中庭に戻るべくUターンしようとすると、そこには暗黒大魔王がいた。
「シャル?」
「……殿下」
……忘れてた。
まずいな、わたしだけならともかく殿下も一緒に戻ったら、アデリナが無駄なやっかみを受けそうだ。かといって二人だけで戻ったら、殿下の所在を聞かれるに決まってる。
「……ごめんなさいアデリナ、一人で戻れるかしら?」
「あっ、はい!」
アデリナは魔王な殿下を見てビクついていた。わかるよ、わたしも怖いもん。殿下、あなたはいつの間にスキル『魔王』を搭載したのですか? 天使な殿下、帰ってきて〜!
アデリナの超絶可愛い後ろ姿を見送っていると、肩にポン、と手を置かれた。痛い。
「ひどいな、シャル。僕、令息たちが逃げ出すぐらいからいたのに、一切気づかないなんて」
ごめんなさい。死角になって殿下が見えなかっただろうアデリナと違って、わたしはただ単に話に夢中になってただけですもんね。
「シャル、おいで。さっきの場所に戻ろう」
薔薇のトンネルに戻ると、殿下はキャンディーを取り出した。さっきのりんご味のやつ。若干溶けてるけど、ほんとにこれでいいんですか?
殿下が口を開けているのでその中に入れると、指ごと食べられた。
「殿下! わたしの指は、食べ物ではありません!」
「そう? こんなに甘くて美味しいのに」
……。
……。
……。
「ごめんね? これはお仕置きだから」
「……殿下のえっち」
「ひどいなあ」
ふふっ、と殿下は笑って頬に唇を落とした。
「……さっきの女の子、メレンドルフ伯爵令嬢だよね。『ヒロイン』じゃないの?」
「うっ……! でもアデリナは良い子なんです」
「僕はシャルが将来、悪いヤツに騙されないか激しく心配だよ……」
「……現在進行形で(悪い王子さまに)騙されてるでしょう」
護衛のヴィーカー中尉のボソッとした呟きに、わたしは慌てた。
「ええっ!? 誰に!?」
「大丈夫だよシャル、僕が一生守ってあげるから」
殿下はふふっ、と笑って指を絡めてきた。
春の穏やかな陽光のなかに、殿下の甘い笑みがとけていった。