王都神殿
「神が転生って、殆どないんですのよ」
「……あの、シャウムブルク卿の一件は結局何もしていませんけど。いいんですか?」
シャウムブルク卿をどうにかすることが交換条件だったはずだ。
「元々赤の他人にレルヒェンフェルト様にどうにかできるなんて思ってませんでした。あの男を救えるとしたら、あの子だけですわ」
「だったらなぜ……」
「ほしかったのはきっかけ。誘発要因にでもなればいいと思っただけです」
「ハイデマリー嬢は人が好いんですね」
「はあっ!? 何を言ってるんですの!?」
誉めたつもりなのになぜか猛反発された。
「だって、きっかけすらほしいと思うほど二人のことを心配していたんですよね?」
「ディアはともかく、あの男のことは心底どうでもいいんです! ディアが悲しんでいたから、どうにかしてあげたかっただけですわ!」
「まあ、マリーったら。そんなに怒鳴ると声が涸れてしまうわよ?」
「お母様は黙ってて!」
おっとりと微笑う女性は、ヴァイセンベルガー公爵夫人。ハイデマリー嬢の母君だ。
「ふふっ、この子は少し照れ屋さんなところがあるんですの。悪い子じゃないので、仲良くしてやってくださいね」
「姉さん、顔真っ赤」
「カール! 人の後ろに回り込むなっていつも言ってるでしょ!」
「どこの暗殺者だよ」
いつの間にかハイデマリー嬢の後ろに立っていたカールハインツ・フォン・ヴァイセンベルガー卿がにっこりと微笑んだ。
「母さん、これから王妃様のお茶会なんだろ? そろそろ出発しないと」
「あら、もうこんな時間。それではごゆっくり、シャルロッテ嬢」
おっとりしているようで嵐のような公爵夫人とヴァイセンベルガー卿が去ると、ハイデマリー嬢は盛大なため息をついた。
「全く、やっと行きましたわ。それでは話を戻しましょうか。女神が登極される前に転生した神は、女神と同等の力を持つということはお聞きになったんですよね?」
「はい」
登極とは即位すること、つまり女神が神帝になることだ。
「先程も言いました通り、神が転生する例は殆どありませんの。転生するということは一度死ぬということですから」
「神は不老不死……そうですよね?」
「ええ。桃源郷とも言うべき神界に存在し、死ぬ理由もありませんわ。神帝の怒りに触れて滅せれられた神は何柱かいらっしゃいますけど、それは死ではなく消滅。転生することもない」
転生とは、魂が輪廻に従って新たな人生を歩むこと。ヨーロッパ世界観のはずなのに、なぜか仏教チックな言葉が出てくるのは仕方ない。だってこの世界を創ったのは日本人なんだもん。
神帝による消滅は魂ごとの滅び。輪廻に従うことすら、許されない。
「神でありながらその生を終えたのはただ一柱。神后だけです」
「神后って、『建国記』に出てくる神后ですか?」
「勿論ですわ。とはいっても、確実性は薄いですわよ。我が家の先祖がそういうお告げを聞いた伝承があるだけですし」
ヴァイセンベルガー家は神職者を多く輩出する家系。数百年に一度ではあるけど、神をおろせる人間も生まれるらしい。
女神が神帝に登極する前に転生した神が神后ただ一人なら、女神と同等以上の力を持つ『魔女』は神后である可能性が高い。ヴィルヘルム様やクリストハルトと話しているときに感じた――『七つの大罪』は「悲しい過去」と親和性があるのではないか、ということ。それは『七つの大罪』を使役した、『魔女』にも言えるのかもしれない。
「神后は過去に……何があったのでしょう」
「さあ……」
二人で首をひねっていると、ニーナが呼びに来た。
「お嬢様。王太子殿下がお越しです」
応接間でヴィルヘルム様がにっこりと微笑んでいた。
「やあ、シャル」
私の後ろについてきていたハイデマリー嬢は「ちょうどいいですわ」と手をたたいた。
「いらしたばかりで申し訳ありませんが王都神殿に行きますわよ」
王都神殿は女神スノーホワイトを祀っている神殿だ。女神を祀っている代表的な神殿は神の山にある大神殿だが、王家はスノーホワイト神を守護神としているため王都にも神殿があるのだ。
「ハイデマリー嬢!?」
「シャル!」
そうやって、馬車に飛び乗ったハイデマリー嬢を追いかける私、その私を追いかけるヴィルヘルム様、といった形で王都神殿に行くことになったのだった。
◇
王都大神殿、祈りの間。
「天にまします女神よ、願わくば顕現したまえ」
長い呪文(?)の後、そう締めくくったハイデマリー嬢は、文字通り目の色を変えた。ぞっとするほど美しく、妖しげな笑みを浮かべる。
「王太子。そして傍らの乙女よ」




